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8.誇りに思うか、恥と思うか(第三者視点)

 8.誇りに思うか、(はじ)と思うか(第三者視点)


 あの後、ローガンは仲間と共に、

 すぐに国王の(もと)に馬車を走らせた。

 強く抗議し、新しい製造所の設立をとりやめてもらうためだ。

「人の良い国王のことだ、ちょっと頼めばすぐに従うだろ」

 皆でそう言いながら笑っていたが。


 彼らは甘く見すぎていたのだ。


 急に来たローガンたちに対し、

 国王はいつも通り椅子に沈み込んだまま

 不機嫌そうに彼らの挨拶に応えた。そして。

「ワシが何回呼んでも忙しさを理由に来なかった者が

 急に来て話がしたいとは、失礼にもほどがあるな、ローガン」

 といきなりの先制攻撃を食らわせてきたのだ。


 これまで一度も、国王が自分たちに対して怒っているなどと

 想像すらしていなかったローガンたちは困惑する。

 むしろ、かなりの業績をあげている自分たちは

 国内において褒めたたえられ、尊重されていると思っていたのだ。


「……お呼び出しに応じることができず、申し訳ございませんでした。

 日々、大変忙しく過ごしておりましたゆえ。

 この製造所は諸外国からも高い評価を受け

 その売り上げも素晴らしい成果を残しており……」

 ローガンがそこまでいうと、国王は否定するように首を振る。

「その、諸外国とやらを具体的に言ってみよ。

 何度もカイルどのに頼んで確認したが、極秘といって答えなかったな。

 ……だからこちらで調べたのじゃ」

 ローガン達はマズイ、と言う顔で互いに見合わせる。


 国王は軽蔑を込めた口調で続けた。

「お前たちの顧客は、他国の王族や正規の商会ではない。

 とにかく相場より安ければどんどん買ってくれるような

 闇市まがいの行商人ばかりではないか」

 その通りローガン達は、オパールを相場の半額くらいに設定し、

 大量に購入してくれる商人にまとめて卸していたのだ。

 半額とはいえ、原価が無料ということもあり、

 最終的な売り上げはかなりのものになっていった。


 国王は苦々し気に横を向いて言う。

「しかもじゃ。その”素晴らしい成果”とやらはどこにいった?

 従業員の給与は低いまま、施設の設備は不十分、

 もちろん国に対してはたいして納められてはいない」

「い、いや、そんなことは。きちんと納めております……」

「あれが売り上げというなら、その辺の商店並ではないか

 公爵家だから優遇され、調べられないとでも思ったか?」

 ローガンは、そこまでバレていることに愕然とする。


 これはまずいぞ。

「本当に、いろいろな事に経費が費用がかさみまして。

 売り上げから差し引かねばならないものがあまりにも多かったのです。

 でもやっと、軌道に乗り始めました。

 これからは国にも、働く者にも利益を還元できる所存にございます」


 国王は黙った。そしてどこか悲し気に

「……そうか」

 と、つぶやいた。


 ローガンはここに来た目的を遂行しようと声を強める。

「だからお願いいたします。製造所の新設を取りやめてください!

 うちの製造所さえあれば、この国は安泰です!

