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第4話 「カフェオレにしといてくれませんか?」

「僕を見ろよ!」


 私に向かってそう叫ぶ一人の男子生徒。


 私にはなぜ彼が必死になって私を止めようとしているのか、その理由がわからなかった。


「僕には何もないんだぞ!? 勉強もできない、運動もできない、人望も無い----。何もない僕からしてみれば胸以外なんでも持ってる君が羨ましくてたまらないんだ! そんな人間が簡単に退学するなんて言うなよ! 僕みたいな無能で何もできない人間でも必死に学校に来てるんだぞ!? いいのか!? 僕みたいな無能に負けても!!」


 それでも、一つだけわかることがある。


 私は彼の、四季屋君の言葉に心を揺さぶられている。


 おおよそ自分のためとは思えない、必死の形相で私に話しかけてくる四季屋君を見て、私は確かに心を揺さぶられていた。


「……胸が無いわけじゃない。小さいだけ」

「……は?」

「だから、胸が無いわけじゃない。小さくったって、ちゃんと立派な胸があるんだから。訂正しなさい」

「……ごめん。ちょっと熱くなった。君は胸がないわけじゃない。ただ小さいだけだ」


 本来なら平手打ちを十回はかまさないと気が済まないようなとんでもなく失礼な発言のはずなのに、なぜだかそんな気は起こらなかった。


「……そこまでいうなら責任取りなさいよ」

「…………へ? 責任?」

「退学、やめてやるわよ。その代わり--責任、とってよね」

「ちょっ、佐倉川さん!?」


 先程まで退学しようと考えどんよりしていた心が嘘のように軽い。


 四季屋君がどんな人かはわからないけど、しばらくは退学をするという選択肢を先延ばしにするのも悪くはないと思えるほど、四季屋君の言葉は確かに私の心を動かしたのだ。




 ◆◇




「それで、何頼む? 今日は初日だから私が奢ってあげる」

「奢られると後が怖いから自分で払う」


 私からのありがたい提案を、四季屋君はぶっきらぼうな態度で断った。

 普段なら『そこは奢られときなよ』と言って無理やりにでも奢るところたが、遠慮のない四季屋君の発言に、私は「ふふっ」と笑みを溢して無理やり奢るのはやめることにした。


「……なんだよ。何か面白かったか?」


 面白かったというよりも、四季屋君の歯に衣着せぬ言葉や飾らない表情が嬉しかった。


「いや、なんでもない。それよりほら、早く何頼むか選びなさいよ。私は味見で全部のメニュー食べさせられたし飲まされたから見なくても知ってるし」


 そう言って、各テーブルに一つしか置かれていないメニュー表を四季屋君に差し出した。


 メニュー表と睨めっこをして目を細める四季屋君の飾らない表情がこんなにも嬉しく感じるなんて、流石は退学を選択するほど人間関係を拗らせていただけはある。

 人間関係を拗らせていたというか、私が1人で気を遣いすぎてただけで、人間関係事態は良好なんだけど。


 ……四季屋君、普通は友達の前でそんな怖い表情見せないのよ。


 いや、今はまだ友達というかビジネスパートナー的な感じだから、そんな表情を見せていてもおかしくはないのか。


 ……いやおかしいな。ビジネスパートナーなら尚のことそんな怖い表情を見せるべきじゃない。


「……じゃあ普通にアイスコーヒーで」

「普通にって、高校生はあんまりコーヒーとか頼まないのよ。苦いし」

「僕は好きなんだよ。カッコつけてるわけじゃないからな」

「そういうことにしといてあげる。じゃあ私も同じのにしよっかしら。お姉ちゃーん、注文よろしくー」

「……」


 私がお姉ちゃんを呼ぶと、四季屋君は私の顔をジッと見つめてきた。

 四季屋君が何の理由も無しに私の顔を見つめてくるはずがないし、お姉ちゃんを呼んだことを警戒しているのだろうか。


「アイスコーヒー二つで」

「……はいよー。簡単な注文は助かるなぁ。四季屋君はガムシロとフレッシュいる?」

「いりません」

「はいはーい」


 注文を取り終えたお姉ちゃんが、キッチンへと戻ろう一歩を踏み出した、その時--。


「--あの、すいません」


 少しだけ不機嫌そうに眉間を寄せる四季屋君は、お姉ちゃんを呼び止めた。

 強がっていただけでやっぱりガムシロとフレッシュが欲しかったのか?


