有能執事は悪役令嬢に破滅してもらいたい
「リセリア・シャドウブラッド。お前は一族の中でも劣っている自覚はあるのか」
お言葉ですがお父様、わたくしはお父様たちのように犯罪まがいの行動をしたくないだけですわ。
「学校でも一人らしいな。シャドウブラッド家の名がありながら友人の一人も作れないのか」
お言葉ですがお兄様、あなた方の悪名がそれを邪魔しているだけです。
「まったく、恥ずかしい限りですわ」
お言葉ですがお姉様、男をとっかえひっかえと噂されている件についてはどうお考えで?
「……失礼致します」
「リセリア! まだお話は終わっていませんのよ」
母親が静止するのを耳にしながら、末娘は席を立ち、さっさとダイニングルームを退出してしまった。どんなに豪華な料理が並んでいたとしても、あんな会話をされたのでは不味くなってしまう。
リセリア・シャドウブラッドは、悪名高い一族の娘である。
しかしながら、彼女自身はまっとうな道を歩みたいと考えていた。
ダイニングルームを出ると、外で待っていたリセリア専属の双子の従者が頭を下げる。紫瞳の執事・ズーシャと、緑瞳のメイド・ツェイユだ。艶のある黒髪に異国の雰囲気をまとう二人は、東の国から買われきた元奴隷だ。
リセリアの兄が気まぐれで買ってきたが、彼にはたくさんの従者がいたし、奴隷なんて必要がなかった。だから、家族から意地悪をされて専属の従者がいなかった末の妹に、施しだと言わんばかりの態度で末妹のリセリアに押し付けたのである。
――優秀なメイドや執事なんてお前に必要ない。異国の奴隷がお似合いだ。
リセリアは、まるでペットを飼うような感覚で、面白半分で奴隷を買ってきた兄に憤慨し、決心した。この二人は必ず、この家で一番優秀な執事・メイドにしてみせると。
彼女はすぐに屋敷の中でも信頼できる使用人にズーシャとツェイユの教育をお願いした。そしてなるべく一緒に過ごすようにした――それはきっと、家族からも、一部の使用人たち(主に家族のお付き)にさえも冷たくされている幼い少女の、さみしさが由来してることもあるだろう。
「リセリア様、その様子だと夕食はしっかり摂られておりませんね?」
「あとでお部屋にお持ちしますか?」
しかしそれがあったからこそ、二人は忠実で優秀な、ときには友人のようにそばにいてくれる存在になった。ズーシャとツェイユも、リセリアのことが大好きになった。
自室に戻る途中で、双子の従者が提案してくれた。令嬢少女は足を止めて、
「そうね、パンとスープだけ持ってきてもらえるかしら。二人も一緒に食べる?」
と微笑んだ。
つまり「一緒に食べてほしい」ということだろう。双子の従者はお互いに目くばせをして、「はい、是非」と笑顔を返した。
***
「お父様もお母様も、お兄様もお姉さまも、顔を合わせないようにすればなんとでもなるけど、学校だけはどうにもならないわ。ズーシャとツェイユを連れて行くわけにもいかないし」
食事を終えると、ツェイユが紅茶を淹れてくれた。それを楽しみながら、リセリアは悩み相談を二人に始めた。
彼女の最近の悩みは、友人ができないことである。さすがに学園生活を行う上で、友人がいないのは何かと不便なので、どうにかしたいと思っていた。
「シャドウブラッド家というだけで避けられるのでしたね」
「そうなの。避けるか、利益欲しさに取り入ろうとする人ばかりで嫌になっちゃう」
「お嬢様が美しいから言い寄ってきているのでは?」
「美しく見えているのはわたしの後ろにあるシャドウブラッド家の汚れた栄光だけよ。……でも、今日は、お友だちになれそうな子が話しかけてくれたの。でも……」
双子は主の言葉を待つ。リセリアはしばらく今日の出来事を思い出すように黙り込んで、それからテーブルに突っ伏してしまった。
