ようこそ十三番文化研究同好会へ!
アゼルのリアクションにツカサと鈴音は、満足げな表情をしつつも中に入ろうとする。
しかし第三部室棟を見た衝撃からアゼルは戻れないのか、まだ足が動いてない。
「アゼルー? 置いていくわよー」
「え!? 待って! おいてかないでー!」
走り出したアゼルを待つツカサと鈴音の二人は、アゼルが並んだタイミングで同時に歩き出す。
第三部室棟の中に入ってまず最初に見えるのは、清掃の行き届いたロビーだ。
ロビーには多くの学生がいるが、誰もがエレベーターや階段に向かっている。
「なんか忙しそう」
「そりゃあそうだ。みんなロビーで話すより部室で話をしたほうがいいに決まってる」
「部だけでも第三部室棟の中に、確か五十ぐらいはあったはず。プライバシーの面でも部室のほうが優れてるもの」
ツカサと鈴音の説明に「へ〜」と頷いているアゼル。そんな三人は三階まで階段を上がっていく。
三階のフロアへ入った瞬間に、若干くぐもった爆音が三人の耳を襲った。
「ひゃあ!?」
「あー……初めてのアゼルには軽音部やロック同好会の音楽はびっくりするか」
「当たり前だろ。ってか、この音量はどっかの扉が開いてるな?」
直後にアゼルは耳を塞ぎ、慣れた様子のツカサと鈴音は、爆音が聞こえてくる部室の扉を閉めた。
「あ、すまーん」
「ちゃんと閉めとけよー。アゼル、大丈夫か?」
「うう……まだ耳がビリビリする」
まだ耳を抑えるアゼルを心配しながらも、ツカサと鈴音は先に進んでいく。
そして「十三番文化研究室」と書かれた、手書きのプレートが飾られた部屋の前で足を止める。
「ようこそ十三番文化研究同好会へ!」
そう言って鈴音は扉を開ける。中は五人ぐらいの大人が、リラックスできそうな広さの部屋。
ただし部屋は物でゴチャゴチャしている印象を、初めて来た人間に与えそうなほど物が多い。
「なんか……物が多くない?」
「し、しかたないさ。俺たち以外にもこの部屋使う奴がいろいろ物を置いていったから……」
「正確にはシオリ姉ぇやシオリ姉ぇの同期が置いていったのよねー」
中に入っていった鈴音は、部屋の中央を占めているこたつをなでる。夏以外基本こたつとして使用している品で、シオリ曰く昔からあったらしい。
部屋には大量の本が入った棚、テレビ、布団など様々な物があるので、その気になればここで一日二日は暮らせるだろう。
「す、すごいね……」
「ここなら人もそんなに来ないし、部外者のアゼルがいても問題なし!」
鈴音が話している間、アゼルは部屋に置いてある物を興味深く眺めている。
そして最終的にこたつの中に入っていった。
「ねえツカサ。私は大学について詳しくないけど、こんなに広い部屋を使って大丈夫なの?」
「普通そう思うよな。なんでもこの大学の教授のたちが作った研究会だから、見逃されているって話だ」
とりあえず一休みしようと、ツカサは冷蔵庫から飲み物を出そうとする。
直後、ツカサと鈴音のスマートフォンに通知が入った。
「なんだ?」
「もーなによ」
二人が同時にスマートフォンをの液晶を見ると、所属しているゼミの教授からのメッセージであった。
メッセージの内容は「お客さんだ。いますぐゼミ室に来い」と短い文章だ。
顔を合わせたツカサと鈴音は、互いに嫌そうな顔をしている。
「なあお客さんって……」
「心当たりなんてないわね……」
誰が来たのか分からず、額にシワを寄せてしまう二人であった。
このまま教授のメッセージを無視するのは、確実にマズイだろう。後々教授に追求されることが目に見えているからだ。
「アゼル~ごめん。ちょっとここで待っていてくれない?」
「いいよ鈴音」
「んじゃあ俺たちはすぐに用事を済ませて戻って来るから」
ツカサと鈴音は心配そうな目でアゼルを見ながらも、十三番文化研究室を出ていくのだった。
*********
第三部室棟を出てたツカサと鈴音は、早足でゼミ室が集まっているビルに向かう。
「あの美人さん誰だろう?」
「さあ、でもゼミ室にいるってことは教授の知り合いじゃない?」
「ってことは他の大学の教授かなー」
誰が来たのか想像しながら、ツカサたちはゼミ室があるビルに入っていく。
一階はエントランスのような内装となっており、学生が自由に時間を潰している。そして奥には八機のエレベーターがあり、学生たちがエレベーターを待っているようだ。
エレベーター前には十数人並んでいるが、ツカサと鈴音が所属しているゼミ室は十五階にあるので、並んでエレベーターを待つ。
――チン!
