101話 忠誠心!!
翌日になり克己達は再び不動産屋に向かい、貸し事務所を見せてもらう。
「ビルを建ててしまえ事務所は心配ないよな? 考えてみれば……」
克己の言葉に慌てる不動産屋。
「ビルが出来上がるのを待つよりも、作りつつ貸事務所で準備をしたら如何でしょうか?」
ハミルは言う。
不動産屋は二日で数十億も使うお客が来て大慌てであった。普通では考えられない、常識外の話をしていく。
「カッチャン、デカい場所は審査に時間が掛かるから小さいところにした方が良いよ。お金は沢山かかるんだからデカい場所なんて考えは捨てて。まずは小さい場所でやりくりをしよう」
「そうするか……ん? これって……売り事務所?」
克己が手にした書類は一階が店舗になっており、二階と三階が事務所になっている小さな物件だった。それでも金額は一億円ほどする物件だった。
「こりゃ良い物件だね。これをください!」
まるでファミレス感覚で何かを注文するかのように克己は言う。
皆はその物件を見て眉を顰め、顔を見合わせた。
「克己さん、本当にこの物件にするんですか?」
理恵は克己に質問をする。
「する。この物件が欲しい!!」
「どうしてこの物件に拘るんですか?」
「喫茶店を開きたいから。考えてみたら、家を二つ持っているんだからそこを暫くは事務所にすりゃいい話じゃん? ここは俺と理恵の趣味で、何かをやるところにしようよ!」
「ふ、二人で……ですか」
理恵は顔を赤くしながら上目づかいで克己を見る。里理は少し頬を膨らませ書類に目をやる。
「うん、理恵にはここで手取り足取り料理を教えてあげるよ! のんびり喫茶店でさ、アルバイトを雇っても良いし理恵が好きにしたらいいよ。ここで経営を学んだらどうかな?」
理恵は二人でエプロンをしながらカウンターに立っている姿を想像して顔を赤らめる。
「良いお話ですね! 奥様! 私、ハミルもお手伝い致しますから是非、やってみたら如何でしょうか!」
「は、ハミルさん……」
「奥様、私もお手伝い致しますよ!」
「レミーさん……うん、分かりました! やらせていただきます!」
「なら、理恵も防火管理者と食品衛生管理者を取りに行かないといけないね。ペルシア、頼んだよ」
「任せるにゃ!」
ペルシアは自分の胸を軽く叩き、胸を張る。以外と胸があるなと思いながら克己はペルシアを見ていた。
お金は即金で用意することができ、後は相手から書類待ちの状態だった。克己達はその店舗型事務所を観に行くことにし、車に乗り込み不動産屋が連れていってくれる。暫く車を走らせるとその物件が見えてきた。
「これが……私達のお店……ですか……」
建物は写真と同じように古めかしく……と言うより、ボロい。だが、理恵の目は輝いており物凄く嬉しそうにしていた。里理は頬を膨らませながら図面に目をやり、羨ましいと思っていた。
「克己さん、お願いがあるんですけど……」
「ん? どうしたの?」
「里理さんも一緒に……はダメですか?」
里理は驚き顔を上げて理恵を見る。
「そりゃ……克己さんと二人では魅力的ですけど……。里理さんも家族……ですから、一緒にやりたい……かなって……」
「り、理恵ちゃん……」
「里理さんだって克己さんのことが好きなんですし……ダメですか?」
「構わないが、それだったら二人でやれば良いよ。俺は二人に料理を教える。二人で経営を学んで切り盛りするんだ。里理ちゃん、理恵、それで良いかな?」
理恵は少し考えながら里理を見る。里理は茫然として答えることができず、涙を堪える。
「それで構いません。二人で頑張ります!」
理恵はそう言った後に里理の手を取り、頑張ろうと言って微笑んだ。里理は涙を拭きながら頷き、不動産屋は無表情で克己達を見つめていた。
その後はペルシアに全てを任せることにして、克己達は家へと戻っていく。
家に到着すると、理恵と里理は部屋に籠もり、図面を見て今後の打ち合わせを行い始めた。
「里理さん、ファンシーなお店にしたいです!」
「任せて!」
里理はタッチペンを動かし、絵を描いていく。ディスプレイにはアニメチックな絵が描かれていき、理恵は声を上げて喜ぶ。
「里理さん凄いよ!」
「趣味で漫画を出してるからね! コミクで出展してるくらいなんだよ」
何時そんなことをやっているのだろうと思いながら理恵はディスプレイを眺め、二人のイメージを合わせていた。
克己はリビングで紅茶を飲みながらスマホを弄っており、理恵と里理が仲良くしてくれているのに喜びを感じていた。
「克己様……嬉しそうですね……」
レミーが克己に問いかける。
「あぁ、嬉しいよ。二人が仲良くしてくれるのは嬉しい。後はノエルだけだな……」
「ノエル……ですか?」