「んー? どしたー?」

「……佐倉川さんのはカフェオレにしといてくれませんか? ガムシロもお願いします」

「……ふふっ。わかった」

「…………へ?」


 なっ、なんで了承も得ずに私の注文したアイスコーヒーをカフェオレに変えたの!?


 私がアイスコーヒーにしたのは--。


「ちょっ、お姉ちゃん!? 私アイスコーヒーだって言ったんだけど!? 四季屋君が勝手にカフェオレにしてくれって言っただけで私もアイスコーヒーが----」

「苦手なんだろ。ブラックコーヒー」

「にっ、苦手じゃない……けど……」


 四季屋君の言葉に、私は力無く返事をすることしかできなかった。


 四季屋君の予想は当たっている。


 私はコーヒーの苦味が苦手で、コーヒーを口にすると『うぇー』っと舌を出さずにはいられない。

 それでも私がコーヒーを頼んだのは、四季屋君に合わせたからだ。


 四季屋君がコーヒーを頼んでいるのに、私がメロンソーダを頼んだら空気を悪くしてしまうかもしれない。

 考えすぎでは? と思う人もいるかもしれないが、女子の社会というのはそういった細かいことで一気に崩れ去るときもある。


 だから、私は自分が嫌だと思っても、苦手だと思うことがあっても、極力人に合わせるようにしている。


 しかし、四季屋君には私がコーヒーを苦手としていることに気付かれてしまった。

 四季屋君はなぜ私がコーヒーを苦手としていることに気付いたのだろう。


「白状しろ」

「……はい。苦手です」

「……だろ」

「なんでわかったの!? 私コーヒーが苦手だなんて一言も……」

「さっき自分で言ってただろ、高校生は普通コーヒーなんて頼まないって」

「そ、それは確かに言ったけど! それだけで私がコーヒー苦手だなんてわからなくない!?」

「アイスコーヒー二つって注文したとき、史花さんの反応に間があったから。それに、史花さんは佐倉川さんにガムシロがいるか訊かなかっただろ? それは佐倉川さんがブラックコーヒー苦手なことを史花さんはしってて、訊くまでもなくガムシロを入れてくるからだと思って」

「なっ--」


 なんという洞察力。


 コーヒーが苦手な私は普段アイスコーヒーなんて注文しない。

 それを知っているお姉ちゃんは、注文を聞いて反応するまでに少し間を開けてしまったのだ。


 ガムシロの話だってきっと四季屋君の想像した通り、お姉ちゃんは私のコーヒーの中には最初からガムシロを入れてくるつもりだったのだろう。


 でも、それだけで私がコーヒーを苦手としていることに気付くなんてもう超能力じゃないそれ?


「……僕に合わせてくれたんだろ?」


 四季屋君は私の反応を伺うように、それでいて確信を持った様子でそう伝えてきた。


 そんな四季屋君の言葉を聞いて、私は一周回って笑えてきてしまった。


「……ふふっ。ははっ。そこまでわかっちゃうんだ」

「昨日の佐倉川さんを見てれば誰にでもわかることだよ」


 昨日の私とは、人に気を遣うことに疲れ切って退学届を出そうとしていた私のことだろう。 

 四季屋君くらい察しのいい人なら、気を遣う私が空気を読んで四季屋君に合わせて苦手なブラックコーヒーを頼んでいたことに気付いてもおかしくはない。


 そして、きっと四季屋君はお姉ちゃんに私が退学しようとしていたことがバレないように言葉を選んで話してくれている。

 そんな細かい気遣いからも、四季屋君が人の気持ちを考えられる優しい人間であることが滲み出ていた。


「……ありがと。カフェオレでお願い」

「はいよっ。カフェオレ一丁」


 とてもおしゃれなカフェの店員とは思えないセリフを吐きながら、お姉ちゃんはキッチンへと戻っていった。


「僕には気を遣う必要なんてない。それが僕がとるべき責任、なんだろう?」


 ……完敗だ。


 私が四季屋君にとらせようとしていた責任のことまで気付いているなんて、どうやら私は四季屋君に勝つことはできないらしい。


「……わかった。私、四季屋君には本当に気を遣わないから。本当に本当に、本当に」

「了解」

「よろしくね。四季屋君」


 それから私は四季屋君にひたすら学校での愚痴を溢し、コーヒーを飲み干した頃に明日もここに来る約束をしてから帰宅した。

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