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Lv12―この猫様が目に入らぬか

「ジャンレイ。この中継街で生まれ育った生粋のアルラントっ子。当然、男。

 身長は170くらい、体重―――無論生きていたころのな―――62くらい、歳は28、誕生日は紫ノ月、まだ遠い話だったな。髪の色は灰黒、肌の色は褐色、瞳の色は茶褐色。生前に患っていた病気はなし。

 職業は石工、師はハング・メイスン。腕はあんま良くなかったみたいだな、だが真面目だったようで評判は良かったようだ。

 父親はアィク・カーター、母親はタァナ。父親は子供のころに蒸発、母親の一人手で育てられる。もともと体が弱かったそうで、その母親も今年の白ノ月に亡くなったそうだ。

 ……………………おい俺の話をちゃんと聞いてんのかい」

「あぅ? ああ、聞いてるよ聞いてる。犯人はヤスだよ」

 その瞬間、白衣少女セニスの拳があるじの腹に吸い込まれるようにして決まった。ほれぼれするほどの一撃をくらってうめき声すら漏らさずあるじは椅子から崩れ落ちる。

「俺の話をちゃんと聞けよ」

「……………………」

「おい、本当に聞いてんのかい?」

 床に倒れこむあるじを白衣少女はげしげしとやめたげてよお! と言いたくなるくらい蹴るが、反応はない。本当に気絶したようだ。

「人の話を聞かず眠りこけるとはいい度胸だな」

 自分で眠らせといて、なんという理不尽。


 死者に鞭打つというか蹴りまくるのはもはや格闘ゲームのハメ技、友人にこんな仕打ちしたら画面外でリアルファイトになる。まあもしゲームだったらとっくのとうにKO(ノックアウト)マークがでて試合終了しているが、ゲームでないのだから蹴りを止める者は存在しない。


「おい、起きないと引っこ抜くぞ」

 起きてくださいあるじ! 大変なコンボが決まろうとしていますよ!

「くっ……………僕は、こんなところで、倒れる訳には……………!」


 悲痛な叫びに応えるようにしてあるじは再び立ち上がる。いったいどこにそんな力が眠っていたのだろうか。いや違う、眠っていたのではない、私の叫びに力を与えられたのだ。倒れる訳にはいかないと、今にも崩れそうに震える足であるじ選手は、立ち上がった――――!


「だから人の話を聞け」

「ごぶぅっ!」

 だがあるじ選手ふたたびダウン――――!


 フラフラになりながらも立ち上がった人間に再びボディブローを打ち込むというルール違反というより良心が大丈夫か? 的な一撃はときめきさえ覚える。直接食らったあるじは腰砕けメロメロになった。


「聞き逃すのはいい、早口で聞き取れないこともあるさ。聞き間違えるのもいい、言葉とはそういうものだ。聞こえないフリもいい、鳥の声と違って耳障りがいいとは限らないからな。だがな、耳をふさいで聞くこと自体を拒否するのを許容する人間はいねーだろ。すくなくとも俺はしないぜ」

 若干だが眉が鋭角になっている白衣少女は、気絶して動かぬあるじへ椅子か何かにするように腰かけた。


 彼女がご立腹になるのも無理はない、話しかけているというのにあるじは見ざる言わざる聞かざるで独り人間鎖国を行っていたのだ。怒るのも無理はない。人道には反するが猫道としては気絶した人間を椅子にするなんて尊敬に値するけど。


 座ったことで近くなった目線を、あるじの傍に控えていた私に向けてきた。

「まあいい。それなら猫さんに話すとするか」


 その言い方は独り身の女性が寂しく飼い猫に話しかけるような独り言の延長線の声ではなく、返事を期待する、まるで私に話が通じるかのようだった。


 まさか、と思いつつ反応してみると彼女は予想を裏付けてくれるようなことを言う。

「俺は動物の友人が多い。昔からの親友も一人、というか一羽そうだ。話くらいならまあ出来る。君の(あるじ)ほどじゃあ、ねーけどな」



 この中継街に来て――――もっと言うとこの『異世界』に来て二人目の猫と話が通じる人間。もといた世界に限ったことではなく動物と意思疎通するのが難しい―――それこそ猫を引きつれて話しかけるあるじが奇妙な目で見られる―――のは変わらない。

