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13話:大人たちの所感


 アーキバス本部・宿舎屋上。深夜の帝都を一望できる最上階の屋上は、風が冷たく、星がよく見える場所だった。普段は誰も上がらないこの場所に、今夜は二つの人影が佇んでいる。


 神祖スメラギは、手すりに肘を乗せ、蒼い髪を夜風に揺らしながら、空を見上げていた。小さな身体に似合わない、年月による重みを感じさせる静かな横顔。


 隣に立つアロラ・バレンフラワーは、黒のコートを羽織り、赤い瞳を遠くの街灯りに向けている。

 長い沈黙の後、スメラギがぽつりと呟いた。


「……バランス、悪いね」


 声は小さく、しかし確かだった。


「エクシアちゃんのラスティくんへの心酔、あれは明らかに極端だよ。あんなに強い忠誠と依存が一人の人間に向かうなんて、均衡から見たら、すごく傾いてる」


 彼は、懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開ける。

針の音だけが、風に混じって響く。


「でも……必要な戦力としては、的確すぎる。彼女の、前例があるなら再現できるハイスタンダードという能力、ラスティくんの理想を増幅する忠誠心、特務隊の戦力としては申し分ない。正直、嬉しいよ。これでまた、少しは世界が守れる」


 スメラギは、わずかに眉を寄せた。


「でも、怖いんだ。ラスティくんの暴走が、加速しそうで。

あの子は元々、自分を捨石だと思い込んでる。あんなに強い光を向けられたら、もっと自分を削って、もっと遠くまで突っ走っちゃうかもしれない。誰も失いたくないって思いが、逆に誰かを失う結果を生むかもしれない。それが、一番怖い」


 アロラは、静かに息を吐き、手すりに寄りかかりながら、夜空を見上げた。


「……私も、同じことを思ってるわ。スメラギさん」


 彼女の声は、いつもの皮肉を帯びた強さではなく、どこか静かで、痛みを隠した響きだった。


「ラスティくんの暴走が、加速しそうで怖い。エクシアちゃんの忠誠は、純粋すぎる。あれは、もう愛じゃなくて、信仰に近い。あの子が踏み台になりたいって言ったとき、私は昔の自分を見た。あんな風に誰かを絶対視した結果、世界を焼いた魔女が、ここにいる」


 アロラは、苦笑のように唇を歪めた。


「でも……少し、期待してる部分もあるの」


彼女は、スメラギの方を向いて、赤い瞳を静かに細めた。


「心酔される状況を、気持ち悪いと思えれば、ラスティくんの暴走を減速させる要因になれるんじゃないかって。あの子は、自分を塵屑だと思い込んでる。誰かにあそこまで崇められたら、こんな自分を太陽だと思うなんて、おかしいって、

自分でブレーキをかけるかもしれない。自分の未熟さを、痛烈に自覚してる子だからこそ、過度な忠誠を、心地悪いと感じて、少しはブレーキになるかもしれない」


 スメラギは、時計を閉じ、小さく頷いた。


「……そうかもね。ラスティは傲慢と謙虚の両極を抱えてるから、極端な崇拝を、素直に受け取れないかもしれない。それが、暴走を抑える歯止めになるなら……少しは、安心できるか」


 アロラは、夜風に髪をなびかせながら、遠くの帝都の灯りを眺めた。


「でも、私たちは見守ることしかできないわね。介入したら、私たちの正しさを押しつけることになる。あの子たちが、自分で気づくまで、自分で道を選ぶまで、ただ、遠くから見てるしかない」


 スメラギは、穏やかに微笑んだ。


「そうだね。ああいうのは経験して体感しないと学べない……少しだけ、祈ってるよ。あの子たちが、誰も失わずに、輝ける未来を選んでくれることを」


 二人は、再び沈黙に包まれた。

 屋上には、冷たい夜風と、遠くの街の灯りだけが、静かに、永遠に続くように揺れていた。スメラギとアロラは、

それぞれの長い時を生きる者として、ただ、夜空の下で、

若い二人の未来を、静かに、深く、祈った。


「で、僕たちの行動なわけたど)」


 星が瞬く空の下、手すりに寄りかかる二人の影が、わずかに揺れている。神祖スメラギは、懐中時計を弄びながら、小さく、深いため息を吐いた。


「観察者として距離を保ちつつ、定期的に心に気づきを促す質問を投げかけるカウンセリング、ラスティくんには、確実に効いてるよね」


 彼の声は、穏やかだが、少し疲れを滾めていた。


「あの子は、自分を痛烈に自覚してるから。『本当にそれでいいのか?』『お前自身はどうしたい?』って問いかけると、ちゃんと立ち止まって、内省してくれる。あれは、暴走を抑えるいいブレーキになってると思うよ」 


 アロラ・バレンフラワーは、黒のコートを羽織ったまま夜空を見上げて、同じく深いため息を漏らした。


「ええ、そうね。ラスティくんは、矛盾を抱え込んでも、それを昇華しようとする子だもの。スメラギ様の問いかけが、心に刺さるわ。真っ直ぐが故に危険でもあるけど、真っ直ぐで素直だから人の言葉を受け入れる余地もある」


 彼女は、赤い瞳を細め、少し苦い笑みを浮かべた。


「でも……エクシアちゃんには、難しそうね」


 スメラギが、静かに頷く。


「うん。あの子は、ラスティくんへの依存が強すぎる。『貴方のためなら何でも』って状態で、『お前自身はどうしたい?』って問いかけても、答えはきっと『ラスティ様が望むことです』になる。心に気づきを促すどころか、ラスティくんへの献身を、さらに深めちゃうだけかもしれない」


 アロラは、手すりを軽く握り、風に髪をなびかせながら、静かに言った。


「信仰って、怖いわよね。純粋すぎて、問いかけが届かない」


 二人は、同時に、静かで、重いため息を吐いた。

 風が、その音を優しく運んでいく。スメラギが、ふとアロラの方を向いた。


「……アロラさん、ありがとう。内部監査粛清機関のリーダーとして、いつも厳しい立場で、あの子たちを見てくれてるよね。僕なんか、上司兼親友って立場で、距離を保つのがが精一杯なのに」


 アロラは、わずかに微笑み、スメラギの肩を軽く叩いた。


「スメラギ様こそ、お疲れ様です。この国のバランスを背負いながら、あの子たちの未来を祈ってくれてる。私なんか、ただの魔女の末路よ。でも……こうして、二人でため息を吐けるだけで、少し、楽になるわ」


 スメラギは、穏やかに笑った。


「そうだね。僕も、アロラさんがいてくれて、よかったって思うよ。一人は寂しいから」


 二人は、再び夜空を見上げた。

 風が冷たく頬を撫で、遠くの帝都の灯りが、静かに瞬いている。ため息を吐き、互いを労い、長い時を生きる二人は、ただ、若い二人の未来を、静かに、深く、見守り続けていた。



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