この惑星にしてこの世界、地球(テラ)を守護する者です
話が一通り終わったのか、アンヘルがコポポポ……。と紅茶をティーカップに注いでいく。
紅茶をいれるアンヘルの所作は気品に満ちていて、思わず目で追ってしまう。
「そんなに見られても、なにも出ないですよ」
「あ、すいません……」
「いえいえ。ところでアゼルさんを守っていただく報酬についてですが……」
「報酬!?」
(お金を貰って……いや、生活費かな?)
さすがにお金を貰うなんて気まずい。と思ってしまうツカサ。
そんなツカサの心情なんて知らないであろうアンヘルは、執務机の下から小切手を取り出すと数字を書き始めた。
一桁二桁……七桁目まで記入される。
(七桁だからうん100万円!?)
ツカサの金銭感覚は一般庶民だと自負できる。そんなツカサの前にうん100万円の小切手がポンと出されたのだ、驚いてしまうのも無理はない。
しかしアンヘルはツカサの驚きなんて知らず、スッと小切手を差し出してきた。
「これが報酬です」
「いや、こんな金受け取れ……」
「受け取るわよツカサ」
受け取れない。そう言い切ろうとしたツカサの口を、鈴音は手のひらで無理やり閉じさせてくる。
なにするんだ! と反論しようしたら、無言でヘッドロックをしてくる鈴音。
むにゅ。とやわらかい感触がほっぺたに感じる。多分、手のひらに収まりそうなサイズの鈴音の胸だろう。
「いい、ここで断ったらアンヘルの面子を潰すことになるのよ。それでもいいの」
「あー……」
面子。それは確かに考えていなかった。
「ってゆうかアンヘルのこと、ただの美少女だと思ってない? あいつはもっと魑魅魍魎よ」
「誰が魑魅魍魎ですか?」
威圧感のあるアンヘルの声を聞いて、ツカサは思わずビクッと反応してしまう。
もしかしてさっきまでの彼女は、猫を被っていたのだろうか。そんなことを考えさせるドスのきいた声であった。
「おほほほ、驚かせて申し訳ありません」
「本性を隠しても、もう遅いとあたしは思うけど?」
取り繕った様子のアンヘルに対して、鈴音はひょうひょうと茶々を入れる。
おそらくだが今の鈴音とアンヘルの様子が、本来の二人の関係性なのだろう。そんなことを考えているうちに、二人は激しい言い合いを始める。
「はー……はー……はー……!」
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……!」
ヘッドロックされたまま鈴音とアンヘルの間で、口喧嘩を聞かされ続けたツカサ。その激しさは二人のつばが、何度も飛んできたレベルだ。
「ん゙ー! ん゙ー!」
「あらツカサ。もしかしてずっとヘッドロックしてた?」
そうだよ。と言いたいが、口元が鈴音の身体に押さえつけられているせいで、満足に喋ることもできない。
ヘッドロックを解除して、ちょっと距離をとってくれる鈴音。
苦しかった口と鼻が自由になり、嬉しくて思わず両手を上げたのはしかたないだろう。
「すぅーはぁー苦しかった!」
「ごめんって」
「次は気をつけてくれよな」
ちょっと申し訳なさそうに、鈴音は軽く謝ってくれる。
もう少し本気で謝ってほしいけど、それは家に帰ってからにしよう。
「そういえばさアンヘル。あんた自分が何者か言ってないのはちょっと、礼儀がなってないんじゃない?」
「あら、言ってませんでしたか?」
「俺の記憶違いなら聞いてないな……」
ほほほ。と小さくお嬢様笑いをするアンヘル。おそらく誤魔化しているのだろうけど、もう誤魔化せない。
「それでは改めて自己紹介を、私の名はアンヘル。この惑星にしてこの世界、地球を守護する者です」
そのままアンヘルはスカートの裾を軽く摘み、深々と頭を下げる。
(え? ……なんだって?)
