表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/361

121話 いきなりの出来事!!

 克己は珍しくクリーニング屋から回収したスーツを着て、理恵と共に高級ホテルの展望レストランに来ていた。


「り、理恵……お、俺の格好……変じゃない? 大丈夫?」


「大丈夫ですよ、克己さんはいつものように可愛いですよ」


「か、可愛い……。か、格好良いではなく?」


「私の中では格好良さよりも可愛さが上なんです。ですから、克己さんは可愛いのです!!」


 馬鹿夫婦である。


「そ、そうか……き、緊張するな……理恵の姉ちゃんはどんな人?」


「ここ数年会っていませんので……何とも言えませんが、人に厳しい人でしたよ」


「ヒィー!! 俺の苦手なタイプじゃないのか?」


「どうでしょう? というか、克己さんが苦手なタイプってあるんですか?」


「そ、そりゃ……あるさ……」


「例えば??」


 理恵が質問したところで、ウェイターが一人の女性を連れてくる。


「お待たせ、理恵……」


 理恵が振り向くと、髪が長い綺麗な女性が立っていた。


「お、お姉ちゃん!!」


 克己はビクッと体を震わせ背筋を伸ばす。


「……彼が……理恵の言っていた……彼氏?」


「い、今は私の夫……です」


「ふ~ん……籍を入れたんだ……」


 克己は立ち上がり挨拶をする。


「は、初めまして! お、お姉さま……わ、わた、私は、な、成田克己と言う者です!!」


「初めまして、森田理津子よ」


「お、お姉ちゃん、取り敢えず座ってお話そ?」


「そうね、せっかくこんな所へ呼んでもらえたんですから……」


 そう言って理津子は席に座る。


 克己はカチンコチンに固まり、ロボットの様な動きをしてウェイターを呼ぶ。


「さ、さっき言っていた物を……お、お姉さんはお酒の方は飲めるのですか?」


「お付き合い程度なら……」


「なら、赤を……」


 ウェイターは、「かしこまりました」と言って後ろへ下がり、克己は緊張を解すために水を一口飲んだ。


「取り敢えず……成田さん?」


「は、はい!!」


「私はこういったお店に来たことが無いの……マナーに失礼があったらごめんなさいね。一応は気を付けるけど……」


「い、いえ……だ、大丈夫です……お、俺……いや、僕もそんなにマナーに詳しくありませんから……」


 理恵は嘘ばかりと思いながら聞いていた。


「お姉ちゃん、先に謝るね。何も報告せずに勝手に結婚して……」


「いいのよ……理恵が幸せになるのなら……。私こそ……理恵にばかり嫌な事をさせてしまって……」


「大丈夫だよ、そのおかげで克己さんに出会えたんだから……」


「理恵……」


 克己は嬉しくなり泣きそうになった。


「そう、ならいいけど……」


 理津子はそう言って喋るのを止める。


 克己は言葉を探すが、何を聞いて良いのか分からず目を泳がせる。


「そう言えば、宏太もこっちへ来てるんだよ」


「へぇ……良くそんなお金があったわね……。大学へ行かせるとしても、地元の大学……家から通えるくらいしか……」


「お、俺が……僕が出しました! 僕が家のお金を全て……」


「そ、そうなんだ……。理恵はお坊ちゃんと結婚したんだ……」


「お、お坊ちゃん……」


 克己は初めて言われる単語に戸惑いを覚える。


「か、克己さんは……お坊ちゃんじゃないよ、お姉ちゃん……。確かにお金は沢山持っているけど」


「ふ~ん……」


 気まずい空気が辺りを包み、克己は喋る事が出来なかった。


 そうしているうちに食事が運ばれ克己達の前に置かれる。


「美味しそうね……」


「お口に合えば……良いのですが……」


 克己が言うと、理津子は克己を睨むように見る。克己は体を震わせた。


「戴きます……」


 理津子はナイフとフォークを器用に使い、料理を口に運ぶ。


「美味しい……!!」


 克己はホッとして小さく息を吐いた。


「克己さんが調べてくれたからね」


「あっそ……」


 理恵の言葉にも素っ気なく理津子は返答する。


「お姉ちゃん……何かあったの?」


「……別に……貴女に話しても仕方ないし、貴女は幸せを手に入れたのだから……私の事を気にしなくて良いわよ……今日は理恵の幸せだけを祝わせてよ」


「う、うん……だけど、お姉ちゃん……元気ないよ?」


「……まぁ……ね……」


「何かあった?」


「面白くない話よ……」


「そ、そう……だけど、何か協力出来る事があったら……」


「私の勤めてる会社が傾いてるの! それを貴女がどうかできるの? 無理な話をしないで!」


「ご、ごめん……」


 理恵は俯き、悲しい顔をする。


「いや、理恵が謝る必要はないだろ……」


「はぁ?」


「今の話はお姉さんが悪い。理恵に謝れ」


「な、何を言っているの……」


「あんたがそんな顔して、高圧的な態度をとっているから理恵が気にしてるんだろ? 今の話は自分の会社の話だ……確かに理恵にどうする事は出来ないが、そう言う話に持って言ったのはアンタだ! 謝れ! 俺の理恵に」