 動物である私と話が出来るという理由は今までの経験からして二つくらいだ。動物とふれ慣れているか、読心にすら至る洞察力を持っているか。



 そんな人材にこうも立て続けに遭遇するなんて―――――

「動物と会話できるのがそんな珍しいかい? まあ、便利な技能ではあるけどな。兎とかと話ができたりな」

 摺れた大人じみた言動の白衣少女が、年頃の少女らしいことを語りだして頬が緩む。森の中で兎と遭遇した少女。話しかけるが兎は逃げだして物陰に隠れてしまう。兎はひょこりと顔を出して二つの瞳でじっと警戒する。それでも少女が根気よく話しかけると、ひょこひょこと近づいてきて少女が抱き上げても抵抗しない。

「走らなくていいから便利だ。向こうからやって来たらあとは煮るなり焼くなり………」

 そして少女は兎を頭から丸のみした。ファンシーな光景が一気にバリボリという音でワイルドな狩猟生活に早変わり。聞きたくなかった本当は残酷な異世界の話。

「そんなことより〈アレ〉の話だ」


 白衣少女―――セニスは眼鏡を布で拭きながら指を向けるだけで示した。


「今は恋人や縁者はいない、つまり無縁仏だそうだ。まあ、ここにいる以上当たり前だけど。無縁仏でもないと検死なんてさせてくれる遺族は少ねーからな」


 ちょうど目線と高さの〈アレ〉―――――暗闇の街かどで見つけた男性の死体が診療台に横たわっている。

 狭くもなければそれほど広くもない診療所内ではほんのすぐそばであるのに―――さすがに顔には布が掛かっているけど―――この人間二人は馬鹿なことをやっていた訳だ。








 急に酒場から飛び出した着物少女を追っていたら何故か死体を発見するというなんかもう本当に名探偵な事件遭遇率である。遭遇率にだけ主人公補正がかかってその他ステータスは最低ランク(そのまんま)とかライオンの群れにカピパラを放りこむようなものだ。だが残念ながらあるじには未来に化ける要素はない。


 死体とこんにちはして「初めまして、元気してる? そういや死んでたっけあっはっはっ」などと不謹慎なブラックジョークをかます間もなく、あるじは見て見ぬふりをしてその場から逃げだそうとした。

 名探偵なら事件に首を突っ込むと真相に迫るのだろうが、一般人だと余計なことを知って消されるフラグだ。むしろ不審者として容疑者で捕まる。

「無知は罪で無職は罰なんだよ…………」

 罰というか業。社会的信用がないのは自業自得である。


 だが、誤算があった。それは首を突っ込まなくてもあるじは不審人物であるということ。無駄な問答をしている内にあれよあれよと捕まってしまったのだ。

 発見者に報告されてやってきた医者―――セニスに。


 発見者はこのどう見ても即死しているだろう状況だというのにまず医者である彼女を呼んだのだろう。死人を見つけた時の対処としては間違っているが、人としては正しい。

 駆けつけたセニスに見つかり、これ幸いと現場検証・死体運び、その他聞き込みを手伝わされて、このセニス診療所に戻ってきたのだ。

 結局、着物少女を見つけることはできず、タカシホツメズが追いついて来ることはなかった。








 昼に来た時はなにも思わなかったが壁に鳥の剥製が一羽丸々飾られているのが眼につく。宝の地図のように赤く×印が付けられた古い地図はこの街のものだろうか。他にもどう考えても診療所にふさわしくない血塗れの剣が飾られていたりと、改めて見ると異様な部屋模様である。


「死因は失血死、見ての通り左胸部の損傷による、な。それに左上腕部の損失を含めてもいいが、こっちは瑣末なことだな」

 異様な部屋のヌシが言う通り、ベッドの上の男には左胸と左腕がなくなっていた。

「正確には胸骨から左脇にかけて第三、第四、第五肋骨を丸ごと、左肘の手前から腕の付け根まで上腕部分が根こそぎだな」



 診察台に寝ている男性には確かに、彼女が言った箇所がない。診療台を一杯に使う体格ではあるが、遠慮しているのか身を寄せてというか文字通り身を削って狭く使っている。おもに左胸あたりが。

