Lv06―必殺技を覚えるまで
「ネコ~~~、どうしようどうしようどうしよう!」
あるじが安請け合いをしてから滝のような速さで物事が決まっていき、明日にはもう騒動の場である『エルミニ大山脈』に向かうことになった。
始めこそお姫様に合わせてそれなりのテンションで話をしていたあるじだったが、あてがわれた部屋に戻り私から詳しい話を聞いて、ずっとこの調子だ。
「無理だよ無理だぁぁぁ」
ヘタレにゃ。
喧嘩が強いことが分かってもあるじはヘタレのままだ。
「だって! この世界には天使とか悪魔がいるんだろ! 異世界召還と【魔法】だけでお腹いっぱいなのにその上、第一話でドラゴン退治ってどこでレベル上げすればいいんだ!?」
まだドラゴンを倒すって決まったわけじゃないですよ。力を貸してと言われただけで。それに、レベル上げって、ゲーム俗語〈スラング〉ですね。
「ああそうさ! こんなゲームみたいな絵空事だもんゲームスラングだって使うわ!」
あるじはベッドの中で丸くなっている。かなり堪(こた)えている模様。
まあ、いきなり魔法やら異世界召還やら天使やら悪魔やらドラゴンのある世界に来ちゃいました―、といわれてもすぐ適応できる方がおかしい。
私は猫なので人間と違いそんなこともあるんだなー、と寛容な気持ちで受け止めることができます。
「しくしく、お家に帰りたいよぅ」
あるじ、私達に家ないですよ。引っ越したばかりで家借りていませんでしたから。
「それでもー! 魔法とかイヤー!」
でも、考えようによってはラッキーだったのでは?
「…………………………何が?」
確かにここは剣と魔法のマジカルワールドですが、元いた世界は血と死と借金のデンジャーワールドですよ。借金取りに追いかけられ護衛人〈セキュリティー〉に補導されかけ殺し屋〈タナトス〉に襲われて路地裏を逃げて逃げて逃げ回るのに比べたらこっちの方がマシな気がしませんか?
「………………………僕の人生ってどっちに転んでも悲惨だよぅ」
しくしくと悲恋の乙女のように泣く。だがヘタレな男なのでウザい。
でも殺し屋〈タナトス〉から逃げるのに比べたら竜殺し、まではいかなくても悪の魔法使い退治ぐらいできそうな気がしませんか?
「………………………………た、確かに」
魔法使い退治の方が簡単そうに思えるくらい元の世界で殺し屋という存在はそれほど恐れられていたのだ。性格的にも嫌な奴ばっかだし。
それに私も【魔法】使えるんですよー。
どうやら召還でボーナスみたいのがついたのかもしくは私に魔法の才能があったのか、王家秘伝の【魔法】を見ただけで真似するという反則技を持っているのだ。
マジカルワールド登場シーンでのそれなりに強いらしい黒外套(ローブ)を撃退できたんですから意外と楽勝ムードでは? ほらあの吹雪の城壁とか強力そうじゃないですか。
「………………………………」
まだ悩むあるじ。だがもう一押しだ。
それにどっちにしろ戦わないとダメみたいですよ。逃げられないイベントバトルっぽいです。
「…………どゆこと?」
あるじがズポッとベッドの中から頭だけ亀のように出す。ゲーム俗語で少し落ち着いたか?
ほら、壁が国をおおっているせいで増援も呼べないし逃げることもできないって言ってたじゃないですか。それはあるじもそうなんですよ。
「………………………………………」
私達を召還したお姫様にそれとなくあるじが聞いたのだが元の世界に戻すことはできないらしいのだ。片道切符。行き先が地獄か天国かはともかく。
つまり、元の世界に戻るのは当然ながら絶望的だがこの雪国から逃げることすらできないのである。
端的にいって前進あるのみ。
「………………まじっすか」
まじです。
三点リーダーが多くてうっとうしー、とか思いつつもあるじを励ますけなげな私。
大丈夫ですよ! いざとなればあるじだって【魔法】使えますから!
