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るんるん 断章4 戦場から

作者: 浜太郎

戦場という狂気の世界、敵という名の会ったこともない無関係な人を殺すのか

それとも自分が殺されて死ぬのか。究極の2択を迫る狂気。

そこに存在するたくさんの名もなき兵士。彼を包む不安と緊張、そして恐怖。

「るんるん」はそんな世界にも拡がっていきます。

 伍長、T、M、A、どこだ…K、J、どこにいる…


 味方の迫撃砲が炸裂する音だけが響いてる。小隊長は、「側面3時方向からの第2小隊による迫撃の後、味方機動小隊が前進して敵前線に接近、敵の注意を引きつけ交戦。我々の第3小隊が二手に分かれ、A班は機動小隊と交戦中の敵背後から強襲、そしてB班はさらにA班の後方を進み目標へ進み制圧せよ」と言っていた。



 オレたちの第3小隊B班はリーダーの伍長を含め7人で目標に向かって進軍していた。作戦開始は0400、夜明けの2時間前だった。待機位置から目標までの距離は1500。700までは通常速度、以後は警戒速度で行軍して目標地点到達は0450だった。


 Tを先頭に伍長・M、A・K、そしてJ・オレの2列縦隊で進み、警戒速度に入った10分前から右前左後ろの2列斜め縦隊で敵の警戒エリアに侵入した。


 1時から3時方向にかけて迫撃砲の着弾が連続し、爆裂音が(とどろ)いていた。機動小隊のエンジン音は(かす)かに聞こえてきたが、機関砲の音もA班の小銃の音もまだ聞こえなかった。「まだ敵と遭遇していないのだろうか」「作戦に変更があったのだろうか」と疑問がよぎったが、数秒でその疑問を排除して周りの音、気配そして暗視ゴーグル越しの視界に意識と感覚をつぎ込んだ。


 遮蔽(しゃへい)物が途切れる場所では、Mが熱源反応型双眼鏡で安全確認を行いTが前進、その後、前方の安全確認が取れたTの合図で伍長がGOサインを出し移動していた。

 時刻は0420、もう機動小隊と敵の,交戦が始まっていてもおかしくないはずだが迫撃砲の音以外に、戦闘音は聞こえない。作戦変更があれば、副班長のAか伍長の無線に連絡が入るはずだが2人にそれらしき動きは無かった。


 不意に、12時方向から照明弾が上がった。伍長の合図で全員動きを止め、ゴーグルを手で覆うかうつ向いた。オレはうつ向いて少し眩しかったので数秒目を閉じた。2時方向から迫撃砲が着弾する音が聞こえた。距離は100から200、かなり近かった。


 爆裂音が鳴り響く中、閉じた(まぶた)の色がオレンジから赤黒に変わったので目を開けた。Jが茂みから右前方の建物へ向けて小走りに移動していた。すぐ前にいたはずのKの姿はもう見えない。オレも辺りを警戒しながらJの飛び出した茂みへ移動する。本来なら建物の陰からJがGOの合図を送ってくれるはずだが、奴の姿は見えない。仕方がないので、後方と(ひら)けた右側の確認をして、飛び出そうとした瞬間また、照明弾が上がった。目を閉じるのが遅れて一瞬目の前が真っ白になった。瞼の中でトゲトゲしい何かがギラギラと光って眼球に突き刺さるようだった。


 10数秒してようやくギラギラが治まったのでゆっくりと目を開けた。そして、再び周囲の確認を行って右前方へ移動する。たどりついた建物から顔を左半分だけ出して前方の確認をした。幅6程の道路があり両脇には建物が連なっている。

 Jはもちろん、K・A・M・伍長・Tの姿は確認できない。どうしたんだろう?敵と遭遇したのだろうか?しかし、敵の姿も確認できない。顔を戻して、建物の壁に背をつけて周囲を見回す。そして、ベルト左に装備している通信端末で非常時シグナル(緊急時及び撤退命令にのみ反応する)を確認するがブルーシグナル(常態)で異常は無い。通信端末は伍長の許可がなければ非常時シグナル以外は発信してはいけない規則になっているので、今、確認の為に使う訳にはいかない。時刻は0423、残存距離は歩行計から550、もたもたしてはいられない。しかし、敵に見つかっては元も子もない。焦ってはならないが、急がなければならない。


 意を決して、左前方の低い建物へ向けて走る。道路前方の視界50以内に敵の姿は無し。その建物に沿って前進する。


 伍長、T、M、A、どこだ…K、J、どこにいる…


 道路左側、3つ目の建物の陰に着いた時、前方100程の距離に人影が2見えた。腹ばいになり低い位置から再度確認すると、こちらへ近づいて来る。建物の後方を確認すると、幅2の細い路地だった。この幅だと、逃げ場がなく危険だ。裏に回る訳にはいかない。再度表側を確認、距離70、人影は3。伏せて、気づかれないようにやり過ごすしかない。時刻は0427、手りゅう弾、発煙弾を確認して息を殺した。


 ギュッ、ギュッ、石畳にゴム底のこすれる音が響く。そういえば、さっきから迫撃砲の炸裂音が聞こえていない、と思った瞬間、通信端末が短く1度だけ振動した。確認すると文字通信だった。

 「るんるんだ るんるん るんるん」


 えっ…一瞬だけ思考が硬直した。慌ててて端末を戻し、周囲の様子と音を確認する。足音は確実に近づいている。撤退命令ならレッドシグナル、緊急通信なら文字か音声で指示があるはずだが、「るんるん」とは、何の指示なのか?訳が分からない。とにかく、敵をやり過ごし伍長に確認を取らなければならない。


 ギュッ、ギュッ、ギュッ、ギュッ、もう距離は10もないだろう、(てのひら)に嫌な汗が噴き出してきた。このまま通り過ぎてくれ!息を殺しながら必死で祈っていた。


 突然、後方の路地から複数の声が反響してきた。


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん


 呼応するように前方からも、


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん


 向かいの建物からも、すぐ真上からも、


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん


 囲まれた、強行突破かそれとも投降か、数秒で判断しなければならない。だが、オレの頭は違う反応をした。目の前に先ほどの通信文字が大きく点滅し同時に伍長の声がこだました。「Y、るんるんだ!るんるん るんるん。そう、るんるんだ!るんるん るんるん。大丈夫だY、るんるん るんるん」伍長の声は緊張感が無く、軽やかだった。


 ガチャガチャ、複数の銃口が向けられる音がした。顔を上げると自動小銃を構えた敵兵がリズミカルに体を左右に動かしながら、笑みを浮かべて呟いている。


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん


 オレは小銃を下に置き、両手を上げて建物の壁に背中をつけた。降伏の意思表示だ。裏路地の(がわ)からも敵兵が3名スキップをしながらやってきた。全員るんるんしている。敵兵はオレの装備をすべて外すと左右からオレの手を取って歩き出した。


 そして、オレとつないだ手を大きく振って


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん



 200メートルほど歩くと前方に手を振っている集団がいる。B班のみんなだ。伍長もAもTもMもKもJも両手を高く上げて左右に振りながら膝でリズムをとって唄っている。


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん


 周りの敵兵も、そしてA班も上下に左右に体を揺らしている。


 そうか、るんるんか、そうだ、るんるんだ るんるん るんるん るんるん


 オレはさっきまでの緊張と不安から解き放たれ、手をつないでいる敵だった奴らと一緒に呟いた、


 るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん るんるん…

 

次回も短編形式で「断章4」をアップします。


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