第13話 「四季屋君は一番よ」
「……昔さ、やめまくったんだ」
「やめまくった……?」
子供の頃、僕は教育熱心な両親のススメでいろいろな習い事をした。
サッカーにスイミングに野球に体操、ピアノに習字にそろばんに英会話と、ありとあらゆる習い事をさせられた。
しかし、僕はその習い事の全てを初めてすぐにやめた。
スイミングをしても全く前に進まないし、野球をしてもボールを取れないしバットにボールが当たらない、ピアノはそもそも指が短かったし、習字はもはや文字ではなく絵を書いているのかというレベルの酷さだった。
最初は誰だってそうだと人は言う。
しかし、スタートラインは皆平等なわけではない。
誰だって最初は初心者で、そこから上達していくのは当然の話だが、初心者の中でもレベルの違いは確かに存在し、僕は初心者の中でも一番レベルの低い初心者--所謂『下の下』の初心者だった。
全ての習い事で見るに耐えない姿を晒した僕ではあったが、中にはやっていて楽しいと感じ、このまま続けたいと思う習い事もあった。
しかし、習い事という性質上そこにはどうしても優劣がついてしまう。
ただ楽しむということだけを目的としようにも、自然と優劣がついてしまう環境ではただ楽しむことだけを目的に習い事を続けるのは無理な話だった。
そんな経験があったからこそ、僕は自分を卑下するようになり、そして学校でも佐倉川さんのような光り輝く人間の影に隠れるようになったのだ。
「……いろんな習い事をしたんだけどさ。どれも上手く行かなくて、負けを繰り返して、挫折を繰り返して、とにかくやめまくったんだ。……佐倉川さんにやめるなって言ったときはさ、『誰が言ってんだよ』って思ったよ。でも、僕だからこそ、やめないことの重要性がわかっているというか、やめなければよかったって後悔する気持ちは誰よりもわかってるというか……」
「----四季屋君は一番よ」
自信をなくしてしまった理由を話す僕を前に、佐倉川さんはまっすぐ僕を見ながらそう言った。
「四季屋君は私が退学するのを止めてくれた。四季屋君は私が気を遣わなくて済む唯一の存在。四季屋君は私を一番だというけれど、四季屋君が一番だと思ってくれている私の中では今、四季屋君が一番の存在なの。誰といるよりも四季屋君と一緒にいるときが心が落ち着くし、安心することができる。今私にとって四季屋君は心の拠り所なの」
ただ場当たり的に僕を慰めようと放たれた言葉ではないと、相変わらず僕から逸らすことのない視線がそう伝えてくれていた。
「……心の拠り所だなんて、そんな大層なものじゃないよ。ただ佐倉川さんの愚痴を受け止める壁のようなもので----」
「四季屋君は壁じゃない。私の退学を止めてくれたのも、私が気を遣わないでいい存在になってくれたのも、三日月さんと私を本当の友達にしてくれたのも、全部四季屋君なの。四季屋君が動いた結果なの。四季屋君が動かなかったら、今こうして私と四季屋君は一緒にいない。壁は動かないでしょ? 四季屋君は人のために動けるんだから、絶対に壁なんかじゃない。私が四季屋君を壁だなんて、誰にも--四季屋君自身にだって言わせないわ」
僕が自分自身を否定しても、佐倉川さんはその何倍もの熱量で僕を肯定してくる。
その熱量に負けて、僕は少しだけ、僕自信を肯定してもいいのかもしれないと思った。
「……佐倉川さんがそう言うなら、僕はもしかしたら壁じゃないのかもな」
「かも、じゃなくて本当に壁じゃないのよ」
「……そう思うことにするよ」
「カフェの仕事だって上手くこなしてたじゃない。どうだった? カフェの仕事は」
……そうか。
今になって気付いたが、佐倉川さんが僕にカフェの仕事をお願いしてきたのは、最初から僕に自信をつけさせるためだったんだ。
思えばここ数年、昔の失敗を引きずって新しいことにチャレンジした記憶なんてありはしない。
自分は無能だと、何もできない人間だと、そう決めつけていたのは僕自信だったのか。
そんな僕を見兼ねて、佐倉川さんは僕に自信を持ってもらうためにカフェの仕事にチャレンジさせたのだろう。
カフェの仕事が上手く行かず、さらに自信を失ってしまう危険性も大いにあった。
それでも、佐倉川さんは僕を信じてチャレンジさせようとしてくれた。
最悪カフェの仕事が上手く行かず再び自信を失うような結果になったのだとしても、佐倉川さんが僕を信じてくれたという事実があるだけで、自分に自信を持つ理由には十分すぎる。
「思ってたよりは上手くできたかな」
「そうでしょ? 四季屋君なら絶対に上手くできるって思ってた」
「そのどこから湧き出てくるかわからない自信は一体なんなんだ……」
「私、四季屋君を信頼してるもの。気を遣わないってそういうことでしょ?」
佐倉川さんの言葉ひとつひとつが、僕に大きな自信をくれる。
これまで僕のことを信頼してそんな言葉をかけてくれる人は一人もいなかった。
自信がない僕に自信をくれて、僕を心の拠り所だと慕ってくれる--。
佐倉川さんはいつのまにか、僕にとっても心の拠り所で、唯一無二の存在になっているのかもしれない。
「……かもな」
「そうそう、そう言えば真美子がね--」
「いやどんな脈絡でクラスメイトの愚痴始めるんだよ」
それから僕は佐倉川さんの愚痴を聞き始め、カフェの閉店時間が迫るまでずっと話をしていた。




