199話 思考の停止!!
その頃、日本に来た三人はというと……。
「あの時は余裕がなく周りを見る事ができなかったけど……凄い建物ばかりね……」
エイスは道に水を撒きながら呟く。
周りを見渡す限り建物ばかり並んでいる……。そして、鉄の塊が目の前を走り、鳥とは違う、何かが空を飛んでいる。
「世界は不思議なことばかりね……」
エイスは物珍しそうに見渡し、水を撒く。店の中ではトリアがテーブルを拭いており、キリコはコップを慎重に拭いていた。
「キリコ、作業が遅いよ。まだ全然拭けてないじゃん!」
ケーラが困った顔して隣で拭いていた。
「ごめんね、キリコ……。普段なら、私がやるのに……」
里理は申し訳なさそうにカウンター側の椅子に座っている。
「い、いえ……申し訳ありません、里理様」
「私に様は要らないよ。さん付けで良いよ。呼び捨てでも構わない」
「そ、そう言う訳には……」
「皆、さん付けだよ。様を付けて呼ぶのは理恵ちゃんとカッチャンだけにしなよ。主人以外を敬う必要はないよ」
「で、ですが……」
「君達はカッチャンが言う事が全てで有り、ルール……規則だ。だから、彼の言う事だけを聞けばいいよ」
キリコはケーラを見る……ケーラは頷き、里理は小さく微笑む。
「だけど、一つだけカッチャンは君達に命令している事を忘れてはだめだ」
「め、命令……ですか?」
「そう、奥さんの理恵ちゃんが言う事はカッチャンが命令したと思えという事……。だから、彼女の言う事は絶対だ」
「ぜ、絶対……」
「彼女が白と言えば、カッチャンも白と言うだろ……黒であってもだ。それを忘れてはいけないよ」
「は、はい……」
キリコは唾を飲み込み、端っこの方で棚卸しをしている理恵を見る。
理恵は視線に気が付き微笑むが、キリコは慌てて作業に戻り理恵は首を傾げる。
暫くして全員がそろい、ケーラがメニューを渡す。エイス達はメニューに書かれている文字が読めずに苦笑いをする。
「さて、これから勉強会を始めるよ。これは『メニュー』と言う物だ」
「め、めにゅ? ですか……」
「違う違う、『メニュー』だよ」
「め、めにゅー……ですか」
エイスはメニューの本を恐る恐る持ち、緊張した顔して眺めていた。
「これに書かれている物を皆は注文するんだ。里理さん、お客さんの役を願い出来ますか?」
「任された!」
里理は嬉しそうに足を引きずり、席に着く。
「店員さん、注文よろしいですか?」
里理はお客さんが言うセリフを真似るように言う。
「里理さん、先ずはお店に入るところからですよ……」
理恵が笑いながら里理に言う。
「あれ? そこから? あはは、失敗失敗」
里理は恥ずかしそうに扉へ向かい、三人は少しだけ緊張が解れるのであった。
やり直す里理。
カロンコロン〜♪扉を開け、里理が中に入ってくる。三人は、顔を強張らせ里理を迎える。
「「「い、いら、いらっしゃいませ!」」」
三人は声を合わせ、言葉を噛む。里理は苦笑いして案内されるのを待つが、誰も案内をしてもらえず、首を横に傾げた。
「ほら、さっき言ったように、席まで案内しなきゃ駄目でしょ!」
「あわわわ……。わ、分かりました! こ、ここ、こちらになります!!」
トリアは声を上ずらせながら里理を案内する。
「駄目駄目! そんなんじゃお客さんに迷惑を掛けちゃうでしょ!」
ケーラは腰に手を当てて怒り、やり直しをさせようとする。
「ケーラさん、先ずは手本を見せた方が良いと思うよ? 私がお客役になるから、ケーラさんが案内してくれる?」
理恵がにこやかに言う。三人はホッとした気分になり、ケーラと理恵のやり取りを見学することになった。
カランコロン〜♪音がなり、理恵が入ってくる。
「いらっしゃいませ〜。お一人様ですか?」
「はい……」
「空いてる席にどうぞ〜……」
理恵はケーラの言葉に従い、適当な場所に座る。ケーラはその間にお冷を用意して理恵の手元に起き、注文を伺う。
「これが入店してきた時、行う流れよ……大丈夫?」
三人は顔を引き攣らせ、苦笑いをする。
「先ずはゆっくりと、始めの方からやってみましょう」
理恵が言うと、三人は顔を強張らせる。
「じゃあ、キリコさんがお客さん役ね!」
理恵が言うとキリコは驚き、慌てて手を振る。