「うん。別にさ、自我を持つのが悪いといっているわけじゃない。自分の気持ちを出すのは良いことだと思う。だけどさ、協調性を出さないと共同生活はできないだろ? そりゃ……俺の事を想ってくれているのは嬉しい。素直に感謝するよ。だけどさ、俺の嫁は理恵だ。理恵が大事。その大事な人を傷付けるのは如何かと思うよ」
レミーは黙って話を聞く。
「理恵はさ、自分の事を後回しにして人を優先する性格だ。だから思っていること口に出すことは少ない。皆それを良いようにして好き勝手なことを言う。相手を傷つけているかも知れないのに……だ」
レミーは感じ取った。克己の不満が溜まっていることに。
「で、ですが、ノエルや私達の気持ちも……」
「それは分かってる。だから何も言わないし、やらないんでしょ? レミーだって理恵の事を良く想ってないことは分かっている。アルスくらいなものさ、そう思っていないのは……」
「あ、アルスは特別扱いを……」
「言ってないと思うけど、俺はアルスを抱いたことは一度もないよ。あいつに拒まれた。理恵に悪いって……。キスだって旅立つ日にしたのが久し振り。だけどさ、お前達はどうなの?」
「だ、抱いた……事がない……?」
「無いよ、俺が覚えてる限りではね。お前達はたまに体を合わせるけど、アイツは一度もない。処女のままだ。たまに見せる切なさそうな顔が心を痛めるよ」
レミーとハミルは茫然としていた。
「あ、アルスは……」
「理恵のことも好きなんだってさ。理恵を傷付けたくないからお供からも外して欲しいって言ってきた。それが正解なのかは俺には分からない。だけど、俺は信用するに値すると思ってるよ。お前達はどうなのさ? 理恵はお前らと一緒に寝るのを許してるよ? お前らの事を考えてるからじゃないの?」
二人は黙り混む。
「これは全員がと言うより、俺に原因がある。だから怒ることもしないし言うこともしない。だけど、理恵に何かする事や言うことは間違いだと思う……直接俺に言えば良いだけの話。陰湿な事をするなら俺は怒るよ」
克己は困ったような顔して二人に言う。
「ま、二人に言ってもね……二人はしっかりしてくれているし、今、問題なのはノエルが理恵に対する態度を改めてくれる事を願う事かな……最後の手段をとるのは正直嫌だから……」
「さ、最後の……手段ですか……」
ハミルが小さい声で呟く。
「最悪は殺す」
ハミルとレミーは顔を青くする。克己は立ち上がり、自分の部屋へと戻ろうとすると携帯に着信が入る。
「誰だ? ……もしもし」
『外務省の者ですが、成田様の携帯でよろしいでしょか?』
掛けてきたのは外務省と名乗る女性で、少し年齢がいっているように克己は感じ取る。
「外務省……あ、はい、そうです。成田克己です」
『先日、大臣とお話の件でご連絡をさせて頂きました……今お時間の方は大丈夫でしょうか?』
克己は再び椅子に座り、返事する。
「大丈夫です」
『はい、派遣団を選抜致しましたのでご連絡させて頂きました。何時ぐらいに現地へ赴けば宜しいでしょうか?』
「あ~、何時でも構いませんよ、そちらの都合に合わせます」
『分かりました。では、明後日の10時に異世界側の自衛隊本部へと行きますので、そこで合流をする形でよろしいでしょうか?』
「承知致しました。当日、宜しくお願い致します」
克己が答えると、女性はお礼の一言を言って電話を切った。
「ハミル、明後日の10時ね……レミーも頼むよ」
「「承知致しました」」
克己は自分の部屋へと戻って行く。
「は、ハミル、克己様……怒ってない?」
「イライラが溜まっていたんでしょうね……まさかアルスが抱かれていないとは……」
「ガルボとルノールだって抱かれてないでしょ?」
「違う、アルスは16歳になったらって話があったのよ……それでも抱いていないという事は……」
「本当の話っていう事?」
「アルスだったら考えられる……真面目と言うか……なんというか……」
「すごい忠誠心よね……」
二人はアルスに対して見方を変えるのであった。
そして派遣団と約束した日がやって来る。
克己とレミー、ハミルは異世界側の基地へと来ていた。
「そう言えばさ、聞き忘れていたんだけど……」
克己が唐突に言う。
「何がですか?」
ハミルは首をかしげながら話を聞こうとした。少し可愛いなと克己は思いつつも話を続ける。
「この星の名前は何て言うの?」
「大陸ではなく……星ですか?」
「星と言うか、惑星と言った方が良いかな……」
「ん~、ここは『ガラトーダ』と言います。大陸名はガタラゴス大陸ですね。他の大陸名は知りません」
「海の向こうと言うことは、アルスは別大陸の人間なのか?」
「そうなりますね……」
「ふ~ん、ガラトーダ……ね……」
克己はそう呟き、欠伸をする。
