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15話:ラスティとスメラギ


 アーキバス本部・最上層、専用個室レストラン。洋風の雰囲気が漂う小さな個室は、暖かな間接照明と木目のテーブルが落ち着きを与えていた。


 窓からは帝都の夜景が遠くに瞬き、壁際のキャンドル風ランプが柔らかな光を落としている。テーブルには、シンプルなステーキとサラダ、甘口カレーが並び、グラスにはノンアルコールの赤ワインが注がれていた。神祖スメラギは、蒼い髪を少し乱れたまま、少年らしい姿勢でフォークを動かしていた。


 向かいに座るラスティ・ヴェスパーは、上級士官制服のまま、丁寧にナイフを扱っている。スメラギは、ステーキを一口食べた後、穏やかな笑みを浮かべて、ぽつりと尋ねた。


「どう? 疲れてないかい?」


 ラスティは、ナイフを置いて、静かに答えた。


「大丈夫です。訓練はハードでしたが、充実していました」


 スメラギは、頷きながら、甘口カレーをスプーンで掬い、

少し間を置いて、次の質問を投げかけた。


「エクシアちゃんを、どう思う?」


 ラスティは、わずかに視線を上げ、黒曜石の瞳を静かに細めた。


「強くて良い子ですね。能力も戦闘センスも申し分なく、性格はまだ完全に判別できませんが、自分のやりたい事を全力でやる方向性は、好ましいです」


 スメラギは、くすりと小さく笑い、グラスを手に取った。


「心酔されているようだけど?」


 ラスティは、フォークを止めて、静かに息を吐いた。


「みたいですね。私は憧れられるような人間ではありませんが、彼女がそうしたい、というならそれで構いません。彼女の想いを、無下にはしたくない」


 スメラギは、穏やかな瞳でラスティを見つめ、次に尋ねた。


「訓練はどうだった?」


 ラスティは、少し間を置き、ナイフでステーキを切りながら、静かに答えた。


「人質や奴隷の救出を努力義務とするのは、嫌です。被害が出る可能性を前提にするのは、正直、胸が痛みます。ですが……仕方のないことでしょう。囮部隊としての役割を考えると、避けられない判断です」


 彼は、ナイフを置き、真正面からスメラギを見た。


「だからこそ、自らを鍛え上げて、努力義務さえなくても、スマートに、すべてを助けられるようになりたいと思います。人質も敵も、この世界すべてを掌握できる圧倒的な力を」


 スメラギは、静かに頷き、穏やかな笑みを深めた。


「……救う力ではないのかい?」

「どちらも同じでしょう」


 個室に、静かな時間が流れる。キャンドルの灯りが、二人の影を優しく揺らし、帝都の夜景が、遠くで静かに瞬いていた。スメラギは、もう一口カレーを食べ、ラスティは、静かにワインのグラスを傾けた。

 二人の間には、信頼と、静かな理解だけが、穏やかに満ちていた。



 ラスティは独白する。


「……スメラギ様は、恐ろしい人だ」


 ラスティは、心の中でそう評する。途方もない時を生き、世界のバランスを一手に背負いながら、少年の姿で穏やかに微笑んでいる存在。


 あのエメラルドグリーンの瞳は、すべてを見透かし、すべてを許し、すべてを拒む。問いかけはいつも優しく、しかしその奥に、絶対的な距離と中立がある。


「私のような未熟者を、上司として、時には親友のように扱ってくれる。私の暴走を恐れながらも、私の成長を静かに見守ってくれる。あの懐中時計のカチカチという音が、世界の均衡を刻んでいるようで……近づきがたいが、近づきたい」


 ラスティは、尊敬と、わずかな畏怖を抱いている。


「だが、同時に……信頼できる。彼は決して私に正しさを押しつけない。ただ、問いかけるだけ。『どうしたい?』『それでいいのか?』と。それは、私が自分で道を選ぶための、最大の優しさ」


 ラスティにとって、スメラギは「遠くにいてくれる、絶対的な観測者」であり、「決して手を差し伸べないが、決して見放さない存在」だ。だからこそ、ラスティは彼の前で、自分の未熟さを隠さず、自分の痛みを言葉にできる。スメラギは、ラスティの「鏡」のような存在——自分を映し、自分を見つめ直させる、冷たくて温かい鏡だった。



 スメラギは独白する。


「……ラスティくんは、本当に危うい子だね」


 スメラギは、心の中でそう思う。矛盾だらけで、痛みを抱え込み、自分を塵屑と呼びながら、次世代に輝きを託そうとする熱い理想主義。冷徹な策士の仮面の下に、傷つきやすく優しい心を隠している。


 あの黒曜石の瞳は、過去の喪失を背負いながら、それでも前を向いている。


「暴走しそうで怖いよ。エクシアちゃんの心酔が、あの子をさらに突っ走らせるかもしれない。自分を捨石だと思い込んで、誰も失いたくないと思いながら、自分を削りすぎてしまうかもしれない」


 しかし、同時に、スメラギは深い信頼と、温かな期待を抱いている。


「でも……あの子の矛盾は、美しいと思う。傲慢と謙虚、冷酷さと優しさ、計算と情熱が、すべて一つの愛に収束している。自分は英雄になれなかったからこそ、他者を英雄にしたいという痛み……それは、僕が見てきた長い歴史の中でも、稀有な輝きだよ」


 スメラギにとって、ラスティは「触れたら壊れそうで、でも決して壊れない、危うくて強い子」だ。だからこそ、スメラギは距離を保ちながら、問いかけを続ける。ラスティが自分で気づき、自分で道を選ぶのを、静かに、深く、祈りながら見守る。


「ラスティくんが、神話の先を見つけられるなら……僕も、少しだけ、救われるかもしれないね」


二人は、互いに深い理解と信頼を抱きながら、決してそれを言葉にせず、ただ、静かに、遠くから、それぞれの道を見守り続けている。



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