116話 涼介の災難その2!!
音楽は楽しいひと時を作ってくれる。
「私と一曲踊って頂けませんか……」
貴族の男性が手を差し出し、それに手を乗っける。
そして二人は音楽に合わせて優雅に楽しく踊り始め、周りは憂いの眼で見ている。それが更に二人を酔わせ、楽しく踊る。
「私はお姫様にでもなったのかしら……セデル様のように……」
「おきなさい……」
男は微笑みながら言う。
「え? 何ですか?」
「おきなさい、マルル……」
「何を言っているの?」
「起きろって言ってるの!! いつまで寝ているの!! 貴女達は!!」
女騎士はハッと目を覚ます。
周りを見渡すと見た事のない場所に到着している。
「こ、ここは……」
「ここは自衛隊の街です……貴女方は涼介様に馬車を動かさして、自分たちだけは眠るなんて……考えられない!!」
セデルは怒りながら女騎士の体を擦っていた。
「ひ、姫……い、一体……」
「着いたって言っているの!! 降りるわよ!」
「は、はい!! 申し訳ありません!!」
女騎士達は慌てて車から降りる。
「セデルさんもぐっすり寝ていたくせに……」
涼介は聞こえないように小さい声で呟き、周りを見渡す。
「随分暗くなったな……あいつのところへ行くのは明日にして、今日はここで休むとしよう……。セデルさん、今日はここで一泊して明日の朝、克己の家に行きましょう」
「え? 今から行かないのですか?」
「う~ん……夜だからね……お店は居酒屋くらいしかやっていないし……その格好で日本を歩くのは危険だ。警察の厄介になる。だから今日はここで一泊して、明日の朝克己の家に行き通行許可書を貰おう」
「良く分かりませんが……涼介様がそう言われるのなら我々は従います……」
「う~ん……と……」
涼介は携帯を取り出し、電話をかける。
『もしもし、お疲れさん……丁度今、お前に電話しようとしていたんだ』
電話の相手は克己である。
「あっそ……。今日は自衛隊の街で一泊してからお前ん所に行くわ」
『だと思って宿を手配しといた。メールを送ったからそこに行け。どうせ金は持ってないだろ? 姫様たちは……』
「先読みし過ぎだ……。飯は?」
『俺の店に行け、パラスには話してある』
「本当に用意周到だな……」
『あと、宿にはリーズとガルボを向かせてある。姫さんの連れはその格好では日本に行けないだろ?』
「お前、どっかで見ているのかよ……」
『予測はつくよ、何種類か服を持たせてある。明日はそれを着させて俺ん家に来い』
「色々と悪いな……」
『だったら金を払ってくれ……この間の飲み代……踏み倒す気じゃないだろうな……』
涼介は克己が話している最中に電話を切り、セデルに話しかける。
「セデルさん、先に食事にしよう……。宿も手配してあるし、食事をする店も準備してあるから付いて来てくれ」
さも自分が手配したかのように涼介が言うと、セデルは手際の良さに尊敬の目を向ける。しかし、涼介はそれに気が付いていなかった。
女騎士達も手際の良さに驚き、涼介と言う男に一目置くことにした。
皆は涼介の後に付いて行き克己の店の中へ入ると、元気な声が響き渡る。
『いらっしゃいませ~!!』
「あの……克己が連絡したって聞いたんだけど……」
『あ、涼介様ですね!! 克己様からご連絡いただいております!! こちらになりま~す!!』
店員の女性は涼介達を個室へと連れて行き、メニューをテーブルに置いて微笑む。
『ご注文が決まりましたらそこにあるボタンを押してお呼び下さい!! 直ぐにお伺いに参ります』
「あ、あの、お金……」
店員は声を小さくして涼介に言う。
『大丈夫です、克己様が好きなだけ飲食して良いとの事です……』
「手際が良過ぎだ……本当に」
『それではごゆっくりして下さい!!』
店員はそう言って席から離れて行く。セデル達は全く経験が無く、どうして良いのか分からず涼介の様子を窺う。
「あ~……好きなだけ飲み食いしてくれ……ペソは全てこっちで持つから……」
涼介が言うと、騎士たちは驚いた顔をする。
