表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/26

9.地中に潜む吸血鬼

 9.地中に潜む吸血鬼


「今日ね、職場で大変だったんだよ」

 私がテーブルに着くなり彼女が話し出す。

 今夜はソフィーの家の夕食に招かれているのだ。

「えっ?! もしかしてまたブリアンナが……」

 私が思わずそう言うと、ソフィーは明るく笑って否定する。

「大丈夫、大丈夫。二人とも全く姿を見せないわ。

 ローガン様に出入りを禁止されてるんじゃないかな」


 あの日の事件を”(ブリアンナ)とクリスの軽率な騒動”ということで

 強引に話をまとめたローガンにはあきれるばかりだが

 結局やり残した仕事がどうしても気になってしまい、

 職場に戻ることにしたソフィーを思えば、まあ良かったと言えなくもない。


 ただし今、(まか)されているものが納品できたらすぐに退職する約束だ。

 腕を組んだカイルが無言で見守る中、

 ローガンと契約書を交わしたので、大丈夫だと思う。


 結局、みんなに平謝りして職場に戻ってもらったこともあり

 ローガンたちと労働者の立場はすっかり逆転した。

 そしていつでも辞められるという安心感からか、

 職場の雰囲気はずいぶん明るくなったそうだ。

 もちろん元々真面目で一本気な彼らが、

 そのことで仕事に手を抜くなんてあり得ず

 生産性はむしろ上がっているとのことだった。

 メンタルって、大事だよね。


「彼女のことじゃなくって、私のいま作ってる宝石箱のことなの」

 ソフィーが請け負っているのは、特別に受注している宝石箱だ。

 フタの上面にオパールのかけらをモザイク状にあしらった品で

 石の形状や配色にセンスと技術を要求されるものだ。


 あ、あれのことか。ちょっと気まずくなる。

「あの宝石箱のことね。手間がかかって大変だよね……ごめんね」

「ううん、作っていてすごく楽しいけど……なんでアスティレアが謝るの?」

「え……いや、じゃあ何で大変だったの?」

 ごまかすように尋ねる私に、ソフィーは潜むように笑い。

「この宝石箱の、依頼主が来たのよ」

「え? ()()? ()()()()()?」

 私は驚いた。ソフィーは首を横に振りながら笑う。

「もちろん納期はまだよ。受け取りに来たんじゃないから大丈夫。

 ローガン様たちに”品質”の確認に来たんだって」


 私は無言で、よく煮込まれたチキンを口に入れる。美味しい。

 ソフィーはフォークを置き手を組み、ウットリと上を見上げながら言った。

「すっごく綺麗な人だったよ。

 流れるような銀髪を高い位置でまとめて、瞳はアメジストのような紫。

 四ツ目(キリ)で細く打ったような薄い唇で、仕上げに本磨き……」

 よくわからない用語を繰り出すソフィーに困惑していると

 彼女の兄がパンをちぎりながら感心したように

「それはすごい美人だなあ」

 と相槌をうつ。分かるんかい。


 ソフィーのお母さんが心配そうに尋ねる。

「どこかの高貴なお方なの? 納品まで気が気じゃないわねえ」

「確かに貴族って聞いてるけど。

 でも問題は私の宝石箱というより、それに使われている石ね。

 これが予約の時にローガン様が保証した通りのものか確かめたいって話で。