「な、何を急に……」


「急に? 何を言ってるんだ……あんたが振ってきた話だろ? あんたは理恵の幸せをって言っときながら、つまらなく興味がなさそうな顔して言っているんだ……。どっちが最低か分かるか? 良い歳して……」


「し、失礼な!!」


「失礼? そりゃアンタだろ……金を持っている奴と結婚した理恵を馬鹿にしたように言いやがって……そんなんだから幸がやって来ないんだ! 気分が悪い……帰る」


「な! か、勝手な事ばかり言って!!」


「お前に質問するぞ、理恵は家のために必死で頑張っていた。だけどお前はどうなんだ? 家のために何かしていたのか? 理恵、悪いが先に帰る……すまない……」


 克己はそう言って立ち去った。


「か、克己さん……。ご、ごめん……お姉ちゃん」


 理恵は立ち上がって克己を追いかけ、理津子は茫然として椅子に座っていた。


「か、勝手なことを……」


 理津子はテーブルを叩いて店から出て行った。


「か、克己さん! 待って下さい!!」


 理恵は必死に追いかけ、克己の腕に掴まる。


「ご、ごめん……理恵……。無性に腹が立ってさ……」


「急に怒り出すんですもの……驚きましたが、私のために怒ってくれたのなら、私はそれ以上言えませんよ」


「ごめん……お姉ちゃんに失礼なことを言って……。お姉ちゃんだって家の事をしてくれていたのかも知れないのに……」


「そうですね……少しは仕送りをしてくれていたみたいです……」


「だ、だよな……ど、どうしよう……怒らせちゃったよ……」


「後悔後先立たずですよ……仕方ないじゃないですか……今度会ったときに謝りましょう。私も一緒に謝りますから……」


「ありがとう……理恵」


 二人は他のお店により、食事をしてから家に帰って行った。


 翌日、理津子は会社へと出社する。


 腹の中では克己に対してかなりムカついていたが、相手は妹の旦那であり、間違った事は言っていないため反論ができず余計にイラつかせていた。


『おはよう、理津子……』


「おはよう。今日は全体朝礼があるんだっけ……」


『また業績の話をされるんでしょ……どうしようもないじゃん……』


「営業がこぞって辞めてしまったからね……会社の信用はガタ落ちじゃん? 給料が安いのが原因だし……」


『昔は社員旅行があって、毎年ハワイに行っていたらしいじゃん? 今は社員旅行すらないけど……』


『この会社も終わりかな? 身売りするって噂だよ』


「うそ~……本当に~?」


 理津子たちは浮かない顔してロッカーから出て自分の席へと向かう。理津子は総務部で働いており色々な情報が入ってくる。


「全体朝礼は面倒だな……」


 理津子は小さく呟き、PCの電源を入れ自分のパスワードを入力した。


 PCの画面は切り替わり、メールのチェックをしようとしてOutlookを立ち上げると、課長が立ち上がり皆に聞こえる声で話をする。


『本日は全体朝礼でしたが、急きょ変更になりました。部内朝礼になります』


 理津子たちは驚いた顔をして周りを見渡す。社長や会長、役員達が会議室へ入って行った。


「な、何が行われるの……」


 部内のざわめき、全員が戸惑っていた。


 部内朝礼が終わり、通常に業務が行われる。


 数時間後、社長や会長、役員たちの会議は終了したようで、会議室から出てきた。役員達の顔はかなり険しかった。


 そして、次に各部の課長と部長達が会議室へと呼ばれ、入っていく。


『な、何が起きてるの?』


『分かんないけど……多分大変なことだと……』


 理津子が勤めている会社は印刷会社。世間がデジタル化したことによるダメージをモロに受けていた。景気は回復する気配が見せず、潰れていく会社がどんどん増えていくのであった。そして、理津子の会社もその中の一つになろうとしていたのだった。


