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200話 束縛してますか!!

 アルスは数時間、動く事が出来なかった。


 理恵が最後に言った言葉が胸に突き刺さり、動く事が出来ずにいた。


 理恵は仕事を終え、二階に上り事務室へ入る。そこには俯いたアルスが椅子に座っており、あの時から動いていないのだと感じていた。


「アルスさん、お店を閉めましたよ。今日は帰ってゆっくりと休みましょう」


 理恵が後ろから声をかけるが、アルスは動こうとはしなかった。


 理恵は近寄り、アルスの肩を叩く。アルスは体を跳ねらせるように驚き、振り向いた。


「お、奥様……」


「今日は帰りましょう……」


「どうしたら……赦してもらえるんでしょうか……」


「克己さんに? それとも……。あなたが何を考えているのか分からないから難しい話をですよね……」


「ち、違います! 奥様に、奥様に赦して貰う方法です!」


 アルスは理恵にしがみつき、大きい声で叫ぶ。


「私は怒ってませんし、恨んでもいません……。だからそんな事は気にしなくて良いですよ……」


「で、ですが!!」


「私は恨んでません。今日はゆっくりと休みましょう……」


 理恵は優しく頭を撫で、アルスは大声を上げて理恵の胸で泣き喚く。


 暫く理恵はあやすように頭を撫で、アルスを立たせる。


「明日、克己さんのところへ行って、一緒にお話をしましょうね? 大丈夫です。克己さんは怒ってなんていませんから……」


 アルスは頷き、理恵と共に家へ帰っていった。


 その頃克己は……。


「アルスがいない! は、ハミル! アルスがいない!」


「大丈夫ですよ、どうせ奥様の所で甘えているんです」


「そ、そうなのか? で、でも……何で理恵の所に?」


「克己様が唯一逆らえない人が奥様だからですよ……ずる賢いですね。アルスは……」


「そ、そうか……」


 克己はホッとして椅子に凭れると、ハミルが質問する。


「克己様、私達がいなくなっても同じくらい……心配してくれますか?」


「当たり前だ! 馬鹿な事を聞くな! お前ら一人でも欠けたら、俺は泣くぞ」


 ハミルも椅子に座り、克己を見つめる。


「どうした?」


「私はアルスのように、我が儘を言っているつもりはありません」


「何が言いたいんだよ……」


「もう少しだけ……平等に扱って下さい。私達は克己様の道具です……。手入れを怠れば壊れてしまいますし、使いすぎても壊れてしまいます……」


「ハミル、訂正しろ」


「私達は道具です」


「違う、道具じゃない!」


「道具なんです……買われた時から……道具です……」


「俺が違うと言ったら違う……」


「なら……もっと……」


 克己は小さい声で「わかってるよ」と呟き、そっぽを向く。


 頃合いを見計らったかのように、ライラがお茶を持ってくる。


「今日はゆっくり家にいてくれるのですか?」


 久しぶりに克己に会えたことでライラは喜び、克己の腕にしがみつく。


「いや、アルスを迎えに来ただけだから直ぐに戻っちゃうけど、ライラの手料理は食べたいな」


 克己が言うと、ライラは頷きキッチンへと駆けていく。ハミルはそんな克己をジト目で見ていた。


「可哀想だろ? たまには一緒に食べてあげないと……。アルトクスが終わったらゆっくりする予定だよ。会社もあるし、他に調べないといけないこともある」


「私は何も言ってませんよ」


 克己とハミルがリビングで待っていると、理恵達が帰ってくる。ライラは理恵を出迎えてから直ぐにキッチンへと戻り、代わりにライが理恵に付き添う。


