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アゼルの試着ショーの始まりよ

 いつの間にかアレナは解除されていたようで。真昼の空から紅の月は消え、喫茶店は人々の喧騒が戻ってきている。

 とりあえず添付された画像の場所に向かうツカサ。

 いくらだだっ広い大型複合商業施設とはいえ、地元民であるツカサは迷わず画像の場所に歩いていく。


「おーい、こ・こ・よ、ここ」


 ラグジュアリーショップが隣接している、女性向けのブティックショップの試着室。その前で鈴音は、元気よく手を振っている。

 それこそ見ているツカサが恥ずかしいほどだ。


「あれ、アゼルは?」


「あの娘なら今は試着中よ。覗いてみる?」


「覗かねーよ!?」


「冗談に決まってるじゃない。本当にする素ぶりをしたらね……こうよ!」


 全力で股間を蹴るジェスチャーをする鈴音。あきらかにオシオキというレベルでは、済まされないだろう一撃にツカサは股間がヒュン! となる。


「ツカサが来てるの?」


 試着室から布の擦れる音と、アゼルの声が聞こえてくる。

 そして試着室のカーテンが開かれる。すると黒のミニスカートに、同じく黒のショート丈のシャツを着ているアゼルが出てくる。

 ここで一番に目を引いたのは、ショート丈のシャツから僅かに見えるおへそだ。


(可愛い……てか似合いすぎだろ!)


 コーディネートされたアゼルに目が離せないツカサの肩を、鈴音はポンポンと叩いてくる。


「どう? すっごい可愛いでしょ? 着る人間が可愛いと服も映えるわねー」


「ああ……そうだな」


「ほら、もっと目の前で感想を言う! 具体的に!」


 急かすようにバシバシと背中を叩いてくる鈴音。そのままアゼルの前に立つ。

 ツカサとアゼルでは、頭1つ分の身長差がある。だいたいツカサの胸板に、アゼルの頭がくるポジションだ。


「どうかな……ツカサ」


「すっげえ可愛い。いや、綺麗だ」


「ほんとう!? 嬉しい!」


 見惚れそうなぐらい綺麗な笑顔を、アゼルは見せてくれる。


「まったく可愛い子よね」


「ああ、そうだな」


 嬉しそうなアゼルをよそに、鈴音が小声で話しかけてくる。


「アンヘルになんか言われたんでしょ? なんで分かるかって? 分かるわよそんぐらい」


「さすが幼馴染。なんでもお見通しか」


 鈴音の問いかけに一瞬ドキッとしてしまうが、すぐさまアゼルに気取られないよう平静を装う。


「狙っている奴のこと聞かされた。理由は聞かされなかったけど」


「おおよその想像はつくわ。アゼルの力を自分の物にでも、とか考えてるんじゃない」


 フィクションに出てくる悪役が考えそうな理由だ。でもあり得そうではある。


「そんじゃあアゼル、次のを見せてやりましょ」


「うん。鈴音」


 そう言って二人は試着室の中に消えていく。

 かしましい声が試着室の中から聞こえてくるが、聞いていいのだろうか?


「デレレレ……ジャン!」


 同時に試着室を遮っていたカーテンが開く。


「な!?」


 試着室にいたアゼルの格好を見て、ツカサはおどろきを隠せなかった。

 彼女の姿は生まれたままの姿とほとんど変わらず、僅かな布――黒のセクシーな下着によって大切な箇所はなんとか隠されていた。


(似合っているし、えっちだけども……昨日今日会った男の前で見せるもんなのか?)


