ツカサもあたしとシオリ姉ぇと同じオーヴァーロードなのよ
先に行っていたはずの鈴音であったが、どうやら待っていてくれたらしく、少し先でショートヘアを弄りながら立っていた。
「待ってくれたのか?」
「だってツカサとアゼルがいないと話にならないでしょ?」
「そ、そうなのか」
「そんなもんよ」
鈴音と合流したツカサたち三人は、そのまま城の中を歩いていく。
時折、ビシッとした制服姿の人とすれ違う。その度に。
「どうも」
「あ、どうもです」
といった感じで挨拶をする。そうして十数回は挨拶をした気がするが、カウントするのは疲れたので止めた。
シオリに案内されて歩き続けるツカサたち。
そして豪華な装飾のされた扉の前で、シオリは足を止めた。
「すげぇ……」
扉の装飾が豪華すぎて、逆にそれ以外の言葉が出てこない。
この城のことは全く分からないが、これだけは想像できる。この扉の向こうに城の主がいるのではないか。
「シオリ姉ぇ、この扉の向こうに?」
「ええ、合わせたい人がいます。そこで知りたいことを全部話します、アゼルや鈴音のことも含めて、ね」
合わせたい人……。いったいどんな人のなのだろうか。
緊張のせいか、心臓がバクバクと鳴っているのがわかる。
(アゼルのこと、鈴音のこと、シオリ姉ぇのこと全部聞かないと……!)
幼馴染と姉貴分だけ知っていて自分だけ知らない。その事実に疎外感を感じるツカサは、ここで全てを知る覚悟をする。
「さあ、入りましょう」
そう言ってシオリは、ノックもせず扉を開ける。
目の前に広がったのは広々とした部屋であった。豪華な装飾に、十人以上軽々と入れそうな広さ、そして奥には天蓋付きのベッドが君臨している。
「神崎ツカサさん、アゼルさん、ようこそ私の城へ」
高級そうな執務用のテーブルには、銀のロングヘアーと上品な服装が特徴的な、ツカサよりも年下に見える少女がいた。
「はじめまして、私の名前はアンヘル、この城の主をしていますわ」
アンヘルと名乗った少女は、ペコリと優雅な仕草で頭を下げる。
住んでいる世界が違う。そう思わせるようなアンヘルの仕草に、ツカサはピンと背中を伸ばす。
「あ、どうも神崎ツカサです」
「ア、アゼルです」
「そんな緊張なんてしなくても良いのです。それと私のことは気軽にアンヘルとお呼びください」
(気軽にってそんなの無理だろ!?)
慣れない敬語に手間取っているツカサにとって、アンヘルを呼び捨てするのは難易度が高すぎる。
「とりあえずアンヘルさん呼びでいいでしょうか?」
「ふふふ、そんなに固くなさらずア・ン・ヘ・ルと呼んでください」
「ア、アンヘル……」
「はい」
見惚れそうな笑顔で返事をしてくれるアンヘル。
まずい、イニシアチブを完全に握られてしまっている。そう思っていると、鈴音がツカサとアンヘルの間に入ってきた。
「アンヘル。家のツカサになに唾つけてるわけ?」
頬を膨らませながら怒っている様子の鈴音。しかしアンヘルは微笑みを崩さない。
「あら、いつもツカサさんのことを話しているのですもの、少しぐらいお話をしてもいいでしょう?」
「それ!? ツカサ! 今のは聞かなかったことに……!」
まるで威嚇する猫のような鈴音が、手玉に取られている。
普段見ない鈴音の姿に、アンヘルの評価が上がっていく。
「さて鈴音さんで遊ぶのはこれくらいにして、ツカサさんとアゼルさんにお話をしないといけませんから」
「分かったわ。た・だ・し、後ろで一緒に聞かせてもらうからね」
「どうぞご自由に。シオリさんは?」
「私も後ろで聞いているだけですので、大丈夫ですよ」
「では、小島! 私と皆様の紅茶を用意して!」
アンヘルの呼びかけと同時に、どこからともなく女性が現れる。おそらく彼女が小島だろうか。
彼女の手には、ティーセットが載せてあるトレーがあった。
「お待ちしました」
「ありがとう小島。下がっていいわ」
「失礼いたします」
小島と呼ばれた女性は、テーブルの上にティーセットの載ったトレーを置くと、音もなく去っていった。
