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1.またしても追放

皆様の周囲にはびこる理不尽なことが、ザックリ断罪されますように!

  1.またしても追放


「あー、アスティレア・クラティオ!

 お前を本日限りで解雇とする!

 今日中にここから出ていけ!」


 今日も、長くて無意味な朝礼のスピーチが始まるのかと思っていたら

 突然の解雇宣言が飛び込んできた。

 それも、私に対しての。


 声の主はローガン・イニウス。

 公爵家の長男で、この”リシェット製造所”の代理責任者だ。


 ここは国営だが、国王よりイニウス公爵家が運営を一任されている。

 まだ二十代だが、責任者である父親が病気のため、

 代わりにここを仕切っているのだ。

 いつもは朝礼で、自分の薄っぺらな経営理念を語ったり、

 作業員に対するダメ出しをグダグダと述べて過ごすのだが、

 今日はまさかの”解雇通達”だった。


 私の前後左右には、採掘人や石工などの労働者たちが並んでおり

 初めはダルそうにしていたけれども、

 ローガンの発した言葉を聞き、一気に引き締まった面持ちになる。


 それとは逆に、ローガンの左右に立っている取り巻きの貴族たちは

 ニヤニヤしながら私の反応を伺っている。

 

 彼ら貴族たちは”管理職”と称し、仕事に関しては管理も何もしていない。

 しかもここの収益は驚くほど高いため、彼らの報酬も大きいらしく

 誰もローガンに逆らいたくないのだ。

 そうでなくても、立場の弱いものを()()()()ことが好きな人たちだ。

 これは楽しいイベントの開幕であり、格好のレジャー(ひまつぶし)なのだろう。


 その群れから外れて、右側で皆を見守るように立っていた産業医リベリアが

 ローガンの宣告を聞いたとたん、口に手を当て今にも倒れそうに震えている。

 真っ白な顔をしているが、何のことはない。

 ……笑いを(こら)えているだけだ。

 それでもなんとかこの光景を”記録”してくれている。


 そして後方から一人、本当に心配してくれている人が走り出てくる。

 この職場に()()して以来、ずっと仲良くしてくれていたソフィーだ。

 作業前だから栗色の髪は後ろに束ねており、

 チェックのシャツにズボン、それにエプロン姿だ。

 とても可愛い子だが、今日はハシバミ色の大きな瞳でローガンを睨んでいる。


 彼女を巻き込みたくないから、今回は手短に済ませよう。


 さて、解雇とは。それには、法に反しない「理由」が必要だ。

 不当解雇など決して許されるものではないからね。


 私は本来、このように粗雑な物言いをするけど、

 一応他国に派遣されている身であり、相手は公爵家嫡男でここの責任者。

 気品ある対応で、穏やかに問いかけることにしよう。

「理由をお聞かせ願えますか」

 ローガンはニヤリと笑い、型眉を上げ、ん? という表情をする。

 え? それ聞く? 言っていいの? ってことなんだろうけど、

 聞かなくても言うでしょ、どうせ。


「お前は何の役にも立たなかった。生産性ゼロの無能だからだ」

 周囲の貴族がどっと笑い、口々に言い添える。

「ほんと、使えない奴だったよ」

「全然仕事してなかったよなあ」

「なんでこんな地味で薄汚いのが派遣されてきたんだ?

 もっと良い子いなかったのかよ」


 今回はそれなりに目立たぬよう、控えめにやるつもりだったのに

 逆にそれが相手に軽んじられる原因となってしまったようだ。

 分厚い眼鏡をかけ、髪は後ろでまとめ、

 採掘所での作業が多いから口にはマスクして。

 ごく普通の、作業員さんみたいにしたんだけどね。

 そうではないのは、責任者であるローガンが一番知っているハズなのだが。


 私が無反応なのにイラついた彼らは、さらに攻撃を続ける。

「こっちが金をもらいたいくらいだよな」

「まったく何しに来たんだよ。男でも探しにか?」

「無駄だよな。なんなら男と”知り合い”になれる仕事を紹介しようか」

 卑猥な声をあげて笑い転げる低能なサルども。


 ……もうちょっとここで調査したかったけど、まあいいや。

 潜入の方法を変えれば大丈夫だろう。

 そう思い、手短に挨拶してその場を去ろうとした瞬間。


「いい加減にしてください! みなさん、(ひど)すぎます!

 アスティレアは元々、調査のために来たんですよ?

 私たちと同じ仕事をしないのは、当たり前じゃないですか!」

 ソフィーが怒りに震えながら反論してくれたのだ。


 本当にその通り。

 今回私が皇国より派遣された理由は”調査”ですから。

 表向きも。そして、その裏も。


 ソフィーの反論を鼻で笑い、ローガンは冷たく言い放つ。

「こいつが調査だと? ただの事前準備のための作業員だろ?

