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81話 これからの思い出!!

 数日後、克己は再び手術を受けて、体内に設置されたプレートを取り外された。ルノールはその手術に立ち会い、最後は回復魔法で体を治癒する。


 医者は魔法という技に驚きを隠せずにいた。


 克己は目を覚まし、アルス達が覗き込む。もしかしたら自分たちの事を思い出してくれるのではないかと、少しだけ希望を抱いて……。


「お、お目覚めになりましたか? ご気分は……」


「麻酔というのはあまり良い物では無いと言う事が良く分かるよ……。君達・・の顔を見なければ憂鬱だっただろうね」


 君達・・……アルスはそう言われた瞬間、抱いていた希望が崩れ落ちた。


「そんな顔をするなよ……。これで退院できるんだろ? ありがとう、ルノール……」


 お礼を言われたルノールは悲しそうな顔して質問する。


「ま、まだ思い出せませんか……」


「そうだね、無理……のようだね……ごめん……」


 克己は申し訳なさそうに謝ると、ルノールは克己に抱き着き謝罪する。


「君は悪くないよ……記憶を失った俺が悪いんだ……。だけどさ……」


 克己はルノールの頭を撫でながらノエルやアルス達の顔を見渡して微笑む。


「俺は少し嬉しい……。君たちのような可愛い子達と一緒に生活できるんだろ? それに……結婚する相手もいる……」


 克己はそう言うと、皆は残念そうな顔をする。


「あ、あれ? そうじゃなくて……新しい思い出が作れるだろ? そ、そう! それが言いたかったんだよ!」


 全員は本音が違う所にあるのだと思い、頭を抱えていた。


「か、克己様……これから退院の手続きをしてまいりますので、帰宅準備を始めて頂けますか? ノエル、あとはお願い」


 アルスがそう言って病室から出て行き、皆は荷物の整理を始める。克己は服を着替え始め、ノエルは動きを止める。


「どうしたの? ノエル……」


 レミーがノエルに質問をすると、ノエルは再び作業を始めた。


「何でもない……」


「変なの……」


 大人数で荷物を片付けているため、直ぐに荷物は片付き、あとはアルスが戻ってくるのを待つだけだった。


「克己様、お話をしても宜しいでしょうか……」


 シェリーが話しかける。


「ん? 構わないよ?」


「これから……克己様はどうなさるおつもりですか?」


「ドラゴンを束ねる魔王を探して、今度こそ始末する……かな?」


「で、ですが、その魔王は何処にいるか分からないのですよ?」


「う~ん、そこなんだよね……。始末しないと平和は訪れる事はないし……」


「見つかるまで待つ……それではダメですか? 克己様だって記憶が……」


「シェリーさんの言いたいことは分かった。正直、記憶が抜け落ちているから何とも言えない部分がある。もしかしたら……そう考えていたのかもしれないし、直ぐに旅立とうと考えていたのかもしれない……分からないから時間をくれるかな……街の様子も見たいし。そして君たちの事も理解したい……それに里理ちゃんのことだって、涼介君のことだって理解しないといけないだろうし……ほかにも色々ある。ま、ここで話して仕方ないから家で話をしよう。分からない事だらけだからね」


 皆は自分の事を理解と言っていたので、暫くは街に留まるのだと思いながらアルスが帰ってくるのを待っていた。少しするとアルスが領収書を持って部屋へと帰ってくる。


「お待たせ致しました、それでは家に飛びますが、準備の方は宜しいですか?」


「いやいや、ちょっと待て、アルス……こういった場合、ナースステーションで挨拶をしてからエントランスで出て行くんだ。看護士の皆さんが挨拶をしてくれるんだよ」


 克己は昨日見た病院のドラマを思い浮かべながらアルスに説明をする。普段の克己は速攻で家に飛べと命令をするはずなのだが……。


「はぁ……そうなのですか……初めて知りました……」


 アルスはそう答え、皆は荷物を持って外に出ていく。その光景は異様だった。何故なら、9人もの女性が立った一人の男に取り巻いている。他の患者はそれを何事かと思いながら見ていた。


 克己はナースステーションで挨拶をすると、『お大事にしてくださいね』と言われただけで、誰も出迎えてはくれなかった。


「あ、あれ? 話が違くない?」


 克己はエントランス出てそう言うと、アルスは克己の後ろに立ち、耳元で小さく飛んでも良いのかと問いかける。その声は普段のアルスとは掛け離れた、非常に冷たい声であった……。