 いきなり来たからかな? ローガン様たちの慌てっぷりったらなかったわ。

 みんなに作業を止めるように指示して、制作中のものを片付けさせて。

 ”ちょっとお待ちください!”を100回くらい聞いたわ、ふふふ」


「……それで、その人は石を調べたの?」

「うん。ローガン様、どっかから別のを持ってきて見せたの。

 私が作業で使ってるオパールは加工中で危ないから、って言ってね。

 そんなことないのに。ま、同じリシェットのだからいいんだけど」

 同じじゃない。たぶん、それは他の国で買い付けてきた本物のオパールだ。

 人造のものを見せて万が一、見抜かれたら困ると思ったのだろう。


「そう。納得していただけたの?」

 ソフィーのお母さんはまだ心配そうだ。

 我が子に被害が飛び火するのが怖いのだろう。大丈夫ですよ、お母さん。

「その人ね、その石を見て、扇を口に当てて笑ったの。

 それがもう、怖くて怖くて」

 彼女の兄が驚いて尋ねる。

「怖いって? 美人が笑ったのが?」

「そう。何か、鋭利な工具で切りつけられたような笑顔だったわ。

 本当よ。ローガン様も他の貴族の方々も、みんな固まってたもの」

 ……そりゃそうだ。

 皇国の誇る絶対の暗殺者”冥府に招く貴婦人(インフェルドミナ)”に見つめられたら

 一般の人は恐怖で動けるはずもないだろう。


「それでね、こういったの。

 ”()()は、本物ですわね。

 万が一、まがい物でしたら、皆様とても残念なことになりますから。

 ご存じかしら? 以前、作り物の石を納品されたことを知ったマフィアが

 売人だけでなく製造所に対しても報復したお話。お聞きになりまして?

 責任者をはじめ関わったものはみな、口だけでなく目にも石を詰め込まれ

 それは無残な最期を遂げたそうですわ。

 納品して終わり、ではありませんのね、このお仕事って”

 ……だって。こっわいー!」


 私は怖いね~と調子を合わせるが、

 大丈夫よ、それ。たぶん作り話だから。

「うちのは大丈夫です! って私が代わりに応えたんだけど

 ローガン様たちはそんな恐ろしい話を聞いて、無言で……

 ……震えてたのかなあ? まさかね」


 それまでニコニコと豪快にワインを飲んでいたソフィーの父は、

「まがい物なんてもの扱う奴は職人の恥だ。

 そういう目にあっても仕方ないだろうな」

 そういって怒っている。

 確かに真っ当な者なら絶対に選ばない手段だろう。


 私はソフィーたちみんなが、その片棒を担がされていることに

 今さら気が付き、激しく動揺した。

 ……そうか、止めさせないといけないのか。

 遅まきながら皇国の意図を察する。

 製造所はまあ運営しても良いが、出荷自体は止めるべきなのだ。


「まあ、それでその人帰っちゃったんだけどね。

 ローガン様たちは終業時になっても戻ってこなかったから

 いつまで作業停止かわからなくて、みんな困ってたの」

「じゃあ、みんな帰るタイミングも困ったでしょ」

「うん……でもローガン様の従者が現れて”今日はお帰り下さい”って」

 おそらく今頃、彼らは会議を行っているのだろう。

 偽物を出荷するリスクを今さら知ったのだから。


 ふと気が付くと、ソフィーはふわっと顔を赤らめて

 食後のコーヒーを見つめている。おやおや?

