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五話:第一次奴隷解放作戦終了


 事務仕事の山をラスティは文句を言わず淡々片付けていた。


 アロラは『面倒』の一言で消えてしまったし、スメラギは別の仕事があるからと戦力外通告だ。ラスティは書類仕事をしながら、その書類の内容で劣等感を刺激されていた。


(この施策……私が自分で考えて提出したものか。それが全て却下されて優秀な施策が上がってきて、それを無能な私が採用する。本当にアドラーは良い人材が揃ってる)


 自分より優秀な人物は沢山いる。

 最初は良かった。自分で考えて治安維持をやってれば拍手喝采で、尊敬された。しかし今の特務隊長では求められるハードルが上がり、『自らの知識と経験』が通用しない場面が増えている。


 所詮はただの貴族。特別な才能や先天的な特殊能力がない凡人である。異能持ちのエリートや、専門的な分野に特化して頑張った人間達には到底及ばない。そもそも物理法則の範疇にいる時点で平凡なのである。


 できるやつがいるなら、できる人間に任せれば良い、と思考を切り替えてからは早かった。必要な分野の最低限の知識や経験だけ獲得し、あとは状況に合わせて適切な能力を持つ人にお願いする。 学者と戦士では戦う土俵が違うのだ。ならば、それぞれの得意分野で、能力を万全に発揮できる環境を整えれば、目の前の困難を乗り越えられる。


 学者には研究を、戦士には暴力という戦場を任せて、自分は穴埋めや、トラブルに随時対応していく。しかし、できるやつをみると嫉妬するし、気分が悪い。


 ちゃんと頑張っている光の人間たちに対してそんな醜い感情を抱く自分が情けなくて嫌になる。だけど、全身全霊で生きる人々は素晴らしく、尊敬するからこそ、その人達の隣に立っても恥ずかしくない存在になるべく、己の性能を上昇させようと錬磨を重ねる。


(エクシアなどの奴隷達は病院で検査している時間帯かな。各地の奴隷商人を一斉に襲ったから人数も多いだろう。時間もかかる)


  ストレスと折り合いをつけながら、出世を目指して今できる最善を積み重ねる。自分の無能を仕方ないと諦めて、それはそれとして必要な努力を必要な努力だけ積み重ねる。


 それで回ってしまう自らの人間性にも笑ってしまうが、効果だから諦めるしかない。


(書類仕事も慣れたものだ……最初はスメラギ隊長に教えてもらいながらやってた)


 そんな自分に、過去と比べて成長したのでは? と思うも、否定的な思考が割り込む。


(これだけ恵まれた環境なら、誰でも成長する。嫌になるな、本当に。慣れて手癖でできるようになったから余計なことを考えてしまう)


 書類仕事を片付けて、固まった体をほぐす為に肩を回しているとアロラが戻ってくる。ラスティは優しく声を掛けた。


「お帰り、アロラさん。暇潰しはできたかい?」

「ええ、いろいろとね。土産話とお土産あるけど、いる?」

「頂こう。ん? 話題と物質、両方あるの?」

「ええ、最近流行りの自決爆弾」

「理解ができないな、何故?」

「テロリストの宝物庫からの押収品。用途はともかく技術は高い。小さく、火力が高く、安価。戦いが起こるからこそ技術は進歩する。皮肉ね」

「ああ。それにそういう使われ方をすれば造った者達も、国賊の誹りを免れない。我々の軍が使えば名誉と対価を得られただろうに」

「そういう問題? ズレてるズレてる。これは」


 アロラは、ケラケラ、と笑いながら言う。そして、大仰な動作とオペラのように歌い上げる。


「私達の奴隷解放作戦はこう謳われているそうよ。空より迫るは蒼き光。聖なる者を喰らい、悪しき者を滅する断罪と暴虐の弓矢。おお、天から降り注ぐ。怪物を産む母胎を必滅し、邪龍を貪り糧とする罪人は焼き消える。それは正に全てを正す聖なる光。月の女神による慈悲の涙なり……ですって」

