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Lv15―チク☆リンとアレな感じな犯人捜索


 手は考えている、なんて策士めいたことを言っていたあるじだがどうせ「助けて猫えもーん」と私にすがるのは、舟に乗ったら海上でイベントバトルが発生するくらい確実である。

 と思っていたのだが、どうやら本当に考えがあるらしく足取りに迷いがなかった。ちゃんとあるじも真面目になった私の教育は間違ってなかった流石私、と遠回しに自分をほめてみる。


 街に繰り出した私達が向かったのは昨晩の男性が亡くなっていた現場だった。昨晩は薄暗くて物陰に何かが潜んでいそうな、死体が転がっていてもおかしくない陰鬱さであったが、日が天頂に昇りかけている今となってはおばちゃんが井戸端会議で集いそうなただの道ばたである。

 もちろんたとえであって奥様方が「おほほ昨日ここで人が死んだらしいざます」「あら大変ねえおほほほほ」なんて雑談しているわけもなく、事実が周辺に伝播しているのか人の気配はまるっきりしない。


 記憶では赤レンガの街並には場違いな感じに男性が倒れていたが、一夜明けた今となっては何も知らない人間が通っても昨夜ここで人が死んでいたなんて思わないだろう。

 底なし沼のように通行者の行く手をふさいでいた血溜りも水で洗い流されて、微かに立ち込めるむわっと鼻の奥が熱くなるアルコールの匂いだけが立ち込めている。セニスが血臭消しにまいたやつだろう。揮発性が高いとはいえ陽の当らない路地ではまだ水と混ざって地面の染みとなっている。


 現場検証でもするのかと思ったが、犯人が残した痕跡なんて足跡一つないだろう。あったとしても文字通り水に流されている。私達が探しに来たのは足跡ではなく、血の跡だ。さらに言うならば血の跡ではなく血の〈匂い〉である。


 大本の血溜りは水で流され臭いはアルコールで消されて、血の痕跡なんて全くない。だが、それは〈人〉の領域での話。〈猫〉の認識野は人とは比べるまでもない、正しく人外(ケモノ)の領域。嗅覚だけに絞っても約数万倍と、犬畜生ほどではないが人では感知できない微臭を嗅ぎ取ることができる。普段はいろいろきついので意識しないようにしているけど。


 アルコールや周囲の家からただよう人の営みの臭いに混じって鉄と油――――血の匂いが漠然ながらもまだ猫の鼻で嗅ぎとることができた。アルコールをぶちまけた程度では臭いは混ざることはあれども消えることはない。

 ここまでくればあるじが考えた〈手〉なるものがどんなのか想像がつく。私に警察犬の真似事をさせようというのだ。手は考えているのは本当に考えただけですべて私任せだった。


 猫離れができていないのは育て方を間違えたか、とか思いつつ鼻をふんふんすると思いもよらぬ事実が発覚した。「何かわかった?」そこの家のお昼はカレーです!「うらやましいけどどーでもいい!」カレーの食欲そそる匂いに混じって変な痕跡があった。蛇が這いずった跡のように、大きな血の臭いが二つこの場から離れていった形跡が残っているのだ。


 一つは言うまでもなくセニスの診療所に運ばれた男性の遺体だとして、もう一つは私達が探している犯人のモノだろう。殺した時の返り血か凶器に付着したのどちらかだろうが、べっとりとした臭いが足跡として残されている。

 道のド真ん中でふんふんと地面を舐めるようにして足跡ならぬ臭跡をたどっているとゴチン! と猫の額がさらに狭くなるような衝撃を受けた。臭いを追っているうちに道を外れて民家の壁に激突してしまったのだ。久しぶりの嗅覚フル仕様に集中していて気付けなかった。

 しかし跡をたどっていたのに行き止まるなんてどういうこった? と頭をひねるまでもなく臭いは続いていた。血の臭いは民家の壁の向こう側から――――ではなく、壁を見上げた上空から漂ってきている。


 ということで「猫・砲・台!」と空を舞う猫セカンド。バレーボールのようにあるじに打ち上げられるというブラザーアクション(タイミング要求度:低)を駆使して二階家屋の屋根に飛び乗る。

