第16話 「周のこと、大好きだよ」
俺は七瀬に引きずられるようにしてゲームセンターの中にあるプリクラに連れてこられた。
ゲームセンターはUFOキャッチャーや格ゲーを楽しめるので引きこもりの俺でも足を運ぶが、当然プリクラなんて撮ったことが無い。
「プリクラなんて俺が1番苦手なジャンルじゃないか。なんで無理やり連れてくるんだよ」
「家でパソコンいじったりゲームばっかりしてる周を無理やりにでも連れ出して、少しでも明るい性格にしてあげようって思ってるからだよ」
「余計なお世話だ」
「余計なお世話も何もおばさんからもそうお願いされてるしね」
そう、厄介なのは七瀬には俺の母親から俺を外に連れ出すようお願いされているという大義名分があること。
七瀬が勝手に俺を外に連れ出そうとしているだけなら、俺だって外に出るのを頑なに拒否をするだろう。
しかし、俺の母親から依頼されているとなれば七瀬だって迷惑に思いながら俺を外に連れ出そうとしているかもしれないのだがら、そう簡単に断るわけにもいかなくなる。
……まあ仮に七瀬自身が勝手にやっていることだとしても、家に引きこもって暗い性格になってしまっている俺を外に連れ出し、少しでも明るい性格にさせたいという理由が真っ当すぎて拒否する正当性が見当たらないんだけどな。
「だからって別にプリクラなんて俺とは対極の位置にあるような場所に連れてこなくてもいいじゃないか。もっと段階があるだろ段階が」
「ほら、もう始まるよ」
七瀬はプリクラにお金を投入し、手慣れた手つきで俺にはわけのわからない何かを選択している。
「はいっ、くっついて」
そういうと、七聖は僕の手を引っ張り自分の横に誘導した。
プリクラとはそういうものなのかもしれないが、肩と肩がくっつく位置まで近づくというのはただの友達としてはいささか距離が近すぎるように感じる。
まあただの異性の友達ではなく幼馴染なので、普通の友達と比べると普段から距離感は近いようには思うけど。
とはいえ、普段は肩と肩をくっつけるほどの距離まで近づくことなんてなく、普段よりも近い距離に七瀬がいることに緊張してしまう。
そんな俺をよそに、プリクラ機はカウントダウンを始めシャッターを切った。
「どれどれ……いやプリクラ撮るときまで猫背とかどういうことなのそれ。しかも表情暗すぎ。こんなに明るい場所でどうしたらそんなに暗い顔できるわけ?」
画面に映し出された写真に、七瀬は不満そうな表情を見せる。
自分の写真なんてあまり見る機会はないが、これは確かに猫背すぎるな。
「仕方ないだろ。プリクラに慣れてないってのもあるし、そもそもこれがデフォルトの表情なんだから」
「そのデフォルトを変えるためにこうして外に連れ出して慣れないプリクラ撮らせてるんだよ。ほら、ビシッとしな!」
「グバハァ!?」
二枚目の撮影直前で俺は七瀬に思いっきり背中を叩かれ、そしてシャッターは切られた。
七瀬に背中を叩かれた勢いで四つん這いになり痛みを感じて背中をさする俺のことはお構いなしに、七瀬は写真の出来を確認している。
「うーん……。さっきより背筋伸びてるけど、まだ猫背だねぇ。てか顔っ。ぷっ、ははっ」
「七瀬が思いっきり背中叩くからだろ!?」
「そうなんだけどさ、見てよこの間抜けな表情、これは永久保存版だね」
そんな表情のプリクラを永久保存されたら困る。
これ以上黒歴史は残さないように、背筋を伸ばして明るい表情をしなければ。
そう思っていた矢先、七瀬に背中を押された俺は七瀬の前に立った。
「ほら、前行って」
七瀬に誘導されるがまま、俺は七瀬の前に立ち、俺の後ろに七瀬が立つ形になった。
「ちょっ--!?」
写真を撮る直前、七瀬は俺の腰に手を回し、後ろから抱きついてきた。
「--周のこと、大好きだよ」
「----っ!?」
七瀬の言葉に耳を疑い目を丸くした瞬間、シャッターが切らた。
「おっ、ようやく背筋真っ直ぐになったね!」
「あんなこと言われたら誰だってびっくりして真っ直ぐになるわ! 背筋を伸ばしてプリクラ撮るためとはいえ、やっていいことと悪いことがあるだろう!? 」
「まあ本気なんだからいいじゃん」
「--っ。それは……」
「ほら、次、最後だよ〜」
今のが普通の友達同士ならなんてことない冗談に聞こえるかもしれない。
しかし、俺は知っているのだ。
--七瀬が俺に好意を抱いていることを。
だから、俺には今の発言がただ俺の姿勢を正すためだけの冗談だとは思えなかった。
とはいえ、これだけ好き勝手にやられて黙っておくわけにもいかない。
俺にだって少しはプリクラの知識があるんだからな!
「七瀬」
「……? どうかした?」
「ちゅープリ撮ろう」
「ちゅープリ? ……ちゅープリ!?」
俺は七瀬に仕返しをするために、ちゅープリを撮ろうと提案した。もちろん本気でちゅープリを撮るつもりなんてない。
「なっ、何言ってんの!? 私たち付き合ってもないただの幼馴染だし、ちゅーなんて……」
「昔はいっつもしてただろ」
「いつの話掘り返してきてんの!」
「ほらっ、早く」
そう言って俺は七瀬の顔を俺の方に向け、右手で七瀬の顎をクイッとする、通称顎クイをして見せた。
七瀬はすっかり顔を赤らめて、プルプルと震えている。
こうなったらもうこちらのもの。
俺は少しずつ顔を七瀬の顔に近づけていき、シャッターが切られる直前--。
左手の人差し指と中指を七聖の唇に当てた。
「なっ、なっ、なっ……」
「口と口だなんて一言も言ってないだろ」
「なっ--------」
すでに顔を赤らめていた七瀬だったが、七瀬はそこから更に耳の先まで顔を紅潮させた。
俺は久方ぶりの優越感にひたっ--。
「周のくせに何様ダァァァァア!」
「ギュバハァッ!?」
俺は七瀬からいつもの控えめなパンチではなく、本気の右ストレートを頬にくらった。
「……ふんっ。周が私を掌の上で転がそうなんて百年早いんだから」
「り、理不尽だ……」
「ほら、そんなことより早く落書きしてゆいちたちのとこ戻るよ」
頬は痛むが、本気で俺を殴ったことで七瀬が満足して気持ちを落ち着けてくれたのでまあよしとしよう。
それから落書きを終えた俺たちは彩理たちのところに戻るためプリクラを後にし、俺は七瀬の斜め後ろを歩いていた。
今はまだ横に並ぶ権利なんてないけど、いつかは隣を歩けるように--。
そんなことを考えながら。