「それにしても遅いですね……、何かあったのでしょうか?」
レミーが心配そうに克己に聞く。
「あと十分待っても来なければ電話をしてみよう」
克己が言うと、二人は返事をして待つことにした。
それから五分後に派遣団がやって来て、克己に謝罪をする。
「心配をしましたよ」
「本当に申し訳ありません……」
神崎大臣は頭を下げる。
「無事なら問題はありません、相手はかなり乗り気になっておりますから、上手くいくことを祈りますよ」
克己はそう言って神崎と握手をして、王都へと移動した。
王都では、派遣団を歓迎するイベントが開かれており、街中は賑わっている。
「こりゃ……凄い歓迎ぶりだな……」
神崎は戸惑いながら周りを見渡す。
「それだけ期待されてるんですよ……」
克己はそう言って派遣団を案内する。お城に近付くと、派遣団は城の大きさに驚きの声を上げる。
「ここに王様が居ます。あっちの方にテーマパークとしたお城を建設中です」
克己は遠くを指差し神崎達はそちらを見る。だが、城のような物は見えなかった。
「建設を開始したばかりですからね、現在は基礎の段階です」
克己が説明すると、皆は納得する。
一行は城の中へと進み、謁見の間へと案内される。そこにはパーティ会場のようになっており、随分と歓迎されている事が分かる。
「ようこそ我が城へ……」
王が手を差し出すと、神崎は王の手を握る。
「こちらこそ、歓迎して頂き感謝いたします」
神崎達はメイドに案内され、椅子に座る。周りでは貴族と思われる者達が立食していた。
「我々は日本の……いや、克己の友人を歓迎する」
神崎は頷き、お礼を言う。神崎は気が付いてはいなかった。克己の友人……だから歓迎して会うのだと言うことを……。
「今回、こちらへ来た理由は理解してるよな? 陛下」
「勿論だとも……。克己の友人が住んでいる国と友好条約を結ぶと言うのだろ?」
克己は何か言おうとすると、神崎が先に話す。
「左様でございます、陛下。我々の利害は一致しております……」
「ちょ、ちょっと、神崎大臣……」
克己が何か言おうとするが、神崎は手で制する。
「我が国の総理や、天皇陛下も御国との友好を結ぶことを喜ばれております」
克己は口をパクパクさせて言葉を探す。この話は日本にとっては最悪の約束だと理解する反面、克己にとってはこの上ない好条件での話だったからだ。
「今日は挨拶だけですが、来週お会いするときは調印を結ばせて頂ければと……」
「うむ、そうだな……。この後、魔王の所にも行かれるのだろ?」
「はい、こちらで一泊して、明日には魔王様とお会いするつもりです」
神崎が言い終えると、克己は神崎に言う。
「ちょ、ちょっと待てよ、一泊の話は聞いてないぞ!」
「何を言ってるんだ、君は……こちらの生活を体験しないで何が友好を結ぶと言うのだね!」
神崎は正論のように言う。克己は苦虫を潰したかのような顔をする。
「克己よ、別に良いではないか……。では克己の友人よ! 今日は楽しんでくれ! ……おっと、一つ言い忘れた……」
「何でしょうか、陛下……」
「調印の書類に関しては、克己が作ると言うのを約束してくれるか?」
「成田……さんが?」
王はニヤッと微笑み克己を見る。克己はそのとき悟った。
「まぁ、間を取り持ったって事だからでしょう。それに俺は、男爵の称号を貰ってるしね、信用度が違うってことだろ? 陛下がそう言うんなら俺は断れないな……」
克己がいうと、神崎は小さく溜め息を吐く。
「我々が納得できるものを作ってくれよ」
神崎は冷たい声で克己に言い、王の方へ向き直って雑談を始めた。
克己はチラリと王を見ると、王と一瞬だけ目が合う。
二人は神崎が分からないようにほくそ笑んだ。
仕方なく王都に一泊する事になり、克己は理恵に電話する。理恵は寂しそうな声を出していたが、事情を理解して渋々頷きたまには二人と仲良くしなさいと言われ、克己はレミーとハミルの三人で眠ったのだった。
翌日、ハミルの魔法で魔王城の傍へと移動する。皆は魔法の力に驚きながらも魔王城へと向かった。
魔王城では、王都と同じように歓迎され、神崎たちは気を良くしていた。もちろん魔王も王と一緒のセリフを言って克己に調印書を書かせるようにと言う。克己は一枚も二枚も同じだからと言って了承する。
克己はもう一泊するのかと思っていたが、神崎たちは魔王城が不気味なためさっさと帰る事にしてハミルの魔法で自衛隊の基地へと戻って来たのだった。
「今回はとても良い話し合いでした。では、成田さん……調印書の作成をお願いしますね」
「分かりました、納得できる書類を作成いたしますよ」
克己が言うと、神崎は笑いながら日本へと帰って行った。それが自分達にとって不都合なものだとは知らずに……。