 そのうち皇国より正式な調査員が来るだろう」

 ……やっぱり見た目だけで判断してたか。ちゃんと書類読もうよ。

 現場の人事など興味ないとか、

 事務は経営者の仕事じゃないだの言って

 派手で支配欲が満たせる仕事しかしないから()()()()()になるんだよ。


 ソフィーはローガンを見据え、必死に主張してくれる。

「違います! 私、ずっと見てました!

 アスティレアはすごいんです、鉱山内の……」

「お前に何が分かる? ただの加工職人の分際で。

 まともに学問を学んだことすらないくせに偉そうに」

 私はムッとする。いいや彼女は優しいだけでなく、とても賢い。

 教養的には無学かもしれないが、理解力が高く発想も柔軟だ。


 しかし、ここまで責任者のほうが仕事を理解してないとは。

 私はひそかにため息をついた。


「ありがとうソフィー。でも、いいのよ。

 ……では正式な通達書の発行お願いいたします。

 それがなければ口頭での宣告など意味がありませんので」

 私がわざと煽る言い方をしたので、

 ローガンはすぐに従者に命じ書類を用意させ、

 さらさらとサインを記入、さらには公爵の印まで押した。

 こんなに軽々しく捺印するなど通常考えられないことだが、

 そのくらい彼の思慮が浅いということだ。


 一連の作業をしながらも、ローガンは私の様子をちらちら見ながら、

 いつ撤回を懇願してくるのか待っている。

 ソフィーはこのままでは私が解雇されてしまう! と思い、

 止めてくれそうな人を探してキョロキョロしている。

 私はその腕を抑え、小声で大丈夫だから、と伝えた。


 それが耳に入ったのか、ローガンはさらに意地悪く

「全然大丈夫じゃないだろう? クビだぞ?

 そこの下賤な女に認められても意味なかったな」

 ローガンの侮辱にも負けず、ソフィーはさらに訴える。

「調査結果も確認せず、いきなり解雇というのはあんまりです。

 それに彼女はいろいろ助けてくれたんですよ、なのに理不尽です」


「あらあ? 文句がおありなら、あなたもお辞めになったら?」

 急に左側から女の声がした。


 振り返るとローガンの妹、ブリアンナが立っている。

 派手な赤いドレスに、グルグル巻きの髪。

 センスの欠片もないが、それでゴージャスなつもりなのだ。


 その横には……嘘でしょ、なにそれ。

「ねえ、クリス様。あなたの()()()、ちょっと図々しいのではなくて?」

 違う! ご友人なんかじゃない! クリスは、ソフィーの……


「そうだぞ。お前、ちょっと出しゃばり過ぎではないのか?」

 クリスは(とが)めるような顔つきでソフィーを見つめる。

 クリスの腕にはブリアンナの腕が絡みつき、頭を肩に寄せている。

「まったく、身の程をわきまえて頂きたいものですわね。

 こういう無知で恥知らずな娘、クリス様はどう思われますか?」


 クリスはほんの一瞬動揺したが、ちらりとソフィーを見る。

 その目はいつものように、あとで取りなせばなんとかなるだろう、

 この場は僕の立場を立ててくれるよね、と思っているようだった。

「嫌いだな。僕は君のような上品で知的な女性が好きだ」

「まあ嫌ですわ、クリス様ったら皆さんの前で。ウフフフ」

 そう言って笑うブリアンナの目は、真っ直ぐにソフィーを見ている。


 何が起きたのか分からないソフィーは固まったままだ。

 だってクリスは、ソフィーの婚約者だから。

 幼馴染で、ずっと昔から仲良かったと言っていた。

 ソフィーは割と大きな工場(こうば)の長女で、

 クリスは貴族だから身分が違うが、

 彼は男爵家の四男なので、両家の親も認めてくれたと笑っていたのに。


 真っ青なソフィーを支えながら、私は唇を噛んだ。

 ブリアンナは典型的な横取り女だ。

 人のものを何でも欲しがる性根で、

 クリスとソフィーの仲を知ってからは

 かなり強引にちょっかいを出すようになっていた。


 クリスは、そんなブリアンナのアプローチに対し

 最初こそ困った体を装ってはいたが、モテる自分に酔ってきたのか

 はたまた公爵家という肩書に惹かれたのか、

 次第にソフィーへの対応が酷いものになっていった。


 私たちは何度もソフィーにそれでいいのか話していたけど

 彼女はあくまでもクリスを信じると言っていたのだ。

 彼は意志が弱く、周囲に流されるタイプではあるけど

 約束はちゃんと守ってくれるはず、と。


 それなのに。

 こういう形での婚約破棄はあんまりではないのか?