 家に到着した克己は玄関前に立ち、自分の家を確認している。


「どうしましたか? 克己様」


 皆が中に入って行くなか、リーズが立ち止まり問いかける。


「ん、これが俺の家なんだなって……」


「ま、まさか……ご自分の家まで忘れてしまわれたのですか……」


 リーズは愕然とした声で克己に言うと、克己は困った声を出し、笑いながら言う。


「そのようだね……本当に記憶喪失なんだな……。皆が誑かしている訳じゃなかったんだな……。さて、感傷に浸るのはここまでだ……リーズ……だっけ? 悪いけど、あとで構わないから自分が知っていることを全部話してくれる?」


「か、かしこまりました……」


 リーズは悲しそうな顔して言うと、克己はリーズの頬を引っ張る。


「い、痛いですよ……」


「その髪形……良く似合っていると思うよ。その髪型は笑顔に似合う髪型だから、無理しても笑いなさい!」


 克己はそう言って家の中へと入っていき、リーズはその場で蹲り、泣いた。


「克己様が……選んでくれた髪型じゃないですか……。それすら覚えていないなんて……うぅ……」


 克己が中へ入り、取り敢えず風呂場を確認する。


「ユニットバスか……普通の風呂だな……」


 克己はズボンの裾をまくり上げ浴槽を洗い始める。


「何だよ……キレイにしろといつも言っているのに……! ノエル!! ちょっと!!」


 克己がノエルを大声で呼ぶと、ノエルは慌てて浴室へやってくる。


「は、はい! 如何なされましたか!」


「風呂は綺麗に使えって、いつも言ってるじゃん! 何で汚く使用するんだよ! 使ったら片付ける! 常識だろ!」


「え? き、記憶が戻られたのですか?」


「ん? 何が?」


「だって……今、いつも(・・・)って……」


「言った?」


「言いました……も、戻られたのですね……克己様!!」


「ごめん、それすらも良く覚えてない……言ったのかもしれないけど、勢いで喋っただけだから……ごめん……」


「そ、そんな……」


 ノエルは膝から崩れるようにヘタリ込んだ。


「何て言って良いのか……申し訳ない……。でも、風呂は綺麗に使ってね」


「……」


 ノエルは放心状態になっており、返事することはなかった。克己は困った顔して頬を掻き、浴槽の淵に腰を掛けて膝を組んでノエルを見つめる。


 ノエルは克己をぼーっと見つめており、暫く沈黙が続く。


「ノエル、これから新しい思い出を作ろう……」


「……いや……新しいじゃなく……以前を含んだ思い出が……」


「俺の記憶は中途半端だ。記憶喪失は治る事もあるが、治らない事もあるらしい。これは昨日調べた……。前の俺は機械いじりが好きだったようだね、さっき見た限りだと色んな場所に機械の本が置いてあった。それについては勉強……本などを読んで、もう一回勉強をするしかないだろう……。で……だ、君達……いや、お前達についてはこれからもう一回知る必要がある。どうやら俺はお前達の事を随分と気に入っていたようだからね……」


「ど、どうしてそう思うんですか……」


「だって、さっきの話だと、毎回俺が風呂を洗っているって事じゃないか。普通に考えてお前達は奴隷だろ? お前達にやらせるのが普通だ……だけど、お前達にやらせないで俺が洗っていたとなると、結構大事に扱っていたんじゃないかって思うんだよね……」


 克己はそう言ってノエルを見つめる。


「克己様……思い出してください……。私と初めて会ったその日を……」


「なら……教えてくれる? ノエルと俺の出会いを……」


 ノエルは涙を流しながら喋り始める。


「克己様はペルシアさんに言われて護衛奴隷を買いに、奴隷商館へとやってきました。そのお顔は緊張しているように記憶しております……。私は……勇者を輩出している村の出……。魔王を討伐するために、16歳になった日に冒険へと送り出されました……それは大変な旅になると思いながら希望と不安を入り混じらせながら旅をしておりました」


 克己は黙って聞いている。


「しかし、村から出て暫くすると、私は山賊に襲われてしまい、奴隷として売られてしまいました……」


「成る程、その山賊はどうなったのかな?」


「分かりません……どうなったのでしょうか……」


「ノエルの住んでいた村は遠いの?」


「パルコの街からは山、三つか四つ離れている場所になります……」


「分かった……続けてくれる?」


「は、はい……。私は勇者の筈なのに何故こんな場所に居るのだろうと考える毎日の中、克己様はその時、魔法について商人と話をしておりました。中には珍しい種族のエルフもおり、そのエルフについて話をしているのだと、最初は思っておりましたが、克己様は何故か私を選び、自分の名前を言ってから魔法が使えるのか……と……う、うぅ……本当に覚えていないのですか……? 克己様……」


「続けて……ノエル……」


「克己様は……グスッ……」


 ノエルは克己と出会った時を思い出しながら、話を続ける。克己は黙って話を聞いていた。


「こ、これが私と克己様の出会いです……思い出して頂けましたか……? 私は克己様と交際までしていたんですよ? 懐かし思い出です……だから忘れて欲しくないんです……」