「せっかく〝お昼ご飯を一緒に食べませんか〟と誘ってくれたのに、わたし、緊張して〝わたくしと一緒に食事しようものなら、あなたも悪い噂がつきまとうかもしれませんわよ〟って突き放しちゃったの。本当は、ほんとに一緒に食べてくれるの? って聞きたかっただけなのに……!」
ズーシャはお茶がこぼれてしまわないように、サッと茶器を避難させた。ツェイユは「次こそは大丈夫ですよ、お嬢様」と優しく声をかける。
「悩んでいても仕方ない、気分を変えるわ」とリセリアは立ち上がった。
「入浴でございますね」
入浴とそれ以降のお世話は、メイドのツェイユの仕事だ。もちろん、その間、ズーシャは別の仕事を行う。最近は何やら勉強をしているらしいので、リセリアは「ズーシャ、今日はお勉強?」と問いかける。
彼は「ええ、そうです」と少し頭を下げながら答えると、「がんばってね!」と激励。
その笑顔は、本当に悪名高い一族の娘には思えない。
***
入浴を終え、就寝の準備も終えると従者の仕事はおおよそ終わりだ。
リセリアの部屋から出るときに、「おやすみなさいませ、お嬢様」と挨拶をして、彼女からも「おやすみなさい」と可愛らしい声を聞けば、双子従者の疲れは静かに消えていくような気さえした。
主人の部屋を出て、扉を静かに閉じる。いつも、少しだけそこで待機してから彼らはそれぞれの部屋に戻って休むのが、毎日の流れだ(ときどきリセリアが呼び止めることがあるので、念のため待機しているのである)。
「……本当に不器用で愛らしいお方だ。リセリアお嬢様は」
「何があっても守ってさしあげたい。本当にこの家がお嬢様の枷になっていると思うわ」
小さな令嬢の、本日の反省会を見届けてから、二人はお互いにしか聞こえない声量でポツリと呟いた。
穏やかな口調だったのに、次の言葉をつむぐために息を吸った後に出る音は、低く冷たくなってしまった。
「そうだね。本当に、この家さえ滅んでしまえば――」
「ズーシャ、だめよ。誰かに聞かれたらどうするの」
ズーシャとツェイユは、実は異国の王族である。
母国での権力争いから逃れるために一次的にリセリアの住む国へ来たのである。その途中、手違いとトラブルが重なって奴隷になってしまったのだ。しかし、その結果、二人は愛しいリセリアに出会えたので運命だったのかもしれない。
もしもシャドウブラッド家の悪事が世間にバレて、断罪されたら――。
ズーシャは、リセリアの従者になってからずっとそのことを考えていた。
まずは祖国での権力争いをなんとかしてから、自分の身分を明かして求婚しようか? それとも、すぐに素性を話して告白しようか。それもいいかもしれない。権力争いに巻き込んでしまうことになるわけだし、彼女がそれを望まないなら無理強いはしたくないからな……。
双子の片割れが腕を組んで考え始めてしまったのを横目で見ながら、ツェイユは溜め息をついた。どうせきっと、リセリアお嬢様とずっと一緒にいられる方法を考えているのでしょう。母国の争いごとも、まだまだ解決できそうにないというのに。
けれど、二人は心のどこかで思っている。
きっと、リセリアを想う気持ちがあれば、これから起きる困難も乗り超えて行けるのではないかと。
「二人ともまだそこにいる?」
部屋から出て、時間はあまり経っていない。恐らく、それもあってリセリアが部屋の中から声をかけてきた。その声で双子はハッと我に返る。
「はい、お嬢様」と二人同時に返事をした。
「眠れそうにないの。ツェイユ、一緒に眠ってくれる?」
「はい、お嬢様」
「このときばかりは、お前が羨ましいよ」
ズーシャは母国の言葉でツェイユにそう告げた。ツェイユは勝ち誇ったような顔をしてみせ、彼は悔しそうにツェイユを小突いた。
「ねえ、また二人で内緒話してるの? わたしにもあなたたちの言葉を教えて」
「もちろん。それはまたいつかお教えいたしますよ」
「そう? 約束ね」
それじゃあ、おやすみなさい、ズーシャ。
愛しい主人へ挨拶をして、扉を閉めた。
隠した秘密と想いを一緒に閉じ込めるように、優しく静かに、堅く。