お誘い
カミラと会ってから3日後。アランをデートに誘うと意気込んだものの、きっかけが掴めずにいた。
アランとは会話をしているものの、時間が経てば経つほど気合が霧散していた。
よく考えたらデートってどうやって誘うの?
しかも一応好意を寄せてくれているかもしれない相手を誘うのは思わせぶりなんじゃ?と考えはじめ、行動にうつせていなかった。
ルイスとは主に学生の時に付き合っていたし、ルイスが完全なインドア派だったので、もっぱら図書館にいることが多かった。
なので思い返すとデートに誘うということは改まってあまりしたことがないかも…と浮き彫りになった経験値の低さにより尻込みしている。
「フローラちゃん。これあげる」
放課後の職員室。自分の席に座り、考えこんでいたら先輩に声をかけられた。
「え、キャリー先輩。このチケット今人気のオペラの!いいんですか?」
差し出されたチケットを見て、目を見開く。町で流行りのオペラのペアチケットである。
「親戚にもらったんだけど、私いらないから。フローラちゃん気分が沈んでるかなぁて。これ友達か誰かと楽しんできなよ」
私の失恋はすでに同僚全員に報告済みだ。
8個上のキャリー先輩、大人すぎる。こんなスマートな気遣い。ほろりと涙ぐむ。
「なんて優しい。嬉しいです!ありがとうございます。ありがたく使わせてもらいます」
両手を掲げ、恭しく受け取る。
「うむ。苦しゅうない」
にこにことキャリー先輩が笑ってくれる。
さっそくカミラを誘ってみよう。いそいそとチケットをかばんにしまい込もうとして、はたと気付く。
もしかしてこれってとんでもなくチャンスなのでは?むしろこれ以上自然なデートの誘い方があるだろうか。チケットを穴が開くほど凝視する。
そしてアランを探す。
「おつかれさまです」
ちょうど帰ろうと席を立ったところだ。
こちらに向かってくる。
「おつかれフローラ。一緒に帰る?」
頭にぽんと手が置かれ、顔を覗き込まれる。
こんなこともあの日から突然始まったので、もごもごしてしまう。
一緒に帰ると言っても、家の方向も違うし箒でひとっ飛びなので玄関までだ。
昨日まではそう言って帰らないとあっさり断っていたが、今日は手元のチケットを見て
「帰る!」
と叫ぶ。
アランは少し目を見開くと
「了解」
と優しく微笑んだ。
その優しい表情がやっぱりまだ見慣れなくて、ぽーっと見つめてしまう。
「フローラ?帰らないの?」
「あ、うん、急ぐ」
「別にゆっくりでいいけど」
慌てて荷物をカバンに詰め込み
「お待たせ!行こう」
今を逃したら言えない気がする、勢いだ。
玄関まで行く最中に言わなければ、と焦ると緊張してきた。
いや、デートだと思うから緊張するのだ。
自然に、先輩にチケットもらったからって誘おう。
百面相をしている私をアランが見守っていたとはつゆ知らず、ガバッとアランを見る。
「あのね、今度の休日…」
「フローラ先生、アラン先生デート?」
「一緒に帰るなんてラブラブ〜」
思い切って誘おうとした時、遠くから生徒の声が聞こえた。
デートという単語にぎくりと肩が上がる。
まだ残っている生徒がいたのか。
「気をつけて帰りなさいよ〜」
へらへらと生徒たちに手を振りながら、心臓はどきどきしていた。
よく考えたらどこに目があるかわからないし、学校で誘うべきではないか…
でもそうなったら誘うタイミングなんてあるのか。
「あー、えっとまた明日!」
結局言えず、箒に跨ろうとする。
するとぐいっと後ろからマントを引っ張られた。
「おい。期待させといてなしか」
振り向くと少し拗ねたようなアランがいた。
ちょっとかわいいかも…
「って、期待ってなにが?」
「休日ってさっきなんか言いかけてただろ」
ぼそっとつぶやかれる。
え?もしかしてお誘い待ち?
少し顔が赤くなる。
えーい、言うなら今だ。
周りをきょろきょろと見回し、生徒たちがいないことを確認する。
「オペラ一緒に観に行かない?キャリー先輩にチケットもらったの」
興味なかったら他の人誘うけど…後半は照れ臭くなり尻すぼみになる。
おまけに全体的に早口になってしまった。
そんな自分に余計に恥ずかしさが増す。
ちらっとアランの顔を見ると、嬉しそうでなんだか照れる。
「絶対行く。噴水広場に15時な」
「あ、うん」
誘えた!慌ててカバンからごそごそとチケットを一枚取り出して渡す。
「さんきゅ。楽しみにしてる」
アランがチケットを受け取り、微笑む。
それから丁寧にチケットをかばんにしまい込む。
「じゃ気をつけて帰れよ」
また私の頭をぽんと撫でると箒に跨った。
「うん、アランも。また明日」
私も箒に跨り飛び立つ。
少し火照った頬に風が気持ちいい。
さっきのアランの嬉しそうな顔を思い出すと胸があたたかくなる。
「楽しみだな」
ぽそりとつぶやいて、風を切って進んだ。