「むむむ、無理! 無理ですよ!」
「何事も経験です。私も最初は何もできませんでした。ですから、できない事が当たり前なんです」
理恵が言うと、キリコは渋々扉の方へ向かう。
「店員役はトリアさんがお願いね」
理恵の言葉にエイスはホッとし、二人の様子を眺める事にして、自分の番になった時の事を考え、頭の中でシミュレーションを始める。
カランコロン〜♪音が鳴り響き、キリコが来店する。
「い、いらっしゃいませ!!」
トリアの挨拶にキリコは体をビクッとさせる。声が大きく、威圧感の有る言い方だったからだ。
「お、お、おす、お好きな席へどうぞ!」
ガチガチに緊張するトリア。それを見ていたエイスは、トリアよりは上手くできると思い次のイメージをする。
キリコは何処に座ろうか迷いながら席を探し、トリアはオロオロする。
三分ほど過ぎ、キリコは席に座る。トリアは震えながらお冷をテーブルに置いてホッとする。
「じゃあ、一旦ここまでにして、次はエイスさんがやってみようか? お客役はトリアさんがやって、キリコさんは見学ね」
三人は返事をして準備に取り掛かる。キリコはホッとした表情でカウンターの椅子に座り、二人の様子を窺うことにした。
エイスは先程の、トリアがやった失敗を踏まえて落ち着きながらお客役のトリアを向かい入れる。緊張する心を抑え、冷静にトリアを椅子へ導きお冷を出す。
「おぉ……! エイスさん、凄いじゃない! 殆ど完璧ですよ」
理恵が拍手しながら言う。キリコは少しだけ納得ができない表情をしてエイスを見ていた。
「では、最後にキリコさんがやって、メニューを覚えましょう」
理恵が言うと、キリコは心の中でガッツポーズをした。エイスよりも上手に攻略してみせると思いながら客役のエイスを向かい入れ、お冷を運ぼうとして足を縺れさせ転んだ。
手から離れたコップは、空を舞、エイスの顔にぶち当たり、エイスは痛みと驚きで転げてしまう。
理恵は手を頭に添え、残念そうな顔して天を仰ぐ。トリアは笑いたいのを我慢しながら後ろを向いて、二人を見ないようにしていた。
暫くし、仕事が本格的に始まる。そう、お客さんが入ってきたのだ。
三人の顔は強張り、ロボットの様に体がカクカクして動き、表情が怖かった。
午前中はケーラ一人で対応出来るほどの人数しか来店せず、三人は自分達の必要性を疑問視し始める。
「エイス、ケーラ様だけで大丈夫じゃない?」
「キリコもそう思う?」
「日本語、難しい……」
トリアはメニューを眺めながら呟く。
「トリアはどう思う?」
キリコが質問する。
「え?」
「私達がお店に必要かって事よ」
「現状は必要なさそうだと思う……。だけど、里理様も働いておられるので、一概には……」
トリアはコップを洗っている里理を横目で見て、エイス達に言う。
エイスとキリコは少し納得ができ無さそうな顔して里理を見ていた。
午後になり、ロミールとカリノスが出勤してくる。
「里理、動いて大丈夫か?」
ロミールが心配そうに聞いてくる。
「大丈夫だよ、悪いね……ロミール。休みなのに出て来てもらっちゃって」
「仕方あるまい。男には分からぬ事だからな……。協力できるところは、私も協力しなければなるまい」
ロミールと里理の会話を聞いていた三人。そんなに忙しいのか? と思いながら横目で見ていた。
「この者達は?」
カリノスが理恵に質問する。
「里理さんの代わりに雇った新人です。あなた方の初めとなる後輩ということになりますね。そんな事より、早く着替えて来て下さい。里理さんをいつまで働かせるおつもりですか?」
ケーラが理恵より先に言う。
「すまんすまん。カリノス、着替えて交代するぞ」
「かしこまりました、殿下」
二人は二階へ向かい、トリア達は顔を見合わせる。
「誰?」
「殿下とか呼ばれてた」
「こ、高貴なる……人?」
キリコ達が疑問を口にする。里理は微笑み、その疑問に答える。
「彼女等は異世界Bの出身で、ラスベル帝国の元皇女殿下と、その騎士団員だよ」
「こ、皇族ですか……」
トリアが驚きながら言う。
「元だよ。今は滅び、ラスベルは無い。今は一般人だから気にする必要は無いよ」
「そ、そう……なんですか……。奴隷……では無いのですか?」
「違うよ。彼女等は普通の人になるためここで働いているんだ」