「……帰りにね、カイルさんに会ったんだ。

 ちょうど町に戻るところだからって、送ってくれたの」

「あら、あらー、うちにお呼びすれば良かったのに」

 母の言葉に、ソフィーは恥ずかしそうに首を振る。

 そして小さな声で、ご迷惑かもしれないし、とつぶやく。

「「そんなことはないと思うけど」」

 思わず私とソフィーのお母さんの言葉が重なる。


 それを気にせずソフィーの兄が感慨深げに言った。

「本当に綺麗な人だったなあ。同じ人間とは思えないほど。

 しかも知識はとんでもなく豊かで……」

 ソフィーのお父さんもうなずきながら言う。

「最初にあの人を見た時には”石工の神”が現れたのかと思ったよ」

 その言葉に私は、食後のコーヒーを吹き出しそうになる。


 ……熟練の職人、(あなど)るべからず。


 ************


 私に皇国の馬車が迎えに来たため、食事のお礼を伝えて帰路に着く。

 宿に戻り部屋に入ると、そこには()()()()()()()がいた。

 リベリアとお茶を飲みながら書類を眺めている彼女に

 私はソフィーの母からお土産で頂いた焼き菓子を差し出して言う。

「今日はお疲れさまでした。クルティラ」


 彼女は私の仲間で、リベリアが”(たて)”ならクルティラは”(ほこ)”だ。それも最強の。

 類まれなる戦闘能力を持ち、鉄の扇を使った暗殺術は

 殺されたものが死んだことに気が付かないくらい一瞬で行われる。

 それが”冥府に招く貴婦人(インフェルドミナ)”の仕事だ。


 皇国はオパールをどうにか手に入れるため、

 顧客に扮して発注をいれることにした。それがあの宝石箱だ。

 指輪の件で意外に早くオパールは手に入ったが、

 証拠は多いほうが良いので、発注を取りやめずにおいたのだ。


 そして人造と判った以上、粗悪な品がこれ以上出回るのを防ぐため

 皇国は計画をやや早め、クルティラを寄こしたのだろう。

(それで、もう来たの? と思ったのだ)


 私たちは今後について打ち合わせする。

「賃金があがったぶんの利益を上げようとして

 もっと生産量を増やそうとしますわね。

 彼らはラーテルよりも貪欲でリスクを恐れませんわ」

 リベリアは呆れたようにいう。まあ、普段わりと近くで彼らを見てるからね。


 脅されたって彼らは生産はやめないだろう。

 欲と言うのは得れば得るほど、余計に増えていくものだ。

 そしてギャンブル同様、一度ラクに稼ぐことを覚えた者は、

 どんなリスクがあったとしても、その手段にしがみつこうとするから。

「次は売り方を変えようとするでしょうね。

 出荷元がわからないように流通させようとするんじゃないかしら」

 クルティラが彼らの現在の出荷先リストを見ながら言う。


「早く古代装置の場所を特定しないとね。

 それに、もう一つの問題もなんとかしないと」

 リベリアがうなずく。そう、例の2つの刺し傷だ。


 腕の怪我を見た後、リベリアは一目散に怪我した場所まで戻ったそうだ。

 そして彼が怪我をしたという穴に、灯りをかざし覗き込んで見たと。

 男の腕がギリギリ入るほどの直径。

「でも良く見えなかったから、

 腕にバリアを張り、穴の中に入れてみましたの」

 後ろでみなが心配してくれたそうだが、

 ドラゴンの炎さえ防ぐことができるほど、リベリアのバリアは強固だ。


 リベリアは腕を横に伸ばして、調べた時を再現する。

「デコボコはしてるけど、尖ったものなんてありませんでしたわ。

 でも途中に直径3センチくらいの”穴”を見つけましたの。

 それも上に向かって縦にずっと伸びているような」

 採掘人は真横に掘っていただけだ。

 その横穴に向かって、上から何かが掘り進んできたということか。

「……モグラ?」

 単純すぎる私の推理を、リベリアもクルティラも首を振って否定する。

 わかってますよ。地質や現地の情報として、

 モグラが生息しているような場所ではない。


「それで他の人にも聞き込みして、腕や足を怪我した人に

 傷跡を見せてもらったんですが……

 何人かに2点の深い刺し傷が見られました」

「うーん、石で怪我するなら擦り傷か切り傷がほとんどじゃないのかなあ」

 私の言葉にクルティラもうなずく。

「何か他の原因でついた傷だと思ったほうが自然ね」

 それにしても採掘人の皆さんって、

 怪我に対してあまり気にしない人が多いようだ。

 いつものこと、で済ませてしまうのだろうか。


 リベリアは表情を曇らせて続ける。

「そして2点の傷を持つ人に共通する点がもう一つあります。

 顔色が悪くなり、めまいやだるさ、息切れ……血圧の低下。

 つまり、かなりの量の血液を失っている兆候が見られるのです」


 それを聞いて私は一つの結論に達して叫ぶ。

「判った! 吸血モグラだ!」


 二人の氷点下の眼差しを受けながら私は、

 絶対に吸血モグラを捕まえてやる、

 そして二人の腕に噛みつかせてやる、などと考えていた。


最後までお読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