 何故なら第一に……」


 お得意の話術で国王を丸め込もうと話し始めたローガンを

 国王は右手で制して告げた。

「説明なぞ不要じゃ。製造所は作る。絶対にじゃ」

「何故ですか?! お聞きください!」


 国王は椅子に沈み込ませていた背を伸ばし、真っ直ぐローガンを見る。

「……ローガン。この国の歴史は木こりと石工の作ったものだ。

 お前たちがそれを恥じておるのは分かっている。

 まあ、そう思うのは仕方のないことかもしれない。

 それに若い者が新しいことに挑戦するのは良いことだ」


 ローガンはうなずきながら必死に食い下がる。

「近隣諸国に軽んじられない国になるのは今です。

 我々は美しいオパールの産地となり、宝飾品で有名な国として名を……」

「お前たちがそれで頑張りたいというなら、そうすればよい。

 しかしこの国にはまだ、木こりと石工であることに誇りを持つ者も多い。

 彼らを虐げたり、その仕事の邪魔をすることは絶対に許さん」


 ローガンは歯を食いしばって国王を睨みつける。

 そうだ、もともと何を言っても分かってもらえないのだ。

 立ち上がって背を向けるローガンに対し、国王は言う。

「お前たち(みずか)らの手を使い、自分の信じる仕事に集中すれば良い。

 ……それだけのことじゃ、ローガン」



 国王のもとを去りながら、ローガンは考える。

 とりあえず仕事を再開させるのが重要だ。

 それには従業員に戻ってもらわなくてはならない。


 ……くそっ、仕方ない。


 ************


 ローガンはすぐに代理のものを市中に遣わし、

 元従業員に対して、形式的ではあるが書面で謝罪の意を表明した。

 しかしあくまでも”世間知らずな妹の無礼を詫びる”としてである。


 そして給与を大幅に上げること、

 休日を定め、勤務時間をきちんと設定し厳守することなど

 基本的な労働条件の見直しを宣言したのだ。


 さらに今戻れは特別なボーナスを支給することや

 熟練の技術者にはそれぞれ役職を用意するなどの提案を受け

 みんなの心は大きく動いたのだ。


 労働者たちに相談を受けたカイルは、にこやかに

「戻ることも良い選択肢のひとつです」

 と答えた。新しい製造所ができるまでまだ時間がかかることと

 何より多くの職人たちは、

 中途で放置したままの仕事が気になって仕方なかったのだ。

 そんな彼らの気持ちをを思いやっての発言だった。


 そして必ず言い添えるのを忘れなかった。

「新しい製造所には、いつでも移れるのですから」

 それを聞いて、彼らは安心してリシェット製造所へと戻っていった。

 話が違うとなれば、いつでも辞めれば良いのだから。


 朝礼時、まるでいつものように集まった彼らは

「まあこんなに頭下げられちゃあ仕方ねえよな」

 そういって笑いあい、仕事に戻っていった。


 それを表面上はにこやかに見送ったローガンとその他の貴族は

 内心では強い怒りと憎しみの炎を燃やしていた。

 ”調子に乗るなよ、お前ら。偉そうにできるのも今だけだ。

 全員、行き場を無くしたあとに借金を背負わせて

 ここからほうり出してやるからな”


 そんなことを考えて、裏では密かに計画を進めていたのだ。


 ************


 みんなに混ざり、何食わぬ顔でリベリアも職場に来ていたが

 今日は思い立って、現場である採掘場まで足を運んでみた。


 何か様子を探ろうにも、医務室や本部棟には誰も来ないのだ。

 山師は少々のケガくらいでは、誰も医者の手を借りたりせず、

 丁寧に洗っておしまい、とするからだった。

 また精神的な悩みなども、弱音を吐かない国民性のため誰も言わない。

 そんなわけで”現場の安全衛生を確認する”という名目をかかげ

 リベリアは東、西の順にみてまわることにしたのだ。

 

 可愛い産業医の登場に、現場は沸き立っていた。

 髪は左右でそれぞれ三つ編みにして、頭の両横でまるめており

 神官らしく緑の修道士の服の下にズボンをはき、

 裾を白いブーツに入れている。

 リベリアは一見可憐で優し気だが、実際はとんでもない”毒吐き”だ。

 口から出る言葉はいつも、鋭利なトゲか、徐々に効く毒の二択。

 いまのところ、潜入先では我慢しているようだが。


「あら? 小川があるのね?」

 唐突に現れた水の流れにリベリアは驚いて言う。

「ええ、そうなんです。最初は水場が遠くて不便だったんですよ。

 だから採掘所の横に水が流れるように

 上流の川から水を引いて、大きな用水路を作ったんですよ」

「それは何かと便利ね」

 かなり乾いている土地だったようだが、

 でこぼこした地形を利用することで、

 簡単に用水路を作ることができたらしい。


 上流から流れる水は、一定の量はしみ込んでしまうようだが、

 採掘所を過ぎてしばらくは流れを保っているようだった。


 足場の悪い現場を案内されながらリベリアは採掘している洞窟を進む。

「皆さん熟練ということもあり、危険がないよう作業されてますわね」

 きょろきょろと見まわすうちに、どこからか

「あいたっ!」

 という声が聞こえた。


 行ってみると、暗い洞窟の奥で、腕から血が流れている者がいた。

 地質を調べるために小さな横穴を掘っていたそうだ。

 出血の量はそれほどでもなさそうだが、

 まずは用水路まで行って洗うよう促す。


「大丈夫ですよ。こんなの全然。手を突っ込んだらこうだ。

 たぶん穴の中に、尖った石ころでもあったんでしょう。

 たまにあることですよ」

「確かに、擦り傷・切り傷が絶えない職場ですわね」

 リベリアはそういって、念のため薬でも塗ろうかと呼び止める。

「いやあ、こんな小さな傷に薬なんていいですよ

 みんなほっといてますから」

 そういって笑う採掘人はタオルで腕を拭いている。

 リベリアもそうは思ったが、

 ちらりとみえた傷に心臓が止まりそうになる。


 そこには二つ離れて並んだ穴が開いていた。


 それはまるで”何かの牙”が刺さったかのような傷跡だったのだ。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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