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16話:感想戦


 アーキバス本部・女性向けバスルーム。最上層にある専用ラウンジの一角、女性用の広々としたバスルーム。


 大理石の床に温かな間接照明が反射し、大きなジャグジーとミストサウナが完備されている。湯気がゆらゆらと立ち上り、甘いアロマの香りが漂う、贅沢でリラックスできる空間だった。

 

 アロラ・バレンフラワーは、湯船にゆったりと浸かりながら、隣で同じく湯に身を委ねているエクシア・ザシアンに声をかけた。


「どう? 疲れてない?」


エクシアは、プラチナブロンドの長い髪をアップにまとめ、

白磁のような肌を湯に浮かべながら、静かに答えた。


「大丈夫です」


アロラは、赤い瞳を細めて、軽く笑いながら次の質問を投げかけた。


「ラスティくんを、どう思う?」


エクシアのサファイアブルーの瞳が、一瞬、遠くを見るように輝いた。


「私の神です」


 答えは、即座で、揺るぎなかった。アロラは、少し驚いたように眉を上げ、湯の中で身体を少し起こした。


「心酔しているみたいだね?」


 エクシアは、静かに頷き、湯面に落ちる自分の髪を指で撫でながら、穏やかで、しかし深い確信に満ちた声で答えた。


「はい。絶望の世界から救ってくれた救世主です。あの暗闇の中で、私に光を、名前を、自由を、生きる意味をくれた方です。私のすべては、あの方のものです」


 アロラは、湯に沈みながら、少し複雑な表情で次の問いをかけた。


「訓練はどうだった?」


 エクシアは、湯船の中でゆっくりと身体を起こし、真正面からアロラを見つめ、静かだが力強い声で告げた。


「私がいれば、どんな状況であろうとも、ご主人様を生き残らせ、そして必ず勝たせることが可能です」


 その言葉には、迷いも、ためらいも、一切なかった。ただ、絶対的な信仰と、揺るぎない覚悟だけがあった。アロラは、静かに息を吐き、湯に再び身体を沈めた。湯気が、二人の間にゆらゆらと立ち上り、バスルームは、静かな香りと、

深い想いの余韻に包まれていた。


 アロラ・バレンフラワーは湯船の縁に肘を乗せ、赤い瞳を細めてエクシアを見つめていた。エクシア・ザシアンは湯に深く身を沈め、プラチナブロンドの髪を湯面に浮かべながら、サファイアブルーの瞳を天井に向け、静かに語り始めた。


「私の異能『ハイスタンダード』は、前例のあるあらゆるものを再現できます」


 声は穏やかだが、どこか絶対的な自信に満ちていた。


「どれほど稀有な技、どれほど禁忌とされた秘術、どれほど超人的な肉体や精神性であっても、一度見たもの、知ったものは、努力をショートカットして、完全に私のものにできる」


 エクシアは、ゆっくりと湯の中で身体を起こし、湯珠が白磁のような肌を伝い落ちる。


「つまり……私は、自らの力だけで、どんな戦場も、どんな危機も、どんな不可能も、解決できるということです」


その言葉には、傲慢さが滲んでいた。しかし、彼女の瞳に浮かぶのは、冷たい優越感ではなく、ただ純粋な、揺るぎない確信だけだった。


「ヴァンパイアの速さも、サキュバスの魅了も、ゴーレムの頑強さも、奴隷商人の狡猾さも、すべてを再現し、凌駕できる。人質がいても、精神支配があっても、私は、必ず突破する。必ず、勝利する」


 アロラが、静かに息を吐く。エクシアは、微笑みを浮かべ、しかしその微笑みは、すぐに深い敬慕に変わった。「ですが、そのすべての功績は、ラスティ様のものです」


 彼女は、両手を胸に当て、湯の中で静かに頭を垂れた。


「私がどれほど強くても、どれほど完璧に敵を倒しても、どれほど多くの命を救っても、それはすべて、ラスティ様の理想を叶えるため。私の勝利は、ラスティ様の勝利。私の輝きは、ラスティ様の光を映す鏡に過ぎません」