赤レンガの屋根に降り立つと、見つけた。赤茶けた煉瓦の色とは違う、乾いて黒に限りなく近い赤に変色した血液が数滴こびりついていた。


 数ある疑問のうちの一つが氷解する。あんな秘孔をついて内側から爆ぜたような凄惨な殺害方法のわりには、誰も加害者が逃走する姿を目撃していなかったのはこういうことだったのか。いくら月が天に昇らないことがない異世界の夜でも、こんな所を逃走経路に使われたのでは目撃者が出にくいはずである。

 返り血か、凶器についた血か、はたまた牙から滴ったものかはわからないが点々と黒い血痕が人殺しの帰り道を教えてくれる。


 レンガ屋根はお世辞にも整備されているとは言い難く、人間が上れば踏み抜いてしまいそうな不安がある。まあ猫には関係のない話だが。枕並みの軽さと四足の安定性があればどこへでも行ける、君とならどこへでも―――というのが猫界における流行のプロポーズだがどうでもいい。

 そういえばこっちの世界に来てから猫を見たことないなとか思いつつ、私は目印をたどっていく。あるじがこちらを見上げている眼下の路地では血の痕跡は消されて見つけられなかったが、路地からは決して見えないが屋根の上では注視するだけで血痕が見つかる。逃走経路に気を使う頭脳はあったが気を回す余裕はなかったのだろう。もしくはこんな所を通るのは猫ぐらいなものだと楽観視していたのかもしれない。


 屋根に上れないあるじを置いて私は進んでいく。昨夜見た血溜りとは(ウァル)とおっとっとくらい違うがたどっていくには十分だ。てとてとレンガ屋根の上を優雅に歩き、人が落ちる分には十分な隣の家との隙間を軽々と跳び越え、広い路地に出くわしたなら卵を産むくせに雄雌はっきりしない緑の生き物の如くあるじを踏み台にして、警察猫は進みゆく。


 露天商店といきかう人々で賑やかな街道から離れて、どんどん人気がなくなっていきたどり着いた場所は竹林だった。


 






「こーこ掘ーれわんわん、こーこ掘ーれわんわん」


 声を聞くだけで伝わってくる底抜けなアホさと見るだけで伝わってくる限界のないダメさを感じながら私はぼーっとしていた。



 優秀な警察猫の活躍で犯人の逃走先を割り出した私達がたどり着いたのは変哲のない林だった。地図的に言えば北東部にあたるのだろう、もう少し進めば街壁が見えるだろう街の外れである。街を囲う街壁の内側になぜ林があるのか不思議ではあるが、事情もしくは歴史があるのだろう。

 普通に考えれば街壁の後に竹林が出来たのだろうけど、私からすればハヤシよりもカレー派としか言えない。もちろん玉ネギ抜き。


 林の中ではあるがみっしりと竹が生えているので路地裏よりも明るい。竹は単葉植物なので細い剣のような葉を持ち、幹は細長いために日光をよく通すのだ。簡単に例えるなら天然の青緑のすだれのようである。

 とはいえ観光名所のような見どころのある場所でもない〈名もなき竹林A〉に留る意味もないのだが、私達はここで足止めを食らっていた。


 理由は簡単。

 追っていた血痕の道筋どころか血の臭いまでもがぱったりと消えてしまったのだ。よく野生の獣が地面を転がることで土や泥をつけて自分の体臭を消すのだが、それでも落ち葉などに臭いが残ったり転げ回った跡がつく。だがそんな痕跡などまったくなく煙のようにぱったりとなくなっているのだ。


 犬畜生ほどではないが私の鼻をふりきるなんて、なかなかやりおる―――なんて話ではなくほぼ不可能だ。あらかじめ用意しておいた水を被っても流れた水は土に染み、木上に移ろうにも生えているのは竹だけであり無理がある。臭いを完全に消すにはそれこそ翼をはやして空を飛ぶか魔法を使って消えるかという荒唐無稽な手段しか存在しないだろう。