 理恵がリビングに行くと、克己とハミルが座っていて理恵は一瞬たじろぐ。


「お、おかえりなさい。克己さん」


「ただいま、理恵」


 理恵の言葉に克己が返事をする。後ろに隠れていたアルスは、震えながら理恵の背中にしがみついた。


「アルス、迎えに来たわよ。全く……予想通り、奥様の所へ行っていたのね……」


 ハミルが言うと、アルスは背中からそろ~っと顔を出し、ハミルを見る。


「克己さん、アルスさんの事でお話があります」


「理恵には関係ないだろ」


「死にかけた人が言うセリフですか? 大事な事じゃないですか!」


「言ったら止めるだろ!」


 克己の言葉に理恵は黙る。


「あれは作っちゃいけない。世界のバランスが崩れる」


 克己が言うと、理恵は席に座る。


「論点を変えないでください。私は克己さんの何ですか?」


「つ、妻……だよ」


「だったら……後から人に言われるよりも、夫に言われたいです……。克己さんは私の事は後回しですか? 私はそんなに克己さんを束縛してますか?」


「し、してません……」


 ただならぬ雰囲気に逃げ出したいキリコ、トリア、エイスの三人。しかし、ハミルやアルス、ライにライラと先輩奴隷が周りを囲んでいるため、逃げる事は不可能だった。


「だったらさっきの言葉は何ですか?」


「すいません……」


「必ず報告は?」


「事後報告を含め、させて頂きます……」


「よろしい……ライラさん、お食事はどうなってますか?」


「あ、はい! 直ぐに運んで参ります!」


 ライラは再びキッチンへと戻り、ライは手伝いに行く。アルス達は戸惑い、席に座ろうとしない。


「食事ですから席に座って下さい。たまには皆で食べましょう」


「な、なら、連れてきますね……」


 理恵の言葉を聞いて、ハミルはその場から逃げるように魔法を唱えて姿を消す。


 ライラは食事を並べ始め、理恵は克己の隣に席を移す。克己は横目でチラリと理恵を見ると、理恵も克己の顔を見た。


「アルスさん、アルスさんはそこに座って下さい」


 理恵は前にある席を指差し、アルスはビクビクしながら席に座る。


 そして、克己の顔を見ることができず俯いていた。


 暫くするとハミルが全員を連れてきて、適当な席に座り始める。皆は雰囲気がおかしい事に気が付き、それぞれの顔を見合わせ喋らないで速やかに食事を終わらせることを目線で打ち合わせる。


 克己が「戴きます!!」というと、他の皆も声を合わせて「いただきます」と言って静かに食事が始まる。


 聞こえるのは食事をする音のみ……それ以外は静けさに包まれていた。皆が心配していた食事は無事に終わり、ライラは全員分のお茶を用意するために席を立つ。


 そして、理恵が静けさを破る……。


「皆さんは涼介さんを憎んでいるんですか?」


 全員は体を震わせ、顔を伏せる。


 克己は何も答えず、理恵に全てを任せることにした。


「では、憎んでいないと言う事ですか?」


 再び理恵が聞く。だが、誰も答える事はしなかった。理恵は机を「バンッ!!」と強く叩く。


「聞いているの! 私の話はシカトするんですか!!」


 全員は体を震わせ、恐る恐る顔を上げる。


「もう一度確認させていただきます……。別に怒るつもりはありません。涼介さんを憎んでる人……手を上げて下さい」


 ゆっくりと手を上げる、ルノールとレミー、アルス、ガルボ……。


「分かりました。確認します……あなた方は何で克己さんを守る事が出来なかったのですか? 聞くところによると、全員が油断しており涼介さんが敵を発見……そして克己さんが涼介さんを守るために負傷した……違いますか?」


