魔王ダンタリオンの権能
鈴音とアンヘルの拷問――もとい尋問は続くが、レッド・ブラッドの男は頑なにアジトの場所を話さない。
かれこれ十五分以上経過したが、ついには何も話さなくなったのだ。
「駄目ね、これじゃお話する資格ないのかも」
「どういうことだよ」
「アジトの場所は知ってるけど、多分話せない命令でも受けてるんじゃない? こいつの根源が吸血鬼なら、親の命令には基本絶対服従だし」
「ああ、吸血鬼の親だの子だのってやつか」
確かアンヘルの話では、クリムゾンはドラキュラ卿の子だって話だったが……ならなんでクリムゾンは親であるドラキュラ卿の元から離れたんだ?
「簡単な話よツカサ。基本的に吸血鬼の親から命令に、吸血鬼の子は絶対服従だけど時々イレギュラーが生まれるのよ」
「イレギュラーは親の命令を聞かないってことか」
「そ、だからイレギュラーなんて基本は吸血鬼の親に殺されるのが、よくある話なんだけど……」
クリムゾンは生き残った。
しかしどうやってレッド・ブラッドのアジトを探せばいいのだろう。
少なくともここにいるレッド・ブラッドの男は、話す気はなさそうである。
「へへへ……俺は何も話さねぇ。そうすればリーダーが俺を……がふ!?」
直後、突如としてレッド・ブラッドの男は、口から血を吐き出した。
「おい、何があった!?」
「っ! これは舌を噛みましたね……息がありません」
アンヘルが男の脈を測る。しかしすぐに首を横に振って、綺麗な顔を歪ませる。
たった1つだけだったアゼルへの手がかりが、無くなってしまった。
どうすればいい?
無言で思考してみるも、良い考えはなにも浮かばない。ついイライラして、思わず爪をかんでしまうほどだ。
「困っているようですね」
「その声は……シオリ姉ぇ!」
背後から聞こえてくる声に、ツカサたち三人はすぐさま振り向く。そこにいたのはスーツ姿が似合っている北條シオリだった。
しかしふと疑問が浮かぶ。
(あれ? シオリ姉ぇはまだ仕事のはずだろ?)
「簡単な話です。自分の母校で火災が発生したとなれば、いの一番に駆けつけるぐらいおかしくないでしょう?」
「ま、まあそうだけどさ。しれっと思考を読まないでくれよシオリ姉ぇ」
「私はツカサのお姉ちゃんだから考えを読めるんです。当たり前のことですよ」
お姉ちゃんでがある。しかし血は繋がってないし、戸籍上の姉弟でもないのだが……。
指摘したら何をされるか、分かったものじゃないのであえてスルーしておく。
「それでアゼルの居場所――レッド・ブラッドのアジトを知りたいんですね?」
「そうなんだけど……シオリ姉ぇに分かるの?」
「分かりますとも。そのために来たんですから」
いつの間にかシオリの手には。B4判サイズの古めかしい分厚い本があった。
見たことのない本だが、どこから出してきたんだ?
「さて、私の――魔王ダンタリオンの権能を使えば、だいたいの事は分かります。それこそツカサの恥ずかしい秘密も」
「はぁ!?」
(恥ずかしい秘密って何を知ってるんだ! まさか……アレか? それともあのことか!?)
