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六話:会議は踊る①


 会議室は重厚な鉄製の扉を閉めると、外界の喧騒が完全に遮断された。室内は薄暗く、窓のない壁一面に古びた地図と作戦図が貼られ、中央の長テーブルに三人が座っていた。

 神祖スメラギは、いつもの穏やかな微笑みを浮かべたまま、ホワイトボードの前に立っている。蒼い髪が少し寝癖をつけたまま肩に落ち、エメラルドグリーンの瞳が柔らかく二人を見守っていた。


 彼の小さな手がマーカーを握り、『作戦会議』という文字を丁寧に書き終える。


「さて、二人とも」


 スメラギの声は静かで、どこまでも優しい。それでいて、若き天才少年の苦労の重みを確かに感じさせる響きがあった。


「前回の奴隷解放作戦は成功した。その一翼を担った君たちには、感謝の念がたえないよ。そこで分かった情報だけど……奴隷商人は色々な種類がいることがわかったね」


 彼はくるりと振り返り、ホワイトボードに流れるような筆跡で書き始めた。


・支援勢力:敵国/人外種族

・目的:アドラー帝国の弱体化

・戦力:不明(推定多国籍傭兵+異能者)


 スメラギはマーカーのキャップを静かに閉め、ラスティの方を向いた。


「はい、ラスティ。まず基本から。奴隷商人を支援している勢力の戦力と組織形態の予想を、すでに君が出しているよね」


 テーブルの向こう側、黒曜騎士団の蒼と白の制服に身を包んだラスティ・ヴェスパーは、背筋を伸ばしたまま静かに頷いた。

 漆黒の髪は一筋の乱れもなくオールバックに撫でつけられ、深淵のような瞳が冷静にホワイトボードを見つめている。


「軍事帝国アドラーは、質実剛健で安定性を重視した異能者を、特に軍部に大量に擁する最大勢力国家です。治安維持組織は内部の宗教的権威を伴い、派手で火力重視の大型武装を多用する傾向が強く、機動性や継戦能力に弱点を抱えやすい」


 声は低く、抑揚を抑えた丁寧なものだった。まるで教科書を読み上げるように正確で、無駄がない。スメラギは小さく頷き、微笑みを深くした。


「前提条件の共有は王道だね。で、奴隷商人の行う戦法は?」


 ラスティは一瞬、視線を落として考える。長い睫毛が影を落とし、端正すぎる顔立ちがわずかに硬くなった。


「奴隷商人は国家の公式勢力ではなく、地下で活動する非合法組織です。だから正規の『正しさ・秩序・善』を掲げる治安維持組織と対峙する際は……組織全体像は地下ネットワーク型組織でしょう。アドラーのような強権的な軍事・宗教国家では、信徒増加や宗教的権威を重視する国是に反するため、奴隷貿易は厳しく禁じられています。そのため、奴隷商人は表向き商業ギルドや交易会社、慈善団体を装いつつ、裏で密輸ルートを構築した多層的な犯罪シンジケートが予想されます」


 スメラギの瞳が細まる。穏やかなまま、しかし確かに満足そうに。


「そうだね。いいね。もう少し具体的に」


 ラスティは息を整え、続けた。


「首領は貴族落ちや腐敗した元軍人・聖職者など、内部の腐敗を活用する者。中間層は国境地帯の密輸業者や他国とのコネを持つ商人。下部は傭兵や誘拐専門の実行部隊。多国籍で流動性が高く、アドラーは敵国が多く、奴隷商人は敵国または中立商業国家の支援を受けやすい」


 スメラギは静かに手を叩いた。一度だけ、軽く。


「流石に頭が回るね。付け加えるなら……人的資源の流通を狙い、戦争捕虜や貧民を奴隷化している。物流依存の弱点を突き、水面下でアドラー軍の補給線を乱す役割も兼ねる可能性もあるよ」


 テーブルの端、アロラ・バレンフラワーは腕を組み、静かに二人を見ていた。黒髪が肩に落ち、赤い瞳がわずかに光る。彼女は何も言わず、ただ状況を観察している。スメラギは再びホワイトボードに向き直り、新たな項目を書き加え始めた。


・戦法予測:補給線妨害/情報撹乱/ゲリラ活動


「さて、次は……」



 ホワイトボードには奴隷商人の組織構造や支援勢力がびっしりと書き込まれ、赤と黒のマーカーで強調された文字が冷たい光を反射していた。


 神祖スメラギはマーカーを置き、ゆっくりとアロラの方を向いた。


 穏やかな微笑みは変わらないが、エメラルドグリーンの瞳にわずかな興味が灯る。


「では、粛清機関のアロラさんはどう思うかな?」


 アロラ・バレンフラワーは腕を組んだまま、静かに口を開いた。黒髪が肩に滑り落ち、赤い瞳が鋭く光る。声は低く、どこか冷ややかで、しかし確かな重みを帯びていた。


「戦力の特徴としては……帝国の正規軍。安定・万能型や治安維持組織の派手・火力特化の『磐石さ』を崩すため、奴隷商人の異能者は尖った極端な専門性と、非道・非対称戦術を重視したものが多くなるはずよ」


 スメラギは小さく頷き、すぐにホワイトボードに書き加え始めた。


『攻撃傾向:一撃必殺型/精神干渉型/隠密・機動特化』


 スメラギは言う。


「うちが嫌う不安定だけど強力な一撃必殺型や、精神干渉型かな。主力は機動性が高く、隠密特化型。治安維持組織の大型武装による低機動性を逆手に取り、ヒットアンドランを得意とするね。影や幻影、瞬間移動系の能力で奇襲・逃走を繰り返すとか」