「りょ、涼介様は貴族様なのですか!!」
「へ?」
「だ、だって声を掛ければ全て事が進んでいくじゃないですか!!」
セデルは目を輝かせながら言う。
「ち、違うよ……こ、これは俺じゃなく……」
「お前達! 涼介様のご厚意に甘えてお食事を頂きましょう!!」
セデルが言うと、女騎士たちは鎧をガチャガチャと音を立てながらメニューを見て食事を選ぶ。
「凄いな……この注文書……こんなに鮮明な絵が描かれているとは……。さぞ、高級な店だとお見受けするが……ペソが安いのは何故なのでしょうか……姫……」
「多分、涼介様価格なのよ……流石我々の英雄様は違うわ!!」
「な、成る程……。ほ、本当に凄い御方なのですね……特別な部屋まで案内されるし……」
ただの個室部屋である。多分鎧を着ていると予想され、煩そうだから個室にぶち込めと克己の命令である。
涼介はグラタンが食べたくなったのでそれを注文する事にして、ついでにドリンクバーも頼もうと思い、ボタンを押す。
『は~い、ただいまお伺い致します!!』
店員は駆け足でやってきて注文を窺う。
騎士達はメニューを指差していき店員はタブレットで注文を受け付け、厨房に何が注文されたのかが表示され、素早く調理を始める。無駄のない動きで即座に対応する、日本のファミレスそのものである。
「ドリンクバーを人数分お願いできる?」
涼介が言うと、店員は苦笑いをする。
『涼介様、彼女達はこのやり方を知っておられますか? 克己様にお聞きしたところによりますと、高貴なお方だと……。もし宜しければ我々がお注ぎになって参ります……ボタンを押して頂ければいつでも注ぎに参りますよ』
「そ、そこまでは……」
『克己様のご友人ですし……何やら期待されている様な目をされておりますが……』
涼介は振り向くと、確かに何やら変な目で見ていた。
「す、すいませんが……」
『かしこまりました、紅茶で宜しいでしょうか?』
「俺はコーヒーで……」
『かしこまりました……』
店員は急いで飲み物を注ぎに行く。
『ケレン、貴女はあのお客様専属についてくれる? 克己様のご友人の方だから失礼のないようにお願い』
『かしこまりました……』
完全に涼介をフォローする体制が整っている状態だった。
「こりゃ……あとで何言われるかわかったもんじゃないな」
顔を引き攣らせながら涼介は呟いた。
料理が運ばれて来てテーブルに並べられていく。
初めて見る料理に皆は目を輝かせ、涼介は頼まれた料理を見て顔を引き攣らせる。
「注文し過ぎだろ……」
そう呟き、フォークでグラタンを食べようとするが、中が緩いためスプーンに切り替えて口に運ぶ。
セデルの食べ方はお姫様らしく上品に食すが、騎士達は酷かった。人と食べるときのマナーを知らないのかと思うくらい酷かった。
個室で良かったと涼介は改めて思いながら食事を終わらせ、コーヒーを飲んで自分を落ち着かせる。
セデルは紅茶を飲むと、頬を緩ませた。
「懐かしい味です……これは日本でも飲みました……」
「ふ~ん……。そう言えば、日本で学ぶと言っていたが、何を学ばせる気だったの? そして、宿とかはどうするつもりだったの?」
涼介は言い終えるとコーヒーを口に含んだ。
「ペソを沢山持ってきました、これだけあれば向こうでの生活は問題ないでしょう!!」
セデルはカバン一杯に入っているペソを涼介に見せる。
涼介は換金できるのかが気になった。
「学ぶものは……特に考えていません。彼女達には新しい世界を体験してもらいたかったのです……」
言葉が通じないことを忘れているのでは? と、涼介は思いながら聞いていた。
「ふ~ん……そうなんだ……」
「レレリックで涼介様にお会いできたことは本当に奇跡です!!」
「大げさだよ」
「だって、涼介様にお会いできなかったら、ここに来ても日本へ行くことはできなかったはずです……」
「そうかもしれないけどね……結果論でしょ? それって……」
「そうですけど……」
「言わないといけないことがあるんだけど……」
「はい、何でしょうか……」