「吟遊詩人によるその語りがあるならば、奴隷商人の生き残りはいたのか」

「そうね。奴隷商人と反生命組織ジェノバ。秘密結社ロイヤルダークソサエティと円卓の騎士とか色々と」


 聞き覚えのない単語が出てきて、ラスティは問い返す。


「奴隷商人はわかるが反生命組織ジェノバ……反生命組織ジェノバ???? 反生命組織? 秘密結社ロイヤルダークソサエティ? 円卓の騎士?」


 そのラスティの反応に、アロラは楽しそうに手を叩く。そして言う。


「そうそう笑っちゃったわ。反生命組織ジェノバは、この世に存在する全ての生命を抹殺し、未来を閉ざす。そして過去へ戻っていって、星の創世記まで遡り、星を喰らうことで生命が存在した残滓すら残らず必滅することを目標とした組織よ。ロイヤルダークソサエティは神星に至り、物理法則を掌握するのが目的」

「ふっ。化け物過ぎるな。もうみんなで潰したほうが良いだろうね、そんな組織」

「それがね、強いのよ」

「強いのか」

「強いの、フィジカルが」

「なら概念系の異能使いを集めて潰せば」

「概念系の異能使い達が協力すると思う?」

「……ダメか」


 概念系の異能……目には見えず実体がない、人には干渉できない世界を縛るルールや法則に作用できる力。つまり、妄想や理想を現実にできる現実改変能力者達だ。


 そんな者達にも基本的に弱点がある。意識外から初見殺しの概念系能力で殺害することだ。

 概念系の能力者は意識や意志力が大切となる。現実を否定して、己の好きなように改変するメカニズムだ。それ故に自我や自意識を消してしまえば脅威はないし、意識外からの即死攻撃はちゃんと効く。


 自動発動型や因果逆転という例外はあるが、少数派だ。 なので、必然的に奇襲するのが先手必勝となる。そんなリスクを抱える能力者達は、顔や素性を隠す。そして常に不意打ちを警戒する人間不信達だ。あとは単純に現実改変が重複すると、世界が予期せぬ方向性で歪む。


 そんな異能者が協力して任務に参画することは不可能だ。今を認めず、己のルールに改変する彼らは性格が極めて破綻しているので、同じ現実改変能力者に同族嫌悪を覚える。だから原則として概念系能力者は群れない。


「奴隷達のメンタルケアも必要だろう、些か気が滅入る」


 ラスティはため息をつく。アロラはラスティの背後に回り、ゆっくりと抱きしめた。


「頑張って、ラスティ」

「ありがとう、感謝する。アロラさん」


 ラスティは書類仕事を完了して、軽くストレッチする。


「病院に顔を出そう。エクシアがどうなったか心配だ」


 ラスティは書類の山をようやく片付け終え、デスクの上で軽く背中を伸ばした。肩が軋むような音を立て、固まった首を回す。


 窓の外はすでに夕暮れに近く、部屋の中は橙色の残光が薄く差し込んでいるだけだ。アロラはソファに腰掛け、押収してきたという小さな金属の球体を指先で転がしながら、にやにやと笑っている。


「で? 病院に行くの?」

「ああ、行くとも。エクシアの様子が気にかかる。あの子、随分と消耗していたからな」


 ラスティは立ち上がり、制服の襟を直しながら答えた。アロラは球体をポケットにしまい、立ち上がる。


「私も同行するわ。奴隷商人や他の人の情報が救出した奴隷たちから知ることができるかもしれない」

「生き残り……か。奴隷商人どもはほぼ壊滅させたはずだが」

「壊滅させたのは商人だけよ。ジェノバだのロイヤルダークソサエティだの、円卓の騎士だの……あれらは別枠。商人たちはただの『取引先』だったみたいだから。まだまだ敵はいるわ。奴隷商人を名乗ってはいるけど、その実態は敵の軍人という話もある」


 ラスティは苦笑いを浮かべ、ドアに向かって歩き出す。


「ますます頭が痛くなってきたな。反生命組織に秘密結社に円卓の騎士団……に偽装した敵の工作員。それら纏めて奴隷商人か。まるで悪ふざけの絵本だ」

「でも本物よ。少なくとも、彼らは自分たちを本気でそう呼んでる」


 二人は並んで廊下を歩き始めた。夕方の本部は静かで、遠くで訓練場の掛け声がかすかに聞こえるだけだ。


「エクシアは……大丈夫かしら」


 アロラが小声で呟く。普段の軽口とは違う、本気の心配が声に滲んでいる。



 病院の自動ドアが静かに開き、消毒薬の匂いが鼻を突く。 ラスティは受付で簡単な手続きを済ませ、アロラと共に指定された病棟へ向かった。廊下は静かで、時折看護師の足音だけが響く。窓から差し込む夕陽が、白い壁を橙色に染めている。


