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108話 初めての挫折!!

「う、うそ……まさか……そんな……」


 栞はパルコの街を彷徨っていた。


「な、無い! ど、どこ! どこにあるのよ!! 私の財布は!! あの中にはパスが入っているのに!!」


 必死で探すが財布が見つからない。


「ど、どこに……え、えっと……思い出せ……思い出せ……だって、パスを見せてこの街に戻って来たんだ!」


 栞は思い出そうと必死で考える。すると、一人の女性に声を掛けられた。


「あら? 貴女は……克己さんのところに就職した新入社員さん?」


「あ、貴女は……チェリーの店長さん……」


「私は成田理恵、オーナーの妻です。貴女は……たしか、松下……でしたよね?」


「そ、そう……です……」


「こんな道端で、何をしているんですか?」


「あ! さ、財布! 財布を落としたようなんです!!」


「財布? あぁ……貴女もやられたのね……」


「やられ……た?」


「ここは異世界……警察という抑止力はないの……簡単に言うとスリにやられたのよ……私も一度やられた事がある。その時は克己さんが神対応をしてくれたの!! 本当に優しい人なの!!」


 理恵は嬉しそうに言う……だが、栞はそれどころではない。


「ど、どうしよう……あれにはパスが……どうせポイントカードしか入ってなかったし……お金は1,000円しか入ってなかったから別に良いけど……」


「あらら……パスを無くしちゃったの?」


「な、無くしたんじゃなく盗まれたんです!!」


「それを克己さん的には無くしたと言うらしいですよ? 里理さんも同意してましたし……」


「な! だ、だって、不可抗力でしょ!! 盗まれたんですよ!」


「なら、克己さんに直接言ってみましょう。なんて言われるか分かるから……」


 理恵が言うと、栞は渋々克己がいると思われる家へと向かう。


「こ、これが家……ですか?」


「うん、色んな人が住んでいるからね……私のほかに10人程住んでいるわ」


「じゅ、10人!!」


「まぁ……それだけいれば……ねぇ?」


 理恵はそう言って家の中へと入っていく。


「ただいま~。克己さんは帰ってきてますか~?」


 玄関を開け、理恵が大きい声で言うと、パタパタと音を立てながらライラが走ってやって来た。


「お帰りなさいませ、奥様!! ……その人は?」


「この人は克己さんのところに就職した松下さん。克己さんに用事があって来たんだけど……克己さんは?」


「自室におりますが……」


「呼んできてもらえますか?」


「かしこまりました、リビングでお待ちください」


 ライラは優雅に頭を下げて奥へと走っていく。理恵と栞はリビングへと向かうと里理がアイスを食べながら雑誌を読んでいた。


「おや? 理恵ちゃん……お帰りなさい。お店は?」


「今日はレミーさん達にお任せして早上がりです。里理さんは今日お休みですよね?」


「うん、理恵ちゃんもアイスを食べる?」


「いただきます、松下さんは?」


「い、いえ……結構です……」


「あれ? 君は貧乏少女?」


「だ、誰が貧乏少女ですか!」


「だって、借金があるんでしょ?」


「そ、それは……」


「里理ちゃん、俺の大事な社員を苛めないの!」


 克己は里理の頭にチョップをして里理は頭を押さえる。


「ただいま戻りました。今日もお客さんは……残念です」


「店の名前はチェリーだよ。初心者がやっているんだ、仕方ないでしょ? で、松下さんは何しにオーナー宅へやって来たのかな?」


 克己は爽やかに言う。


「じ、実は……」


 栞はスリに財布を取られてしまったのは不可抗力だと思いながら説明した。


「全くもって酷い話だよね。里理ちゃん、盗られてしまったパスを使えないように設定変更をしてくれる? んで、新しいパスを貰えるかな」


「は~い」


 里理は袋の中からタブレットPCを取り出し、何かにアクセスして設定変更を施す。


「本当に酷い話ですよね……異世界ってこんなに犯罪率が高いのですか?」


「いやいや、何かを勘違いしているようだから言うけど、酷いのは君だよ……松下さん」


「え?」


「確かにカードを盗った奴は悪い奴だと思うよ。だけど、この世界では取られる奴が悪いんだ。これは日本でもおなじだって考えてる。それに、俺は言ったよね? あれは会社の備品だって」


「そうですけど……まさか盗られるなんか思ってもないじゃないですか!!」


「何を言っているの? 日本人はカモにされているんだよ? 君みたいに能天気に考えている人が多いからね。財布はズボンのポケットにでも入れていたんだろ? どうせ……。盗ってくれと言っている様なものだ……ましてや君のようなレベル(・・・)が低い人間ではなおさらだ」


