今までのこと②
「フローラは僕のことを恋愛的な意味で好きなわけではないってわかっていたから、こっちから告白したり、付き合ったりする気はなかったんだよ」
窓の外の雪を見て、ルイスが小さく息を吐く。
「だけど、やっぱりアランを好きな子が僕たちをくっつけようとして」
「文化祭のベストカップル賞に勝手に応募されていたのよね」
それははっきりと覚えている。先生も含めた全校生徒にカップルとして認識されてしまったのだ。
その応募した女子に「お互い好きなんでしょ。なにか問題あるの?」と押される形で、なんとなく付き合いが始まったのである。
「でもきっかけはそうだったかもしれないけど、私、ルイスのこと本当に好きだったよ」
ルイスの話を聞くのは面白かったし、二人で過ごす穏やかな時間が好きだった。
これからも当たり前のように一緒にいると思っていたし、振られたら号泣するぐらい大切に思っていた。
「うん、ありがとう。僕も2年近く一緒に過ごしたんだから、全部が全部周りに作られたものだとは思っていないよ」
ルイスが大人びた優しい顔でうなずく。
「だけど、ごめんね。アランを好きな子の策略だって思っていたのに、あのころの僕はフローラといたい気持ちを優先させて、付き合うのをやめておこうっていう勇気はなかった。それはずっと心に引っかかっていたし、謝りたかったんだよ」
「そんな、私もルイスがそんな風に思っていたなんて全然知らなかったし…こっちこそ変に気を使わせていたのならごめん」
眉を下げて、謝る。
しばし二人で沈黙する。しかしルイスが口を開く。
「はじめの、フローラが聞いたことに話をもどそっか。フローラにダメなとこなんてないよ。僕が付き合ったきっかけに負い目を感じていたから、いつかこの話はしなきゃとは思っていたけど、別れたいとまで思っていなかった」
いや、ずるいけど、考えないようにしていたのかも…とつぶやく。
「だけど仕事を始めて、わりとすぐの頃かな。僕見ちゃったんだよ」
「なにを?」
ルイスの切なげな表情を見て、首をかしげる。
「君とアランの姿をさ」
「アラン?」
ルイスと別れる前に、やましいことなどした覚えが全くなく、頭にはてなマークが浮かぶ。
「浮気とかじゃないよ」
その様子にルイスが声をあげて笑う。
「単純に二人の姿だよ。僕は仕事がはやく終わった日があって、勝手にフローラを迎えに学校に行ったんだ」
ルイスは学校から少し離れたエリートしか働けない国立魔法研究所で働いている。
「そしたらさ、君が重い荷物を運んでいて、僕はとっさに近づこうとした」
そこで少しルイスは目を細める。
「でももっとはやく君を助けに近づいた人がいた」
「アランだよ。結構離れた位置にいたのに走ってきて、君の荷物をさっと持ってあげて。なにか余計なことを言ったみたいで、君はぷりぷりして進んでいっちゃうんだけどさ。そんな君の後ろ姿を、アランがほんとうに柔らかい、君が愛しいって目で見てたんだ」
息をのむ。アランがそんな風に私を見ていたなんてこれっぽっちも気付かなかった。
「その時に気付いちゃったんだよね。アランは君のことがずっとずっと大切だったんだって。でも君を困らせたりしないように、見守っていた。そう思うとさ、ぷりぷりしているフローラの姿を見て、僕にはこんないろいろな表情見せてくれてたかなって気になっちゃって」
ルイスが首をすくめる。
「もうそこからはダメだった。フローラは僕のことを弟みたいにかわいがってくれている。守らなきゃいけない対象だと思っているって感じちゃって。アランには心を許しているから言いたいことも言えるし、あんな怒った顔もできるんだなって思ったら、つらくなっちゃって」
「それは…」
と言いかけるが、ルイスの想像はあながち的外れではない。何も言えず口を閉じる。その様子を見て、ルイスが寂しげに笑う。
「そんなころだった。職場の同期の女の子。僕以上に人付き合いが苦手な子でさ。お互いが唯一の同期だったから、僕のことを頼ってくれて、僕にだけ心開いてくれて…今まで人に頼りにされるってことがあんまりなかったから本当にうれしかったんだよ」
ルイスの話に小さく息をのむ。ルイスの好きな人…
「僕は逃げただけだ。本当はフローラに頼られるぐらい、強くなれば良かった。だけどずっと僕じゃフローラに釣り合っていないっていう劣等感や、付き合ったきっかけのせいで罪悪感があって、時々、一緒にいるのが苦しかった」
「だからあの日、別れを告げたんだ。一方的に君を傷つけて本当にごめんね。僕は子供だ」
まばたきを何度かする。
「ルイスがそんな風に思っていたなんて気付かなかった。ごめんね、そりゃ彼女失格だ」
泣き笑いの表情でルイスを見つめる。
「ううん。フローラ、君は僕にとってもったいないほど素敵な彼女だったよ」
ルイスが懸命に首を振る。
「ありがとう、話してくれて」
真っ直ぐルイスを見つめる。
「二年間、本当にありがとう」
「僕も本当にありがとう」
お互い見つめ合って微笑む。
「ルイス、幸せになってね。私も負けないくらい幸せになるから!」
びしっとルイスの顔に指を突きつける。
「うん。ありがとう」
ルイスが私の顔を見て、うれしそうに笑う。
「帰ろっか」
勢いよく立ち上がる。ルイスも立ち上がり、レジに向かう。
その姿をすっきりした気持ちで見つめる。
今日ルイスに会えてよかった。
これで、前に進むのだ。