「あのー……」
「これから長い話になりますから、飲み物は必須でしょう? 大丈夫ですマナーなんて気にせずご自由に飲んでください」
釘付けになりそうな微笑を浮かべ、アンヘルはティーセットに手を伸ばす。
「さて、まずなにから話しましょうか……ツカサさんと鈴音さんの力について、なんてどうでしょう?」
「お、お願いします」
「また固くなってますよ。さて、世界には超常的な存在――オーヴァーロードが存在すると言ったら信じますか?」
「えっと吸血鬼とか鬼とか?」
「メジャーどころだとそうなりますね、他にも超能力者だの、魔法使いだの悪魔だの多種多様に」
(冗談……ではなさそうだ。少なくとも鈴音とシオリ姉ぇは否定してない。つまり本当ってことか)
幼馴染と姉貴分の反応を見るに、事実なのだろう。とにかく冗談やドッキリの類ではないはずだ。
「そしてアゼルさんは魔王と呼ばれる存在です」
「魔王ぅ?」
「ええ、魔王。悪魔なんかより上位の存在、魔王アゼル。それが彼女の正体です」
アンヘルの言葉を、アゼルは否定しなかった。不安そうに無言で、ギュッとツカサの服を掴むだけだ。
そんなアゼルの反応に対し、ツカサは優しく手を握る。
「あら、お熱いことで」
「それじゃあ鈴音やシオリ姉ぇも超常的な存在なのか……?」
「YESかNOどちらかと聞かれたら、YESと答えましょう」
ガツンとハンマーで殴られたような感覚が、ツカサの身体を走っていく。
そんな重大なことを隠していたのか。そんな気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
思わずアゼルの手を握る力も強くなってしまう。
「ツカサッ!」
「わ、悪いアゼル」
「大丈夫だよ。それより鈴音とシオリのことは……」
「許せるさ。それが幼馴染ってもんだ」
落ち着かせるよう深呼吸して、強張りすぎていた全身の力を抜いてく。
(強がってみたけど、実際はちょっとショックみたいなんだよなぁ……)
アゼルの前なのでなんとか誤魔化してはいるが、彼女の手を握っていない方の手は小刻みに震えている。
するとカチャリと小さな金属音が聞こえてきた。
音のした前方を向いて見れば、アンヘルのいれたであろうティーカップが、目の前に置かれている。
「まだ受け入れていない様子なので、いれたて美味しいですよ」
「あ、ありがとうございます」
ティーカップを持って顔に近づけると、ほのかなレモンのニオイが漂ってくる。
なんとなく心が落ち着くような気分になる。
コクリと紅茶を口に含めば、紅茶特有の苦味が広がっていく。
「……よし。続きをお願いします」
「では続きを、鈴音さんとシオリさん。二人の根源は、アゼルさんと同じく魔王なのです」
「は?」
(鈴音とシオリ姉ぇが魔王……? そんなの知らないぞ……!)
衝撃の事実にティーカップを落としそうになるツカサ。だがなんとか平常心を保つ。
そんなツカサの様子を見ているアンヘルは、無言で微笑んだままだ。
「続きを……お願いします」
「そうですね、鈴音さんの正体は魔王ベルゼブブの写し身と言ったら、信じますか?」
「信じますよ。だって鈴音が止めに入らないんだから」
「……へぇ」
アンヘルの反応が一拍遅かった。
直後、凍えるような感覚が背中を襲ってくる。
ゾワ……っと思わず身体が震えてしまう。
「ふふふ、鈴音さんに嫉妬しちゃいそうですわ……っと失礼。シオリさんも同じく魔王の写し身、魔王の名はダンタリオン」
「鈴音も……シオリ姉ぇも……魔王の写し身だって?」
無言で頷くアンヘル。そのまま彼女は紅茶を飲んでいる。
「アンヘル。一番重要なこと言ってないわね」
ずっと黙っていた鈴音がここで会話に入ってきた。
さっきまでは一切怒っている様子なんてなかったのに、今はあきらかに怒っているようだ。
「ツカサもオーヴァーロードであること。そしてツカサの根源をさっさと言いなさい」
「おい鈴音! それって……」
「そのままの意味よ。ツカサもあたしとシオリ姉ぇと同じオーヴァーロードなのよ」