「こーこ掘ーれわんわん、こーこ掘ーれーわ………わんわん? 君が、あの時の僕を助けてくれたわんわんなのっ!?」

 どんな手段でかはわからないが現に臭いがたどれなくなった以上、手詰まりである。


 さて困った、と悩んだ所で役に立たなかった猫とその後をついてきただけの人間に新たなアイディアが思いついたり仲間が駆けつけたりするはずもなく、時間だけが過ぎていった。

 そこで、私が先人の知恵を借りようと街門近くの厩屋(うまや)に宿泊していた鳥君を連れてきたら(手続きはサインが出来ないので肉球のハンコで済ませた)、先のとちくるったあるじの鼻声が聞こえてきたのだ。


「〈ああそうだ、俺があの時お前を助けたしがない犬さ〉〈私、あなたにもう一度会って言いたいことがあったんです〉〈礼ならいらないぜ、それとも俺に惚れたか?〉〈いいえ、あなたに伝えたいことはただ一つ―――――『ここ掘れ、わんわん』〉」


 ちょっとしたドラマが始まったと思ったら終わった。意味がわからない。もっと意味がわからないのはどこから手に入れたのかスコップなぞを使ってあるじが穴をあちらこちらに掘っていたことだ。

 何してはるんですか?

「穴を掘ってるんだよ」

 もし私に翼があったのならこの男を空まで連れてって地面に叩きつけてやりたい。

 スコップを地面に突き刺し寄りかかって一仕事終えたとばかりに汗をぬぐう様を見て馬鹿らしく思い、もう一度問いかける。

 どうして、穴を掘っていたんですか?

「ふふ、聞いてくれ猫よ。僕はとんでもない結論にたどりついたんだ」

 ………風が吹いたら桶屋がもうかるくらい結果が明らかですが一応聞いておきましょう。

「犯人の臭いはここで消えた。しかし、隠蔽したような痕跡はなかった。煙のように消えるか空へ飛び立たないかぎり有り得ないことだ。だがそこで僕はある一つの仮定を見つけたのだ」

 つつましくもアタタタタタタかな我が家?

「それは一つの家庭だというか世紀末すぎて温かさが感じられないんだけど。違う、一つの仮定とは、そう! 上が駄目なら下へ行けばいいじゃない。犯人は穴を掘って逃げたんだよ!」

 な、なんだってー(棒)

「これなら犯人の臭いが消えたのもうなずける。地面の下に向かわれたら流石に臭いでは追えない。いい逃走経路だね」

 あまりにも理論がとんでもすぎてどこを論破しようか迷っちゃう。

「だからこうして犯人を追いかけようと穴を掘っているのだよ! こーこ掘ーれわんわん」


 ゲームじゃねえんだから穴掘って逃げても跡は残るだろ! とか、地面掘るってモグラか! や、それにしたって穴の数が3つも4つもあるのはここを開墾する気か、と言いたいことはいくつもあるが先に一番大事なこと言わねばならない。


