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6.石工の家系

 6.石工の家系


「まったく、ひどい話だ。

 クリスの奴、会ったらただじゃおかないぞ」

 応接間の椅子に深々と座り込み、ソフィーの父が()()(いきどお)っている。

 最初に話を聞いた時は怒りのあまり、クリスを殴りに飛び出そうとしたため

 ソフィーの兄やお弟子さんが必死に止めたのだ。


 やっと落ち着いてきた父を見て、ソフィーの兄が言う。

「昔はそんな奴じゃなかった……と言いたいところだけど

 考え無しというか、ワガママなところはあったよなあ。

 大人になれば、もうちょっとマシになるかと思ったけど」


 逆にソフィーの母はなんだか嬉しそうにも見える。

「まあ良かったわ、結婚前で。……絶対に苦労すると思ってたもの」

 なるほど、ソフィーの母は正直、反対していたのかもしれない。

 もし結婚してしまったら、ソフィーには

 ()()クリスの世話を焼き続ける人生が待っていたのだ。

 結婚の話が無くなったこと自体は嬉しいのだろう。

 ……正直、私も同感です。



 ここはソフィーの家だ。

 あの後、皇国の大型馬車を何往復もさせ

 大量の退職者たちを町まで運んだのだ。


 そしてカイルはその馬車の荷台に毎回、労働者とともに乗り込み

 新しい職場について説明を行い、彼らから質問を受けたりしていた。

 移動時間を”説明会”に当てるとは、いかにも合理的な皇国らしいやり方だ。

 何より退職したばかりでいろいろ不安な彼らを、

 すぐに安心させてあげることができるだろう。


 私たちは最初の馬車でソフィーを送り届けたが、

 そのまま家に招かれ、ご家族に経緯を説明したのだ。

 そして怒り狂って暴走する彼女の父をなだめ……

 やっといま、自己紹介を始めることができた。


「アスティレア・クラティオと申します」

 私がそういうと、お母さんは優しい笑顔でうなずいてくれた。

「ソフィーからお話しをお聞きしてましたわ。いつもありがとう。

 確か皇国の……」

 考え込む母に、ソフィーが教える。

「メイナ技能士さんよ。あの製造所に調査に来たんだって」


「ほお。クラティオ家の方はみな、そのメイナ技能士さんなのか?」

 ソフィーの父がそう考えるのも無理はない。

 彼女の家族はみな石工や、それにまつわる仕事をしている。

「違うよ、父さん。クラティオというのは、メイナ技能士の呼称だよ。

 前に知り合った皇国の人から聞いたんだ。

 皇国では名前と、姓の部分は”職業”を名乗るのが通例なんだって。

 なんでも身分や家族は関係なく、一個人として働くためだとか」

 ソフィーの兄が訂正してくれる。私はうなずく。

「お医者様ならみなドクトール、仕立て屋さんはみなテイラー、という感じです」

「そうか、そうならうちは全員石工(メイスン)だな」

 そういって笑うソフィーのお父さん。普段はおおらかで温かい人なのだろう。


「それにしても、アスティレアさんたちのおかげね。

 側にいてくれただけでもありがたいのに。

 これからもあの製造所で働かされるところだったと思うとゾッとするわ」

 ソフィーの母が言う。深くうなずきながらソフィーの父も

「俺は前から、何度も辞めちまえっていってたんだよ。

 でもクリスのやつに気をつかって、残ってやっていたのに。

 あんなとこで働いて体を壊さないか、毎日冷や冷やしてたよ」

「いつか破綻すると思っていたけど、その後が心配だったんだ。

 製造所を新設する事をご決断くださった国王様にも感謝だな」

 ソフィーの兄が嬉しそうに言う。

 多くの仕事仲間が失職することなく、

 より良い職場に移れることを、心から喜んでいるのだ。



 その時、この家のお手伝いさんに案内されて

 応接間にカイルが入ってきた。皇国の帽子を取り、一礼する。


 その姿を見て、お礼を言おうと立ち上がったソフィーの家族は固まってしまう。

 帽子を取ったカイルはまったくの無表情でこちらを見ているが

 彫の深く整った面立ち、長いまつげに大きな瞳。

 その姿は現実味のないほど美しい彫像のようだ。

「皇国から参りました石工士のカイル・()()()()です」


 彼の挨拶に対し、何も言えずに見とれているソフィーの家族を気にせず、

 彼の目は部屋の奥にあるマントルピースを見つめている。

 マントルピースとは、暖炉の前面にある飾り棚のようなもので

 ソフィーの家のものは確かに、堅牢でいて豪奢なデザインだった。


 彼はスタスタと歩いてマントルピースの左右、全体を眺めまくる。

 なにやってんの、この人。

「……フェディロルのゴシック様式。マロンブラウンの大理石とは珍しい……」

 ソフィーの父がおお、というように歩み寄り

「そう、そうなんだよ。私の祖父がこだわってね」

「うん、わかります。この広さの部屋の、北側に暖炉を設置するとなると

 白やグレーの大理石を置きたくなりますが、それでは()()()()