 その部分からのぞいている部分を広いととるか狭いととるかは人それぞれだろう。医療関係においてシーツの色は白と決まっているのは、清潔感があるというのと汚れを見つけやすくするためだ。だが、彼が鎮座するシーツには白だけではなく別の色が浮き出ていた。

 藍に近い紫。

 輝いているのに暗いという矛盾をはらんだ(リヒト)。二重円の内側に絡まりあうように描かれた二等辺三角形と黒十字――――――【魔法陣】の光。


 死んだ人間というのは、もう人ではなくナマモノでありそのまま放置していたら腐敗だけではない様々な現象が起きる。ベッドの上に常温で放置するなどもってのほかだ。それを解決しているのがこの魔法陣らしい。痛々しい(死んでるけど)傷口からまだ体内に残っている血液が漏れ出してないのもそれのおかげだとか。なんでも時間を停止させて死体の変化を止めているらしい嘘臭い。



「正確に言うなら停止じゃなくて停滞な。それも対象は時間じゃなくて遺体の液体の動きだけ。どうせ明日には火葬するから腐敗まで止める必要はない。というか、時間なんて停止できてたまるか」

 どうやら魔法的に考えても時間を止めるというのは絵空事のようだ。

「さて猫君、この遺体を見てどう思う? 率直な感想を述べてくれないか」

 そうですね。今まで幾千もの危機を乗り越えて血なまぐさい事件に出会ったりもした私にはわかりますよ。私の考えでは、この男性は死んでいます!

「そうだな、この傷跡が問題だ」

 無視された。

杙創よくそう――――槍か何かで貫かれたかのような傷跡だが、こんな傷を作ろうと思ったら巨大弓(バリスタ)ぐらい持ってこないと無理だろうな。少なくとも槍の太さじゃあない。だが、あんな街中にそんな攻城兵器があるはずもない。では、この傷はどうやって出来たのだろうか」



 パンチでくりぬいたように穴のような傷。しかしよく見てみると違う。パンチを使うのは書類にひもを通す穴を開けるためで、こんな穴ではひもを通しても書類を綴じることもままならない。

 穴というより窪み。

 窪みというより削り跡。

 削り跡というより(えぐ)られた跡。

 パンを噛みちぎった跡。

 獣に喰いちぎられた後。



「君の言う通り、そう考えるといくつか腑に落ちる点があるな。この傷だが」

 動かない座布団の上であぐらをかきながらセニスは遺体の傷を指さした。

「前面と背面の傷口が内側に潰れている…………前面はともかく背面が内側に潰れるのはおかしいな。こう、前から貫かれたとする」

 セニスは顔の前に傷一つない自分の左手を持ち上げる。手のひらを右手の指でぐぐっと押すと、くにゃっと左手がくの字に曲がった。

「こうやって前面は押し込まれるが背面は突き出すはず。だが傷口は両側とも内側へ潰れている。こういう傷を創るには………前背同時に挟むようにして潰されないと出来ないな」

 爪切りのように、万力のように、トラバサミのように。



 改めて見ても、酷い傷である。欠けた肋骨やらちぎれた筋肉や背骨が丸見えで、痛々しい。意味がないとわかっていても手当てをして治したくなるが、欠けた部分が〈なくなっていた〉ためそれすらも出来なかったのである。



「欠損した部位………(えぐ)られた左胸と一部左腕はどこにもなかったから補修すらままならない。明日には火葬するとはいえ、なんとも言えないね」


 血溜りの中にも、暗闇の中にも、どこにもなかった。あんな大傷でまともな形を保っているとは思ってはいなかったが、それらしきものすら見つからず、少なくとも血の匂いはあそこだけで完結していた。

槍とかその他凶器で貫かれたのなら肉片が、何より欠けた肋骨やらの骨が辺りに散らばるはず。それが無いということは持って行った……………というよりはまあ、アレなんだろうけど。


「だけどその獣犯人説にはいくつか不可解な点がある。わかるかい?」

 普通に考えれば、なぜあんな場所に獣がいたのか、ですよね。



 街外れとはいえちゃんとした街中である。特にこの街は周囲を城壁ならぬ街壁で囲まれているほどだ。

 なんでもここアルラントは三つの国につながる要衝地なのだとか。三国に挟まれた中継街であり交易街であるために警備が厳しいらしい。

 そういえば街に入るときも検問があって、中に入れずあぶれた人たちが兵士がたたずむ門の前で堂々と露店を開いていたのは商魂たくましいなあと感心したものだ。



「街門の警邏は常に行われている上に検問もある。獣が入る隙はない、あったら職務怠慢だぜ」

 普通に人に連れられて入ったのでは? こう、ペットみたいな感じで。

「そこでもう一つの不可解な点だ。あの傷口は確かに獣の噛み口………奥行きがあるから、犬系か。狼とかか? 傷口の潰れ方は均一だから、数回に分けた噛みついた形跡じゃあねーな。