「こーこ掘ーれわんわん」

 あるじ、私という忠猫をそばに置いているのに犬に媚びるとはどういうことですか。

「それ大事? 別に媚びてるわけじゃないけどお前が不満というのなら止めるよ」

〈わんわん〉じゃなくて〈にゃんにゃん〉にしてください。

「あの、十代後半の男がにゃんにゃん言うのは少し厳しいものがあるんだけど……」

 わんわんは言えるのににゃんにゃんは言えないんですかそーですか。

「わんわんは男が言ってもギリセーフ。でも〈にゃんにゃん〉は男が言ってはいけないセリフで〈きゃーエッチー!〉に次ぐと思う」

 そうですか、私とあるじの縁もここまでということですか。

「たもとを分かつほどに重要なのか!?」

 はい、若手バンドの音楽性の違いぐらい大切です。

「それは建前で事実はメンバー間の女の取り合いだけどな!」


 どっちかというと芸風の違いだと思う、とこぼしながらあるじは言えばいいんだろ言えばとかなり投げやりな感じに言った。


「こーこ掘れにゃんにゃん、こーこ掘れにゃんにゃん」

 うわぁ………。

「なんだこの罠!」



 私のお茶目なジョークだというのに「もうこれ芸風の違いで解散するしかねーよ」とやさぐれてしまった。すわコンビ解消の危機か、甲斐性がないのに解消するとはこれいかに。

 あまり危機感なさげな私の思考に声が割り込んだ。


《それで》


 違う、鳴き声だ。


《己はこの漫談を聞かされるためだけに呼ばれたのか》


 Krrrrrrrrと低くいななくように喉を鳴らしたのは、竹林の影がかかっても金と銀の狭間の羽毛の輝きがすこしも衰えない鳥君である。



 実はあるじと私が愉快に会話していた今の今まで鳥君はちゃんといたのだ。しかも私はその背中の鞍の上にいた。鳥君を間に挟んであれほどの楽しい会話をしていたのだ。叙述トリックとか関係なく鳥君が何も口を挟まなかったのでついつい会話が弾んでしまった。ドッジボールの如く。



「おお、そういえばよく来てくれた」

 素で忘れていたのだろうあるじはスコップを担いで鳥君に話しかける。

「呼んだのはさ、ちょっと用があって。鳥君は厩屋というか動物専門の宿屋に泊ってるじゃん。だからここ最近の物騒なうわさについて他の動物から何か聞いてないかなーって」

 万策尽きたので知恵を借りようということで鳥君にお越しいただいたのだ。三人寄らば文殊の知恵と言うが一人と一匹と一羽が集まるとどうなるのだろう。

《噂、か………………》

 わざわざ連れてこられたこと自体には文句は言わず、記憶を探るためかしばらく沈黙した後、鳥君が口を開いたのでCV(吹き替え)・私でお送りした。


 ちょっと東の国で武闘大会が開かれるらしい。

 ものすごく西の〈黒き静寂の森〉のヌシが不在になっているらしい。

 すこし南では悪名高い人さらいの一味が惨殺体で見つかったらしい。

 はんなり北では変な人間と変な猫が現れたらしい。失敬な。


 物騒な噂には違いないが残念ながら範囲が広すぎてこの街の事件とは関連性がなさそうだ。

「………………そういうことか!」

 意味有り気に納得しないでください。あんたは推理小説で犯人じゃないのにアヤシイ動きをする傍迷惑な登場人物か。



 このままだと経済の流通辺りにまで話が広がりそうだったので、範囲を狭めてこの街付近に限定した噂を聞きだしてみると、興味深いことが聞けた。



《【魔力】の流れがおかしい》

 首をかしげたあるじの為ではないだろうが、鳥君が詳しく話し出す。

《魔力はどこにでも遍在するがゆえに、環境の変化に影響される。例えばこの林のような自然あふれる場所には魔力が溢れている。反対に自然のない街中では無いとは言わないが比べるまでもなく量が少なく質が薄くなる》

「流れ、ってのは?」

《言っただろう、環境の変化に影響される、と。逆に言えば環境が変わらない限り魔力の流れは変わらない。風が吹けば木々の葉が散るが枯れることなく、水が流れれば石を削るも長い時間が要する。自然の魔力の流れというのも同じことが言える。

 ―――だというのに、ここら一帯は自然に出来たとは思えない妙な魔力の流れだ》

「具体的にはどこがおかしいの」

《ふむ………言うなれば砂漠、か》

「砂漠………?」


 魔力の流れだなんて不確かな話なのに、いきなり具体的な例で出てきて逆に戸惑ってしまう。


《どこか渇いていて、そして乾ききってしまいそうで、掬おうとしても砂のように指の隙間から零れてしまうのだ》

「…………んー、魔法的なことはよくわからんから何とも言えないねぇ」

 指あるの? とは空気を読んだのか言わないあるじ。



 魔力=マジックポイントみたいなものだと考えていたが、人の中にあるだけでなく世界に宿るスピリチュアルなパワーでもあるようだ。魔法を扱えてもずるっこ能力なのでこういう基礎が全くわからないのも問題ではあるが、今はそれを気にする場合ではない。