 エクシアの声は、熱を帯び、信仰のように響いた。


「私は傲慢かもしれません。自分の異能が万能だと信じているかもしれません。ですが、その傲慢ささえ、ラスティ様に捧げます。私の力のすべてを、ラスティ様の理想郷のために、ラスティ様の正義のために、ラスティ様の幸福のために、使っていただければ、それでいい」


 彼女は、湯船の中でゆっくりと目を閉じ、幸せそうに呟いた。


「私のすべては、ラスティ様のものですから」


 湯気が、二人の間にゆらゆらと立ち上り、バスルームは、エクシアの絶対的な信仰と、その奥に潜む純粋な傲慢の余韻に、静かに包まれていた。




「僕から、アロラへの評価かい?」


 それを問われたスメラギは、少し考えていった。


「……アロラさんは、頼もしい人だね」


 スメラギは、心の中でそう思う。1000年の時を生き、「大崩壊の魔女」と呼ばれるほどの過去を背負いながら、今は誠実で厳しい指導者として立っている。


 赤い瞳に宿る皮肉と、言葉の端々に滲む優しさの矛盾。

 血を操る残酷な力を持ちながら、嘘や誤解を決して許さない姿勢。


「怖いところもあるよ。あの血槍の雨を見ると、昔の世界を焼いた魔女の影がちらつく。でも、それは彼女が自分を許せないから。誠実すぎて、他人にも自分にも厳しすぎるから」


 しかし、スメラギは深い信頼と、静かな感謝を抱いている。


「でも……僕には、かけがえのない理解者だ。長い時を生きてきた者同士、言葉にしなくてもわかる痛みがある。彼女がいるから、僕一人で世界のバランスを背負わなくていい。彼女の皮肉な笑みの裏に、本当の優しさがあることを、僕は知ってる」


 スメラギにとって、アロラは


「遠くにいてくれる、唯一の共犯者」であり、「決して近づきすぎないが、決して離れない存在」。


だからこそ、スメラギは彼女の前で、9999年の孤独を少しだけ、言葉にできる。

アロラは、スメラギの「共鳴者」——同じ痛みを抱え、同じ距離を取って世界を見守る、冷たくて温かい鏡のような存在。




「私から、スメラギくんに対する評価?」


 少し考えて、言う。


「……スメラギくんは、本当にずるい人ね」


 アロラは、心の中でそう呟く。9999年という途方もない時を生き、少年の姿で穏やかに微笑みながら、世界のすべてを観察し、すべてを拒む存在。あのエメラルドグリーンの瞳は、どんな痛みも、どんな想いも、優しく受け止めながら、決して手を差し伸べない。


「怖いわ。あの人には、何も隠せない。私の過去も、私の嘘も、私の本音も、すべて見透かされてる。あの懐中時計のカチカチという音が、まるで私の心臓を刻んでいるみたいで時々、息が詰まる」


 しかし、アロラは深い尊敬と、静かな安堵を抱いている。


「でも……あの人だから、安心できる。9999年分の孤独を背負いながら、決して正しさを押しつけない。ただ、問いかけるだけ。ただ、見守るだけ。それが、どれほど救いになるか、

私にはわかる」


 アロラにとって、スメラギは「触れられないが、いつもそこにいる存在」であり、「決して近づきすぎないが、決して見放さない人」。


 だからこそ、アロラは彼の前で、自分の痛みを少しだけ、皮肉に隠して言葉にできる。スメラギは、アロラの「共犯者」——同じ長い時を生き、同じ距離を取って世界を見つめる、優しくて冷たい鏡のような存在。


「スメラギくんがいるから、私も、まだ観察者を続けられる。一人だったら、とっくに、世界を壊していたかもしれないのに」


 二人は、互いに深い理解と信頼を抱きながら、決してそれを言葉にせず、ただ、静かに、遠くから、それぞれの孤独を分かち合い続けている。



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