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魔王の転生体

(へ……? 俺が二人と同じオーヴァーロード? 嘘じゃないよな? いや、鈴音の様子からして嘘をついているとは思えない)


 特徴的な銀のショートヘアをなびかせる鈴音。

 いつもと変わらない様子の彼女を見て、先程まで荒れていたツカサの心は落ち着きを取り戻していく。


「もぅ、すぐにネタバラシをしますのね鈴音さん」


「私はアンヘルが悪いと思いますよ」


「あら、シオリさんまで」


 ここまで沈黙を貫いていたシオリが、ようやく口を開いた。

 だが、いつもの優しそうな微笑みではなく、今はジト目でアンヘルを見ている。


「確かに今のは私が少しいじわるでしたね。ツカサさん、自分の根源(ルーツ)を知りたくないですか?」


 ゴクリと喉の鳴る音が、部屋中に響いた気がした。


(自分の根源(ルーツ)……鈴音やシオリ姉ぇと違うかもしれない。でも知らないとなにも始まらない気がする!)


「……知りたい」


 自分の根源(ルーツ)さえも知らなければ、鈴音たちと同じスタートラインに立ない気がしたのだ。


「ふふふ、では教えましょう。ツカサさんの根源(ルーツ)、それは魔王です」


「え?」


 魔王。アンヘルの口から確かにそう聞こえた。

 鈴音とシオリ、二人と同じ魔王の根源(ルーツ)だと。

 同じ根源(ルーツ)であるという事実は、鎮痛剤のようにツカサの心へ安らぎをもたらしてくれた。


「驚くのも無理はないでしょう。しかも鈴音さんたちと違って、魔王の転生体なのです!」


「ごめんアンヘル。どう違うのかわからない」


 写し身と転生体。2つの言葉が全く違うのはわかる。しかしどう違うのか分からないのだ。


「仕方のないですねぇ。なぜなにアンヘル劇場〜♪」


 教育番組のようなイントネーションで話すアンヘルは、楽しそうに執務机の下から鈴音とシオリに似た指人形と紙を取り出す。

 特徴は掴んでいる可愛い指人形だ。


「ではお話しましょう。まず地球各所には、異界と呼ばれる世界がいくつも存在しています。その1つが魔界です」


 そう言ってアンヘルは、紙のサイズぎりぎりに大きく円を書く。その中に可愛らしい文字で地球と書いた。

 そのまま続けて大きな円の中に、小さな円を複数書いていくアンヘル。そして1つ1つの円に魔界、天界、吸血鬼帝国などと書いていく。


「これは?」


「分かりやすく世界を説明するのに使います。とりあえず重要なのは、地球には魔界という異界があって、そこには数多くの魔王や悪魔がいることです」


 魔界というのはどんな世界か分からないツカサは、とりあえずフィクションに出てくる魔界をイメージする。


「その……魔界にいるはずの魔王がここにいていいんですか?」


「基本的に駄目に決まってます。ですが抜け道があって、写し身と呼ばれる弱体化した存在を作って地球を満喫しています」


 鈴音とシオリに視線を向けたアンヘルは、「そこのお二人のように、ね」とつぶやく。

 反射的に二人へ視線を向けてみれば、やれやれと言わんばかりに肩をすくめている。

 二人の反応を見たところ、アンヘルの言っていることに嘘ではないのだろう。


(話が大きすぎてついていけない……!)


「ですがツカサさんの場合は違います。魔王本人が人間として生まれ変わったのです」


「俺が魔王であることを鈴音たちは……」


「知っています。ですよね鈴音?」


 何も言わずに小さくうなずく鈴音。すぐにシオリの方へ視線を向ければ、彼女も肯定をする。


(嘘だろ……!? じゃあ俺は一体誰なんだ!)


