溺愛は突然に?
ごくりと唾を飲み込む。
「好きです、付き合ってください!」
差し出された手を見つめる。
真っ赤に染まった頬で手を伸ばし…
「いいなぁ、幸せそうで…」
植木からのぞかせていた顔を下げてつぶやく。
よもや自分が生徒たちの恋を羨む日が来ようとは…
自分の母校である魔法学校に教師として就職して半年。
植木の影にかがみ深いため息をつく。
「フローラ」
突然上から降ってきた声にびくりと肩を震わせる。
そっと声の主を見上げる。
「アラン、なんでこんなところに」
そこに立っていたのは予想通り、同期のアランだった。
夕日でキラキラと照らされた美しい金髪が眩しい。翡翠色の瞳がこちらを蔑むように見下ろしている。
「なんではこっちのセリフだ。生徒の告白を覗き見か?」
「ち、ちがうもん。たまたま通って、邪魔しちゃ悪いなと思って隠れてたの」
アランはあっそと私には冷たく言うと、生徒の方を見てにこやかに笑った。
「おめでとう。でももう下校時間だ、気をつけて帰れよ」
「アラン先生!」
「今すぐ帰ります」
生徒たちは恥ずかしそうに笑うと、背を向けて去っていく。
姿が見えなくなり、植木の影から立ち上がる。
「そ、それじゃあ私は」
行く先は同じ職員室と思われるが、変なところを見られた気まずさでそそくさとその場を後にしようとする。
「で、お前はなんで人の告白羨ましがってるの?お前もルイスと幸せいっぱいだろうが」
舌打ちせんばかりの勢いで、アランが私を見つめる。
しかしその不意打ちの攻撃に表情を作る暇もなく、私は音を立てて固まってしまった。
その様を見て、アランの整った顔が訝しげな表情に変わる。
「なんかあったのか。そういやお前昨日からお通夜みたいな顔してたな」
「う…」
職場では必死に取り繕っているつもりだったが、アランにまでバレているとは。
情けなさで涙腺が緩みそうになり、あわてて頭を振る。
「…れた」
「え?なんて」
ちっさい声でつぶやいた私にアランが近づく。
「だから、振られたのーー!」
半ば切れ気味で叫ぶ。
アランはぽかんと口を開け、
「まじで?」
と聞く。
その顔をきっと睨み、
「冗談でこんなこと言うわけないでしょ!」
あ、やばい、また涙腺が。すっかり一昨日の晩で枯れ果てたと思っていたのに。
慌てて涙がこぼれないように上を向く。
「わりぃ、だよな」
普段からは考えられないアランの優しい声が聞こえて、余計に泣きそうになる。
「いや、私もごめん。ちょっと動揺して」
さすがに八つ当たりだったかと思い、謝る。
アランが視線を彷徨わせ、ためらいがちに尋ねてくる。
「でも急に、何が理由だったんだよ。お前ら仲良さそうだったのに」
ルイスとはこの学校の高等部2年の秋から付き合っていた。ちょうど来月で付き合って丸2年というところだった。
アランも同じクラスだったので、当然ルイスのことも知っている。
卒業して半年が経った今も、他の教師たちも知っていたので堂々と職員室でルイスの話をよくしていた。
「好きな人ができたって」
我慢していた涙が一粒こぼれ落ちる。焦って手で拭おうとすると、アランがその手を掴んだ。
「バカだなぁ」
「なによ…」
アランを睨もうと顔を上げたら、唇が重なった。
ちゅっと音を立てて、離れたアランの顔をまじまじと見つめてしまう。
「え、な、なに」
自分でも顔が赤くなっているのがわかるし、そうとうまぬけな顔をしている自覚があったが目が離せない。
「んー、ショック療法的な?」
アランが自分の口元を手で覆い、言う。
「いやいやいや、これだからモテる男は!キスを安売りするな」
おかげで涙は引っ込んだが、動揺が激しい。
いくら高等部からの付き合いとはいえ、ただの同期の失恋でキスするなんて。
「安売りじゃねぇよ。お前だからした」
「え?」
真剣な声で言われて、戸惑う。
「遠慮する必要なくなったから。絶対お前に俺のこと好きになってもらう」
ぽかんと口を開けている私の頭に手をのせると、耳元に口を寄せる。
「明日から覚悟しといて」
にやりといつもの意地悪な顔で笑うと、颯爽と去っていった。
囁かれた左耳を手で押さえて、へなへなとその場にしゃがみこむ。
思考停止して動けなかった。
しばらくしてやっと喉から
「ええぇーーーー」
という叫び声が出た。
後日聞いたところによると、この声は学校中に響いていたらしい。