 まともに考えて一口で人間、それも成人男性の右腕と上半身半分をもってくほど大きい顎を持つ動物なんているのか、ということだよ」


 そうだ、アレが獣の噛み口だというならば、成人を数口で食べきってしまうような大きさの獣がいるということ。大きさを想定するなら三メートルはあるかもしれない。(ティーガー)(ヴォルフ)どころかスーパーベアー級だ。少なくとも猫である私なんて一口でぺろんとやられてしまう。


「そんな大きさの獣はいないこともないが、こんな街中に出て来るとは到底思えないな。食べる物目当てにしても周りの自然で調達する方が楽だし安全だ」


 そもそも獣は人里がかなり苦手だ。1メートル半もある動物が類をみないほど大きい群れで生活しているのだ、強靭な肉食獣であっても背に腹を変えられない事情がない限りまず降りてこない。


「少なくともそんな猛獣はどんな権力者が連れていようが検問は確実に通らないな。ああ、それと魔術を使っての線もない」

 無敵の魔術で何とかしたんじゃないですかー、と言おうとしたら先読みされた。

「魔術を使って獣を侵入・隠匿することは出来なくもないが、そこまでする必要あるか?」



【魔術】。

 異世界の代名詞とも言える物理法則ではない法則に則って起こす現象。

 指先に火を、虚空に雪壁を、刹那に雷光を呼び出す埒外。

 空想の産物である【魔法】ほど便利ではない、現実に存在するが故に制約がある【魔術】。



「魔術は無敵じゃあない。それに魔術を使って隠匿しているならもっと上手に事を運ぶだろ。こういうことが露見する時点で人間の強力者がいるとは思えない」

 いや、そうじゃなく【魔術】で偽装したんじゃないですか?

「偽装って……………噛み傷をか?」


 遺体の傷をごまかそうとするのは何も珍しい話ではない。現場に関係ない人間の指紋や髪を混ぜたりと細工をして捜査撹乱するのは、今の時代となっては恥ずかしいくらいのよくある話だ。


 虚をつかれたように三つ編みをいじっていた手がとまるが、セニスはあっさりとその可能性を認めた。

「ふむ、その可能性もあるな。じゃあその可能性を含めると二つだな。

1、僕らの街に獣がやってきた。

2、【魔術】で偽装しただけで獣なんていない。魔術師が犯人。動機は不明。

 こんなところか………」



 小説の探偵役っぽく情報をまとめ可能性を提示するが私は聞いちゃいなかった。

 事件に首を突っ込むなどあるじの性格からして有り得ないし、街かどで出会っただけの死体に同情するほど私は優しくもない。


 たとえ加害者が魔術師だろうが森の職安からあぶれて街にやってきた熊のプー太郎だろうが私達にはなんの関係もないのだ。


「そうだな、加害者が何だろうと〝被害者はちゃんといる〟んだから関係ないよな」

 私の言葉尻を捉えただけなのだろうが、妙に強調した言葉にいやな予感がした。その時点で口を開くセニスを止めるべきだったのだろう。でも止める者は誰もいないんだから仕方がないよ。私はもう興味がなくなっていて話半分に聞いていただけだし、あるじは未だに身をていして少女のお尻を守っている。



「被害者が〈人間〉なんだから探し『人』に間違いはない」



 探し人。

 月の塔を案内する代わりの頼みごと。

「探して欲しいのは《次に被害にあう人間》だ」

 探すのは人。被害者。獣に喰われた痕跡がある被害者。次に。未来形。

「…………………」

 頼まれるのは狩られた獣の毛皮のように絨毯となっているあるじ。無論、返事はない。ただのあるじのようだ。

「返事しろ。起きて話を聞いていたのはわかってるんだからな。気絶したふりしてやり過ごそうとするな」

 ぴくりと座布団となっているあるじの肩が震えた。どうやら起きていたようだ。でもうつ伏せになった顔を上げようとはしない。ネタがあがったというのにまだシラを切ってこの場を切り抜けるつもりのようだ。