 しかし衝撃はそれだけではなかった。

 ブリアンナは組んでいた腕を外しながら言う。

「労働者は大人しく、自分の仕事をしていれば良いのですわ。

 フフン、この指輪、よく出来ていましてよ」

 そういって笑いながらかざした指輪は。

「……嘘でしょ」

 私は思わずつぶやく。それはソフィーが作ったものだったのだ。

 そしてクリスの手にも、同じデザインの指輪がある。


 先日、クリスがここの採掘所でとれたオパールを持ってきて、

「二人の将来にかかわる重要な、大事な客の注文だぞ」

 と言い、脅すように急がせ、ソフィーに不眠不休で作らせたのは、

 自分の新しい婚約者へ贈る指輪だったのだ。


 ひどすぎる。

 なんて恥知らずで、残酷なことする人たちなんだろう。


 ソフィーは婚約者の裏切りに目を見開いて何も言えずにいる。

 その目に、じわじわと涙が浮かんできている。

 確かに最近のクリスはひどかったが、

 ソフィーは一時的なものだと信じ、

 彼女なりに一生懸命に努力していたのに。


 ブリアンナは薄笑いを浮かべ、

 見下しながらソフィーにとどめの一言を放った。

「加工の技術以外では価値のない人。

 そんな風だから彼に捨てられるのよ」


 小さく悲鳴をあげるソフィー。

 そのまま泣き崩れるかと思いきや、

 ぐっとこらえてソフィーは後ろを向いて歩きだす。

 そして震える小さな声で言った。

「私は間違ったことは言ってません。でも、私も今日で辞めます」

 勝った! という表情でクリスにもたれかかるブリアンナ。


 もう、我慢の限界だ。


 私は眼鏡とマスクを乱暴に外し、大きな声でソフィーに言う。

「では一緒に行きましょうか、皇国へ」

 この場の全員が一斉にこちらを見る。そして驚きの声をあげる。


 貴族たちは近くに寄ってきて、なんだ美人だったのか、とか

 すごい可愛いじゃん、だの言ってくる。今更うっとおしいわ。

 それを打ち消すような大声で私は告げる。

「こんなところにいても、お先真っ暗ですし。

 もっと良い仕事を紹介できるから安心してくださいね」


 それを聞き、ローガンが青筋を立てて怒る。

「ふっ、ふざけるなっ何を言ってる! お前ごときが!」

「お前ごとき? そもそも私が誰だか分かってないですよね?

 作業員だとはげしく勘違いしてたくらいですから」

 そう言って笑う私にローガンは、違うのか? とつぶやき、

 初めて目を合わせた私に対し、激しく動揺して二の句が継げない。


 その時。私の言葉を裏付けるように。


「その通りです。作業員ではありません。

 アスティレア様は皇国の視察としてこの国に派遣された技能士です」

 フロアの後ろから響き渡る声した。


 皇国の上級石工士 カイルだ。


 彼はもちろんただの石工ではなく、採掘から加工までの技術はもちろん

 素材だけでなく流通や商品としての知識や教養も豊かな技術者だ。


 上背は高く筋肉質だけど、顔は(ほり)が深く整っており

 彼自身が美しい石像のようだと、皇国の娘たちの間で評判だった。

 この国に来てからも、大勢の貴族や作業員の女性たちから

 崇拝と思慕の眼差して見つめられている存在だ。


 カイルは国王がじきじきにこのリシェット製造所に連れてきており、

 また有能なこともあって、国賓として大変丁重に扱われていた。

 ……私の扱いと大違いで。



 彼は優雅な足取りで真っ直ぐに歩いてきて、私の側に立って礼をする。

 これを見るだけで、皇国において彼よりも私の地位が高いことがわかり

 ローガンはじめ貴族一同は激しく動揺していた。


 カイルはソフィーのほうを向き洗練された仕草で、ソフィーの手を取る。

 昔話に出てくる王子のような綺麗な顔で、彼女に微笑みかけた。

「あなたの加工技術は世界に誇れるレベルのものです。

 すぐにでもお仕事をご用意させていただけますでしょうか。

 もちろん仕事内容はお選びいただけますし、

 報酬については皇国の基準でお支払いします」


 普段は無口で無愛想なカイルとは思えない優しい表情と口調だ。

 これまでさんざんカイルに言い寄ったのに、

 丸無視され続けたブリアンナが目を見張って固まっている。

 ブリアンナが何に誘っても即断られ、目も合わせてもらえず、

 話しかけても返答すら面倒そうにしていた彼が、

 ソフィーを気遣い、騎士のように彼女を敬っているのだ。


 ソフィーは、いえいえ、そんな、と謙遜しながら頬を赤くしている。

 さらに彼は続ける。

「そして他に流されず、自分の意見を忖度なく表明できる貴女は素晴らしい方です。

 無意味に言論を控えるとは、知性のかけらもない振る舞いだ。

 それを女性に強要する男など、皇国では道化よりも笑いものになります」

 そして表情を厳しいものに変え、クリスとブリアンナを冷たい目で見た。


 さあ、私はともかくソフィーをこんな形で傷つけた代償、

 きっちりまとめて払ってもらいましょう。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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