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12話:崇拝者②


 治安維持組織アーキバス本部・最上層ラウンジ。

 普段は冷徹な作戦会議や厳格な報告会しか行われない最上層の広間が、今夜だけはまったく別の顔を見せていた。天井の照明は柔らかく落とされ、壁際のスピーカーからは穏やかなジャズの調べが静かに流れている。


 長テーブルには、手作りの料理が色とりどりに並べられていた。

 甘口カレー(スメラギのリクエスト)

 チョコレートケーキ(エクシアが最近ハマって作ったもの)

 ジューシーなハンバーグ(ラスティの好物を意識したもの)、そして新鮮なサラダやフルーツ。


 グラスにはノンアルコールのスパークリングが注がれ、泡が優雅に立ち上っている。小さな、しかし温かな特務隊結成祝賀パーティーだった。


 神祖スメラギは、いつもの青と白の尉官制服のネクタイを少し緩め、ソファに深く腰を沈めて甘口カレーを頬張っていた。

 蒼い髪に寝癖が残ったままの少年らしい姿で、無防備な笑顔が、珍しく満開だ。


「うん、今日のカレーは本当に美味しいね。アロラさん、隠し味に何入れたの? いつもよりコクが気がする」


 アロラ・バレンフラワーは、黒のオフショルダーのドレッシーなワンピースを優雅に着こなし、グラスを片手に微笑んだ。

 赤い瞳が悪戯っぽく光る。


「秘密よ、スメラギさん。でも、甘口好きの誰かさんが喜んでくれるなら、作りがいがあるわ」


 彼女の視線が向かった先で、ラスティ・ヴェスパーは上級士官制服のまま、少し照れくさそうに立っていた。

 黒曜石の瞳が、テーブルの料理を眺めながら、わずかに柔らかくなっている。そのすぐ隣には、エクシア・ザシアンがぴったりと寄り添っていた。


 プラチナブロンドの長い髪を三つ編みにまとめ、黒を基調としたスーツの上に薄手のシルバージャケットを羽織っている。

 サファイアブルーの瞳は、ラスティから一瞬も離れず、幸せそうに細められている。


「ラスティ様。隊長就任おめでとうございます。貴方の剣として、貴方の盾として、貴方の全てを支える存在として……」


 エクシアの声が甘く溶けかけたその瞬間、

 アロラがグラスをテーブルに置き、悪戯心満載の笑みを浮かべて歩み寄った。


「ねえ、ラスティくん。せっかくの記念パーティーなんだから、少しは息抜きしたらどう? いつも固すぎるのよ、あなた」


 彼女は自然な仕草でラスティの隣に立ち、肩に軽く手を置き、耳元で囁くように言った。


「たまには……こうやって、女の子に甘えてもいいんじゃない? 私、意外と優しいところあるわよ?」


 アロラの細い指先が、ラスティのネクタイを軽く引き、赤い瞳が妖しく細められる。明らかに、悪ふざけの誘惑だった。ラスティは一瞬固まり、黒曜石の瞳をわずかに泳がせて、


「……お誘いは嬉しいですが、断らせてもらいます。これでも嫉妬深い仕事が離してくれないので」

「えー、つまんなーい。手慣れてる! 結構、女の子と関係あるの?」

「人並みですが、ありますよ」


 その様子を、すぐ横で見ていたエクシアの表情が、ぱっと凍りついた。サファイアブルーの瞳が、鋭く細まる。


 周囲の空気が、ぴりっと張り詰めた。


「……アロラさん」


 声は丁寧だが、明らかに低気圧。

 温度が数度下がったような錯覚さえする。


「ラスティ様に触れるのは、私だけで十分です。それ以上近づかれるのは……ご遠慮願います」


 アロラは、くすくすと笑いながらも手を離さず、さらにからかうようにラスティの腕に軽く寄りかかった。


「まあ、エクシアちゃんは独占欲が強いわね。でも、たまにはシェアしてもいいんじゃない? ラスティくんも、たまには違う味を楽しみたいでしょう? ねえ、ラスティくん?」


 エクシアの頬が、ぷうっと膨らむ。

 魔力の粒子が、周囲にちらちらと散り始め、テーブルのグラスが微かに震えた。


「ラスティ様は、私の……私のものです! 他の人に触れさせるわけには……! 絶対に、許しません!」


 ラスティは、苦笑いしながら静かに二人の間に割って入る。


「そこまで。エクシアは冷静に。アロラさんは煽らないでほしい」


 その修羅場寸前のやり取りを、ソファからすべてを見ていたスメラギが、突然、ぷっ、と吹き出した。そして、珍しいことに、腹を抱えて、少年らしい高い声で大笑いし始めた。


「あははっ! あははははっ!!」


 ソファの上で転げ回るように笑っている。頬が赤くなり、目には涙まで浮かんでいる。


「見事な修羅場だ。笑える。はは」


 アロラは、笑い転げるスメラギを見て、悪戯っぽく舌を出し、ようやくラスティから離れた。


「ごめんごめん、つい調子に乗っちゃった。でも、ラスティくんの困った顔も、エクシアちゃんの顔も、

本当に最高だったわよ。いい肴になるわ」


 エクシアは、まだ頬を膨らませたまま、ラスティの袖をぎゅっと掴み、上目遣いで訴える。


「ラスティ様……私は、本気で嫌です……他人に、そんな風に近づかれるのは……」


 ラスティは、苦笑しながらも、エクシアの頭をそっと撫でた。その仕草は、いつもの冷徹さとはまるで別人のように優しい。


「……ああ。エクシア。私は、お前だけで十分だ。君がいるだけで、充分すぎる。君の想いを無遠慮に踏み荒らす真似はしないさ」


 その一言で、エクシアの顔が、ぱっと花開くように明るくなった。無意識に放出された魔力の粒子も収まり、頬の紅潮が今度は幸福の色に変わる。スメラギは、まだ笑いの余韻に肩を震わせながら、立ち上がってグラスを掲げた。


「さて、修羅場も一段落したところで……改めて、特務隊結成、おめでとう! ラスティくん、エクシアちゃん、これからもよろしくね。アロラさんも、僕も、ずっと見守ってるよ。みんなで、いい未来を作ろう」


 四人のグラスが、軽やかに触れ合う。

 カチン、という小さな音が、ラウンジに優しく響いた。ラウンジに、温かな笑い声と、穏やかな会話が再び満ち、


 普段は決して見せない、それぞれの素顔が、今夜だけは、自由に、楽しく、輝いていた。甘口カレーの香りと、チョコレートの甘い匂い、四人の絆の温もりが、静かな最上層を、優しく満たしていた。



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