「僕も【魔法】使える?」
ガバッ、とベッドからはい出てきた。
使えるんじゃないですか? あるじも召還されたんですし。
猫である私も使えたのだから同じく召還されたあるじが使えてもおかしくない。
「そ、そうだよな。魔法使いデビューだ!」
そのいきです!
「でも、【魔法】ってどうやって使うんだ? 猫はどうやったらあの【壁】でた?」
改めて言うと難しいですね。
あの時、黒外套の炎の蛇が迫ってきて私は理由もなく銀髪のお姫様の呪文を真似た(といっても名称を唱えただけだったが)。それは魔法を使うというより、意味をかみしめるような行為だった。
うーん、とりあえず感情をこめて呪文を唱えてみる、とか?
「よし、ならば早速試してみるかっ。こんな時の為にゲームしたり漫画読んでてよかった! やっぱり無駄じゃなかったろ。ちゃんとこういう事が起きた時のためだったのさっ」
むぅ。
あるじが言うのは、私が漫画を読むなんて時間の無駄だ、といつも言っている事に対してだろう。でもそんな事さっきまでベッドで丸くなってた人間が言っても説得力がない。
元の世界で漫画は、紙媒体は電磁波災害の影響を受けないという点から様々な層に小説・新聞と同じ程度に人気があった。
もっとも、ゲームの方は電磁波対策がなされていない地域ではプレイできない点からゲームができる環境を整えるには費用がかかるため高級娯楽となっている。
貧乏なあるじはモチロン持ってなかったが、数少ない金持ちの知り合いの家に訪れた時とかに遊んでいた。
そんなことを思い出して懐かしんでいる私を放っておいてあるじは一人盛り上がる。
「じゃあ、まずは誰もが知っている有名な【魔法】からいこう!」
あるじは眼をつむり、右手を虚空に差し出す。
それは王者が従者に手に接吻をさせるという偉功を与えるか如き動作。
「我が名も無き名において告ぐ――――――なんか起きろ!」
呪文を唱え終わると、手から光が――――――!
なんてことはなく漫画のマネをするただの馬鹿がいるだけだった。
「は、発動しないだと? 僕には主人公の素質はないということか…………」
というよりもあるじの名で告げられても威光がないというか、え、そのひと誰なの? と真顔で返されるのがオチです。
そも、そういう呪文って普通の言語と同じで文法とか語彙の順番とかあったような気が。私もそんなに知らないんですけどねぇ。
「ああ、そういえば。良し試してみようか、後に続く呪文は………………って、そんなの覚えてるわけない!」
魔法の呪文なんてどういう規則があるのかわからないし、全部読むのはメンドクサいから流し読みしますもんね。
「せっかくこの時の為に漫画を読んでいたというのに。ならば次こそ」
あるじは指をぴんと立て指揮棒のように振う。
「天地色空森羅万象の者どもよ! 我の言葉に従いてその御身を……、を……、を?」
…………………………………………………何も起こらない。
「この後、なんだっけ?」
私が知るか。
そもそも、魔法って魔法の杖とか必要じゃなかったですか?
「そ、そういえば………………ならば次! 黄昏よりも暗きもの、血の流れよりも紅きもの! 竜破斬!」
………………………………………何も起こらない。沈黙が辛いのでとりあえず私はニャーと鳴いてみる。
「やはりスイレーヤーな魔法だと僕には荷が重いか……………」
というよりも、あれも聖剣とか必要じゃないのですか?