 無言でセニスの手がすっと動いた。あれは飛ぶ虫を見つけた私と同じ、獲物を狙う動きだ。獲物はなんだかは言うまでもない。

 引っこ抜かれる恐怖を感じたのかあるじはビクゥッ! と跳ね起き―――ようとしたがセニスが座っていて起き上がれずエビゾリになって顔を上げた。


「あのですね、今の話を聞いた限りではヤバイ匂いしかしないんで別の仕事を」

「実はな、この通り魔というか通り狼は今回が3人目なんだよ、獣に喰われたかのようなの」

「人の話聞いてというか今さりげなく重要なこと言わなかった!? 三人目って連続殺人事件ってことじゃないか」



 連続殺人事件。

 獣にしろ魔術師にしろこんな特徴的な殺し方をしているのだから、同一の存在だろう。

 つまりスコア三。既に三人分の経験値を持っている。



「二巡り目くらい前と四日前の夜にも似たような事があって、俺が()たんだが似たような手のつくしようがない状態でな。こうも患者に死なれると医者としての沽券に関わる」

「コケンってなに? 狐を動きから編み出された幻の拳法?」

 それは狐拳ですというかあるのか? 蟷螂拳があるのだからあってもいいが。あ、いや猫拳がないのだからないだろう、間違いない。

「手を施しても患者が死ぬのはしょうがない。命とはもとよりそういうものだ。だが、手を施すことすらしないのは別の問題だ」

「医者の鑑だな。素晴らしい人だ」

「セニスちゃん困っちゃったなー、と思ってたらちょうどよくパシリに使えそうな人間が現れたじゃあないか」

「最悪だなアンタ! 人をパシリ呼ばわりするとは風上に置けない。何を買ってくればいいですか!」

 牛乳と猫じゃらし買ってこいや。

「お前もさり気なく便乗するな。それとセニスもさ……」

「それでどうやって厄介事を丸投しようかと考えていたらちょうど上手いことそっちも俺に用があってシメシメと」

「くそっどいつもこいつも人の話きかない!」


 珍しくあるじが振り回されている、と思ったけどこれが通常のあるじだった。こっちの世界に来てからの最近のあるじは微妙に『らしくなかった』。こうやって回りに振り回されるのがいつもの主だ。


「…………………それで《次に被害にあう人間》ってどういうことさ」


 先に根負けして状況に流されるのはどっちの世界でも変わらないけど。

 外見はあるじよりも年下に見えるセニスは年齢不詳なニイィとした笑みを浮かべてあるじの上で足をあぐらに組み直した。


「文字通りの意味さ。こうも三回続いたんだから、次もあるかもしれねーだろ。医者としては手を尽くしたいんだよ。だから探して欲しいのは、《次の》だ。意味わかるよな」

「………………どう解釈しても犯人捕まえろとしか聞こえないんだけど」

「そんなことは言ってねーぜ。治療目的なんだから捕まえる必要はない。死ぬ前に被害者を確保さえできればいい」

「……………今までの被害者に共通点ってあったの?」

「今のところ不明。性別が全員男ってくらいか。あとで資料渡してやるから推理してたらどうだ。犯人が人間だったら次の被害者のアタリをつけられるかもしれないな。獣だったら意味ないけど」

「それってさ、事前に見つけられないなら一般人が被害者になるリアルタイムで発見しろってことだよね。加害者の方はかかわりたくないし……………被害者って即死じゃなかった?」

「即死だな。死因は確実にこの喰いちぎり」

「それってさ、即死の手前ってことはさ、生きてるって素晴らしい! ってことだよね」

「生きていることが素晴らしいかは人生観にもよると思うが、そうなるんじゃねーかい。殺す前から死んでいるなんてことがない限りな」

「それってさ、死人をこれ以上出さない、言い方変えるとこの連続殺人事件を止めろ、ってことになるよね」

「それが目的じゃねーけどな。治療するのが医者の役目であって、殺人を止めるのは衛兵の仕事だ」

「それってさ! どーーーーーーーしても犯人に相対する必要があるよね! 三人も獣のように喰い殺した奴とさ!」



 人探し。被害者(予定)探し。しかし、共通点その他手がかりほぼ無し。有効な手段としては、リアルタイムでの殺人現場へ遭遇。


 家政婦ばりに現場に遭遇する方法はともかくとして、少しばかり想像してみる。黒タイツ姿の正体不明な殺人犯とハンチング帽をかぶったあるじ。「犯人はお前だ!」と指さし高らかに叫ぶと黒タイツは四つん這いになって襲いかかりあるじを丸のみした。ここまでの想像は余裕すぎる。