『次の職を探さないといけないわね。印刷なんて自分の会社でもできるようになっちゃったし……今ではオンラインで買い物ができる世の中だからね……次は印刷業じゃないところを探さないと……』


 周りはそう言いながら仕事をしていく。


『今年入った新卒の子、辞めるような話をしてるらしいよ』


 色々な話が理津子の耳に入ってくる。


「理恵達にはこの状況が分からない……分かるはずがない!」


 理津子は小さく呟き、悔しそうな顔をした。


 翌日、社内に身売り確定の噂が流れる。購入先は聞いたこともない会社。皆はネットで検索をしてみるが、日本(・・)では建築と飲食店を開いているとだけ書かれていた。


『資本金は……建設をやっている会社なだけはあるわね。1億4000万……。評価は……若すぎて出てないわね。社員の人数が少ないわね。帝国データバンクの評価が知りたいけど……調べる許可をくれないかしら』


 どうやって掴んだ情報かは分からないが、皆は不安に思いながら仕事をする。


「私も次を探さないといけないかな……」


 理津子も不安になり、呟く。


 数週間後、会社は身売りが確定したらしく、緊急全体朝礼で発表された。


 やはり噂されていた会社に身売りしたらしく、皆の声は不安に満ちていた。そして、営業部は縮小されることが言い渡される。


『と言うことは……希望退職を募るってこと?』


 しかし、いくら話を聞いても希望退職を募ると言う話はなく他の営業達は別の部署へ移動が言い渡される。


 そして部内朝礼になり、理津子達がいる総務だけが希望退職の話をされたのであった。


 一週間後、理津子達がいる総務は解体される事となり、年齢の高い先輩達は辞めると言い出し、退職届を提出していった。


『理津子、あんたはどうするのよ? この会社にいても先は短いと思うよ? 先輩達は辞めていくしさ……親会社は謎だらけ。どうしようもないよ』


「もう少しだけ様子を見るよ……あなたは次が決まったの?」


『取り敢えず……実家に帰って少しだけのんびりする。いざとなったら彼が面倒を見てくれるって』


「良かったじゃない……。おめでとう!」


『まだ決まって無いけどね』


 理津子が同僚と話していると、課長に呼ばれ打ち合わせブースへと連れていかれた。


『森田君、相談があるんだけど』


「何でしょうか?」


『君、今の……この現状、どのくらい理解している?』


「え? え……っと……」


(まさか……クビ? 嘘でしょ?)


『我々も君の事を評価しているんだが……上がね……』


「は、はぁ……」


『君に転籍してほしいそうなんだ』


「て、転籍!!」


『こ、声が大きいよ。こちらとしても抵抗はしたんだが……人員削減を言い渡されていてね……。いや、実は……この部署は無くなってしまうんだ。君にとっては悪い話じゃないと思うんだが……』


 衝撃的な話だった。自分が会社を辞めさせられるだけではなく、部署事態も無くなるとは思ってもみなかった。


「み、皆は……いや、総務はどこがやるんですか!」


『それは……会社自体が無くなり、完全に別会社になってしまうんだよ』


「み、皆は……」


『これから話すことになるが、親会社が建築の仕事をしているのは知っているかい? そこの営業事務になるんだ』


「か、課長は……」


『皆には話していないが……次の仕事が決まってね……今月一杯で退職さ、有休は買い取ってもらえることになってる……。20年以上働いていたから名残惜しいけどね……』


「そ、そんな……」


 理津子の上席は、殆どが次の仕事を決めているようで同じように今月一杯で辞めるとの事だった。その間、親会社から何人かが出向して仕事を引き継ぎ、仕事を終わらせるとのこと……。


「きゅ、給料や退職金……今までの有休は……」


『それについては問題ないよ。給料は上がるし、退職金も普通に出る。有休はいらなければ買い取るとの事だ。親会社は強引だが、悪い会社ではないようだね……退職理由も会社都合にと言われているし……当たり前か』


 課長はそう言って無理にでも笑って場を和まそうとした。


『ではどうする? 選ぶのは君だが……このままここに残っていても未来はない……。新しいところで、新しくやり直すのも一つだと思うが……まだ若いし』


「わ、分かりました……う、受け入れます……」


『そ、そうか! じゃあ、必要書類を持ってくるから……有休について考えてくれないか? 明日から使うのだって構わない、こちら都合だからね……』


「あ、ありがと……ございます……」


 理津子は立ち上がり、自分の席へと戻る。同僚にどうしたのかと聞かれたが、曖昧な返事で言葉を濁したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