「れ、レベルが低いって、そう言う言い方はないではないですか! 幾らオーナーでも言って良い事や悪い事がありますよ!」


「全く……言葉の意味を履き違えているよ……そう言えばレベルの話はしていなかったか……」


「どうせ私は底辺の人間ですよ! だからって精一杯生きているんです! 馬鹿にしないで下さい!!」


「そうじゃないよ、目を瞑ってレベルって唱えて見な」


「は? 私を馬鹿にしてい……」


「いいからやるんだ!!」


 栞が喋っている途中に克己が食い気味に言う。栞は納得がいかない顔して目を瞑り、言われたようにレベルと唱えてみる。


「あ、あれ? 何この数字……」


「それが君の実力だよ……レベル1。君の現在持っている全ての能力はたった1しかないんだよ。街の人は最低でもレベル3程はあるようだ。子供でも凄い子はレベル5とかいっているらしい」


「れ、レベル……ファンタジーや、ゲームの話じゃなくて……ですか?」


「違うよ。仕方ない、今日は初日だ……大目に見てあげるから次は気を付けるように……いいね!」


「は、はい……」


 克己は新しいパスを渡し、栞は改めて受け取る。


「お金は大丈夫なの? 給料日までは随分日があるけど……」


「あ、あははは……」


 克己は小さく溜め息を吐き、栞に一万円を渡す。


「取り敢えず、このくらい有れば足りるでしょ?」


「す、すいません……」


 栞は千円が一万円になったと思いながら受け取り、パスと一緒にポケットへ仕舞おうとすると、里理が笑いながら栞に言う。


「君は何を理解しているんだい? ポケットに入れて盗られたのだろ? 普通に袋の中へ入れとけば良い話じゃないか。次は弁償だよ? 君の給料数ヵ月分を払いきれるのかい?」


「す、数ヵ月……分……」


「それには特殊な加工が施されている……。自衛隊ですら作れない技術だ。作れる人は限られている。カッチャン……えっと……オーナーと私……今のところこの二人だけだよ。それだけ特殊な技術を使用していると言う事だ」


 栞は言葉を失い、口を開けたまま里理を見つめていた。


「本来は数百万するだろうね……。次からは気を付けなよ」


 里理はそう言って雑誌に目を向ける。


「今日は家に帰ってゆっくり休んだ方が良いよ」


 克己が言うと栞は頷き、帰路に就いた。


 翌日になり、克己のお店へと栞は向かう。


「初仕事……緊張するな……」


 店の扉を開けて中に入ると、千春がPCの前に座って作業をしていた。


「お、おはようございます……て、店長」


「おはようございます、松下さん。今日から数日間(・・・)、宜しくお願いします」


 千春は立ち上がり頭を下げる。


「こ、こちらこそ……宜しくお願い致します……。あ、あの……何で数日間……何ですか?」


「え? だって……仕事に付いていけなくなるのが大体三日間ですから……」


「ど、どういう……ことですか……店長も……」


「レベルが低いから仕方ないですよ……今日は厨房の仕事をしてもらいます……ですが、ショックは受ける必要はありません。始めは誰だって仕方ありませんから」


(絶対に見返してやる!! 私が仕事できるって所を見せてやるんだ!!)


