166話 訪問者!!
克己拉致事件は大々的に報道された。その後、加藤は警察の取り調べについて喜多村総理からの指示と言う事を吐いたからだ。
この事件は日本だけではなく世界中で報道され、異世界は世界中で知らないものはいなくなる。世界中が日本を注目することになった。異世界見たさに日本へ来る者が増え、経済的には潤いを与えているように見える。だが、異世界を旅行できるのは日本人だけ。異世界緩和を求める声が世界中から上がる。
しかし、日本はそれどころでは無かった。総理である喜多村は、この事件は辞任及び逮捕。裏でどこのマフィアと繋がっているか調べられる。
マフィアは東欧と言うことは分かっているのだが、その先に辿り着けず、捜査は難航していた。噂では東欧政府が噛んでいるのではないかとまで噂されていた。
そしてやってくる異世界の経済制裁。四度起きた克己ショックは世界経済にも打撃を与え始める。
世界は日本の資源を当てにし始めていた。これ以上の環境破壊は地球に大打撃を与えるとされている。だが、無限に近い資源を持つ異世界。第三次克己ショック後、日本は景気を良くするために安価で資源を売り出していた。世界は日本から資源を購入し、物作りを始めていた最中の出来事である。拉致事件……そして、経済制裁。世界中が資源の購入を求めるため、日本の物資は一気に枯渇し資源採取を止めた世界は混乱する。
そんな中、無事に生活ができている者の数は限られており、その中には有川の姿もあった。
「いや〜……こうも物価が上がると生活が厳しくなりますよね……」
チェリーで食事をしながら有川は言う。
「そうだね……実際、かなりの会社が潰れているみたいだし、一流企業もリストラをしているらしいよ」
北村が言うと、有川は「うえぇ〜」と言って顔を歪める。
「潰れないで安定した会社に入るのが大事ですね……」
「だね〜」
二人は笑いながら言う。傍で聴いていると、まるで公務員の会話に聞こえると里理は思った。
「食材はあっちで買えば良いし、金貨を売ったお金で生活に不自由することは無いし……。良い会社に就職できて……私は勝ち組だね」
「睦月ちゃん、嫌な聞こえ方するから……」
「あ、ごめんなさい……」
二人の会話は続く。二人は洞窟探検等で仕入れた金貨などを売却し、かなり豊かな生活を送っている。家に関しても、克己の建てたマンションに二人でシェアしているため家賃は格安。光熱費に関してはコアで賄っているので全てタダである。
有川の貧乏生活は終わりを迎えており、今ではこの歳に似合わない金額を持っている人間になっていた。
そして、周りの店が潰れていく中、チェリーは繁盛していた。それもそのはず……食材は全て異世界で仕入れているため、超格安で手に入るのだ。そのため金額の変更は全くしておらず、昼間はサラリーマンや主婦、夕方になると学生たちがやって来るようになっていた。味の評判も良く、値段も安い。事情も知らない一般人は不思議なお店だが、この時代には救いのお店であった。
さらに、チェリーのアルバイトは四人にまで増えた。それは時給が高く、そんなに忙しくもないお店であったからだ。
不景気の恩恵を独り占めしているチェリーだった。
「北村さん、ご存知ですか?」
「何が?」
「私達、飲食業から外されるらしいですよ」
「え? なんで?」
「何やら新しくできた街……えっと……何だっけ?」
有川は名前を思い出せず、考え込む。すると、理恵がやってきて街の名前を言う。
「スペスルクスの街ですよ。有川さん……あと、声が大きいです。異世界に関しては秘密が多いので小さい声でお話して下さいね」
そう言って理恵は微笑んでコーヒーを置いてカウンターへと戻って行く。
「ほあ~……会長の奥さんは本当に綺麗ですよね……」
「何か美容をやっているのかと聞いた事があるけど、何もやってないそうよ。凄いよね……私よりも若いのに……」
北村は羨ましそうに理恵を見る。
「旦那は大金持ち……さぞかし優雅な生活を送っているんだろうな……」
有川は羨ましそうに理恵を見つめた。
それを聞いていた里理は「まだまだ二人は分かってないな」と思いながらコップを拭いていた。
理恵は常に働いている。最近では克己の朝食や夕食を作ったり、お風呂掃除なんかも率先してやっていたりと、仕事が終わっても常に体を動かしており、里理にとっては頭が下がる思いだった。自分には出来ない。毎日そう思いながら理恵をみていた。
理恵は逆に里理が羨ましかった。仕事の相談に関して克己は里理に相談する。自分が機械に弱いからである。できればもっと頼ってほしいと思うが、自分は里理のように仕事ができない歯がゆさを持ちながら生活をしていた。だから自分は体を動かし克己のフォローをできる限りしようと思っていた。
「で、私達はその街で何するの?」
「冒険者という話です」
「え? ま、また冒険が出来るの?」
「そうです。一応……そう聞いておりますが……実のところは分かりません」
「そうなんだ……。また冒険がしたいね」
「はい……」
二人はそう言って外を見つめる。
暫くすると、店内は騒がしくなった。
何事かと有川と北村は入り口の方を見ると、サッカー選手の空村が来店したのだ。急な来店に店内は騒然とする。
「いらっしゃいませ……」
里理が声を掛けると、空村はキョロキョロしながら質問する。
「あの子は?」
「はい? あの子……とは?」