 自分でも想像できたのか「ヤバいよ。何がヤバいって探偵よりも第四の犠牲者になる方が違和感ない所がとにかくヤバイ」と喚いてあるじ。


 しかし無駄骨だろう。無様に地面に伏すあるじと、その上で横柄に蛮王の玉座のようにあぐらをかいて座るセニス。構図上はもう力関係がかなり明確になっているのだから。



「受けてくれるよな」

「いいえ」

「そうか引き受けてくれるのかい」

「あれ? 今たしかに断ったはずなのに話が進んでるよ」

〈はい〉を選らばなくても話が進むなんて初心者にも優しい設計ですね。

「難易度ハネ上がってるけどな」


 人探し→リアルタイム殺人現場探し。

 足しげく色んな所を歩きまわって浮気調査をする探偵→全国を歩き回って悪を暴く二人のシモベを従えた将軍様へ、くらいの変化である。


「がんばるから印籠くれ印籠」

 あれって権力の象徴なのにいいんですか? あんなに権力を嫌っているのに。

「そんなことを疑問に思う猫にいい言葉を教えてやろう。

『権力こそパワー』!」

 目からウロコというか情けなくて涙が落ちます。

「印籠あれば何でもできる。幕府の権威をかさに着れるしお爺ちゃん含めた三人だけで悪党ぶちのめせるし捕獲確率も上昇するし就職率もアップして恋人だって出来るんだぞ」

 マジすか、印籠ハンパないですね。後半のせいでかなり胡散臭くなっていますが。

「猫より役に立つのは間違いないな」

 このつぶらな瞳が目に入らぬか!

「ああつぶらな瞳で見つめられると何も言えないってどんな悪党だよ!?」

 こんな逸話をご存知でしょうか。


 

 大昔の埃及(エジプト)では猫を神のごとく崇めていたという、素晴らしい王国があったそうな。強靭な兵士たちを従えていたのは猫による加護があったのかもしれない。それをよく思わないのは敵国。攻め入ろうにも兵士は強く猫による結束力で何倍もの力を発揮する。戦争になった時、敵国はその結束力を逆に利用しようと考えた。なんとあろうことか兵士の盾に猫をくくりつけたそうな。「猫様に歯向かう愚か者よ、我が正義の剣をくらえ!」「くくく、いいのか? お前が斬りかかってくるというのなら俺は防ぐぞ。この猫が縛りつけられた盾でなあ!」にゃーん(お腹減ったの意)「おのれ卑怯な! 猫様、今助けます!」にゃーん(うるさくて眠れないの意)。しかし猫兵士たちは手も足も出せず負けてしまったそうな。



「長々とした小話はそれなりに面白いけど、何が言いたいのさ。お前のこと盾にしていいの?」


 想像してみた。黒タイツ姿の正体不明な殺人犯と眼鏡をかけて蝶ネクタイを結んだあるじ。「真実はいつも画数18!」と指さし高らかに叫ぶと黒タイツは四つん這いになって襲いかかった。「猫ガード!」シルクハットと片眼鏡をつけた私を持ち上げて盾にする。そして私とあるじは丸のみされた。ここまでの想像、余裕です。



「内容がどうであれ、俺はお前に押し付ける気満々だからな。引き受けてくれるよな」

 ……………丸のみですよね「盾にするなんていけないことだよね」と情けない未来に翔然とする私達に無常なセニスの声がつきささる。

「彼のためにもさ」



 私達は引き合いに出された頭上の彼を、ちらりと見上げた。

 独りでに帰り支度を始めたりするわけもなく依然として遺体はベッドの上に鎮座している。

 生きていれば文句の一つや二つ出そうな不謹慎な私達の態度であるが、まあ生きていたら不謹慎じゃないけど。日常的に死に触れる医者と、弱肉強食の猫と、危機感が鈍いヘタレ。生死観が軽いのは仕方がない。



