第3話 「毎日きてもらうから」
「ここは……」
僕が連れてこられたのは海外情緒溢れるオシャレなカフェだった。
佐倉川さんに手を引っ張られている間、どこに連れて行かれるのか想像を膨らませていたが、予想以上に普通の場所に連れてこられて逆に驚いてしまった。
密室に連れ込んでボコボコにするつもりだったとしても、『責任、とってよね……(ペラッ)』と言って僕を誘惑に掛かるつもりだったとしても、カラオケやネカフェのような密室を選ぶだろう。
それがまさか、カップルに人気がありそうなオシャレな北欧風のカフェに連れてこられるなんて拍子抜けにもほどがある。
「カフェ……」
「parfaitよ。カフェパルフェ。ここ、私のお気に入りの場所なの」
そう言って表情を綻ばせる佐倉川さんはあまりにも可愛くて、柄にもなく『こんな彼女がいたら』と思ってしまうほどだった。
しかし、その可愛らしい笑顔が何かを企んでいるような表情にも見えて、背筋が凍るような感覚を覚える。
自分のお気に入りの場所に自分を貧乳と罵った憎き相手を連れてくるなんて、何か企んでいるとしか思えない。
注意をしなければならないが、今は佐倉川さんに従う以外の選択肢は無く僕はカフェパルフェに入店した。
店内は白やグレー、水色を基調とした落ち着いた雰囲気で、クルクルと回るライト、ホワイトオーク柄の床やテーブル、外がよく見える大きなガラス張りの壁など、まだドリンクやフードメニューを注文してもいないのに、その落ち着いた内装だけでまた来たいと思えるほどの空間になっている。
そして僕たちが入店してすぐ、店のスタッフが「いらっしゃいませー」と言いながら近づいてきた。
「おっ、唯花かっ--て隣にいるのは男!? まさか私よりも先に彼氏が!?」
店の女性スタッフが佐倉川さんに親しげな雰囲気で話しかけてきたが、知り合いなのか?
佐倉川さんのように長い綺麗な黒髪ではなく、茶色く肩上程度に切り揃えられ外ハネさせたヘアスタイルに、綺麗に着こなされたカフェの制服は可憐さを演出しており、大人びた雰囲気を感じさせる。
佐倉川さんとは外見に大きな違いがあるはずなのに、佐倉川さんと同じような雰囲気を感じるのはなぜなのだろう。
そんなことよりも、僕が気になったのはそのあまりにも大きすぎる胸だった。
シャツの上から羽織ったエプロンの中を、余す所なく胸が埋め尽くしている。
エプロンがあれなら、中のシャツなんてもうボタンがはち切れる寸前なのではないだろうか。
佐倉川のと比べると、10倍じゃ効かないんじゃないかってくらい……。
っておい僕、胸のことを考えてるのがバレるから、佐倉川、スタッフさん、佐倉川、スタッフさんと視線を交互に向けるのはやめろ。
「彼氏じゃないから安心して。まあ友達ってわけでもないし、ビジネスパートナーってところかしら」
ビジネスパートナーって……。
まあ確かに僕たちの関係は僕が佐倉川さんの退学を止め、佐倉川さんはその責任を僕にとってもらうというだけの関係だ。
友達というよりもビジネスパートナーの方が近い表現ではあるだろうけど、その説明で僕との関係に納得できるわけ--。
「彼氏じゃないなら安心だ。お姉ちゃんよりも先に妹に彼氏つくられたら私のプライドはズタボロだからね」
いや納得すんのかい。その説明で納得するなんて都合のいい思考回路だな……。
--えっ? お姉ちゃん? 妹?
まかさこの2人……。
「……えっ、お姉ちゃん?」
「そっ。この人はこの店の店長であり、私のお姉ちゃんなのよ」
「どうも、唯花の姉の史花でーすっ♡」
佐倉川さんに親しげに話しかけてきた女性スタッフ、それは佐倉川さんのお姉さんだった。
なるほど、この人が佐倉川さんのお姉さんなら、先程僕がこの人に佐倉川さんに似たものを感じたのも肯ける。
そして僕は佐倉川さんの策略を理解してしまった。
お姉さんのお店でなら僕に何をしても証拠を隠滅することは容易で、別のお店に行くよりも気を遣わず僕に責任をとらせられるのでカフェパルフェにやってきたというわけだ。
っていやいや、流石に姉の前で僕を痛ぶったりはしないだろう。……しないよな?
というか、この2人本当に姉妹なのか?
姉妹ならここまで胸のサイズに差が出るとは思えないんだが……。
佐倉川はいいところ少し潰れたシュークリーム、お姉さんのは……水風船に水をパンパンにした感じというか、うん、大きすぎてもう上手く言えない。
同じ親から生まれてきてるっていうのに、こんなに差が出るもんかね……。
「まあこんなおちゃらけた感じの人だから、四季屋君も気を遣わないで良いわよ」
そうは言われても流石に気を遣うわ、というか気を付けるわ。
「妹いるとややこしいし、史花さんって呼んでくれて結構だからね。そんなことよりはよ座りなされや」
そう言って、史花さんは僕たちの背中をポンポン押しながら席へと案内してくれた。
「注文はまた後のほうがいいよね?」
「そうね。私はメニュー知ってるけど、四季屋君はまだメニュー見てないし」
「おけー。それじゃあまた後で!」
そして史花さんが席を離れていき、僕は佐倉川さんと2人になった。
「よくさっきの説明で納得してくれたな。ビジネスパートナーって、普通ツッコミたくなるところだと思うんだが」
「あの人は自分か私のどちらに先に彼氏ができるかしか気にしてないから。適当に誤魔化せばなんとでもなるのよ」
どんな人だそれ。というかあんな綺麗な人、すぐに彼氏できそうだけどな。
「そんなもんか……。それで、なんで僕はここに連れてこられたんだ?」
「責任とってよね、って言ったでしょ?」
まっ、まさか、やっぱり姉のお店なのをいいことに公衆の面前で僕を辱めるつもり--。
「これから毎日きてもらうから」
「…………は? 毎日? ここに?」
佐倉川さんの発言に、僕は耳を疑った。
何かしら責任をとらされるとは思っていたが、毎日このカフェに来なければならないというのは一体どういうことだ?
「そっ。毎日。ここに」
「ちょっと待て、毎日って僕は何も用事は無いから構わないけど、佐倉川さんはそうもいかないだろ? 放課後毎日友達と喋ってるじゃないか」
「心配には及ばないわ。お姉ちゃんのカフェを手伝わないといけないからしばらく遊べないって言ってきたから」
……マジか。
佐倉川さんは人間関係に疲れ切った様子だったので、放課後の会話をせずに帰宅するという判断をするのは理解できる。
しかし、それは大勢の友達ではなく僕に責任をとってもらうことを、僕1人を選んだということに他ならない。
「そこまでするか普通……」
「退学しようとしてた人間が何したって驚かないでしょ。ほら、それよりさっさとメニュー選びなさい」
「……わかった」
佐倉川さんが僕に向かって毎日カフェパルフェに来いと言った意図を理解することはできぬまま、僕はメニューを開いた。