 この緑あふれる竹林で砂漠を想起させるだなんて、どういうことなのだろうか。竹林は力強く天に向かって伸びていて、砂漠に生えてそうな緑の葉のない植物とはまったく結びつかない。



「んー………どゆこと?」

 同じことを思ったのかあるじは鳥君に尋ねる。翻訳するのは私なのだけども。

《目に見える植物に影響はないが………魔力の流れ――――実感がわかないのなら自然の流れとでも置き換えればいい。更地に風で種が運ばれ草花が芽吹き、次に背の高い葦植物がはびこる。次に低木が忍び寄り日の光を独占し草花を駆逐する。低木はより背の高い樹木によって減り、その足元に木漏れ日を求め、また草花が芽吹く》


 そして森が出来る、と鳥君は語る。それが自然の流れというモノ。複雑に見えて合理的な、水が高い所から低い所へ流れるように。


「つまり流れとしてはこの竹林が砂漠になるってこと?」

《否、既にここは砂漠だ――――――》


 魔力はあるが渇いている自然の流れが乾いている不毛の土地、と鳥君は言っているが、とてもそうとは思えない。鼻を動かせば爽やかとは言い難い、自然が強く感じられる竹独特の匂いが入りこんでくる。私には全くわからないが、この竹も枯れてしまうのだろうか。


《それはない。この場の魔力の流れがいくら乾こうが、林自体はみずみずしいままだ。そう時間も経たないうちに竹から溢れた魔力がこの場に満ちて元に戻る。多少、生長は衰えるだろうが、川が真夏でも干上がらないように、雑草をむしっても別の雑草が生えるように、この位では自然は揺らがない》


 自然の力ってすげー! とまっさらな心で叫びそうになるけども、その言い方からすると。


「魔力の流れが変なのは自然ではない人為的なモノに聞こえるんですけど………え、何、魔力の流れ的に砂漠にするって、【魔術】ってそんなこと出来るの?」


 今まで見てきた魔術師が使ってきた【魔術】というものは炎を出す、絶対防御の壁を作る、電撃を放つといった、原理はわからないがある意味わかりやすい超常現象だった。それに比べ自然の竹林を魔力的にとはいえ砂漠に変えるというのは素人意見だが毛並みが違う気がする。


《ヒトの技術には疎いゆえに知らん。だが、ここまで環境を変化させる―――【属性】まで付与してしまうのは無理があるだろう。【魔術】というのはむしろ無味乾燥とした流れであって、【属性】を〈抜く〉。そも、その場の魔力に影響―――つまり【風粒子】に干渉しうる能力は人間にはない》

「なるほど、そういうことだったのか!」

 わからないのに理解したフリをしないでください。授業についていけない学生か。



 と言うものの私だってたいして理解していない。話の流れあらなんとなくはわかるのだが、〈属性を抜く〉やら〈風粒子〉やらの知らない専門用語で詳細まで理解が及ばない。分野に造詣の深い人間特有の「暗黙の了解という名の説明メンドイ」である。質問をしたくても私達は魔法が使える設定になっているので、それもできない。やはりユニ先生にご教授願わねば。



 出来の悪い生徒である私達のためではないだろうが、鳥君がわかりやすく答えてくれた。

《これはどちらかというと――――人外の業だ》

「…………人外、ってーと、魔物、とか」

《その可能性は高い》

「どうしてそう思ったの?」

《人の【魔術】は体内の魔力を使うが、魔物の【魔法】は【風粒子】―――体外の魔力に干渉して魔法を使うのだ。自前の魔力だけでなく周囲の魔力をも取り込むことで、魔物は人よりも規模の大きい魔法を使用できる。