「ふ、普通の人……ですか?」
「ラスベルは滅び、復讐等の選択もあったが争う事を止めて普通に生きて行きたくなったんだとさ」
三人は顔を見合わせ、いまいち理解ができないといった顔をする。
「そんな事より……私達はここで終わりだけど、あなた達は終わらないからね。奥様に迷惑をかけないように働きなさい」
ケーラはそう言って里理と共に二階へ上り、三人は、理恵と四人の空気に耐えられるのか心配になった。
少しすると、カリノスとロミールがフロアにやってくる。様になっている二人に見とれる三人。
「流石……元皇女様ね……」
トリアが呟く。
「着こなし方が上手だ……」
キリコが羨ましそうに言う。
「お供の人もそれなりね」
エイスが辛口に言う。
理恵は気にせず接客をしており、セカセカと働いていた。
数時間すると、アルスが来店する。まるで抜け殻のような表情で空いている席に座った。
「あ、アルス様?」
トリアがお冷を出すときに声をかける。アルスは抜け殻状態で、トリアの声が届いていない。
トリアはどうして良いのか分からず判断に困っていると、理恵がトリアに声をかける。
「私が対応するから他の事をお願いできる?」
「は、はい!」
トリアは後退るよう後ろに下がり、理恵が席に座る。
「克己さんに怒られたのかな?」
理恵がアルスに質問すると、アルスは小さく頷いた。
「何で怒られたのかな?」
理恵が再び質問する。アルスの頬を一滴の涙が零れ落ちた。
「わ、私が……わからずや……だからだと……」
「何が起きたか、私に話してくれる?」
アルスは小さく頷き、消え入りそうな声で話し始めた。始めはドラゴンを束ねる魔王の話……。そして、今回の話をゆっくりと思い出しながら消え入りそうな声で理恵に話す。
「そう……。そんな事があったんですか……」
アルスは嗚咽をつきながら涙を流し頷く。
「ドラゴンを束ねる魔王は、結婚前の話ですが……アルトクスに関してはこの間の話ですね……。克己さんが私に報告しない事に腹が立ちます! その後、普通に合って話をしているんですから! ですが、先ずはアルスさんの方を解決しないといけませんね……」
理恵は腕を組んで考える。
「アルスさん、質問なんだけど……。涼介さんの事は本当に赦せないの?」
理恵の質問にアルスは泣きじゃくり返事をしない。
「問題はそこにあるような気がするんだけど……」
理恵はフロアを見て、お客が少ない事を確認し、ロミールに言って二階へと連れて行った。
二階の椅子に座らされたアルスは、少しだけ落ち着きを取り戻し、泣くのを止めていた。
「さっきも聞いたけど、涼介さんの事は赦せない?」
「お、奥様は……グスッ……赦せるのですか……」
「う~ん……話を聞く限りでは……仕方がない事だった気がする。現在は、克己さんが生きているから赦せちゃうかも知れないし、死んでいたらどうかな……」
「り、理屈では理解出来てます……グスッ……ですが……」
「質問を変えて良いかな?」
「はい……」
「この言い方、聴き方は大っ嫌いで、自分でも言いたくないし、考えたくない。だけど、貴女達の存在を考えた時、必ず付きまとってしまう問題があるの」
「も、問題ですか……?」
「そう……質問するね……『何故、貴女達は死ぬ気で克己さんを守らないの?』」
「え?」
「ごめん、最低だって分かってる。自分でもこんなことは言いたくない。だけど、克己さんが言いたい事はそう言う事じゃないかな……」
「し、死ぬ気で……?」
「だって、そういう行動を起こす人だって分かっているんでしょ? なら、なんでその前に動こうとはしないの? なんで危険を察知できないの? 貴女達の存在ってどういう物なの? 貴女達は、どういう名目で買われたの?」
理恵の言葉に、アルスは固まり思考を停止する。
「克己さんはそれについて、責めたりした?」
アルスは目を泳がして喋る事ができない。
理恵は立ち上がり、部屋から出て行こうとする。そして、扉を開き……冷たい声でアルスに言う。
「もし、その状況を目の前で見ていたら……私は涼介さんを含め、貴女達を恨んでるかもしれないですね……」
理恵はそう言って扉を閉め、フロアへ戻って行く。アルスは動く事が出来ず、思考を停止させていた。