「日本へ行っても自由はできないよ?」
「え?」
「だって、監視が付くでしょ? 普通に……そんな物もって街を歩いたら警察に捕まっちゃうし……」
涼介は腰にぶら下げている剣を指差し騎士達に言う。
「で、では……どうすれば……」
「どうすれば……と言われても……」
皆は不安そうな顔して涼介を見る。
「そ、そんな顔して見られても……」
「涼介様、お助け下さい……」
騎士たちは祈るような目で涼介に訴えかける。
「と、取り敢えず……宿に行ったら克己の寄こした奴らが居るから……そいつから服を貰いなよ、武器はそいつに預けて行けば問題ないはずだし……」
「ふ、服の手配までしているのですか!!!」
セデルは驚きながら言う。
「か、克己が……だけどね……」
顔を引き攣らせながら涼介は言うが、彼女たちにその言葉が届いていなかった。
「早速、宿へと向かいましょう!!」
セデルが立ち上がり拳を突き上げて言うと、騎士達もそれに続いた。
涼介は溜め息を再び吐いて店を出ようとすると、店員に呼び止められる。
『涼介様、これを……』
「マジかよ……」
渡されたもの……それは飲み食いしたレシートであった。
『落ち着いたら支払いに来てくださいね』
店員は嬉しそうに言って頭を下げる。涼介は項垂れながらセデル達のところまで歩き、メールに書かれている宿屋まで歩いていった。
「こ、これが……宿屋……ですか……」
女騎士達は口を締めるのを忘れるくらいの衝撃だった。何故なら、セデル達が泊まる予定の宿屋は、三階建ての建物だったからだ。しかも、RCで作られており、レデオウィールよりも立派に感じる作りである。
「これって……き、貴族のお屋敷では……」
セデルはそう呟き涼介の顔を見る。
「と、取り敢えず中へ入ろう……」
涼介が言うと、皆も中へと入っていく。
涼介は自動ドアを潜りエントランスの受け付けに向かう途中、リーズとガルボが声を掛ける。
「お待ちしておりましたよ、涼介さん」
「悪いね、二人とも……」
「構いません……」
リーズは手を差し出し、涼介は首を傾げる。
「先ほど、レシートを受け取って来たんですよね? 頂けますか? 支払いをしてきますので」
リーズが言うと、涼介は顔を引き攣らせる。そして、先ほどのレシートをリーズに渡すと、苦笑いをされたのだった。
「ず、随分と召しあがられたのですね……」
「あは、あははは……」
「まぁ、想定内のようですから構いませんが……受け付けは我々の方で済ませてありますのでこちらへどうぞ」
リーズはそう言って歩き出すと、涼介達はその後を付いて行く。
煌びやかな建物に驚きを隠せない女騎士達。
「先程の店もそうだが……蝋燭の明かりではないな……」
「あぁ……これはどういった妖術なのだろう……」
女騎士たちは色々な物に興味を抱く。足元を照らす明かりなど、まるで夢物語のような設備だった。
「ここから先が部屋になります……と言っても、涼介さんには説明不要ですよね。地下にはお酒を飲む場所……えっと、バ? でしたっけ? それがあります」
リーズはイマイチ理解ができておらず、首を傾げながら言う。
「BARな……こじゃれたものが入っているんだな……」
「日本人が泊まり易いようにと、克己様がお考えになったそうですよ? 飲食いをしてもこちらで持つそうなのでご自由にどうぞ。姫様たちには道具の使い方をご説明いたします……こちらへどうぞ」
ガルボが言うと、涼介にカードキーを渡して他の者は一つの部屋へと入って行く。やはり驚きの声が響き渡った。
リーズはお風呂とトイレの使い方を説明し、ガルボは電話機の使い方、カードキーで明かりの点し方を説明してカードキーを配る。
「鎧は室内に入ってから脱いで下さい、我々が回収いたしますので……」
リーズが言い終えると各自宛がわれた部屋へ入って行き、直ぐに服などを脱ぎ捨てシャワーを浴び、貴族にでもなったつもりでホテルを楽しむ事にしたのだった。
涼介は部屋の椅子に凭れ掛かり、デカイ溜め息を吐いて天井を見上げ、一言呟く。
「家に帰りたい……」