自慢げなシオリの発言を聞いて、ツカサの額に冷や汗が流れ出はじめる。
そんな丸わかりなツカサの反応を見て、鈴音とアンヘルはニヤニヤとツカサを見てくるのだった。
「あらあら、一体何を想像したのかしら?」
「そうですわね鈴音さん。ツカサさん少しお話聞かせてますか?」
二人の興味深そうな視線が、ツカサに向けられる。なんとか追求を逃れようと、ツカサは反射的に後ろに下がってしまう。
だが鈴音とアンヘルはジリジリと、距離を詰めるように近づいてくる。
後ろへ、後ろへと下がっていると、背中に固い物が感じた。おそらくだが背後には木で立っているのだろう。
もう逃げられない! そう思って観念した瞬間。
「鈴音、アンヘル。そんなことをしている場合ではありません。そうですね?」
「はーい、シオリ姉ぇ」
「仕方ありませんね。まあ少しふざけすぎましたわ」
呆れた様子のシオリによる、救いの手が差し伸べられた。
つい感謝の祈りを捧げたくなったツカサだが、すぐに元々はシオリの発言が原因なことに気づく。
「って、最初っからシオリの姉ぇの発言が原因じゃん!」
「バレちゃいましたか」
舌を可愛く出してごまかし笑いをするシオリ。うっかり許してしまいそうになるが、すぐに「いや駄目だろ」と思考を切り替える。
「とりあえずこの話は後だ。シオリ姉ぇ、本当にアゼルの場所が分かるのか?」
「もちろんです。隠し事なんて魔王ダンタリオンの写し身にとっては、子どものかくれんぼレベルに簡単です」
そう言って手に持ったB4判サイズの古めかしい分厚い本を開く、すると勝手に本のページがめくられ始める。
そして数秒後にシオリの持つ本は、とあるページでめくるのを止めた。
「このページにレッド・ブラッドのアジトのデータがあります」
開いたページを覗き込んで見ると、そこにあったのはよく分からない文字がびっしりと書かれたページだ。
それこそアラビア語やキリル文字とは違う、別の文字列だ。
「なるほど……駅前のビルとビルの間にある裏路地を拠点にしているようですね」
「シオリ姉ぇそんな所にクリムゾンがいるのかよ。あそこは、人がいるような場所じゃ……」
「強固なアレナを生成して、人知れず隠れていると言っても?」
シオリの言葉に言いづまるツカサ。
確かアレナは結界のようなものだと、以前アンヘルは言っていた。ならクリムゾンが――レッド・ブラッドのメンバーたちが、展開したアレナの中を拠点としているのはあり得る話だ。
「わかった信じるよシオリ姉ぇ。でもダンタリオンの権能ってなにさ」
「ああ、そのことですか。私――北條シオリは知っての通り魔王ダンタリオンの写し身です」
「それは前にアンヘルから聞いたのを覚えてる」
確かその時は鈴音も魔王の写し身だ。という話だったが……。
ニッコリと笑みを浮かべるシオリは、手に持っている本のページを一枚破る。
解読できない文字でびっしりと埋まっていたページは、一瞬で誰かの履歴書に変わっていく。そこには北條シオリ――ツカサの姉貴分について書かれていた。
「魔王ダンタリオンの権能――能力はあらゆる秘密を暴く能力。その気になれば相手の思考だって読めてしまいます」
「それってすごい能力じゃ……」
「すごい能力すぎて、警察のお仕事では過労死するかと思うぐらいです」
なんとか笑みを崩さないようにしているシオリだが、彼女の表情はどこか陰がある。本当に警察の仕事は大変なのだろう。
「まあダンタリオンの権能のおかげで、お給料に困ることはないのでお酒もたくさん買えるのですが……」
「少しは自重しよう、な? 最近は缶ビールじゃなくて高そうな瓶が増えてるんだからさ」
「むぅ……かわいい弟に言われた以上。少しは考えましょう」
「……コホン」
考えるんじゃなくて、実際に飲む量を減らしてほしい。そう思っているとアンヘルが間に入ってきて、わざとらしく咳ばらいをする。
(っと、今は漫才をしている場合じゃない。アゼルを助けに行かないと)
第三部室棟で爆発が起きてから、時間はそんなに経っていない。急げばまだ間に合うかもしれない。
「シオリ姉ぇ、レッド・ブラッドの拠点まで案内してくれる?」
「あ、ごめんなさい。私はこれから他の場所に行けと警察から命令を受けてるので、案内は無理ですね」
まさかの反応に水を差されてしまう。しかしどうやってレッド・ブラッドの拠点まで行けばいいんだ?
「じゃあどうするのよシオリ姉ぇ?」
「大丈夫ですよ鈴音。私は案内できませんが、このページが案内してくれます」
責めるような鈴音の言葉に、シオリは持っていた本のページを再び一枚破る。するとページは無人で折られていき、綺麗な折り鶴となった。
「さあ、行ってきなさいツカサ。アゼルを助けにいくんでしょ?」
優しげなシオリの言葉にツカサは無言で、サムズアップを返す。