 栞はそう思いながら千春から渡された作業着を着て厨房へと案内される。


「これが厨房……ですか……」


「はい。ここが今日の作業場になります。えっと……アレク、彼女は新入社員の松下さん。今日から仕事の仲間に加わりました。宜しくお願いするわね」


「かしこまりました、店長様……。彼女は……私達と同じ奴隷ですか? どう見ても……」


「違います。日本人です……が、克己様より同じように扱って良いと連絡が入っております」


「本当に宜しいのですか?」


「彼女はレベル1です……できれば優しく教えてあげて欲しいですが、克己様が完膚無き叩き潰せとご命令ですので……やって下さい。ご命令ですから……」


「か、かしこまりました……」


 アレクと呼ばれた男は可哀想な目で栞を見る。


「松下さん、彼は厨房責任者のアレクと言います」


「よ、宜しくお願いします……」


「俺が悪いわけじゃないからね……」


 アレクはそう言って日本語で書かれたレシピを栞に渡す。


「これを作るんだが……多分君には出来ないと思う。千切りだけでもやってくれる?」


「せ、千切りだけ……ですか?」


「それでも間に合わないかもしれないけど……」


 栞は少しカチンとしてアレクを睨みつける。


「分かりました、頑張ります……」


 唇を尖らせながら栞は言って、持ち場に着く。だが、厨房台が高く作業をするには一苦労する状態だったので、アレクはパレットを持ってきて栞の下に敷く。


「す、すいません……」


「明日はホールでの作業になるから、今日はそれで我慢してくれる?」


「わ、分かりました……」


 栞とアレクは仕込み作業を始める。暫くすると、作業服を着たうさ耳女性がやって来た。


「おはようございま~す……あれ?」


「遅いぞ、ココレンド……。彼女は新入社員の松下さんだ……日本人。今日は厨房担当だってよ」


「日本人ですか……偉い人なんですね……」


「俺達と同じ扱いで構わねーってよ……」


「本当ですか!! そう言って……」


「克己様のご命令だ……」


「だけど仕事できるんですか? レベルは幾つなんですか?」


「レベルは1だってよ……」


「本当ですか……絶対にホールの奴らから文句の声が上がるじゃないですか……」


「千切り作業だけやらせれば邪魔にならないだろ……」


「間に合うんですか?」


「その時はお前が手伝いに入れよ……」


「交代が来るまで地獄じゃないですか……。クルレッサは?」


「彼女の代わりに特別休暇だよ……」


「羨ましい……」


 ココレンドはチラリと栞をみて溜め息を吐く。栞は悪いことをしていないのに申し訳なさそうな顔をする。


「あ、足を引っ張らないように頑張ります……」


「いいのよ、気にしないで……。肩に力が入っていると怪我するわよ……取り敢えず、キャベツを千個千切りしてくれる?」


 ココレンドが言うと、栞は驚いた顔をする。


「せ、千個!!」


「それでも足りないんだから……。早く始めないとお客さんが来ちゃうよ?」


 そう言ってココレンドは自分の持ち場につき作業をはじめ、アレクも仕込み作業を始める。


「きゃ、キャベツは……どこにあるのですか?」


「あっちの袋を持ってきてそこの袋掛けに吊らす。キャベツ……と言っても読めないか……」


 アレクはキャベツと書かれた袋を持ってきて袋掛けに吊すと、中からキャベツを取り出した。


「この袋の中には一万個のキャベツが入っている。取り敢えず千個が最低限のノルマと考えてくれ」


「せ、千個がノルマ……」


「それでも足りないんだけどね……」


 ココレンドが小さく呟く。


 客が入ってきたようで、店内が騒がしくなってきた。


「ココ、早く準備をしろ!」


「分かってる! クルレッサがいたら楽なんだけどな……」


 ココレンドはそう言って仕込みの続きを始めると、注文が入る。


「キャベツはまだか? あとはキャベツだけだ……ここに乗っけたら品出しの方へ持って行ってくれ」


「は、はい!!」


 栞は必死で千切りだけを行っていくが、まったく間に合わずココレンドがサポートに入ったりして必死でこなしていく。


「アレク!! 品出しが遅いよ!! どうなってんの!!」


「新人が入っているんだ! 仕方ないだろ!!」


「そりゃ言い訳でしょ! そろそろお客様が怒りだすわよ!!」


「うるさい! 分かってるよ! ロイス」


 自分のせいで怒られていることを悟り落ち込む栞。


「す、すいません……」


「謝るなら早く切ってくれ!」


「は、はい! ……痛!!」


「ココ! 傷を治してやれ、そして早く切らせろ!!」


 ココレンドは舌打ちをして回復魔法をかけ、持ち場に戻る。


「あ、ありがとうございます……」


「いいから早く切れよ!! お前待ちの商品が並んでるだろ!!」


「す、すいません……」


 栞は必死にキャベツだけを切る。だが全く追いつかない。


「アレク!! お客様が激怒してるわよ!! いい加減にして!!」


 再びロイスが厨房にやって来る。


「店長に行ってくれ!!」


「知らないからね!!」


 ロイスはそう言って事務室へ走って行くと、慌てて千春がお客に対して謝罪する。


