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3.国王からの依頼

 3.国王からの依頼


 私とソフィーは製造所の大会議室を出てあと、

 互いに顔を見合わせて、同時に吹き出した。

 そして涙を拭いながらソフィーが笑顔でつぶやく。

「ゴミを漁る姿を見せてくれたことに感謝かな。

 あれは百年の恋も醒めるでしょ」


 私への解雇宣告と、ソフィーの婚約破棄が同時に行われたが、

 結果は彼らの予想を真逆に裏切るものとなった。


 ソフィーは、最初は本当にショックだったろうし辛かったと思うけど

 カイルのおかげで怒りや悲しみは軽減されたと思うし、

 なにより向こうが受けたダメージのほうが甚大だ。


 まずソフィーを裏切った元婚約者のクリスは、

 多額の請求を受ける上に、せっかく用意した指輪も

 新しい婚約者の癇癪(かんしゃく)によって破棄(はき)されてしまった。


 その新しい婚約者ブリアンナは、横取り女にとって勝利の瞬間のはずが

 クリスは奪う価値などない男だということを、大勢の前で露呈され

 自慢するはずの指輪も、金銭問題ですっかりケチがつく始末。


 しかし何よりも彼女がショックを受けていたのは、カイルの行動だろう。

 カイルが皇国から上級石工士として派遣されて以来、

 その美しく凛々しい外見や洗練された仕草に、

 この国の娘たちは熱狂したそうだ。


 特にブリアンナは必死で愛嬌を振りまき、しつこく言い寄っていたが、

 カイルには終始迷惑そうにされ、

 そのあげく避けられるようになってしまった。

 クリスに手を出したのは、彼に想いが届かない腹いせもあったと思う。


 それなのに、カイルがソフィーに対して優しく親切にしているのを目前にし

 横でゴミ箱を漁る(クリス)と見比べて、余計に惨めになったに違いない。



 ……そして私の方といえば。解雇などなんの意味もないことだった。

 実は支援の話など、この製造所に潜入するための手段に過ぎなかったから。


 もちろん調べた結果、正しく運営していた場合は

 皇国はその経営手法を評価し、適正な支援や援助をしただろう。

 辺境の地で、若い世代が農業や工業で改革を起こし、

 素晴らしい成果をあげ、地域を活性化させたケースも多く存在する。

 ここリシェット製造所も、その可能性がなかったわけではない。


 ……しかしこの製造所には、疑惑が多すぎたのだ。


 ************


 ここデセルタ国は、未開の山地が広がる国土を持つ小さな国だ。

 古来より、その山林から樹木を切り出したり、

 石材を採掘し、他国に売り出すことで国を運営してきた。


 しかしここ数年、このリシェット製造所が、

 数年前までは小さな工場(こうば)だったにもかかわらず、

 その生産性や売り上げで、驚くほどの急成長を遂げているのだ。

 ……通常ではあり得ないほどに。


 見つけるかどうかわからない宝石の採掘というのは、工場の生産物とは違う。

 基本的に製造が安定するわけがないのだ。

 それなのにこの製作所では、磨かれた貴石や宝飾品が

 コンスタントに出荷されており、なんと”予約”すら受け付けているのだ。


 しかも就労者から、多くの苦情や噂が国外にも漏れ出るようになり

 それらを分析したところ、皇国は気になる情報を得たのだ。

 それはこの製造所で、禁忌の”古代装置フラントル”が

 使用されているという疑惑だった。


 もし使っているとなれば、逆にこの急成長は説明がつく。

 古代装置はメイナを不正使用するための機械だ。

 なんらかの手法を用いれば、宝石を量産することも容易(たやす)いだろう。

 しかしそれは今後、近隣諸国をも巻き込む大災害を招く可能性があるのだ。


 かつて人類は一度、”古代装置フラントル”のために絶滅の危機にさらされた。

 不正使用は迅速に見つけ出し、それを阻止しなくてはならない。


 疑惑を強め、危惧した皇国は製造所に対し、

 ”その運営を参考にしたい”という名目で、二度の視察を行った。


 一度目は、皇国の調査団が滞在中は採掘無し。

 まあ出るのが当たり前ではないのだが、

 いつもの生産性を考えると疑問が湧く。


 二度目はちょっとだけ出たものが提出された。

 しかしこれも、視察に備えて他国で購入し、

 事前に準備されたものである疑いが強かった。


 そこで皇国は

 ”二度の視察を行った結果、この工場はさらに飛躍する見込み有り”

 とリシェット製造所に連絡。

 より多くの国に高額で販売できるルートの協力や、

 さらなる開発支援の必要はあるかと打診したところ、

 代理責任者のローガンは大乗り気で依頼してきたのだ。


 ”皇国の庇護がもらえれば、生産技術が飛躍的に向上するだけでなく

 世界中への受注や納品が容易になり、売り上げも桁外れに増加する”

