十話 住まい
「ついてきてくれ」
リアは軽快に歩き出し、俺は隣について歩いていく。鳥が老朽化した街灯の先端に止まって、つんつんとつついている。
自然が少し浸食しているこの都市の景観を見ながら俺は言った。
「どこに向かっているんですか?」
「うちの家だ。まずは住まいが必要だろ」
ふん、と鼻を鳴らして調子良さそうにこちらを見ながらリアは歩いている。俺は小さく、「ありがとうございます」と歩きながら会釈する。わざわざ助けてもらっただけでなく、住まいも提供してくれるとは。
ただ周りを見ていると、人口はこの都市の居住可能な住宅をオーバーしているようにも見える。恐らく定員オーバーで住んでいる住まいもあるのだろう。この都市に今求められるのはともかく住まい、食料、そしてインフラだ。ただ住まいとインフラはロボットの力を借りればなんとか拡張、建築はできそうだが食料に関してはテクノロジーがあっても時間を要する。数には限りがあるのだ。
「見た感じ、余裕はなさそうですね」
「あぁ。贅沢は言ってられないからな」
リアがそう言って数分後、右に曲がって、草木が生えている先へと向かう。その奥、小さなコンクリートの建物が見えた。横に少し長い真四角な建物で、少し草は巻いているが、綺麗に装飾されたものだった。
「おしゃれな家ですね」
「そりゃ世辞でも嬉しいな」
リアは自家製と思われる木製のドアノブを引いて中へと入って行く。俺も続いて中に入ると、電気をつけて中が明るくなる。木製の机、椅子、棚などが置かれている。地面は布が敷かれ、住み心地は良さそうだ。
「いろいろと置いてあるんですね」
「どれも遠征中に持ち帰ったものばっかだ」
リアはホルスターを外し、棚に置いた。そしてそのまま机の傍の椅子に腰を掛けた。向かいに座れと指をさし、俺は対面の場所の椅子に腰かけた。
「さてと。フィルにはここに住んでもらう。安心しな、ベッドはちゃんと二つある」
義手でピースの形をつくってこちらに突き立てる。俺はどう反応すればいいかわからず、ただただ頷くだけだった。
「そんで、フィルはこの世界のことを何もしらない。そうだろ?」
「はい、孤児院でただただ食べて寝てを繰り返してただけですので…」
「なら、勉強は第一優先だな。その後は戦闘方法なども知る必要がある」
「な、戦闘方法?」
「当たり前だろ。昨日のようなロボットに襲われた際はちゃんと対処できなきゃな」
それはつまり、この俺に銃を扱えということか。ユートリスから逃げる際にも、リアは敵に向かって銃を撃っていた。あのような正確な射撃ができるまで訓練しなければいけない、ということなのだろうか。
俺はこの街に住んでいる人たちを思い出しながら口を出した。
「この街の人たちのように、レストランとか、また酪農家とか、ラボとか、そういうのはやってはいけないんですか?」
リアは目を見開くと、瞼を閉じ顎を摩りながら唸った。
「うーん…。出来れば君には戦闘員として活躍してほしいんだ」
「…それは、どうして、ですか?」
義手と普通の手を机の上で合わせて、彼女は続けた。
「これは私の直感なんだが、君には戦闘のセンスがあるような気がするんだ」
「セ、センス?戦闘…への?」
「フィル。あのロボットや、警備兵が怖いか」
真剣な目と声で、リアは言った。俺は頭を少し俯かせて少し考えた。
「そんな、急に言われても…。怖いと言えば、怖かったです。捕まった身でもあったので」
「そうだよな。まぁ確かに、君の人生を勝手に決めているようだし、悪いな。今はまだ考えたままでいい。やりたいことが決まったら、教えてくれ」
「いや、そんなことは。命の恩人ですし、協力できるのであれば…」
「大丈夫だ。そんな慌てる必要はない。とりあえず色々と勉強して、からだな」
リアは椅子から立ちあがると、窓の外を眺める。俺は両膝に手をついて、さっきリアが言ったことを振り返る。戦闘員として、訓練するか、否か。昨日のような戦闘を思い出すと、死と隣り合わせな生き方だと感じる。たとえ敵が人でもロボットでも、こちらを殺すには躊躇ないモノと戦うのならば、それ相応の覚悟が必要だと思ったのだ。
俺は、今のリアのように勇敢に、俊敏に戦い抜くことはできるのだろうか。リア自身は俺のことを戦闘面で持ち上げてくれたけれど、そんなことどこから彼女は感じたのだろうか。
そうやって思考を回していると、部屋のドアがノックされた。3回。リアは振り返り、俺も振り返った。
リアは何も言わず、ドアを見ていた。あの顔からして、ドアの向こうに立っている人がわかっているのだろう。
ドアノブが周り、ゆっくりと開いた。そこに立っていたのは、二人の男女だった。
男の方は紫の髪で、ショートヘアで前髪を上げたスタイルをしていた。手には長いメカメカしい剣のようなものを持っていた。Tシャツにジーパンを身に着け、少し汚れている。
女性の方は薄い青色の髪で、背中まで伸びている後ろ髪で前はおでこの中心から左右に綺麗に分かれている。腰には拳銃を装備し、紺のジャケットを着て、鼠色の長ズボンを履いていた。同様に少し汚れている。顔つきや背からどちらも俺と同じくらいの年齢に見えた。
二人は視線をリアの方に向け、男の方から口を開いた。
「遠征から戻りました、コルリアさん」
「ともに無事です」
リアは微笑んで、腰に手を当てた。
「お疲れ、ファーラ、エルミア」
寒くて手がかじかむね…