『矢印』スキルって──何それ?
※しいなここみ様主催『瞬発力企画』参加作品、お題は『コンパス』です。
神様の手違いとやらで、いきなり異世界に転移させられてしまった。
お詫びにと俺がもらったスキルは『矢印』だった。
──ナニソレ? 戦闘に関するものや魔法とかじゃないの?
『いや、あまり強すぎるスキルだと持て余すでな。無理やり魔王討伐に行かされたりとか、イヤじゃろ?』
「まあ、それはそうだけど。でもこれ、何の役に立つんだよ?」
『これはかなりレアで、しかも意外にお役立ちスキルなんじゃよ。そのうちわかる。
とりあえず、この道沿いに北に向かって、最初の町の冒険者ギルドに行ってみるといい。
ではさらばじゃ』
以上で神様によるチュートリアルはおしまい。不親切にも程がある。
そして神様が姿を消すと、視界にうっすら矢印が浮かんできた。その先端には『北』の文字。
──おいっ! ただの『方位磁針』じゃねぇか!!
仕方がないので、北に向かって歩き出した。
街道沿いにも小さなモンスターは出るのだが、剣道の心得がある程度の俺でも何とかなる弱さだ。
やがてレベルが上がったのか、矢印の先端の文字が『ベリオン町』に変わった。
なるほど、少しずつ情報量が増えていくのかな。
驚いたことに、冒険者ギルドで『矢印』のスキルのことを申告すると、いくつものパーティから熱心に勧誘された。何でも『矢印』持ちがメンバーにいるだけで、迷宮探索の難易度が全然違うんだそうだ。
最初に誘ってくれたパーティと一緒に迷宮に行ってみると、その意味がわかってきた。
始めは下層階への階段の方向くらいしかわからなかったけど、レベルが上がるにつれて、トラップや隠し扉の場所までも矢印が指してくれるし、モンスターの出現場所や種類までもがわかるようになってきたのだ。
これは確かに、なかなか役に立つスキルだぞ。
俺は特定のパーティには所属せずに、初級や中級の冒険者相手に、迷宮踏破のサポートを請け負うことにした。
まあ、別に英雄になりたいわけじゃないし、ほどほどに働いてほどほどに稼げればそれでいいし。
おかげさまで途切れることなく仕事が入って、それなりの収入は得られるようになった。
顔も広くなって、ギルド職員や何人かの冒険者たちともよく呑みに行ったりして、まあ、それなりに楽しく暮らしている。
今日は一番ウマが合う剣士のリントに誘われて酒場に来た。
リントは何やら深刻な顔つきだ。相談ごとでもあるのかな。まあ、悩みの中身はわかってるけど。
「なあ、ちょっと相談に乗ってほしいんだけど──」
「ああ、魔術師のミリアのことだろ? 告白するのか?」
「なっ、何でわかったんだ!?」
リントは愕然としている。まあ、まったく顔や態度には出してなかったし、俺以外の誰も気づいてないと思うけど。
「これは絶対に秘密だぜ、リント。
俺最近、人間関係を現わす矢印も見えるようになってきたんだよね。まあ、だからお前の気持ちにも気づけたんだけど」
「それはすごいな!」
「──結論から言うぞ。ミリアはやめておけ」
「そ、それって、ミリアの矢印が俺には向いてないってことか?」
「いや、向いてはいるんだ。だがお前だけじゃなく、ギルドに出入りするほとんどの男に向けられてるんだよ。あれは相当に気が多い女だぞ」
「──え?」
「しかも、数人の男との矢印だけ太くて色が違う。たぶん、深い仲なんじゃないかな」
──リントはかなりショックだったようで、それからすぐに酔いつぶれてしまった。
悪いことしたかなぁ。最後のは、矢印の色や太さが違うのは本当だけど、何を意味するのかはまだはっきりわからないし。
まあ、でも友人を悪女から守るためだ、仕方ないよな。
──断じて、ミリアの矢印が俺にだけ向いていなかった腹いせではないぞ。