 彼は欲にかられ、また自分の経営手腕に絶対の自信を持っていた。


 しかし実際、賛成していたのはローガンたち若い世代だけだったのだ。


 ************


 潜入前、内密にデセルタ国王に謁見した時のこと。

 国王はかなりのご高齢で、大きなクッションを敷いた王座に

 沈み込むように座っていた。


「……すまんが、あの製造所は閉鎖したいと思っておったのだ」

 驚く私たちに、国王はふうっ、とため息をついた。

「とても高い利益を挙げているようですが、何かご不満でも?」

 私と共に来ていた皇国の調査団長の問いに対し、

 なにやらフガフガとうつむいていたが、ゆっくり顔を上げてつぶやく。

「あそこはな……あの山は、昔から良くない言い伝えがあるからのう」

「言い伝え、伝承のようなものでしょうか」

 ふむ、とうなづいた後、国王は黙ってしまった。


 言い伝えや伝承は、けっして馬鹿に出来るものではない。

 科学的根拠が見つかっているものもあるし、

 民間伝承や風習には、たいてい歴史的な経緯があるからだ。

 たとえば怪人の噂はよそ者に対する警戒を示唆していることが多いし、

 大雨でよく氾濫する川には大蛇伝説がつきものだ。

 荒れ狂う水の流れを、暴れる大蛇に見立てたのだろうと言われている。

 だから、何かしらの意味はあるのだと思うのだが。


 長い沈黙に、横に立っている宰相が代わりに説明する。

「あの地には建国以来、近寄ってはならぬという言い伝えがあります。

 いわく、あの土地には吸血鬼が住んでおり、

 宝物と交換に命を取られてしまうということです」

 私たち一同は、何と答えて良いか分からず黙ってしまう。

 吸血鬼ですか。


「そのため、国民は長い年月、あの地には近づきませんでした。

 たまに欲にかられたものが採掘に出かけたそうですが

 帰ってこない者もいたとのことで、年配のものは伝承を信じております」

 そ、そうなのか。でも険しい山に出かけて帰らなかった理由が

 即・吸血鬼のせいだ! とはならないのでは?

 普通に遭難とか、滑落とか。


「それを製造所の方々はご存じなのですか?」

 こちらが問うと、国王はふにゃっと笑い、答えた。

「知っておるが、どこの若い者も言うことは聞かんよ。

 自分に一切を任せろと言い張るため、仕方なく許したのだが……」

 まあ、気にしないだろうなあ。

 そこに鉱脈があるなら、なおさらだ。


「だから皇国の技術を用いて、調べてほしいのだ。

 働く者たちに危険はないかどうか、しっかりとな。

 あの場はあの子たちが言うように安全な場所か確かめたいのだ」

 あの子たち、という言葉に一瞬戸惑うが、

 それが代理責任者たちの貴族子息を指すと気付き苦笑する。

 彼らはもう20代のはずだが、

 老国王にとってはやんちゃで向こう見ずな子どもなのだろう。


 デセルタ国王は心配していた。

 多大な利益や、近隣諸国に対しての地位などよりも、

 国民の安全と幸せに価値を置いているのだ。


「我が国は、木こりと山師が作った国じゃ。

 どんなに時代が変わろうと、

 その知識や経験を軽んじるわけにはいかんのだ」


 私は礼をし、しっかりとその要望を(うけたまわ)った。

「かしこまりました。あの地をきちんと調査し、

 製造所の安全性を確認して参ります」


 皇国には皇国の意志や目的がある。

 もちろん私はそれに従うが、

 メイナ技能士として、それ以上に仕事において譲れないものがある。


 それは”人”のためにこの力を使うということだ。

 民間人でも国王でも、誰かを(まも)りたい気持ちに変わりはない。

 製造所の疑惑がどうであれ、いや疑惑があるからこそ

 そこで働く者たちを守ろうと心に決め、その場を辞したのだ。


 ************


 そして、デセルタ国王と、現在病に伏せているイニウス公爵、

 つまりローガンの父の要請により

 メイナ技能士である私が派遣される運びとなったのだ。


 まあいろいろ調べまくった結果、作業員扱いのうえ、

 労働者の不満や疑問を浮き彫りにしたせいもあって

 ついに追放されちゃったけどね。

 今度は別のアプローチでここを探らないといけないな。

 まあ”指輪”を手に入れることが出来たおかげて、

 やっとここの”純・製品”を調べることが出来るな。


 そんなことを考えつつ、製造所の出口に向かって進んでいると

 後ろからものすごい足音が近づいてくる。

 そして大声が聞こえた。

「待て! 待てと言っている!

 いや待ってくれ!

 ……待ってください!」

 何かの活用形のように変化する言葉に笑ってしまい、

 振り返ると、そこには息を切らしたクリスが立っていた。


 そしてカイルに対し、上目づかいでビクビクしながら

「ぼ、僕ではなく、ローガン様の命令です。

 あなたの意見は聞かなくて良いとのことです」


 そしてソフィーに向き直り、急に偉そうに怒鳴り出した。

「おい、引っ込みがつかなくなったんだろ?

 仕方ないから呼びに来てやったぞ!

 せっかくローガン様がお許しくださったんだ、感謝しろよ。

 なに勝手なことをしてくれたんだ。手間をかけるなよ。

 だいたいソフィー、お前はこのデセルタ国の加工職人なんだそ?

 さっさと作業場に戻って働け!

 まさか裏切る気じゃないだろうな!」


 さっきソフィーを裏切ったばかりのくせに

 自分のしたことも忘れ、クリスは連れ戻しにやってきたのだ。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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