 そして自前の魔力でないが故に使い手の痕跡が強く残る。それにしても………痕跡が残りすぎだが》



 大型の獣の歯型がついた被害者。竹林には人外の気配。

 これはいよいよ、本当にビッグオーカミが連続殺人事件の犯人なのか。



「残り過ぎってのは………」

《そのままの意味だ。何者であれ【魔法】を使ったにしても流れが変わりすぎだ。意図的に変えたとしか思えないほどに魔力が薄くなっている》

「それってたくさんの魔力を消費するほどの大きな魔法を使ったとか…………」

《その可能性は高いだろうな》

「つまり何者かはここで魔法を使って足跡をごまかしたってことか。それでいてその場の魔力を使えるのは魔物だけ。んー、やっぱ獣説が有力なんだろうなー」


 魔法を使われてしまったのなら追いかけるのは難しいとはいえ、犯人の目星がつき始めたというのにあるじは浮かない表情だ。というよりこれは不満、だろうか。


 何が気にくわないんですか?

「気にくわないというか、なんとなく殺人っぽいなーって思ってたから腑に落ちなくて」

 殺人っぽい? 今までの捜査で何かそんな伏線が出ていただろうか?

「伏線言うな。なんとなく、だけどさ」

 それでもやはり奥歯に物が挟まったような言い様なのでちゃっちゃと吐かせる。ほら、カツ丼食うかい?

「探偵役にカツ丼食わせようとしないでよ…………気になったのはさ、目撃者がいないってこと」

 そこまで不自然ですか? 人を殺すのだから人目を避けるのは当然だと思うのだが。

「それは人間の立場から見たらだろ。猛獣がいちいち人目を忍ぶ必要があるとは思えない」

 そうですか? 私なら連続殺人を犯すなら警戒されると困るので同じように人知れず闇夜で葬っていくと思いますけど。特に魔物って今まで見てきた鶏やらスライムのように知能がありそうでしたから。

「んー、そう言われると反論できないんだけど」

 あっさりと白旗を上げて論破されるあるじ。


 それにしては納得がいっていないようですけど、やはり何かあるんですか?

「被害者三人の死因が右か左か忘れたけど胸がえぐられたから、だったよね。左右はどっちでもいいんだけどさ、同じように腕の一部分もなくなってた。だから僕たちは横から獣が喰らいついたのかと想像した」

 要領が得ない説明だがあるじ自身もうまく言葉に出来ないようで、でも私は続きをうながす。

「横から喰らいついて腕と胸の両方をもっていこうとしたら、さ。こう、腕と胸をくっつけないといけないよね」


 親指が左胸にそえられるかたちで、右手でもう片方の二ノ腕辺りをつかむ。手を獣として横から噛みついたのを表現しているのだろう。


「被害現場は路地だったなら、被害者は歩いていたってこと。歩いていたら腕は揺れるから、こう前後に。それだと腕と胸をいっぺんに掴めなくなる。傷口が綺麗に真横の線にならない。ということは、被害者は立ち止っていたってことだけど、真夜中の路地裏で立ち止まるか? 街中とはいえあんま治安は良くないぞこの世界。夜中にサンダルでコンビニに行けるような都市(シティ)じゃないんだぞ」

 そりゃあ……そうですけど。物音とかすれば不思議に思って立ち止まるくらいはするんじゃないですか。有り得ないって程では………。

「うん、有り得ないって程じゃあないんだよね。でも問題はそれが三人の被害者に共通してるってことだ。両者とも暗い路地裏で物音で立ち止まった――――よりも犯人がわざと物音をたてて足を止めさせた、ってほうがしっくりくる。それに三人とも同じ側の胸がなくなってた」

 つまり――――――

「―――――殺し方に癖がある」



 癖。

 技術を獲得する際に混入した、本来の動作には必要のない余分な動きのことを癖と呼ぶ。走る前に踵で靴を蹴る、ずれた眼鏡を手のひらで直す、紙をめくるのに指を舐める。それらの理に適わない意図せず組み込まれた不必要な動作は、本能という名の洗練されたマニュアルに従って動く動物にとっては有り得ない―――人間独特のものだ。

 動物は誰に教えられなくとも体臭の消し方を知っているが――――人間は、そうではない。


「まさか魔物だからって殺人術を学ぶとかはないだろ。獣は本能だけで十分強いんだから」


 そもそも獣は〈学ぶ〉することはあっても人間のように体を〈鍛える〉という概念は存在しない。牙は研がずとも鋭く、鍛えなくとも足はしなやかである。せいぜい休んで食べて体力を回復するくらいだ。


 じゃあ犯人というか犯獣は獣じゃないかもしれない…………?

