それでも構わない
ハビエルとエデルミラの婚約話を聞かされた数日後、カラバンチェル侯爵城にて。
「ハビエル……貴方と私の婚約の話はもう聞いているかしら?」
エデルミラの声は、弱々しかった。
「ああ」
ハビエルは頷く。
エメラルドの目を、床に向けた。
エデルミラも婚約のことをラ・モタ伯爵家当主から聞かされたのだろう。
「ハビエル……私との婚約は……白紙にして欲しいの。私の有責で構わないから。もちろん、慰謝料とかも私の個人資産で払える限りは払うわ。これは私の我儘なのだから、ラ・モタ伯爵家に迷惑かけられないし」
弱々しい声だが、そのサファイアの目は真剣だった。
「ミラ……」
「私は、マカリオ様を忘れられないの。そのくらい、マカリオ様を愛しているのよ。貴族の結婚は政略的なものとはいえ、この気持ちを持ったままハビエルと結婚するのは、ハビエルにも失礼だと思うの」
エデルミラのサファイアの目が、悲しげに揺れた。マカリオの存在は、きっとエデルミラの心の中を大きく占めているのだろう。
「ミラは……俺との婚約を白紙にした後どうするつもりなんだ?」
「修道院に入って、マカリオ様の魂の安寧、カラバンチェル侯爵家とラ・モタ伯爵家の繁栄、それから、ハビエルの幸せを祈るわ」
エデルミラの目は、真っ直ぐハビエルに向けられていた。
そのサファイアの目に引き込まれてしまうハビエル。
思わず、「ミラ、待ってくれ」と口にしていた。
「え……?」
ハビエルから引き留められたことに、エデルミラは戸惑いを隠せずにいた。
「君は……俺の幸せも願ってくれるのだな」
「ええ、そうよ」
戸惑いながらもエデルミラがそう答えた。
「俺の幸せは……ミラ、君が側にいてくれることだ」
ハビエルはそう口にしていた。
口にするつもりはなかった気持ちが溢れ出していた。
「俺は……幼い頃から、君のことが好きなんだ。兄上を想っているミラのことが。兄上を想ったままで構わない。むしろ、兄上を想ってるミラしか俺は知らないよ。何年も何年もずっと俺はミラを見てきたから」
ハビエルはエメラルドの目を真っ直ぐエデルミラに向けていた。
「俺は、ミラに側にいて欲しい。この先も兄上を想ったままで構わないから。ただ、俺の側にいて欲しい。修道院に行かないでくれ」
エデルミラの手を握り、ハビエルは懇願していた。
「ハビエル……」
エデルミラは相変わらず戸惑ったままである。ずっと幼馴染だと思っていた相手から想いを告げられたのだから当然だろう。
「少しだけ……少しだけ時間をちょうだい」
「……分かった」
エデルミラの言葉を聞いたハビエルは、ゆっくりと頷いた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数日後。
カラバンチェル侯爵城に、再びエデルミラがやって来た。
「ハビエル、私はこの先もマカリオ様のことを忘れることは出来ないと思うわ」
ふわりとしたエデルミラの表情。サファイアの目は、少し悲しそうに遠くを見ていた。
ハビエルはそうだろうなとため息をつく。
「たけど……この前ハビエルの本当の気持ちを聞いて……貴方と向き合いたいと思ったの」
「え……?」
予想外の答えに、ハビエルはエメラルドの目を見開いた。
きっとエデルミラは自分の隣にいる道を選ばないだろうと予想していたのだ。
目の前にいるエデルミラは、悲しみを含んではいるがどこか穏やかな表情だった。
「じゃあ……ミラは修道院には行かずに俺と婚約してくれるの?」
ハビエルは恐る恐る聞いてみた。するとエデルミラはゆっくりと頷く。
「なるべく、前を向けるように頑張るわ」
「ミラ、嬉しい。でも、頑張らなくて良い。俺は、君の心の中にいる兄上も含めて、この先もミラを愛しているから」
ハビエルは真っ直ぐエデルミラを見つめる。
そのエメラルドの目は、覚悟が決まっていた。
エデルミラの全てを受け入れるという覚悟が。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
数年後。
「父上! 母上!」
黒褐色の髪に、エメラルドのような緑の目をした少年が元気よくハビエル達の元へ駆けて来た。
彼は立派な花束を抱えている。
「どうした、ミゲル?」
ハビエルは優しげにエメラルドの目を細め、まだ四歳である息子であるミゲルの頭を撫でた。
「今日は伯父上の命日だと聞きました。このお花を、伯父上のお墓に供えたいのです」
「まあ……マカリオ様の」
隣にいたハビエルの妻、エデルミラは懐かしそうにサファイアの目を細めた。
その目は、まだほんの少しだけ悲しみの色に染まっている。
「じゃあ、三人で兄上のお墓まで行こうか」
ハビエルはそう提案し、三人でマカリオが眠る場所まで向かった。
息子のミゲルはマカリオの墓に花束を供え、マカリオの魂の平穏を祈っているようだ。
そして、ハビエルの隣にいるエデルミラは、切なそうな表情である。
(ミラ……君は少しずつ明るく前向きになったけれど、きっとまだ心の中には兄上がいるんだね。それでも構わない。あの時俺は、兄上を想っているミラを、ミラの全てを愛すると誓ったのだから)
ハビエルは穏やかに微笑む。
柔らかな風が、ハビエルの頬を撫でるのであった。
読んでくださりありがとうございます!
これで完結です!
少しでも「切ない!」と思った方は、是非ブックマークと高評価をしていただけたら嬉しいです!
皆様の応援が励みになります!