理解が追いつかないツカサは、驚きのあまり百面相をしてしまう。
そんなツカサの反応がツボに入ったのか、鈴音は隣で大笑いしている。
「あっはっは! ひぃーひっひっひ! 百点満点の反応あ・り・が・と」
「うるせえよ!」
「だってぇーツカサの反応がおもしろすぎるのよー!」
とりあえず鈴音の笑いが止まるまで待ってみるが、中々止まらない。それどころか思い出し笑いで、さらに激しくなっている。
「そろそろ帰りますよ?」
「うげ! シオリ姉ぇ。わかったわかった、また会いましょうアンヘル」
「今日はありがとうございました」
「あ、ありがとうございます」
鈴音とシオリは軽く手を振りながら部屋をあとにする。ツカサとアゼルは軽く一礼をアンヘルにして、続けて部屋を去っていった。
*********
乗ってきたワゴン車の元まで戻ってきたツカサたちは、家へ帰るために乗り込んでいく。
「次はツカサが助手席にお願いしますね」
「ぇ゙!」
「なにか不満でも?」
「イエナニモ……」
シオリの圧力に負けたツカサは、不本意ながらうなずく。そして助手席に乗り込む。
バックミラーで後部座席を見れば、鈴音とアゼルは気楽そうに乗り込んでいる。
「ツカサ、頑張って!」
「さっきはあたしがやったんだから、大丈夫よ~」
「おう……頑張る」
アゼルの純粋な目に負けたツカサは、「ダダをこねるなんてカッコ悪いな」と思い気合をいれる。
「どうして二人は車に乗るだけなのに、いつも命をかけるような様子なのでしょう?」
「自分の胸に聞いてみたら?」
直後、シオリは無言で自分の胸に手を当てる。むにゅんと鈴音より大きい豊かな胸が、手に押されてやわらかく形を変えていく。
そんな中、鈴音は自分の胸とシオリの胸を見比べて、なんだか悔しそうな表情をしている。
「はぁ、結局わからなかったですね」
「それはシオリ姉ぇの胸がデカいからでしょ!」
「好きな人に揉んで貰えばでかくなると思いますよ。私はそうでしたし……」
「え!? それってどういうこと! ツカサなんか知っているでしょ!」
「俺に聞くなよぉ!」
後部座席からゲシゲシと背中を蹴られでしまう。多分手加減してくれてるのか、あまり痛くはない。
だがずっと蹴られ続けるのも嫌なので、注意の1つでもしようとした瞬間、シオリがアクセルを踏んだ。
「行きますよ」
(言うのが遅い!)
シオリに文句を言いたかったが、一気にスピードを出していくワゴン車の加速力に耐えきれずなにも言えない。
「わふぅぅぅ!」
シオリは奇声を上げながらも、巧みにハンドルを切っていく。
こんな奇行をする癖があっても一応警察官なのだ。
十数分もの間、ジェットコースター並みのスリルと恐怖を味わいつつも、ツカサたちを乗せたワゴン車は無事故で目的地――ツカサの家に着いた。
時間はすでに二十三時を超えていて、夜空の星々と月がくっきりと見えている。
「到着です。ツカサ? 大丈夫ですか?」
「うん……なんとかね……当分ジェットコースターには乗りたくない」
バックミラーで後部座席に座っている二人を見れば、グッタリとした様子で身体を背もたれに預けている。
「二人とも大丈夫か〜?」
「見てわかんない? 大丈夫なわけないでしょ」
「目がくらくら〜」
どうやら返事ができる程度には、二人の体力は残っているようだ。
「それでは帰りましょうか鈴音」
「え、アゼルはどうするんだよ!?」
「一番寝るところが大きいのはツカサの家、ですよね?」
シオリの言う通りだ。鈴音とシオリの家に、アゼルが余裕で寝られるスペースは……ない。
となると消去法でツカサの家で、アゼルが寝ることになる。
しかしだ。
「あのさ、アゼルは女の子だぜ。一応男女が同じ部屋で寝るなんて……」
「ぶっちゃけ手ぇ出さないでしょツカサは」
「はぁん!?」
退屈そうにしている鈴音の一言に、思わず反応してしたは当然じゃないか。
思わず鈴音に食って掛かろうとしたツカサを、アゼルが服の裾を掴んできた。
「私と一緒は、いや……?」
「い、嫌じゃないけどさぁ!」
上目づかいで見てくるアゼルは、まるで寂しそうに目をうるませている。
(捨てられた子犬みたいな目で見ないでくれ! さすがに拒否できないだろぉ!)
「だめ……?」
「わ、わかったよ。一緒の部屋で寝るから、その目をやめてくれ」
一転してアゼルは、嬉しそうにまぶしい笑顔を見せてくれる。
「誰にそんな技術教わったの?」
「アンヘルに教わったの。あ、言ったらだめって言われてる」
(女ってこえー)
そんなこと思いつつも、誤魔化すように笑うことしかできなかった。
「アゼルの寝る場所も決まったことですし、帰りますよ鈴音」
「うん! ってあたしたちは違う家でしょ!」
叩けば響く。という言葉は、鈴音によく似合う言葉だろう。
そんなことを思いながら家の鍵を開けるツカサだった。