「あの不思議な力を使う子だよ! この店で働いているんでしょ?」
「あ~……ルノールか……あの子はいませんよ」
「な! なんだって!」
「あの子はカッチャン……えっと……君が所属しているチームのスポンサーをしている会社……長いな……オーナーの付き人だからここにはいないよ」
「よ、呼んでくれないか」
「無理無理、君も理解している筈だよ? あの子は異世界の子だって。そんな簡単に呼べるはずは無いよ」
「そ、そんな……」
空村はガックリして俯く。店に来ていた主婦の子供がサインを求める……が、空村は断りを入れる。
それを見た理恵はムッとして空村に言う。
「そ、空村選手……その子にサインをしてあげたら……私が何とかします……。ですから、プロが子供を邪慳に扱わないでくれませんか……」
空村は理恵の顔を見る。
理恵は携帯を手に取り、本当に呼ぶ準備をしていることを空村に見せる。空村は子供からペンを受け取り服にサインをして頭を撫でる。
「本当に呼んでくれるんですよね……」
空村は睨むように理恵を見る。
「はい……呼びます……」
理恵は克己に電話をかける。数回コールがすると、電話は繋がる。
『もしもし?』
「か、克己さん……?」
『どうしたの? 声が沈んでいるけど……』
「何も聞かずにルノールさんを店に連れてきてくれませんか……」
『誰か刺したの?』
「そ、そんなことしません!!」
『五分後にそっちに行く。ちょっとだけ待ってて』
克己はそう言って電話を切り、理恵はホッとした顔をした。
「そ、空村選手……五分後にこちらに来てくれるそうです。それまで椅子に座って待っていてください」
「分かった……」
理恵に言われ、空村は椅子に座りルノールがやって来るのか待っていると、里理が水を出す。
「君はサッカーをやっていないときは最低な奴なんだな……プロが聞いて笑っちゃうよ」
里理の言葉に空村は立ち上がる。
「プロが一般人に暴力を振るうのかい? それも女性……障碍者に」
里理はニヤニヤしながら挑発する。
「だったら君もあの子に治してもらえば良いだろ!」
周りに聞こえないように声を殺しながら里理に言う。
「あの力は万能じゃない。私みたいな奴を奇跡の力で治すことは出来ないんだよ……」
呆れた顔で里理はコップを拭き始める。
「……」
空村は黙って里理が拭いているコップを眺めていると、二階から克己が下りてきた。
「どうした? 理恵……怪我人はどこだ?」
「い、いえ……怪我人ではなく……お客さんです……」
「客?」
その言葉に克己は店内を見渡すと、空村の姿を発見した。
「そ、空村伸介!!」
克己が名前を言うと、空村は克己を睨む。
「明後日は試合だろ……こんな所に居て良いのかよ」
「あんたにゃ……関係ないだろ……」
「おいおい、俺はスポンサーだぞ。言葉に気を付けろよ」
克己の口調が変わる。ルノールは幼さの残る容姿に可愛いワンピースを着て克己の後ろに隠れていた。有川は少女漫画に出て来る主人公の女の子がとる行動だと思いながら見ていた。
「俺がお願いをした訳じゃねーよ」
空村は克己を睨む。
「おい、お前! この間は克己様の命令だったから治してやったが、今回は治してやらないからな!」
「!!」
空村は驚いた顔をする。どうして怪我のことが分かるのかと……。
「帰れ! 失礼な奴! 私のご主人様に変な口を利くやつは敵だ!」
ルノールは克己の陰に隠れながら言う。
「ルノール、気持ちはありがたいが隠れて言うのは……」
少し呆れながら克己は言う。
「だ、だって、私はノエル達みたいに攻撃魔法がある訳じゃないし……」
唇を尖らせ小さい声で恥ずかしそうに言う。なら、後ろに控えていれば良いのにと克己は思いながら頭を撫で、ルノールは顔を赤らめる。
理恵は、克己は私のだと訂正しようとしたが、周りの雰囲気を考えて何も言わず静観していた。
「で、試合があるのにこんなところまで来てどうしたんだ?」
ギロリと克己を睨む空村。
「用がないなら帰らせて貰うんだけどね。俺も忙しいし」
「誰もお前を呼んでない。俺はその子に用があって来たんだ!」
空村はルノールを指差していう。克己はチラリとルノールを見るが、ルノールは克己の背中に隠れる。怯えているわけではなく、か弱き少女を演じている。あざとい奴だと里理は思いながら横目で見る。
「ルノール、空村はお前に用があるそうだが……」
「私にはありません! 克己様、あの男が睨んでくるの……ルノール、怖いですぅ」
お前は奴隷護衛で買われたのだろ、何故ビビる必要があると思いながら里理は見る。
「カッチャン、ここはお店だよ。君ならその意味を理解できると思うんだけどね〜……」
里理は周りを見た後に克己を見る。
「あぁ……悪い。空村選手、ここだと周りの迷惑になる。取り敢えず上で話をしようじゃないか」
克己が上を指差し空村は舌打ちをする。本当にこの人はプロ選手なのだろうかと理恵は改めて思った。
「理恵、何か飲み物を持ってきてくれるか」
「分かりました」
理恵は返事をしてコーヒーを作り始め、克己たちは2階へと上っていく。有川と北村は顔を見合わせ付いて行こうとすると、里理に止められた。
「2階は関係者専用だよ。君達は関係者じゃないでしょ」
「え~……! 私達は社員ですよ〜」
有川は不満の声を出し里理ではなく理恵を見る。
「ここはチェリーですから……すいません」
理恵は申し訳ない顔して言う。
有川と北村は顔を見合わせ残念そうな顔をした。