「他にも獣なら変なところがいっぱいある。そもそもなんで街中で人を襲う? 街の外なら日没で門が閉じて閉めだされた人間がたむろってるのに。集団だから避けた? 逃げだす暇もなく一撃で殺せるなら隙なんていくらでもあるだろう。人目につかないこんな場所から街中に忍び込むより何倍も楽なのになぜそっちを狙わないんだろう」



 またややこしくなった話に私は頭がくらくらする。

 やはり人間が犯人な気もしてきた。というか現時点では情報が少なすぎて特定は無理だ。もうこうなったら犯人当てするよりも捕まえた方が早い。

 免許制かは知らないが名探偵の資格を持っていないので、これ以上の推理は徒労だろう。ざくざくとまだ穴を掘るあるじほどではないが無意味である。そろそろ穴を掘りすぎてあるじの頭が見えなくなってきたのだがどこまで掘る気だ。



《何のために》

 無駄にいい汗をかいているあるじを見下ろしながら、鳥君がつぶやいた。

《何のために、そこまでするのだ?》

「なんのためって………?」

 あるじは穴から這いあがりながら問い返した。

《犯人探しだ。そこまで真剣にことにあたる必要はないのではないか?》

「いや、まあ、約束だし。言ってなかったけど、犯人探しは月の塔の鍵を開けてもらうための交換条件なのさ」


 歯切れの悪い答えに納得できなかったのか鳥君は続ける。


《そうであったとしても、月の塔の探索に専念すべきではないか? そもそも犯人捜しを依頼した女もせいぜい情報収集くらいにしか考えてなかろう。逃走経路を割り出し犯人像もおぼろげながら特定した。既に十分な責務を果たしているのではないか?》



 手を引くべきではないか―――――それは思わぬ意見だった。数週間の旅路を背中に乗せてもらっていたとはいえ、今まで和やかな会話らしい会話もない、言ってしまえば仕事の付き合いだった。私達の身を案じたわけではないだろうが、少なくともお姫様に従う変な人間と変な猫以上には見ていないだろう私達にこんな助言めいたことをするとは。



 違和感とまではいかないが今までにない鳥君の言葉だとあるじも感じたのか、汗を垂らしていた顔を上げる。

「まあ、そうだろうけどね。さすがにセニスも犯人逮捕までさせる気はないみたいだったから、逃走経路を割り出しただけでも十分なんだろうけど…………」



 この手のことはいつも避けているはずなのに、弱い語尾ではあるが明確にこの件から下りる気はない、とあるじは言った。いつの間にこんな乗り気になったのだろうか、と少し驚く。

 恐ろしい厄介事には背を向けて逃げだすあるじの小動物的性格を、短い付き合いながらも把握しているだろう鳥君はいぶかし気である。



《正義感か?》

「? 悪代官の友達みたいな名前だな」

 むしろ敵側でしょう。というかこの人、正義感の字面も知らんのか………。

《死体のためにか、と問うたのだ》



 死体のため。駆けつけた時には出来立てほやほやで、人間だった時に一度も出会うことのなかった。正義感の字面すらも頭の中にないあるじは、死体に何かを感じて犯人探しをしているのだろうか。



「死人を悼むことはあっても死体に思い入れするほど易しい人間じゃないよ。死体を見るのは初めてじゃないしね。元の世界じゃあ殺し(タナトス)なんて物騒な職業があふれてたくらいだ――――この世界でも初めてじゃあ、ない」



 路地裏の世界を生きてきた私達にとって死体は身近なものだった。紛争地帯や不毛な土地と違った意味で、命が軽い世界。一万人を救うために百人が殺され、一人を殺すために百人が巻き添えになる。よくこんな言葉を耳にする。〈人の命は数の問題ではない〉、その通りだ。人の命には順列が付けられ天秤の両側に同数の命を乗せても釣り合わないことが多い。貧乏人よりも金持ちが多くの雇用を生み、一般人の死よりも有名人の死が悲しまれる。影響力の大きい一人よりも、死んでも誰も気づかれない一人。人の命が純然たる数字よりも冷たい数値の問題として計算された、そんな世界だった。