「俺ってそんなに強いの?」


「はい、それはとんでない程に……頭も良く、言葉も巧みに使うお方でした……」


 ノエルは懐かしそうに言う。


「そう、分かった。ありがとう。じゃあ、汚したお風呂をしっかりと洗ってもらいましょうか……」


 克己ニヤリと笑い、ノエルは後退る。


 克己は逃がすはずもなく、ノエルは克己が見守る中お風呂を洗わされたのだった。


 その夜、克己の退院祝いと言って、涼介達が家に押しかけて来た。


「よう! 克己ぃ!! 忘れたならまた新しく思い出を作って行けば良いだけの話だろ? これからもよろしくな! 相棒」


 克己はノエルをチラッと見ると、ノエルが傍にやってきて説明をしてくれた。


「克己様、涼介さんは克己様のご親友でございます……こっちへ入らしたときに色々とご相談したと聞いております……」


「ありがとう、ノエル……お前は頼りになるね」


「あ、当たり前の事です……」


 ノエルは照れながら一歩後ろへと下がり、克己を見つめるが、アルスは面白くなかった。そのポジションは自分の場所だと心で思いながらも我慢した。


「俺の親友らしいね、涼介君……」


 克己は手を差し出し笑顔で言うと、涼介は握り返して言う。


「君付けは止めてくれ……他人行儀みたいだから。お前は俺を涼介と呼んでいたよ……俺は克己と呼んでいた……。だから、今まで通り涼介と呼んでくれよ」


「分かった。宜しく……じゃなかった、これからも頼むよ、涼介……」


「こちっこそ……な……」


 再び涼介と握手を交わし、千春達を紹介する。小春は克己の顔を見て首を傾げる。


「克己様? 本当に小春の事覚えていないのですか?」


「ごめんね、お嬢ちゃん……俺は誰一人覚えてはいないようなんだよ……」


 克己がそう言うと、涼介が質問する。


「森田ちゃんの事も……か?」


 克己達の奴隷は一瞬時間が止まったように固まり、克己の答えるまで動くことができなかった。


「覚えているよ……彼女とは結婚を約束している仲だよ……婚姻届だってここにある。後は二人で出しに行くだけだ……」


 皆はホッとした顔をするが、涼介は顔を強張らせる。


「良かった……森田さんの事を忘れていたらって考えたら残酷すぎますよ……克己様……」


 千春は自分たちの事は仕方ないと考えながらも、愛し合っていた森田だけは覚えていることに喜んでいた。


「ちょっと来い!!」


 涼介は克己の腕を掴んで奥へと連れて行こうとする。


「ノエル、退院祝いにお寿司を食べるから一杯頼んで! みんなでパーティーをしよう……」


 克己は引きずられながらそう言って奥へと消えた。


 涼介は克己を壁に押し付ける。


「本当に覚えてないのか!!」


「言ったろ? 誰一人覚えていないと……」


「ま、マジかよ……残酷すぎるじゃんか……」


「仕方ないだろ? 忘れてしまったのなら……涼介が知っている限りの事を教えてくれよ……」


 克己は悲しい顔して言うと、涼介は困った顔をする。


「話せば長くなる……」


「仕方ないだろ? お前は仕事をしているのか?」


「いつもそれを聞くのな……お前の護衛をしているんだよ……俺は」


「護衛をして俺がケガしていたら意味ないだろ……」


「それすら覚えてないのかよ……」


「じゃあ、それを含めて教えてくれよ……」


「今晩教えてやるよ……早めの方が良さそうだからな……」


「悪いね、りょーすけ君……」


「楽しんでいるようにしか見えないんだがな……克己……」


「仕方ないだろ? 状況が状況だからね……里理ってこの子とも教えてくれる? 嘘は吐いていないのだろうとは思うんだが……警戒はしないといけない気がする……」


「分かる範囲でな……」


「森田ちゃんに関しては事細かく教えてくれ……ミスは許されない」


「分かっているよ、あとはアルスにでも聞いてくれ……彼女はお前のお気に入りで、付き人だったんだから」


「成る程ね」


「彼女は万能だって話していたぜ? 頭が良いって、それにテレポートもできる……そして、お前の好みの子でもある……一度ゆっくり話した方が良いだろう。一番傍に居る時間が長いはずだ」


「分かった、ありがとう。皆が心配する。適当に話を合わせて戻ろう」


「まったく、何でこんなことに……」


 涼介はブツブツ言いながら皆の元へ戻っていき、克己は溜め息を吐いて天井を見る。


「何が何やら分からんなぁ~」


 そう言って皆の元へと戻って行った。

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