十二話 孤児院
「じゃあ今日は解散。二人とも、帰っていいぞ」
「ん?ちょっと待ってくださいよ。彼はどこで寝るんですか?」
「この家だが?」
「なっ!?」
驚愕した顔でファーラはこちらを見た。
「コルリアさんの家に!?なんでそんな贅沢がこいつに許されるんですか!?」
「うちの決めたことだ。とやかく言うことは許さないぞ」
リアはスパッとファーラの文句を切り、日が落ち始める外を見つめる。
「もう疲れたろ?二人は戻って休みな」
不完全燃焼なファーラは俺を一度睨んで、リアの家を後にした。エルミアは一礼をし、ファーラの後をついていった。
家は静かになり、リアは軽い足取りで椅子に向かう。
「夜ご飯まで時間がある。ちょっと座ってくれ」
俺は言われるがまま椅子に座り、リアも同様に体面に座った。義手の方で肘をつき、こちらを見ながら喋り出した。
「やっと安心できる夜だな。せっかくだ。少しフィルの話を聞こうじゃないか」
「俺の…話?」
「あぁ。捕まる前までの。少しはお互いに知っとかないとな」
「…あまり面白い話ではないですけど」
「いいんだよ、それで。うちもそんなに面白くはないが」
「わかりました。…では」
俺が自己を認識していた時から、俺は孤児院にいた。ユートリスの中の端の端にある孤児院施設にて俺は育った。そこには俺と同じように親を失ったり、また親から頼まれてそのまま捨てられた子がごまんと居た。
その孤児院の運営者の一人であるおじいさんが、俺が10歳の時に事実を教えてくれた。
「…フィル君。君はとても酷な話かもしれんのじゃが、もう立派な10歳じゃ。しっかりと言おう」
その日、俺は施設の中の運営室に呼び出された。おじいさんは膝を落とし、目線を合わせて言ったのだ。
「君の親は、君が1歳の時にここに預けた。そしてその後、君の親はどこに行ったか…わからんのじゃ」
悲しそうな目でおじいさんはそう言った。言葉は理解していたつもりだが、受け止められるほどメンタルが強い訳ではなかった。
小さなころから育ったこの孤児院は言わば家のようなものだ。外には基本出れないけれど、ここに居る子たちと一緒に遊んで暮らし、勉強を共にした。
その過程で、ここが孤児院というのは入ってくるのが子供だけだったことから予想はついていた。俺もその一人であると。
「君の親のことは、何も情報が入っていない。君をこちらに預けた時、両親は非常に慌てた様子だったのじゃ。何も聞けんかった」
すまない、と一言いうおじいさん。俺はなにも言わず、その部屋を後にし就寝室へ一人戻っていった。
そしてベッドの上で膝を曲げ座る。
「…父さん、母さん」
今はどこにいるかわからない父と母。名前もわからず、容姿も不透明だ。9年ほど前ならば、その時から容姿が変わっている可能性もある。再開するというのはほぼ絶望的だろう。
それでも、少し嬉しかったことは親が直接この施設に送ってきてくれたということだ。
捨てたことに変わりはないが、道端などや家に置き捨てにしたわけではないことにほんの少しの嬉しさがあった。
ここにいる子たちはほとんど捨てられたりした子だ。偶然見つけられた子や知らぬ人が届けてくれたケースが多い。
その中で俺は直接両親が届けてくれたというのなら、まだやさしさはあったのだろう。そう信じている。
俺のいた施設では定期的にテストが行われた。とは言えど、勉強した内容を理解しているかというごく普通のテストだ。電子パッドで行われ、俺たちはキーボードを打って答えを入力していくのだ。
そうやってテストはどんどん繰り返される。だが、俺は特段そのテストで高得点を取っているわけではなかった。
テストの内容に不満があったり、教えられることに懐疑的であったりしたためだ。どれもこれもこの都市を中心とした歴史や社会や言語を教えられるのだが、何とも面白くはない。ただ高得点を取れば褒められるのもあり、親のいない俺たちはそれが欲しくて高得点を取ったものだった。
「やったぁ、見て!100点!」
「あーあーまた64点。もう天才じゃね?」
「うーん…今回の点数はひどいなぁ…」
結果を見て嬉しく身振り手振りをしたり、落胆している子たち。そして俺は27点というかなり低いスコアを初めて取ったのだ。
「…なんなんだろう、このテスト」
俺は周りが喜んでいる中、椅子に座って特に表情を出さず、天井を見上げていた。もう俺は17歳だった。その時、よこから声をかけてきた。女性の声だ。
「フィルお兄ちゃん!どうだった?」
俺の腰くらいの背を持つ小さな女の子。黒髪で短く整えられた子は、施設の服を着てこちらに近寄ってきていた。
「あぁ、サマンサは良い点数取れたのかな」
「うん!見て!98点!前より5点アップ!」