「そう! そのとおり。同じことを言っていたよ。だからこの色で……」

「”技巧”を表すアカンサスと”たゆまぬ進歩”を示す牛の彫刻を施したんですね」

 カイルの指摘にソフィーの父は手を打って喜ぶ。


 よくわからないが、同業者同士で良いものを褒めたり分かりあっているらしい。

 ソフィーの兄もその中に加わり、材質や切り出した部分の加工などについて

 三人で延々語り続けるのを、私たちはぽかんと眺めるしかなかった。


 彼らは一通り話すと、ふうっと落ち着き、カイルは一礼して

「良い仕事を見せていただきました。ありがとうございます」

 といって、帰っていこうと……待って待って。

 みなで大慌てで引き留める。


「いやいやすまない、マントルピースをお見せするために

 こちらに立ち寄っていただいたわけではなかった」

 汗を拭きながらソフィーの父がいう。カイルも無表情のまま言う。

「こちらこそ失礼しました」

 そしてソフィーの家族は口々に、カイルにお礼を述べ出した。

 なお無表情のまま、カイルは答える。

「いえ。全て事実ですから。特に私は何もしていません」

 それを聞いて、私はカイルにを横目で見る。

 一回だけ、仕事とは関係のない手出しをしましたよね? カイル。

 

 あの、ブリアンナが逃げ場がなく苦しむソフィーに対し、

「あーあ、他の女と結婚した元婚約者の下で働き、

 その幸せな二人を見続けなくてはならない立場って辛いわねえ」

 と言った時のことだ。

 急にブリアンナが後ろに引かれるようにふっ飛んだのは

 おそらくカイルの仕業だ。


 彼は上級石工士だが、実はメイナの能力者でもあった。

 陰・陽の使い分けや、火・水・土などの五行への変化は苦手だそうだが

 極を操ること、すなわち物体移動はかなりの使い手らしい。

 ただし彼の場合、その力は石工にしか使わない主義だったはずなのだが。


 本来はメイナを暴力に使うなぞ絶対に許されることではないが

 ブリアンナはまったく怪我をしてないことと、

 ”(ソフィー)を守るために使った”と言えなくもないし。

 それに、彼がブリアンナを引きはがすのがもうちょっと遅かったら、

 私が直接彼女をぶん殴っていたかもしれないので、黙っていますけどね。


 私の眼差しをスルーしつつ、カイルは新しい製造所について話し出した。

「すでに国王様よりお聞き及びと存じますが、

 この町からすぐ近くの国道沿いに建設が始まります」


 製造所の構成は定石通りのものがベストということもあり

 どんどん進めてOKとなったらしい。


「それに今日、辞職された方々のうち、お手伝いいただける方には

 建設作業から参加していただくよう、本日お伝えしました。

 結構な人数が就業してくださるようです」

 製造所には石工をはじめ、建築に詳しい人も多く。

 力仕事も得意な人も少なくない。

 それに彼らも、間を開けることなく収入を得ることができるのだ。


「街の近くで大丈夫なのですか? 私たちは嬉しいけど……

 石材や木材を山から移動させる手間が生まれるのよね?」

 ソフィーは心配そうに尋ねる。カイルは顔を上げ、優しく答える。

 彼女に対してのみ、彼は感情が出るようだ。

「大丈夫です。皇国は合理性を重んじ、最適解しか選びません。

 伐採や採掘が激減している以上、山の近くでの作業は無意味です。

 今後、材料に関してはほぼ他国から持ち込まれるため、

 街中と他国をつなぐ大路に近い方が利便性が高いのです。

 ……そして皆さんはここで”技術”を売ることになります」


 カイルは出されたコーヒーを飲み干す。そして空のカップを見つめ

 美味しいな……と小さくつぶやいた。

 ソフィーは嬉しそうにお代わりをつぐ。

 お礼の会釈をしたあと、カイルは話を続ける。

「採掘士の方も、他国の需要のある場でその技術を披露していただきます。

 世界にはまだ、鉱脈や採掘可能な山々がありますから」

 ソフィーの父が嬉しそうに言う。

「世界を相手にすれば、それこそ息が長い商売になるな」

「こちらにも新しい技術や知識が入ってくるかもしれないしね」

 ソフィーの兄もうなずく。


 皇国に製造所の不正を探るように指令を受け、

 デセルタ国王からはその安全性を確認するよう依頼された私。

 潜入し、いろいろ調査する中で一番感じたのは

 この国の職人たちの技術力の高さと知識の豊富さだった。

 こつこつと腕を磨き続け、知識の習得を怠らない。

 そしてそれを他人に自慢するのではなく、

 自らの誇りにしているところがとても素敵だったのだ。


 ……ま、実務はなんにもできない一部の貴族の方々は

 それを誇りにするどころか、土っぽいだの泥臭いだのいって嫌厭(けんえん)

 見た目が華美なもので売り出そうとやっきになっていたけれども。


 ***********************


 とりあえず今日は辞することにし、私とカイルは席を立った。

 帽子をかぶりながらカイルはソフィーにお礼を言う。

「本当に美味しいコーヒーをありがとう」

 この国の人々は嗜好品として、飲みすぎると手に震えが出るお酒よりも

 気分を覚醒させる効果を持つコーヒーを好む人が多いようだった。

 それに合わせて焼き菓子の文化もめざましく発展しており、

 さまざまなお店がいろんな商品を用意しており、

 それは私の密かな……

 いえ、はっきり大々的に、日々の楽しみになっているのだ。


 コーヒーを褒められてソフィーは嬉しそうに笑いながら言う。

「うふふ嬉しいな。私、コーヒー大好きなんです。好きというか……

 作業の合間に、コーヒー飲みながらデザイン考えるのが幸せで」

 それを聞いたカイルが微笑んでいう。

「いいですね。それは。

 ……私も毎日、あなたの入れたコーヒーを飲みながら、

 切り出した石材をどうするか思案出来たら幸せだろうな」

 あははというソフィーの焦ったような渇いた笑い声を聴きながら

 私とソフィーの母は目を合わせて、たぶん同じことを考えていた。


 それってプロポーズじゃない?!


最後までお読みいただきありがとうございました。

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