  エクシアの病室は個室だった。ドアの前に立つと、中から微かな話し声が漏れていた。

 ノックをしてから入室する。

  ベッドに座っていたエクシアは、点滴を外したばかりらしく、腕に小さな絆創膏が貼られていた。顔色はまだ悪いが、目はしっかりと開いている。隣には白衣の医師と、別の看護師が立っていた。


「……ラスティ様」


 エクシアが小さく声を上げ、ベッドの上で身を起こそうとする。ラスティはすぐに手を挙げて制した。


「動かなくて大丈夫だとも。まだ安静にしていてほしい」 


 医師がカルテを閉じながら、軽く頭を下げる。


「特務隊長と粛清機関代表。お疲れ様です。エクシアさんの検査は全て終わりました。身体的な損傷は軽度で、栄養失調と軽い脱水症状が主です。異能の過剰使用による魔力枯渇もありますが、数日の安静で回復するでしょう」

「精神面はどうなの?」


 アロラの問いに、医師は少し声を落とした。


「……トラウマは残っています。奴隷時代のこと、解放時の記憶、そして……貴方に関する記憶がフラッシュバックを起こしています。薬で抑えていますが、カウンセリングが必要です」


 エクシアは俯いたまま、シーツを握りしめていた。

 ラスティがベッドの反対側に回り、エクシアの手をそっと握る。


「エクシア、よく頑張った。君の苦痛に耐え続けた精神に敬意を表する」

「……ラスティ様……私、迷惑を……」

「迷惑なんてかけてない。君はただ、生き延びただけだ」 


 ラスティはしっかりと目を見て、言う。


「エクシア。君はもう奴隷じゃない。ここはアドラーの病院だ。君は人類であり、我々の仲間だ。我が国の法律によって対等な立場だ」


 エクシアの瞳が揺れる。涙が一筋、頬を伝った。


「……本当に……私なんかで、いいんですか?」

「いいに決まっている。君は君でいるだけで肯定される。君は自由だ。治療が終わったら、何をしたいか考えて、未来に希望を持ってほしい」


 ラスティは静かに、しかし力強く言った。


「自分たちは、君を救い、ここに連れてきた責任がある。そして、君がこれからどう生きるかを決める権利も、君にある。仕事の斡旋から、生活の相談まで全て用意する。安心して今を生きるんだ」


 エクシアは唇を噛み、ゆっくりと顔を上げた。


「……ありがとうございます。ラスティ様……アロラさん……」 


 医師が部屋を出ようとする。


「では、私はこれで。明日また回診します」


 看護師も続いて退出し、病室には三人だけが残った。

 アロラがエクシアの髪を優しく撫でる。


「他の子たちも、みんな元気よ。同じ病棟にいるから、後で会えるわ」

「……みんな……無事だったんですね」

「ああ。全員、無事だ」


 ラスティは窓際に立ち、外の夕焼けを眺めながら言った。


「これから先、辛いこともあるだろう。だが、私たちはここにいる。君が一人で抱え込む必要はない」


 エクシアは小さく頷いた。しばらくの沈黙の後、アロラが軽い口調で言った。


「ねえ、エクシア。退院したら、何食べたい?」

「……え?」

「甘いもの? それともお肉? なんでもリクエスト聞いてあげるわ」


 エクシアが少しだけ笑った。それは、久しぶりの、本物の笑顔だった。

 ラスティも小さく微笑み、静かに病室を後にした。

 廊下に出ると、アロラが追いついてくる。


「……少しは、安心できた?」

「ああ。ありがとう、アロラさん」

「どういたしまして。でも、まだ終わってないわよ。あの吟遊詩人の話とか、ジェノバだのロイヤルダークなんたらだの……」

「わかっている。一つずつ、片付けていくしかない。彼女ような人を生み出さない為に。そして被害にあっても健全に生きれる国にする為に」

「そのためにはまず、目先の脅威を潰さないとね」

「ああ、奴隷商人など許していけない」


 二人は並んで歩き始めた。夕陽が長く影を伸ばし、病院の廊下を赤く染めていた。


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