第2話 「ちゃんと責任、とってもらうから」
「おはよう」
僕に『責任、とってよね』と意味深な発言をした佐倉川さんは、その翌日も普段通り登校してきていつも通り大勢の会話の輪の中に混ざった。
--『退学、やめてやるわよ』
そう言って僕の前から立ち去って行ったものの、翌日になって佐倉川さんの登校を確認しないことには、その言葉を信頼することはできなかった。
しかし、どうやら僕の心配しすぎだったようで登校してきた佐倉川さんの様子は普段と変わらない。
佐倉川さんのことを貧乳と罵ってしまった時点でもう絶対に退学すると思っていたが、正直な気持ちを吐き出したのが功を奏したのか?
……というか、僕はなぜ昨日柄にもなく退学しようとしている佐倉川さんを引き止めようとしたのだろう。
学校一の美少女と名高い佐倉川さんが退学届を持っていたのだから、気になって声をかけるのは当然だと思う。
ただ、あそこまで酷い発言をされておいて佐倉川さんを引き留める理由なんて僕には無い。
……まあ考えても仕方ないか。
それよりも、今は昨日の佐倉川さんの発言について考えなければ--。
「--っ!?」
昨日の佐倉川さんの発言について考えようとしていた僕だったが、群衆の中にいる佐倉川さんと一瞬目が合ったような気がして僕の体はびくんと跳ねた。
……気のせいだよな?
群衆の中にいる佐倉川さんが、僕の方へと視線を向けたことに気付かれる危険性を顧みず僕に視線を向けてくるなんてあり得ない。
今の視線が気のせいなのかどうか気になり佐倉川さんをジッと観察してみるが、友達と楽しそうに会話をしているところをみると、やはり先程視線を向けてきたような気がしたのは僕の勘違いだったのだろう。
それよりも、今は昨日の佐倉川さんの発言について考えないといけない。
--『責任、とってよね』
そう言ってきたからには、佐倉川さんの方から僕に何か仕掛けてきてもおかしくはない。
何を仕掛けてくるのか検討も付かないが、いつ何を仕掛けても対応できるよう佐倉川さんの行動に注意しながら今日一日を過ごさなければ。
そう考えて、僕は佐倉川さんの動きを一日観察した。それはもうストーカーのように、舐め回すように。
しかし、佐倉川さんは行動を起こすどころか、僕に一瞥をくれることもなく終業のチャイムと共に教室を出ていってしまい、佐倉川さんが何を考えているのか全くわからなくなってしまった。
わかったことと言えば、やはり佐倉川さんは胸が小さいということだけ。
そんなの最初からわかりきってるし--っていくら心の中の声とはいえ、流石に佐倉川さんにぶん殴られそうなので胸のことは忘れよう。
絶対におかしいよな? 責任をとれなんて言っておいて、その翌日に何もしてこないなんてあり得ないよな?
何もされないこと自体は平穏な生活を送りたい僕にとってありがたく、このまま何事もなく平穏な学校生活を送れるのであれば願ったり叶ったりだ。
とはいえ、絶対に何かされないとおかしい状況で何もされないとなると逆に怖いというか、何か企んでいそうで逆に居心地が悪いんだよな……。
僕が観察する限り佐倉川さんはいつも通り楽しそうに学校生活を送り、そのまま何をすることもなく帰宅していった。
いや、昨日の話からすると佐倉川さんは楽しそうに振る舞っているだけで、本当は楽しいどころか気を遣って疲弊しているらしいんだけど。
普段から自分の本心を隠し楽しそうに振る舞っている佐倉川さんなので、何かを企んでいたとしてもそれを隠して普段通りに振る舞うことなんて余裕なのか?
佐倉川さんが何を企んでいるのか、むしろ何も企んでいないのか、もう全くわからないな……。
…………いや待てよ? 佐倉川さんが帰宅して行った? 何をすることもなく?
普段の佐倉川さんなら一日の授業が全て終わった後で友人と机を囲み賑やかに会話をしており、僕より先に教室を出ていったことは一度もない。
そんな佐倉川さんが今日は僕より先に教室を出たのだ。
それは、普通に見れば全く違和感が無いような光景にも見えるし、偶然用事があって今日だけ早く教室を出ていったようにも見える。
しかし、それが僕に向かって責任をとれと言った翌日の出来事となれば明らかに違和感のある行動となる。
先程までは佐倉川さんは何も企んでいないかもしれないとも考えていたが、やはり佐倉川さんは何かを企んでいる。
それも、わざわざ普段友人としている放課後の会話を断ってまで帰宅し僕に何か仕掛けるために準備しているのだから、かなり手の凝った仕掛けをしてくると考えるべきだ。
やはり明日以降も気を抜くことなく注意が必要だな。
そう気を引き締め直し、僕は学校を出て帰路についた。
気を引き締めるって言ったって、できるだけ佐倉川さんと関わらないようにする他に佐倉川さんの企みを回避する方法なんてないよなぁ。
幸いなのは佐倉川さんが学校では僕に声をかけづらいであろうこと。
あれだけの人気者が学校で僕のような影の薄い陰キャに突然声をかけたら変に話題になるだろうからな。
というか、退学をやめさせてやったのになぜ僕が責任をとらなければならないのだろうか。
退学を止めたとなれば逆にお礼すら言われて良い立場のはずなのに。
『責任、とってよね』というセリフが、フィクションのようにベッドの上で服を脱ぎながら『責任、とってよね……』と艶かしい声で放たれたものだとしたら僕だって喜んで責任をとるだろう。
いや、まあ喜んで責任をとれるほどの勇気も男気も持ち合わせてはいないんだけど。
昨日の流れ的にそんなフィクションのような話はあり得ない。
とにかく、今の僕にできることは佐倉川さんの行動に注意し、そして距離をとることくらいだ----。
「--うぉっと⁉︎」
そう考えていた矢先、曲がり角から突然飛び出してきた何者かに僕は腕を掴まれ引き込まれた。
「なっ、なんだよ突然っ--って……佐倉川さん!? 何でこんなところに!?」
「昨日言ったでしょ。ちゃんと責任、とってもらうから」
まさか、本当に先ほど思い描いていたみたいに今からどこぞのホテルにでも連れて行かれて艶かしい展開に----なんてなるとは流石の僕も思わない。
そそくさと教室を出ていった佐倉川さんを見て何か仕掛けてくるなら明日以降だと決めつけてしまった時点で僕の負けは決定していた。
佐倉川さんは最初から僕が下校しているタイミングを見計らってコンタクトを取るつもりだったのだ。
今からどこへ連れ去られるのか、連れ去られた先で何をされるのか、検討も付かないし考えたくもない。
できることなら佐倉川さんの手を振り解いて今すぐにでも逃げ出したいところだが、左腕を佐倉川さんに両腕でがっしりと掴まれた僕に逃げ道は無く、抵抗するのを諦めて佐倉川さんについていくしかなかった。