「ははっ、そりゃ良いな」
俺はそっと彼女の頭を撫でる。まだサラサラで細い髪はなんとも触り心地がいい。
「フィルお兄ちゃんは?」
「えっ?」
俺は咄嗟に結果の紙を隠した。それをサマンサは覗き見ようとするが、右手の平を出して制止する。
「みちゃだめだ」
「なんで?」
「…それは、だな」
「あー、わかった!お兄ちゃん低い点数取ったんでしょ!」
「グハァッ」
曇りなき眼の純粋さがナイフのようだった。案外子供は察する能力が抜群に高いのかもしれない。
その時だ。俺の肩を後ろから優しくたたく人がいた。振り返ると、あのおじいさんだった。
「ちょっと、良いかね?」
俺は軽くうなずき、この部屋を後にしておじいさんの後をついてく。そしてそのまま歩いていくと、おじいさんはあの時俺に事実を伝えてくれた部屋へと導いた。
そして俺が入るのを確認すると、すぐさまドアを閉じた。
そして血相を変えて俺の両肩を強くつかんだのだ。
「どうしてそんな低い点を取ってしまったんじゃッ!」
「…え?」
いつもの愛想のいいおじいさんじゃなかった。汗がだらだらと落ち、髪も荒れている。目も安定せずゆらゆらとさせ、息も荒かった。
「どうしてッ!なぜなんじゃッ!フィルッ!」
ぐらぐらと俺の両肩を揺らし、首が揺れていく。怖い顔で、怖い言い方で、すべてが恐怖とたとえられるほど今のおじいさんはおかしかった。あまりにも普段との差で俺は恐ろしくなり、震えてしまう。
「ど、どうしたの…おじいさん」
「あぁ…あぁ…なんで…なんでなんじゃ…。フィル…君はあんなにいい点数を取り続けていたのに…」
ようやく両肩から手を離すと、よろよろと歩きながら机に手をついて頭を抱えた。
「…フィル。すまんかった…」
そうぽつぽつと呟いて、おじいさんは椅子に座った。俺は委縮して体が震えたままだった。
「いずれお迎えが来る…。儂のせいじゃ…」
おじいさんは頭を両手で抱え、そのまま椅子で力なくして猫背になった。
そしてその数日後。真夜中。この日は雨が降っていた。
「フィル。来なさい…」
おじいさんは俺の寝室にやってきた。おじいさんと会うのはあの狂気染みた時以来だ。まだあの時の顔が鮮明に残っているため、恐怖はまだあったが俺は頷いておじいさんの後に着いていった。
廊下を歩いていた時は、おじいさんは両手を合わせながらぼつぼつとずっと言っていた。明らかにいつもと違う。顔は見えなかったが、きっといい顔はしてないだろう。汗もずっと落ちていた。そしてその先は、まさかの玄関だ。俺以外にも数名、子供が居た。
「もうお迎えが来る」
おじいさんは俺含めここに居る子供たちにそう言って、素早く玄関を開けた。そこに居たのは、この街を警備している警備兵5人だった。俺たちも玄関を強引に出ろとおじいさんに指示される。裸足のままだった。
「な…警備兵?」
子供たちは純粋に警備兵が何なのかわからず見つめるが、俺は流石にこの人がどういう仕事をするのかわかっていた。主に街の警備、治安維持。
だがここに危険なものがあるだろうか。銃まで構えて、何をしようとしているのか。
「これで全員か」
「…そうじゃ」
警備兵は手に持ったリストを確認して、顔を見比べているようだ。
「確かに全員だ」
雨に打たれたまま、警備兵はリストを仕舞い俺たちに近づいた。そして次の瞬間。
「あぁッ!?」
強引に子供たちの腕を掴んで、ずるずると引っ張っていく。俺は驚いていると、次から次へと警備兵は俺たちを掴んで引っ張っていく。雨が辺り、一気に服はびしょ濡れになっていく。髪の先端に雫ができ、地面に落ちた。
「な、なんだ!?なんなんだッ!おじいさん!俺たち何かしたの!?」
おじいさんはぼつぼつと口を動かして、玄関の先へ戻って行ってしまう。
見捨てられたのか。
警備兵は首輪と手錠を持ち、強引に俺たちに着けていった。
「さっさとついて来いッガキッ!」
俺は殴られ、子供たちも力なくして連れ去られていく。雨が降る。大都会の影で、俺は地面を引きずられたまま奥に見える車に運ばれていくのだった。輸送するつもりか。
手錠と首輪をさせられた俺たちは車の狭い後部座席に乗せられた。そしてそのまま見たこともない大都会の景色を眺めながらどこかへと運ばれていく。
数十分後。多くのトレーラーが止まっている駐車場へ俺たちは運び込まれていた。荒いやり方で警備兵は俺たちを掴んで、雨の下俺たちを連れていく。どうやら俺たちだけでなく、ここには多くの捕まった人たちが居た。皆列をなして、どんどんとトレーラーへと向かっていた。
「なんでこんな…」
「い、いやぁ…」
「どうしてこんなッ…ぐふッ」
そうか、俺は遂にアウトサイダーとして連れてこられたのか。
前日単みたいなエピソードでしたね。