 再び全員は黙り込む。


「答えろ!!」


 理恵はテーブルを再び強く「バンッ!!」と叩く。


 全員は体を震わせ、顔を俯きながら顔を見合わせる。


「あ、あのぅ……」


 ハミルが恐る恐る手を上げる。


「どうぞ、ハミルさん」


「わ、私は別に恨んでもませんし、憎んでもいません……。自分の落ち度だと思っております……はい……」


 ハミルが言うと、リーズも頷く。


「は、初めはそう思いもしましたけど……ハミルの言葉を聞いて、私も考えを改めました……」


 リーズが言う。


「分かりました。確認しますが、二人は何で自分の落ち度だと思うのですか?」


「私達は、克己様を守るためにお傍に居るんです……。ですが、守り切れないと言う事は、自分の仕事をしていないと言う事です……」


「そうですか……」


 理恵は小さく頷いた。


「先ほどアルスさんからも話を伺いました。確かに、涼介さんを救うために克己さんは大変な怪我を負ったりしています。ですが、克己さんが涼介さんを守ると言う事は、既に皆さんはご存知ですよね? どうなんですか? レミーさん」


「あ、あの……そ、そうだと……思います……」


「じゃあレミーさん……。それが分かっているのに、何で警戒を怠るのですか? 戦場に安全地帯があるとでも思っているんですか? 戦場を舐めているんですか?」


「そ、そう言うつもりは……」


「だったら何で完全に制圧をしていない状態で油断をするんですか? 克己さん、何でですか?」


 さすが元自衛隊……。戦地へは行っていないのに危険なことに関しては最大限の注意を払う。


「力に自信があるからだろうね……それが油断と怠慢を生む」


「そう言う事です。今回はっきりしたことは、あなた方のレベルが高いからって、周りの文化が低いからと油断したことが原因です。何で涼介さんを怨むんですか? 憎むんですか? 私にはそれが分かりません。なら、私はあなた方を憎んで良いと言う事ですよね? 酷い仕打ちをしても問題ないと言う事ですよね? だって私の愛する夫を死なせかけたんですから……。どうなの? ルノールさん」


「それはそれ、これはこれだと思います。涼介さんも雇われているのだったら、落ち度があると思います」


 ルノールは恐怖を振り払い、強気に言う。


「そうね、それは間違いないです。と言う事は、あなた達は自分の責任を涼介さんに押し付けていると言う事ですよね? 違いますか?」


 理恵の眼が冷たく、鋭い刃となってルノールの心を貫く。ルノールの強気は音を立てて崩れ落ちる。


「誰か異論はありますか?」


 誰も何も言わない。またテーブルを叩くのかと理恵を見るが、理恵は叩く気配がない。


「異論がなければ返事をしてください」


 理恵が優しい声で言うと、全員は小さく「はい」と言った。


「克己さん。危険な事はって言うつもりはありませんが、必ず私の元に戻ってきてくれますか?」


「もちろんだ」


「なら、克己さんはいつも通りにお願いします。全員は罰として四人に勉強を見てあげる事! 分かりましたか!」


 全員は体をビクッとさせて返事をしたのだった。


 その夜、克己と理恵は部屋の中で話をする。


「克己さん……。私を心配させるのが好きなんですか?」


 理恵がPCを弄りながら質問する。


「そんなことは無い。俺は理恵を幸せにしたいと思ってるよ」


 ベッドで横になりながら理恵の作業を見ながら克己は言う。


「だったら危険な事はしないで下さい……」


 理恵は作業を止め、克己の方に顔を向ける。


「そりゃ……理解はしてるよ……」


 克己は体を起こし、申し訳なさそうに言うと理恵は苦笑する。


「でも心配をかけるんですよね……」


「今回の件が片付いたら……暫くは家で大人しくするよ」


 克己は頭を掻きながら理恵に言うと、理恵は優しく微笑み少しだけ首を傾げて言う。


「約束ですよ? そしたら……どこかに出かけませんか?」


 まるで小悪魔的な笑みに見えた克己。唾を飲み込み目線を逸らす。


「出かける……か……ペルシアに決めてもらうか?」


「もう!! 二人で出かけるって発想はないんですか!!」


 理恵は立ち上がり、克己の横に座って抱き着いた。


「二人でか……行った事ないな~……そういえば……」


「うん……。二人で行きませんか……」


「今回の件が落ち着いたら……一緒に出掛けよう」


「約束です……」


 理恵は目を閉じ、克己はキスをした……。

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