帰り道の分からぬ者へ
現世とあの世の境目にある、不思議な喫茶店。そこでは、不思議な少年と少女たちが美味しいお菓子とこれまた美味しい紅茶やコーヒーを出してくれるらしい。
今日もまた1人、誰かが迷い込む。
チリリン、と来客を知らせるベルが鳴る。頬杖をついていたヘンゼルがドアの方を見れば、そこには何が何だか分からない、と言った顔をしている少女が1人。
「いらっしゃいませ、当店は自由席となっております」
「いや、わたし、迷い込んだだけで……ッ」
「分かっております。ごゆっくりされて、一旦落ち着かれてから、お帰りになれば宜しいかと」
不安そうな顔をする少女。だが、帰り道が分からない上、この店は美味しそうで人を安心させる匂いがしていることで、おずおずと店内に歩を進める。
店主と思われるヘンゼルの前のカウンター席に座る。スツールはワインレッドで、チョコレートブラウンの床と似合っている。
「いらっしゃいませ、お客様。マッドハッターのミルクティーとプリン・ア・ラ・モード、です」
アリスが、カチャリ、と音を立てて、少女の前にミルクティーとプリン・ア・ラ・モードを置く。
それはカフェでよく見るであろう、プリンの上にキャラメルがあって、ホイップクリームや色とりどりの美しいフルーツが乗せられたプリン・ア・ラ・モード。
それから、柔らかい色のミルクティー。冷たいミルクティーは喉を潤すには最適。
だから、少女も先に、ミルクティーを1口飲む。程よい甘さと次いでくる茶葉の味。こんなに美味しいミルクティーは飲んだことがない、と思いながら、プリンを一掬いして、口の中に運ぶ。
口の中でとろけるプリンは甘さとカスタードの味がとても程よく、美味しい。アイスと共にキャラメルソースごとプリンを口に含めば、バニラアイスの冷たさと、キャラメルソースの程よい苦味が広がって、更に美味しさを感じさせる。
「……美味しぃ」
「それは良かった。食べ終われば、道が教えてくれるよ」
その言葉すら耳に入らない様子で、少女はただひたすらにプリンとフルーツを口に運ぶ。キウイ、いちご、マスカット、りんご、オレンジ……。そして、ミルクティー。
箸が止まらないならぬ、スプーンが止まらない。ヘンゼルは微笑みを浮かべながら、グレーテルにも食べさせてあげたい、と思う。
「ご馳走様でした! とっても美味しかったです!!」
「ふふ、あの子も喜ぶよ。帰り道は分かるね? 親御さんが待っているよ」
少女は「はい!」と言って、扉の方に駆けて行く。
扉の前で、ぺこり、とお辞儀して、扉を開け外へと出て行く。チリン、とこの先を明るくする様なベルの音がして、扉が閉まる。その寸前に見えたのは、嬉しそうな雰囲気と共に光の方へと走って行く少女の姿。
「貰ったよ。君の恐怖」
手の内にある者をガラス瓶の中に入れる。可哀想な記憶と、とある男に対する恐怖。持っていない方が良いもの。
ヘンゼルはカウンターの机からカチャリ、と音を立てて、コップとプリン用の器を取る。そのまま裏にはけ、「アリス、」と声をかける。
「お客様がお帰りになった。持ってきたから、洗っておいてくれる?」
「分かった」
チョコレートを湯煎していたアリスが、ヘンゼルの方を振り返り、少し頷く。その頷きを見て、ヘンゼルは台の上にコップと器を置き、表へと戻って行く。
そのうち、戻って来る妹のことを思いながら。




