クリスマス祭
この学校は毎年クリスマスに、卒業生も呼び、盛大な祭りが行われる。
祭りといっても、秋にある文化祭が模擬店中心とするなら、こちらは演劇や歌の発表がメインだ。
生徒たちも学食の食券がかかっているので、優勝目指して本気で取り組む。
この1ヶ月はその準備に追われ、クラスに放課後も休日も付きっきりで、アランとデートどころか会話もまともにできていなかった。
肉体的に疲労が溜まっていたが、ついに今日が本番だ。
無事当日を迎えられたことにほっとする。
朝から学校中が賑やかだ。先程開会のあいさつが終わり、卒業生たちも校舎内に入ってきた。
カミラも来れたらよかったのだが、仕事で来れない。
とりあえず生徒たちの様子を見に舞台に行くか。
そう思って歩き出した時だった。
「アラン君じゃない!」
女性の高めの声が聞こえて、そちらを見る。
そこには私たちより少し年上に見える女性が3人、アランを取り囲んでいた。
「先輩、お久しぶりです」
アランがにこやかに挨拶をし、その場を立ち去ろうとする。
「久しぶりなのにつれなーい。案内くらいしてよ」
一人が腕を絡ませる。
その姿に胸がざわつく。
そうだ、アランはモテるのだ。
普段この学校内は限られた人間関係で構成されていて、仕事の同僚はみな節度と良識があり、かつそもそも年が離れた既婚者が多かったので、こんな場面に遭遇することがなかった。
改めて見ると、なんというかもやもやする。
これって嫉妬?!
でも今の私の立場じゃなんにもできない。
何か理由をつけて割り込むか、見ないようにこの場を離れるか葛藤する。
「ひとり?案内してくれない?」
突然背後からかけられた言葉にびくりと肩を震わす。
振り返ると見たことがない男の人が二人立っていた。
ナンパだろうか?それとも教師としての案内を期待されている?
関係者の名札を心持ち主張しながら
「はい。どちらの舞台をご覧になりますか?」
と業務口調で答える。
「固いなぁ。君と見たいってこと」
にやにやと男たちが笑う。
ナンパか。そっと息を吐き出し、断りを入れようとする。
その時男の一人が私の肩をぐっと掴み、自分に引き寄せた。
嫌悪感に思わず、声を上げようと口を開く。
すると男の手を払いのけ、私を守るように私と男の間に人影が現れた。
「何のご用でしょうか。私が案内いたします」
「アラン、先生」
人前なことを思い出し、慌てて先生をつける。
私たちの間に入ってくれたのは、先程まで女性に囲まれていたはずのアランだった。
「先生は持ち場に戻ってください」
アランが振り返り、私に向かって言う。
持ち場などないが、アランがこの場をやり過ごすために言ってくれたと分かったのでうなずく。
「ありがとうございます、それでは」
男たちにも軽く会釈し、離れる。
「ちっ、邪魔すんなよ」
男の舌打ちが聞こえた。
「今日は生徒たちの舞台がメインのお祭りです。ナンパ目的ならお引き取りを」
後ろから今まで聞いたことのないドスの効いた声が聞こえ、思わず振り返る。
アランが男二人をにこにこと見つめていた。
笑っているのが逆に怖い。というか目は全然笑っていない。
見ている私も冷や汗が出た。
男たちも格の違いを感じたのか、舌打ちしつつも立ち去っていく。
「アランありがとう。助かったよ。穏便?にすんで」
少し疑問系でお礼を言う。
すると大きなため息が降ってくる。
「ちょっとこっち来て」
と体育館外の裏庭に向かって歩き出す。
「え、なに」
慌ててアランの後を追う。
裏庭はなんの催しもないので人気がなく、静かだ。
アランは周りにさっと目線をやると、人がいないことを確認したのか、私を抱きしめた。
「えっとー」
戸惑って声をあげると、もう一度ため息がふってきた。
「お願いだから、自分の可愛さ自覚しろ。今日みたいに人が多い場では特に気をつけて」
見上げるとアランは至って真面目な顔だ。
「う、うん?アランも女の人に声かけられてたじゃん」
ちょっと拗ねたような言い方になってしまった。
アランはきょとんとした顔になると、その後破顔した。
「やきもち焼いてくれたのか」
にやにやと私の顔を覗き込む。
「別に、そんなこと」
と言いかけて口をつぐむ。
「そんなことも、ちょっとあるけど」
もごもごと言い足す。
そうしたらさっきよりさらに深いため息が降ってきた。
「なにそれ、かわいすぎるんだけど」
小悪魔め、とアランが言って、強く私を抱きしめた。
「簡単に男に触らせんな。…って俺も同じか」
「同じじゃないよ。全然違う」
そう言って離れようとしたアランを自分から抱きしめる。
さっき男に肩を掴まれた時は嫌悪感しかなかった。
でもアランが抱きしめてくれたら安心感と、ドキドキが入り混じった幸福感がある。
「あー、もうなんだよ。俺を試してんの?」
アランは私を抱きしめ返すと、
「はやく俺のこと好きになれよ」
とつぶやいて、今度こそ体を離した。
「じゃあこの後ちゃんと気をつけろよ」
そう言い残し、去っていく。
さっき女の人に絡まれている時に感じた嫉妬、助けてくれた時に感じたときめきを思い出しつぶやく。
「もう、たぶん好きだけど…」
私の独り言は風に消えていった。