エレベーターが来た。並んでいた学生たちがエレベーターに乗っていくので、ツカサと鈴音も乗り込む。
五階、七階、十一階と徐々に上昇していくエレベーター。そして目的の十五階に止まった。
「なんか様子がおかしくないか?」
「あー……? 確かに騒がしいわね」
普段であればゼミ室が集まっているため廊下で騒げば、教授に叱られるはずだ。それなのに誰も注意されてない。
奥を見てみればツカサと鈴音が所属しているゼミ室の前で、学生たちが集まっている。それどころか他のゼミの教授も、ゼミ室を覗いているのだ。
「悪い通してくれ」
「お、神崎じゃんお前もあの人見に来たのか?」
「は? 俺、教授に呼ばれたんだが?」
「まじか……んじゃ飛羽も呼ばれたんだな」
「あったり前よ。ほら通して通して!」
人混みを割いてゼミ室に向かうツカサたち。人混みのせいで若干時間がかかってしまったが、なんとかゼミ室に到着した。
コンコンと2回ノックする。
「失礼します」
「入れ」
扉の向こうから教授の許可が聞こえたので、ツカサと鈴音はゼミ室へ入室する。
ゼミ室に入ってすぐに見えたのは、いつもと変わらない教授と、銀のロングヘアーと上品な服装が特徴的なアンヘルだった。
「ってアンヘル!?」
「お久しぶりですツカサさん。鈴音さん」
「おー神崎、お前の知り合いらしいな。なかなか可愛らしい子じゃないか」
教授は「ま、私の方が綺麗だがな」なんて言うと、そのまま席を外そうとする。
「ちょっと! 教授があたしとツカサを呼んだんでしょ! なんで席を外そうとするのよ」
「きまっているだろう、私が聞かないほうのいい話をするんだろ? オーヴァーロードの神崎ツカサくんと飛羽鈴音くん?」
ころころと笑う教授の言葉を聞いて、ツカサの心臓がドキリと鼓動が激しくなった。
(なんで教授がオーヴァーロードのことを知ってるんだ!? まさか……!)
「お察しの通り、私もオーヴァーロードに関係する人間さ。まあ今回私は手伝えんがな」
「ん? どうしてですか?」
「私もいろいろ忙しいんだ。その点については悪いと思っている」
そう言って教授はゼミ室に置いてある冷蔵庫から、2つのアイスを取り出しツカサたちに放り投げる。
ちょっとお高めなアイスが、放物線を描いてツカサたちの手に収まる。
「終わったら鍵を頼んだよ」
そのまま教授はゼミ室から出ていった。残されたのはツカサと鈴音、そしてアンヘルの三人だ。
「とりあえず二人とも座りませんか? ずっと立っているというのもキツイでしょう?」
アンヘルの意見はもっともだ。立ったままアイスを食べるのも、難しいだろう。
とりあえずアンヘルの向かい側に座るツカサと鈴音。いつの間にかアンヘルの手元には、ティーポットとティーカップが置いてある。
「ところで二人とも一杯どうです?」
「遠慮させてもらうわ。んで、なんの用であたしたちを呼んだわけ?」
「そうですわね。先に要件を伝えます。……レッド・ブラッド掃討を命じていたメンバーが全滅しました」
言い淀んだアンヘルは、苦々しい表情でそう告げた。