見も知らずの死体に思い入れが出来るほど、余裕のある人生では―――ない。



「それに死人にしてあげられることなんて、何もないんだから。死人は消えるだけで天国もなければ地獄にも行かないんだから、現実的に考えてね」


 冷たいともとれるあるじの言葉だが嘘偽りはない。では、何のためにあるじは首を突っ込むのだろうか。一度かかわったのだからと最後までやり通すような責任感はなく、謎があれば関係者が全滅しようが推理する根性もないはずなのに。


「まあ、いつも通り状況に流されるまま現実から逃げるままに浮世を揺蕩(たゆた)うのさ!」

 HAHAHA! と笑いながら話を打ち切ろうとするのは胡散臭すぎる。本人の脳内では歯がキラリと光っているつもりなのだろうが。

 その姿を見て鳥君は鼻を鳴らす。

《つまりあの女のご褒美のためか》

「何で知ってんの!?」

 動物の情報網を舐めないでください。

「お前がしゃべったってことか!」

 女の子からご褒美をもらうためにがんばるんですよね、わかります。

「僕をそういうキャラにするの止めて! 別にセニスがご褒美とかそういうんじゃないからっ! ああああああ否定してるのに自分で首を絞めている気がする!」

《セニス、か……………》


 取り乱させておきながらあるじを見もせず、意味有り気に鳥君がつぶやく。どういう意味かと問う前に鳥君は話題を変えた。


《それにしても、穴を掘りすぎだろう》


 ぼこぼことちょっとした落とし穴になりそうな深さで、そこら中に掘られた穴が空いている。骨を隠す犬じゃないのだから、いい汗をかく程に掘るなんてなんてやり過ぎのアホである。が、そうではなかったようだ。


《タケノコでも掘っているかと思ったぞ》

 他愛ない鳥君の一言であるじの目が泳いだ。

「………………」

 よく見てみると穴の深さは一様ではなく、浅く掘られて放置されている穴もいくつかある。そしてそれらの穴の底には何やら尖がった物体が泥をかぶっていた。ここは竹林なのだから、その何かは考えるまでもない。

 積極的に事件に取り組んでいて成長したなあと見なおしたと思ったら……………!

「・………………」

 申し開きは?

「あれれ~穴を掘ってたら何か出て来たぞ~」

 お前をその穴に埋めてやろうか。


 わざとらしすぎる演技に、勝手に裏切られた気分になっていた私は目を細めてすがめる。怒気を感じ取ったのか慌てて弁解を始めた。


「でもお金もないんだから自給自足しないと! 犯人探しもできて一石二鳥じゃないかね!」

 言葉ヅラだけだと最もだが私は騙されない。

 実は穴掘って逃げたなんて全然思ってないですよね。普通に掘ったら周辺住人に怒られるかもしれないからうまいこと理由をつけてタケノコをかっさらおうと考えてましたね。

 基本的に雑草魂にあふれる人だということを忘れていた。下手にむしって残った根だけで成長を続けるたくましい子………! 



 意外と犯人探しもセニスにごはんを融通してもらうためなのかもしれないと思うと、あるじの内心を考えていたのは〈作者の心中を答えろ〉という学校のテスト問題並みに無意味なことかもしれなくて溜息しか出ない。まあ異世界に渡ろうが住む場所が変わったくらいでは猫だろうがそうそう変わらんがな。



 でも、あるじ。

「なんだい猫」

 タケノコって調理するのに6時間くらいかかるんじゃありませんか?

「…………………」

 雑草ソムリエであって普通に食べられる植物にはあんまり詳しくないあるじにとって、予想外だったのか言葉もなく息を飲むのが伝わる。

 …………………。

「…………………生じゃ、無理かな」

 どうやら今日のお昼もお預けのようだ。





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