 彼は書きながら淡々と続ける。


「奴隷誘拐に適した『催眠・洗脳』『幻覚誘導』能力も多用だろうね。捕獲対象を自発的に従わせる。精神・制御特化型は奴隷管理に必須の『支配・服従強制』能力。相手の意志を奪う、痛みを無視させる、忠誠を植え付ける……戦闘では、光の使徒の『善・秩序』理念を逆手に取り、精神汚染や恐怖誘発で戦意を削ぐ」


 アロラは静かに息を吐き、続けた。


「あとは……非人道的な行為はあるでしょうね」


 スメラギは小さく笑った。

「だよね」

「非道の尖った一撃型は、軍事宗教国家ゆえのタブーを突くでしょう。死体操作、魂奪取、禁呪的な大規模破壊を躊躇なく使う。そもそも敵国の尖った戦力がアドラー正規軍の安定性を崩すためだったように、奴隷商人も正規軍が嫌う不安定高出力を積極採用してくるのは想像に難くない」


 彼女は一瞬、視線を落とし、ホワイトボードに書かれた文字を眺めた。


「装備の傾向は小型・軽量・隠し武器中心。大型武装は目立つので不向き。遺物技術の闇市場流出品や他国製の異端武装を使用。奴隷を洗脳・強化した『人間兵器』として戦力化。数で押すか、囮として使い捨て。毒薬、罠、環境利用──地下道や密林でのゲリラ戦が多い。派手さより実利優先」


 スメラギは最後の項目を書き終え、マーカーを置いた。


「となると、相手の戦術の強みと弱みはなんだと思う?」


 アロラは即座に答えた。


「非対称戦が得意ね。治安維持組織は衆生に見せる権威が重要だから、公開戦闘で派手に勝つ必要がある。でも奴隷商人は暗殺、誘拐、逃走で消耗させる。腐敗した内部情報を買収で入手し、奇襲を繰り返すだろうね」


 その時、テーブルの向こうで静かに聞いていたラスティが、初めて口を挟んだ。声は冷静で、しかし確かな意志が込められている。


「弱みとしては、正規軍相手の正面戦では劣勢。戦力の質が不安定で出力が高いが暴走リスク大きい。粛清が本格化すると、組織の流動性が仇となり壊滅しやすい、でしょう。流動性が高いというのは、犯罪の証拠が残るということでもあります」


 スメラギは二人を交互に見やり、静かに息を吐いた。


「奴隷商人は国家の安定・権威・正しさを逆手に取った機動性と精神操作を武器に、ゲリラ的に食い荒らす存在になると予想できる、というわけだ」


 彼は小さく首を振り、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。


「だっるいね」


 会議室に、わずかな沈黙が落ちた。三人の視線がホワイトボードに集中し、それぞれの胸に異なる思いが去来する。スメラギは懐中時計をそっと取り出し、蓋を開けた。古びた針が、静かに時を刻んでいた。


 

会議室の空気はさらに濃密になっていた。ホワイトボードはすでに文字と図で埋め尽くされ、赤いマーカーで囲まれた


 「第一級警戒対象」の文字が、まるで血文字のように不気味に浮かび上がっている。神祖スメラギはマーカーを握り直し、ゆっくりと新しい欄を書き始めた。蒼い髪がわずかに揺れ、エメラルドグリーンの瞳は穏やかだが、どこか遠くを見ているようだった。


「使ってくる異能ともかく、モンスターの種類は予測できるね」


 彼は流れるような筆跡で、階層ごとに敵の種族を分類していく。


【第一級警戒対象】

『ヴァンパイア(特に上位種・純血)』

上位悪魔デーモン、大悪魔』


【第二級警戒対象】

『中位悪魔(インプ系の上位種)』

『サキュバス/インキュバス(魅魔系)』

『アンデッドの上位種(リッチ、デスナイト、ヴァンパイアロード)』

『ゴブリン(大量の群れ+シャーマンやロード)』

『ウェアウルフやその他の獣人上位種』


【第三級警戒対象】

『下級ゾンビ・スケルトンなどの低位アンデッド』

『ドラゴン(特に聖竜や光竜系以外)』

『下級悪魔(インプ、小鬼系)』


 書き終えると、スメラギは一歩下がり、ホワイトボードを眺めた。


「ヴァンパイアは弱点属性を反射・吸収する個体が多く、夜間戦で優位。血を吸って即座に奴隷化できるから、捕虜を戦力に変えられる。上位悪魔は属性攻撃を完全に無視して接近し、契約で忠誠を確保できる。サキュバス系は精神操作で味方を寝取る。アンデッドの上位種は知能が高く、軍団を増やせる」


 彼は淡々と説明しながら、各項目に短い理由を付け加えていく。


「ゴブリンは数と繁殖力で消耗戦。ウェアウルフは身体能力で近接を圧倒。一方、下級アンデッドや下級悪魔は浄化攻撃で一掃されるし、ドラゴンは目立ちすぎて権威演出に利用されやすい」


 アロラ・バレンフラワーは静かに頷き、赤い瞳でリストを追っていた。腕を組んだまま、わずかに眉を寄せる。ラスティ・ヴェスパーは背筋を伸ばし、漆黒の瞳をホワイトボードに固定したまま、一切の表情を崩さない。スメラギはマーカーを置き、ゆっくりと二人に向き直った。


「こんな感じ。で、そんな敵は、たぶん継続したゲリラ戦を選択する。奇襲と混乱を続けて削る。順当だが、効果的だ」


 彼は小さく息を吐き、いつもの柔らかな微笑みを浮かべた。


「では、我が軍事帝国アドラーはどういう戦略をとるべきか?」


 会議室に、再び静寂が訪れた。古びた懐中時計の針だけが、かすかな音を立てて時を刻んでいる。三人の視線が交差し、それぞれの胸の中で、異なる答えが静かに形作られ始めていた。



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