 思いっきり叫びたいツカサであったが、アゼルや鈴音、シオリの前で叫ぶ余裕はなかった。

 直後、誰かにギュッと両手を握られる感覚がする。

 視線を向けてみれば、真剣そうな表情をしたアゼルがツカサの両手で包みこんでいた。


「ツカサはツカサだよ。鈴音とシオリもそう思ってるはず」


「アゼル……」


 アゼルの言葉に心が落ち着き始める。何度か深呼吸をして鈴音とシオリの方に目を向ける。

 直後、鈴音が胸に飛び込んできた。

 アゼルと比べると小さいが、確かにやわらかい胸の感触が胸部に感じる。


「鈴音!?」


「たっく、ツカサのくせに変に考えすぎ。あたしにとってツカサは、初めて会った時からツカサのままなんだから」


 軽く小突いてくる鈴音の言葉が、心に深く染み渡っていく。そして背中から前へ、色白で細い腕が伸びてくる。


「鈴音の言う通りです。それとも私たちと過ごした十九年間は、偽りに思えたのですか?」


 シオリが後ろから抱きしめてきたのだ。確かなやわらかいふくらみが、背中へ押し付けられている。


「シオリ姉ぇ……」


 二人の言葉は本物だ。魔王だの転生体だのなんて関係ない、神崎ツカサとして生きるだけだ。


「感動的な場面に水を差すようで心苦しく思うのですが。実は話に続きがありまして……」


 先程まで黙っていたアンヘルが、申し訳なさそうな表情で話しかけてくる。

 横槍を入れられたのが気に障ったのか、鈴音とシオリはどこか不満そうだ。


「ちょっと空気を読みなさいよ」


「鈴音さん。いちゃつくなら家でしてもらえません? 私は真面目な話をしているのですが」


「鈴音。多分重要そうな話だからちょっと黙ってような」


 アンヘルとツカサにダメ出しされた鈴音は、かまってくれと言わんばかりに身体を押し付けてくる。


「アゼルさんのことについてです。彼女は皆様とは違うのです」


「違うってどういう意味で……?」


 なにか含みを持ったアンヘルの言い方に、引っかかりを覚えてしまうツカサ。

 一瞬アゼルを見れば、彼女の表情には恐怖の色が見える。だから彼女を安心させるように手を優しく握れば、軽く握り返してくれた。


「大丈夫そうですね? それでは本題のアゼルさんのことですが、彼女は……魔王アゼル本人なのです」


「魔王本人であることが、狙われる理由になるのか?」


「ゲーム風に言えば今のツカサさんたち三人はレベル上限が100ですが、アゼルさんはレベル上限が10,000あると思ってください。もちろん鈴音さんやシオリさんの魔王本体はレベル上限が10,000は軽くあります」


「すっげえ弱体化してる」


 ゲームのタイトルが違うだろ! と思ってしまう程の数値の差に、ツカサは絶句してしまう。


「それが原因でアゼルは狙われたのか?」


「はい。誰が狙っているかはわかりません。ですが狙われているのは事実です」


 アンヘルは言い切ると、冷え切った紅茶を飲み切る。そんな彼女の姿を見て、口が乾いたことに気づく。

 慣れない手つきでティーカップを持ち、紅茶を飲んで喉を潤す。いつの間にか鈴音とシオリも、一息入れるのか紅茶を飲んでいる。


「ツカサさん、鈴音さん。お二人にはアゼルさんを守ってほしいのです。シオリさんは警察の仕事がありますので……一日中守れるのは」


「俺たちだけだと」


 無言で小さく首を縦に振るアンヘル。

 すると手を握ってきているアゼルの力が少し強くなった。彼女の顔を見れば、不安そうに目を潤ませている。


「鈴音。俺は受けたいけどいいよな?」


「はぁ……当たり前でしょ。てかこんな可愛い子を放っておくなんてできないわよ」


「ツカサ……鈴音……」


 目を潤ませていたアゼルの目元から、涙が一滴こぼれ落ちる。それを皮切りに涙はポツンポツンと床を濡らしていく。

 服が涙にぬれるかもしれないけど、そんなことは関係なしに鈴音と一緒にアゼルを優しく抱きしめる。


「ふふふ、青春ですねぇ。ねえシオリさん?」


「どうして私に聞くのかしらアンヘル。私の青春時代は灰色だと言いたいのかしら?」


「さあ、どうでしょう」


 不穏な雰囲気を感じてシオリとアンヘルの方に視線を向ければ、今すぐにでも掴みかかりかねない様子の二人がいた。

 このまま放っておけば、取っ組み合いに発展しかねないだろう。

 さすがにそれはマズイ!


「シオリ姉ぇ! アンヘル! ストップ!」


 ツカサの言葉を聞いたシオリとアンヘルは、キョトンとしような表情でツカサの方に顔を向けてくる。


「ここでケンカなんてしませんよツカサ」


 そう言っているシオリの表情は確かに微笑んでいる。しかし長年の姉貴分、弟分の関係は伊達じゃない。

 シオリの眉はわずかであるが、ひくひくと動いているのを見逃しはしない。

 だけど年上の威厳を保つために、シオリは我慢してくれいるのだろう。


(家に帰ったらどんなことを要求されるやら……)


 シオリが矛を納めてくれた代償は大きい。きっと甘やかせだの、一緒にお風呂へ入れだの要求されるだろう。

 後々のことを考えると、どうなるかは考えたくもない。

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