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11話:崇拝者①



 空気には、紙の匂いと、わずかに残るコーヒーの香り、そして二人の体温が混じり合った、静かな温もりが漂っていた。


 エクシア・ザシアンは、ラスティの前に跪いた姿勢のまま、プラチナブロンドの長い髪を床に優雅に広げていた。腰を優に超えるその髪は、ランプの光を受けて銀の糸のように輝き、彼女の白磁のような肌をより一層際立たせている。


 サファイアブルーの瞳は、穏やかで深い確信に満ち、わずかに潤みながらも、決して揺らぐことなくラスティを見上げていた。


 ラスティ・ヴェスパーは、士官制服を崩さぬまま、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 漆黒の髪は完璧に撫でつけられ、黒曜石のような瞳には、冷徹さと優しさ、痛みと覚悟が複雑に絡み合っていた。

 彼はエクシアの前に歩み寄り、静かに膝を折って目線を合わせる。長い沈黙が、二人の間に流れる。やがて、ラスティが、ゆっくりと右手を差し出した。


 引き締まった指先が、わずかに震えていることに、エクシアだけが気づいた。


「エクシア」


 その声は低く、静かで、しかし確かな温もりを帯びていた。ただ名前を呼ぶだけで、エクシアの肩が小さく震え、頬が淡く紅潮する。


「君の想いも、君の信念も、君のすべてを……私は、受け止めよう。君が私の思想を肯定し、私の道を共に歩みたいと言うなら、君が私の踏み台になりたいとまで言うなら私は、君を信じる。君を、私の大切な存在として、設定する」


 エクシアの瞳が、わずかに見開かれる。彼女は、震える指先で、ゆっくりと、ためらいがちに自分の手を重ね。細く白いエルフの手——透き通るような肌と、繊細な指先——が、

ラスティの引き締まった、戦士の手の上に、そっと重なる。温かい。


「私は弱い。二流止まりの凡骨だ。だからこそ、皆に助けて貰う必要がある。君の助けが必要だ」


 二人の手のひらから、互いの体温が確かに伝わってくる。

 脈打つ鼓動が、指先を通じて静かに響き合い、これまで言葉でしか交わされなかった想いが、初めて物理的な形で結ばれる瞬間だった。エクシアは、涙を零しながら、穏やかで深い微笑みを浮かべた。


 その涙は、悲しみではなく、ただ溢れる幸福の証だった。


「ラスティ様……私も、貴方を信じます。貴方の理想を、貴方の痛みを、貴方の優しさを、貴方が自分を『二流』と呼ぶその謙虚さを、貴方が次世代に輝きを託すその覚悟を、すべて、すべて受け止めます。貴方が二流と呼ぶその存在が、どれほど高く、どれほど輝いているか、私は誰よりも知っています」


 ラスティの唇に、わずかな、しかし本物の笑みが浮かぶ。それは、普段の冷徹な表情からは想像もつかない、柔らかく温かな笑みだった。


「君は、私の剣であり、盾であり、私の踏み台であり、

それ以上に、私の大切な仲間だ。君が私に全てを捧げたいと言うなら、私はその想いを無駄にはしない。君を失わないために、君を、より強く、より高く輝かせるために、私は歩み続けると約束しよう」


 エクシアは、強く、しかし優しく手を握り返した。

 その握力は、彼女の覚悟の深さを静かに物語っていた。


「はい……私は貴方の踏み台になります。貴方がより高く、より遠くへ進むために、私がここにいることを、私が貴方の足元になることを、心から誇りに思います。貴方の理想郷を、私の命で、私の剣で、必ず実現させてみせます」


 二人は、互いの手をしっかりと繋いだまま、ゆっくりと額を寄せ合った。プラチナブロンドの髪が、ラスティの肩に優しく触れ、黒曜石の瞳とサファイアブルーの瞳が、至近距離で静かに見つめ合う。


 息遣いが混じり合い、体温が共有され、

 これまで言葉と視線でしか繋げられなかった絆が、初めて完全に結ばれる瞬間だった。


「お互いを、認めよう」


 ラスティが、静かに、しかし力強く告げた。


「私は、君を必要としている。君の力、想い、存在そのものを。君は、私を必要としている。私の理想も、私の痛みも、私の未来も。それで、十分だ。いや……それ以上だ」


 エクシアは、涙を拭うこともせず、ただ幸せそうに、何度も頷いた。


「……はい。貴方と共にいること、貴方に認めていただけること、貴方の手を、こうして握っていられること、それが、私のすべてです。私の生きる意味であり、私の永遠の幸福です」


 手と手が離れることはなかった。

 二人は、ただ静かに、互いの温もりを感じながら、互いの鼓動を聞きながら、同じ未来を、同じ理想郷を、心の奥底で強く見据えていた。ランプの小さな炎が、ゆらゆらと揺れ、二人の重なった手に優しく光を落とし、長い影を壁に一つに重ねる。


 深夜の帝都は、深い静寂に包まれ、

 その静けさの中で、二人の新たな、揺るぎない絆だけが、静かに、しかし確実に輝き始めていた。



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