「見も知らない男のために仇をとろうとは思わないけど」

「アリナが受けないと……………とりあえず4人目が出るのは確実だな。衛兵が警邏をしているが、いかんせん3人の被害者が身寄りのない人間で、まだ本腰じゃない。好き好んで首を突っ込む人間もいねーだろう。それにこうも三人もの人間を凄惨に仕留めた存在を止められるとも思えないな」

 手を合わせて黙祷するあるじを追い込むようにセニスは告げる。

「…………………セニスは?」

「なんだ?」

「セニスも魔術師なんでしょ。なら……………」


 虚をつかれたからか少女らしいあどけなさをもった柔らかさできょとんとした。

 ベッドの魔法陣は紛れもなく魔術のものだろう。


「んー、ソレは魔術とはちょいと違うモンなんだよ。俺はちょいとした欠陥でな、まともな魔術が使えないんだ」

 この時点である程度あるじの腹は決まっていたのかもしれない。歯切れ悪くあるじは繰り返した。

「……………………欠陥、ねぇ」

「荒事はそもそも専門外だ。医者がそんなことするわけにもいかなしな」

「でも人を尻に敷くのは良いんですねわかります」

「実力的にもお前しか出来ないだろうな、断言はしないが」

「すげえ人の上に居座っている現状をスルーしたよこの人。ま、まさか僕の隠された実力を知っているとでも……………!」

 あるじ知ってますか? 埋蔵金って存在しないんですよ。

「『月の塔』を登ったんだろ。一人と一匹で16階まで。実力的には充分だ」

「あ」

 地味に実力を知られていた。



 ふむ、つまりあるじがこの診療所に押し掛けてきた時点で厄介事を押しつける満々だった。何やら月の塔に逗留する様子で、あの塔と書いてダンジョンと読むを登るならそれなりに荒事に馴れている可能性が高い。詳しいことを教える前に約束を取り付けて、案内した月の塔を登った階層で実力を推し量る。

うーむ、よく考えているな。



「受けるにしろ受けるにしろ、月の塔を登りきるまでこの街にいるんだろ。付き合えよ」

「受けないという選択肢はどこへいった」

「受けるにしろよ受けるにしろよ」

「サブリミナルだ! 同じフレーズを聞かせることで無意識を誘導する気だ! まあ、選択肢がないから仕方がない、かあ……………」

「ないのは選択権だけどな」

「命賭けたりしなくていいなら、出来る範囲で…………」

「それでいいさ。何でもするというより好感が持てる。何でもと言う奴に限って何もできないからな。自分の手の広さの限界を知っている人間は、出来ないことがあっても事態を悪化させることはない」


 もごもごして未練がましく折れるあるじを解放するように、セニスは笑いかけながら立ち上がった。座布団としての役目を果たし終えたあるじも投げやりな様子で立ち上がる。


「詳しいことは明日だ。今日はもう遅いから解散な」

「わっかりましたーよー………じゃあどこで寝ればいい?」

「は?」

「え?」

 当たり前のように寝床を要求するあるじだったが、セニスは何を言ってんだこいつという表情をした。

「ここで泊めてくれるんじゃないの? この間は事件解決するのに旅館泊めてくれたけど」

「なんだいそれは。隣の部屋で年頃の少女が寝てんだぞ、他に部屋もないし唯一のベッドは明日の朝まで一名様が占領している予定だ、泊められるわけがない」

「……………せ、セニスさんはどこで寝るんですか?」

「徹夜だよ。今回の事件で色々手回ししたり、調書を書き上げて屯所とかに届けたりな。

 俺のベッドは彼に占領されているしな」


 自分のベッドに死体を寝かせるってどんだけ図太いのだろうか。

 図太い彼女は私を抱き上げると背伸びしてあるじの頭に乗っけると、背中をぐいぐいと押していった。


「暇なら『月の塔』登ってくればどうだい? どうせ事件のあれこれで時間削られるんだ。空いた時間は有効利用するべきだろう。それか彼に一緒に寝ていいか聞いてみたらどうだい? もしかしたら同衾を許してくれる心温かい人間かもしれない。体温は冷たいだろうけど」


 本日二回目の「お帰りはあちらへ」だった。


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