 そんなことをツカサが考えていると、いつの間にかアゼルが近づいてきている。お互いが触れ合いそうな距離だ。

 視界の大半を下着姿のアゼルが占領したので、反射的に目をそらしてしまうツカサ。


「ツカサこっちを見て」


「え? ぐぇ!」


 次の瞬間、頭を掴んできたアゼルは、無理矢理ツカサの視界を正面へと戻してきた。

 力ずくだったので、潰れたカエルのような声をツカサは漏らしてしまう。


「私のこと……嫌いなの?」


「いや、そうじゃなくて……その男には目に毒なんだ。アゼルの格好は」


「目に毒?」


 よく分かってないようで、アゼルはコテンと首をかしげている。そんな彼女の様子を見ている鈴音は、さっきからずっと笑いを殺していた。


「あ~おもしろ。今のアゼルの格好はね、ツカサみたいな男には効果がバツグンなのよ」


「バツグンって。ツカサ死んじゃうの!?」


「ん~……死なないわよ。どちらかと言えば元気になってるし」


 そう言って鈴音は下半身を舐めるように見てくる。ジッと見つめてくる彼女の視線の先には、勃起したツカサの股間があった。

 イジるネタを見つけたとしか表現できない表情をする鈴音、対してアゼルは鈴音の反応を見て今だに首をかしげている。


「と、とりあえずその下着は似合ってる! 似合ってるから!」


「でしょ。女のあたしが言うのもなんだけど、えっちよね~」


 ニヤニヤと笑っている鈴音は、アゼルのふくらはぎから太ももを舐めるように愛撫していく。単純な仕草のはずなのに、妖艶に感じてしまう。

 続けて鈴音は手でアゼルの指先から二の腕、そして胸元まで愛撫する。そのまま鈴音の手は、アゼルの胸を揉み始めた。


「きゃ!? すずねぇ……ん……やめて……!」


「おーデカい……ちょっとアゼル。この下着何カップあるの!」


「え……? お店の人はHカップって……言ってた……あん!」


「Hカップ。あのGカップの次のH、嘘でしょ……!」


 驚愕の表情を浮かべている鈴音は、そのままアゼルの胸をずっと揉み続けている。その間ずっと、アゼルの口からはなまめかしい声が漏れている。


「てい」


「あいた!?」


 やり過ぎだ。鈴音を正気に戻すために、軽く頭をチョップする。


「そこまでにしとけよ鈴音」


「なーに? ツカサもアゼルの胸、揉みたかったの?」


「いや、普通に周りを見てみろよ。めっちゃ目立ってんぞ」


「え?」


 鈴音はぐるりと辺りを見回す。ヒソヒソと小声で会話している客たちに、冷たい目で見ている店員たちが、アゼルと鈴音のいる試着室を見ている。

 あきらかに目立っている状況に、状況に気づいたアゼルはほっぺたを赤く染めている。


「あははは……レジに行ってくる!」


 そう言って鈴音は商品を抱えると、レジに向かって走り歩きで向かった。


「あ、鈴音この下着も買いたいのに……」


「脱いで買いに行こう。まだ間に合うさ」


「うん!」


 下着姿のアゼルはその場でブラジャーを外し始めた。


「ば……! 違う違う試着室の中で!」


「あ、そうだね」

 とりあえず邪魔にならないよう、ツカサは試着室から出ていきカーテンを閉める。

 カーテン越しに布の擦れる音が、僅か聞こえてくる。


(目の前でアゼルが着替えているんだよな……ってなにを考えてるだ俺!)


 変態チックなことを考えてしまうと、カーテン一枚の向こう側でアゼルが着替えていることを意識してしまう。

 即座に「煩悩退散!」と言わんばかりに頭を振る。だけども一度意識してしまった以上、消すのは難しい。


「ん……」


 アゼルのつやのある声が僅かに聞こえてくる。すると脳裏に、生まれたままの姿をしたアゼルが出力される。


(鈴音ー! 早く戻って来てくれー!)


 頼れる幼馴染はまだ戻らない。

 チラリとレジのある方向を見れば、長々とした待ち行列ができている。そして鈴音の現在位置は……列の最後尾だ。

 ジーザス! そう叫びたかったが、迷惑になるので口をつぐむ。

 直後にカーテンが開く。中からジャージに着替えたアゼルが出てくる。


「ツカサ。着替え終わったよ……?」


「ああ、お疲れ様。鈴音はまだ時間がかかるみたいだ。他の人の邪魔になるから、少し歩こうか?」


「うん!」


 ツカサとアゼルはごく自然に手を繋ぎ、歩幅をアゼルに合わせてゆっくりと歩き出す。

 手を繋いでいるだけなのに、周囲のうるさい音なんてなぜか気にならない。


「ツカサ!」


「ツカサ! ボケっとしない!」


「え?」


 慌てた様子のアゼルと鈴音の声で我に返ったツカサは、すぐさま周囲の状況を確認して気づく。

 空に紅い月が昇っている――アレナが展開されていることに。

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