192話 戦いを舐めるな!!
理恵は異世界Bの村に来ていた。克己が何をしているのか確認するためである。
克己は村の防衛のためや、村人達の生活を安定させるべく忙しく動いていた。
「奥様、克己様はあのように村のため、必死に頑張っております……」
アルスが理恵の横で説明しながら言う。
「アルスさん、あれは何をしているのですか?」
理恵が指を差す方をアルスが見る。
「あれは銃撃の練習ですね。相手もコアを使った武器を使用してくることが分かっております。身を屈めて動く練習です」
アルスが説明をする。新人の女の子達は木銃を持ち、匍匐前進の真似事をするかのように地面を這い蹲ってモゴモゴと動いていた。
「甘い……」
「え?」
アルスはユックリと理恵の横顔を見る……。理恵は冷たい目をして小さく呟く……。
「戦いを舐めてるの……? あんなんじゃ戦いになるはず無いじゃない! バカにしているの! 戦争を!!」
呆けるアルスを放って理恵は急いで家に戻り、服を着替えて再びアルスの前に姿を現わす。
「あなた達! それで戦いに勝てると思ってるの!」
理恵は自衛隊の格好で怒鳴る。新人の女の子達は唖然として理恵を見つめる。
「良い? あなた達……匍匐前進は5種類あるのよ! まずはこれが一番目……」
そう言って理恵は自分で実践をして、女の子たちに見せる。
「ほら準備をしなさい!」
理恵は自分がやった匍匐前進の準備をするよう怒鳴り、女の子達はどよめきながら顔を見合わせる。慌ててアルスが言う事を聞くように命令すると、皆は首を傾げて適当に真似を始めた。
「貴様ら!! 戦場で死にたいのか!」
珍しく理恵が怒鳴り、アルスは体をビクッとさせる。
「み、皆! この御方はご主人様の奥様であり……そして、戦いの戦術を知っている御方だ! 言う事を聞くように!」
克己の妻……女の子達は慌てて整列し、背筋を伸ばして立つ。
理恵はゆっくり歩き、一人ひとり乱れが無いかを確認し、乱れている者を一歩前に前進させる。
「立ち方が甘い! 全員腕立て伏せ100回!」
ざわめく女の子達……。何故、自分達も腕立てをするのか分からず困惑する。
「連帯責任に決まっているだろ! 早く準備しろ!」
理恵は言う……だが、誰も言うことを聞かないため、理恵はアルスに命じた。
「アルスさん、言う事を聞かないのは責任者の責任です……腕立て伏せを100回やって下さい」
アルスと理恵の上下関係を明確にするため、理恵はアルスに命令する。
「お、奥様、ほ、本当にやるのですか! というか、私が?」
「勿論です。言うことを聞かないのはあなたの指導管理不足です。上官である私の言う事を聞けないの?」
「わ、分かりました、分かりましたから……トホホ……。お気に入りの服なのに……」
アルスはワンピース姿で、赤いリボンがついた麦わら帽子を被っており、女の子を意識した姿であった。それは、克己に可愛いと言われたいと言われたいために……。
だが、仕方なくアルスは腕立て伏せを始める。しかし、理恵が厳しい一言を言い放つ。
「顔を上げろ! 下を向くな! 始めからやり直し!」
「え~……。わ、分かりました……」
アルスは唇を尖らせ、再び腕立てを開始しようとすると、理恵は不服そうなアルスに言う。
「口答え! 追加100回、合計200回! 始め!」
「え! えー!! つ、追加ですか! 勘弁して下さいよ〜奥様……」
「追加100回! 合計300回! 始め!」
何を言っても無駄だと思い、アルスは言われた通りに腕立てを始める。女の子達は驚きと戸惑いの声を上げてアルスの腕立てを見ていた。
「あなた達が私の言う事を聞かないと、アルスさんがあなた達の代わりに腕立てをしてもらいます」
ワンピースのアルス。必死に腕立てを行い、35回辺りで腕がプルプルし始める……腕立て伏せの続きをする事が出来なくなっていた。
37回目の途中でアルスは力尽き、地面に這いつくばる。
「お気に入りの服なのに……」
アルスは息を切らせながら呟き、立ち上がろうとする。
「続けなさい……。誰が終わりと命じたの? 早く続きをやりなさい……」
「で、ですが奥様……」
アルスは顔を上げて許しを乞うように理恵を見るが、理恵の目は冷たく、恐ろしい。アルスは泣きそうな顔して再び地面に伏せ、腕立ての続きを再開する。
休みを何度か繰り返し、アルスの腕立ては終わった。泣きべそをかきながらアルスは立ち上がり、ワンピースは汗と土で汚れてしまっていた。女の子達はその姿に恐怖をした。
理恵が命令して、言う事を聞かなければアルスが責任を取らされる。その行為が何度か続き、アルスの服は泥だらけになってしまう。
克己は昼休みに入り理恵とアルスを探していると、迷彩服を着ている人が居て、克己とハミルは首を傾げる。
「自衛隊員? おかしいなぁ……全員帰らせたはずなのに……」
「克己様、それ以前の話です。ここは自衛隊が来たことのない場所ですよ……」
「言われてみればそうだな……」
克己達は迷彩服を着ている女性の側に寄ろうとする。
「隣にいるはアルスではありませんか? 今日は、奥様と一緒だからお気に入りの服を着て案内すると言ってましたし……」
「随分汚れてないか?」
「ま、まさか……隣の迷彩服が……」
キビキビと動きをする女の子達、迷彩服の女性から怒鳴り声が響き渡る。
「あの声……理恵だ……」
克己は顔を引き攣らせ、アルスと理恵の傍による。
「アルス? 理恵?」
克己が呼び掛けると、アルスは泣きながら振り向き、理恵は鋭い目で克己を睨みつける。
「か、克己様!」
アルスは克己に抱き付き声を出して泣き始め、理恵は鋭い目から優しい、いつもの目に戻る。
「克己さん! どうなされたのですか?? 休憩ですか?」
「いやいや、それはこっちの話だよ。どうしてそんな格好をしてるの?」
理恵は頬を染めて克己を見つめる。
「どうですか? まだ、あの時と同じ様に見えますか?」
「理恵は何を着ても似合うよ。初めてあった時のように可愛いままだよ」
その言葉に理恵は嬉しそうな顔をして克己の腕に抱きつく。
「克己さんも初めて会った時のように素敵ですよ!」
バカ夫婦である。
克己も嬉しそうにして泣きじゃくるアルスと、嬉しそうにしている理恵を抱きしめて微笑む。
「あ、あのう……奥様は何故、そのような格好をしておられるのでしょうか……」
呆れながら見ていたハミルが質問をする。
「え? あ、これはですね……。あの子達が戦場を舐めているから鍛え上げているんです」
理恵は足元を揃える様に指示し、女の子達はそれに従う。
「次は匍匐前進のやり方を教える!」
理恵が鋭い目をして命令しようとする。だが、克己が遮る。
「理恵、お昼だよ。やるなら休憩後ね……」
克己の言葉に女の子達はホッとする。だが、理恵はそれを許さなかった。
「誰が止めて良いと言った! 全員、腹筋100回!」
その言葉に非難の声が出ると、理恵はアルスに命じる。
アルスは泣きながら仰向けになり、腹筋を始める。理恵に対する非難の声は直ぐに収まり、女の子たちは慌てて腹筋を開始する。
「アルス、止めていいよ」
克己が声をかけるが、アルスは最後までやり切り。再び克己に泣きつく。
「お、お気に入りの服が~……」
アルスは声を上げて泣きじゃくったのであった。