 遠藤は仕方なく作業着に着替えて厨房に入ると、戦場だった厨房は落ち着きを取り戻し始める。


「副店長……申し訳ありません……」


「初めだから仕方ないわよ……だけど……予定以外にダメな状況ね……。予定を早めないと……」


 遠藤はテキパキと作業を進める。


「遠ちゃん、こいつがいない方が仕事やりやすいよ」


「ココ! ここは職場よ、副店長と呼びなさい!」


「副店長、午後は二人の方が早いからこいつをホールに連れて行ってよ」


 栞は涙が出そうになりながら千切りを繰り返し行う。


「店長に相談するから、待ってなさい……松下さん、気にしなくて良いからね」


 遠藤はそう言って千春と相談する事に決めて厨房を離れた。


「レベルが低い奴が厨房に入ってくんなよ……せめて10あれば話は違うのに……」


 ココレンドは聞こえるように言うと、栞は悔しくなり涙が零れだしてきた。


「うぅ……」


 栞はそれでも千切り作業を止める事は許されず、一日中千切りをさせられた。


「お疲れさま、今日はよく頑張ったね」


 アレクは手を差し出し握手を求める。


「ご迷惑をお掛けしました……」


 ココレンドは挨拶無しで厨房を後にして帰って行った。


「本当にすいません……」


 栞は再びアレクに謝る。


「仕方がないだろ……レベルが低いのに厨房で作業するなんて……」


 栞は俯き涙が溢れでる。


「明日はホールでの作業だ……そんな顔をしていたらお客様に失礼だぞ? これで涙を拭きな」


 アレクは綺麗なハンカチを取り出し栞に渡し、栞は涙を拭くがそれでも止まらずアレクの胸で泣き喚いた。


「明日はもっと大変だから……店長に出来ないと言った方が良いかと思うぞ?」


 アレクは言うが、克己がそれを許すはずは無かった。


 翌日も同じように心の底から叩きのめされ、事務所に戻って行く。


 事務所の中には克己が栞を待っていた。


「やあ、松下さん。浮かない顔をしているね」


「お、オーナー……私……」


「明日はここの仕事じゃなく、他の事をしてもらうよ」


「私……辞めようかと……」


「ん? そうなの? 仕方ないね……どうぞご自由に。君の冒険はここで終了だね。人生も」


「え?」


「だって簡単な話でしょ……。君は就職をしたんだよ? 幾ら研修期間であったとしても、ハローワークには合否の有無を伝えてある。と言う事は、君は辛抱が足りなかった事になる。それはどういうことか分かるかい? 履歴書に書いた時の評価が悪くなるんだよ。俺から辞めてくれと言ったわけではない。君自身が耐え切れなくなったから辞めるんだ。それに俺は言ったよね? 三日……君は三日間で全てを叩きのめされると……。そしてそれを我慢した先には仕事が楽に感じる事が出来る」


 栞は俯き何も喋らない。


「さぁ、どうする?」


「が、我慢すれば……どうにかなる問題ですか……」


「なるよ。非常に楽になる。だけどね……一つだけ問題がある」


「問題?」


「うん、君がオリンピック選手級に凄くなってしまう……いや、それ以上に凄い存在になってしまうんだ。もしかしたら地球人の誰よりも強くなってしまうかもしれない」


「ど、どういう事ですか?」


「仕事を投げ出して辞めようとしている奴にこれ以上言うはずはないでしょ? 辞めないと言うなら……明日から違う事をしてもらい、皆を見返させてやろう」


「皆を……見返させる?」


「あぁ、君の人生は百八十度変わるだろう……それは断言できる。どうするかは君が決めろ」


 克己の隣に立っている女性はセンスのない服装をして佇んでいる。


「ほ、本当に人生が変わりますか?」


「変わるよ……それは約束する」


「し、信じても……」


「それは君次第」


 栞は少し考える。このままでは負け犬と変わらないのは確かだし、次の仕事が見つからないのもたしかだ。そして何より、異世界と言う不思議な世界に足を踏み入れた時の感動は味わえなくなる……と。


「分かりました、もう少しだけ頑張らせてください……」


「良く行った! そんな君に朗報だ」


「へ?」


「ここに立っている彼女は君の三個下……16歳の少女だ。彼女は異世界人である。そして君と同じレベルは1だけど、一つだけ違う事がある」


「ち、違う事……?」


「彼女は先程買われた奴隷少女だ。現在のご主人様は俺。だけど……今、この瞬間から君がご主人様になった。さぁ挨拶をするんだ」


 栞は何の事だか分からず戸惑いを見せる。


「初めましてご主人様……私はエリオ=シッタツと言います……」


「ど、どういう事ですか……」


「入社前に約束したろ? 理恵が……。君に一人誰かを宛がうって……」


「そ、そう言えば……で、ですが、奴隷って……禁止されているじゃないですか」


「ここは何処だと思ってるんだよ……ここは日本じゃないぞ、ましてや地球でもない……」


「だ、だけど……」


「いいから言う事を聞けよ……。明日は取り敢えず俺の家に来てくれる? 場所は分かるよね?」


「は、はぁ……」


 何と言う事だろうか、栞は奴隷を宛がわれ明日から生活をする事となったのだ。

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