「………………………………………………………………」
………………………………………………………………。
「じゃあ、ほとんどの魔法使えない! 杖も剣も才能がなくてもできる魔法って意外に少ないよ!?」
魔法使いといえば杖ですからね~。道具がないなら道具を使わない魔法を使ってみればどうです。
「…………………でも、それほど僕も魔法知ってるわけじゃないからなあ」
と、いうのは100年前の電波災害以来の作品は、現代の災害を糧にするように急速に発達した『トンデモ科学』を扱う作品が主流で『魔法使い』が登場するのは数がない。
かといって100年前以前の作品を読むにして、その時代は日本(ヤーパン)の漫画が主流故に数が少なく、やはり災害などで数が減っているため希少価値が高くなって貧乏なあるじでは手が届かず読む機会が少ないのだ。
「………………ならば、下手な鉄砲数撃ちゃあたる! 開けごま! 寿限無寿限無!」
思いつく限りの呪文を言い始めるあるじ。付き合ってられないので私はベッドの上に飛び乗り、毛布を口で引っ張って寝床をみつくろってから丸くなる。
ふわ~、と欠伸をして眼を閉じる。
夢を見た。
それは何かで。
何でもない。
ただの夢。
一人なのに傍に誰かがいるような温かさ。
誰か繫っているような安心する夢。
それだけの夢。
でも、夢は、こう告げていた。
気をつけろ。
次のお前の敵は【翼】だ。
やかましい声に目を覚ますと、あるじはまだガンバっていた。
「覇ぁぁぁぁぁ!」
両手をくっつけて前につきだすポーズ。
「臨兵闘者皆陣列在前!」
横に5回縦に4回指を振る。
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ~」
撲殺天使チックに萌えポーズをとっている。
「アーノルド・シュワルズネッガァァァァアアアアアアアアアアアア!」
最後の人名は何ですか。
「100年前の災害以前に英雄と呼ばれた人物だ。何でも軍に所属して戦争しながら未来から送られたターミネイトするロボットらしい」
はぁ、100年前はそんなスゴい人がいたんですか。で、どれか一つでも発動しましたか?
「………………………………」
あるじは無言で背中からベッドへ倒れてきたので、私はあわてて飛びのく。ボスンと少し沈んで、その余波で私は少し跳ねた。
「魔法って難しいなー。魔法世界だからって簡単にはできないのな」
ですかね。私は簡単に出来ましたけど。
そう言いながら私は心の中で唱えた。【エルミニの雪遮竜壁】と。
するとあるじの目の前に立方体の雪の箱が現れる。
あるじは寝そべりながらじっとそれを眺め、箱からこぼれる雪を鼻の上に積もらせる。
「………………………なあ、猫よ」
突然、あるじの口調が変わった。少し声が高い。何かを抑えるような笑いをこらえているかのような感じ。
あるじはごろんと転がり身をよじり私と同じ猫座りで対面する。
「僕と猫、召還されたよな」
そうですね。
「猫、魔法使える。僕、魔法使えない」
……………………そうみたいですね。
「勇者。召還されて魔法使えるヤツ」
………………………………らしいですね。
「僕。召還されて魔法使えない。猫、召還されて魔法使える。勇者。召還されて魔法使える」
………………何が言いたいんですか?
「つまり……………………猫、勇者?」
………………………えへへ。
「すごいなあ猫、勇者か。カッコイイなあ」
そ、そんなことないですよ~。
「でもホント、まきこまれて召還された僕に比べるとねぇ」
いやあ、それほど、で…………も?
「そうなるとさ、僕って勇者として呼ばれた猫に道連れにされた形だよな」
………………………………いやあ、そんなことはないんじゃないですか?
「じゃあ僕の役どころは何だ? 勇者二号? 魔法使えなかったなー。と、すると残っている可能性は手違いで一緒に誘拐された憐れな子供Bじゃないのか?」
…………………………………え、えーと。
「はっはっは」
…………………………………。
「…………………………………」
あるじと私は一心同体ですよねっ。
「お前のせいかああああああああああああああああ!」
あるじは私に飛びかかってきた! フギャアアアアアアアアア。
「このヤロ、異世界に行きたきゃ一人で行ってチートクラスの能力手に入れて異世界ハーレム勝手に築いてろ!」
フシャアアアアアアアアアアアアアアアア!
「痛っ、痛っ、卑怯だぞ爪を使うのは! だったらこっちも本気だしたらあああああああああああああああああああああああああ!」
数十分後、力尽きた私とあるじはどちらからともなく謝るというショボイ結果で和解した。