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Lv09―『月の塔・16階』・VSクレーマー




 あるじ、もう少し右です。

「んー……………こう?」

 もう少し奥、そういい感じです。

「これでどうだ?」

 そうそこです!

「………………こういう会話ってさ、女の子とするもんじゃないのかね」

 何がです? いいからそこどいてください。

「はいはい」



 無駄口を叩きながらあるじが一歩横にずれる。少しばかり高い台座からあれこれ指示をしていた私は、それを確認して台から飛び降りた。

 今まで私がいたことでさえぎられていた光が部屋へ差し込む。薄暗くほこりっぽいこの部屋ではその光の通り道が視認できる。壁から出た光は私が座っていた台座の上を通り過ぎて、部屋を縦断して真反対の壁近くの別の台座の上に飾られた〈巨大な鏡〉にぶつかった。

 当然、鏡は光を反射する。まぶしさを損なうことなく跳ねかえった光は少しずれて別の場所へ反射する。その先にも鏡はありまた別の鏡へ。



「あやとりの糸みたいだな」

 光の糸は増えて交差する箇所も増えたが、こんがらがるごとなく進んでいく。部屋中の鏡が全て光を反射し一筆書きで結ばれる¬¬―――前に立っていたあるじに光が遮られた。

「ん?」

 背後から光に照らされているせいで妙に神々しいあるじに向かって命令をする。

 ぼーっと突っ立ってないで、そこどいてください。 

「オーラを身にまとってるみたいで強くなった気がする!」

 スポットライトに当たることが少ない寂しいあるじの楽しい時間を奪うのは恐縮なのですがそこをどけ。



 しぶしぶあるじが横へずれると、せき止められていた光があふれてあるじの背後の石畳を照らす。

 石畳、に見えたそれは天井の石天井を映した鏡であり、また光が反射される。床から反射された光が向かう先の石天井もまた床の石畳を映した鏡であり―――文字にすると頭がこんがらがりそうだ―――天井から跳ねかえった光がまた床を照射した。


 天井と床を一往復した光は、もう反射されることはなくようやく止まる。最後の床の石畳は鏡ではなかったが、別のものがあった。それは【魔法陣】。石畳に彫られた魔法陣は光を当てられると、銀色に輝きだす。



「これでここ〈十五階〉はクリアかね。鏡が乗った台座を動かして光を反射させて魔法陣に当てる…………なんというダンジョン! でもリアルだとかなり重労働だなこれ……………」

 言うまでもないが現場監督のように指示したのは私であり、あるじは肉体労働しかしていない。かれこれ五時間ほどかけて15階まで上ってきたのだが、魔法使ったり頭脳使ったりして各仕掛けを私が全部クリアしてしまっていた。

「ごめんね、役立たずで……………」

 あるじだって頑張っていたじゃないですか。

「猫……………」

 ほら、酸素を取り入れて二酸化炭素を吐き出したり。

「それ呼吸だよね!? でもありがとう、その優しさで今夜布団の中で泣く」



 かがやく魔法陣に足を乗せると15回目の回転が始まった。慣れたものでとまどうことはない。回転が終わって階を移動したために部屋には鏡の台座や光の線が一切消え去って、何もない廃墟のような部屋があった。

 またもや15回目の野太い声が聞こえる。



《此処、第十六階。思わぬ陥穽にはまらぬよう引き締めよ》



 今までは渋い声をヒントに部屋の仕掛けをクリアしてきたが、部屋の反対側にはすでに上へ進むための魔法陣がかがやいている。…………滅茶苦茶あやしいんですけど。

「気をつけろ……………嫌な予感がする」

 そろりそろりと足を進めていたあるじがシリアス気味に私に注意をうながすとガコンと床に開いた落とし穴へ落ちていった。

「あーれええええぇぇぇぇぇ…………」

 ドップラー効果で声が遠のいていくのを聞きながら、床に開いた穴に近寄る。どこからどうみても正真正銘の落とし穴だった。気をつけろとか言ってカッコつけていた本人が真っ先に罠に引っ掛かって消えていった。


 …………………………。


 ヒゲを揺れて風が吹きあがってくるのを感じながら、私は何も言わず飛び降りた。


 異世界に来てから二回目の落下体験に感動することもなく落ちていく。深さはそんなになかったのか、すぐに地面が見えて来る。関節を動かして重心を調節し、難なくと四つ足で着地で来た。


「ほむっ……………!」

 思ったよりやわらかい地面に落ちたと思ったら下からうめき声が聞こえた。どうやらあるじの腹の上に着地したようで、あるじが身をていしてかばってくれたようだ。

「今とんでもない美化を見た気がする。事実はこうやって耳障りの良いものへなっていくのだ…………」


 あるじの不満声は野太くも明るい声でさえぎられた。


《一階ー、一階でーございます。お忘れ物がございませんようお気を付けくだっさぁーい》

 渋いくせに妙に明るい―――もっと言うなら小馬鹿にしたような声を聞きながら、腹の上の私を払いのけよろめきながらあるじは立ち上がった。

「最初っから……………またクリアしてかないとだめなの?」

《一からやり直し頑張ってくださぁい》

「不親切すぎね。クレーム入れるぞ?」

《こちらとしてもぉ、お客様には陥穽(あしもと)にお気をつけくださいって言ったじゃないですかぁ?》



 塔に入った時の番人のような厳格なイメージが崩れていく。もしかするとこの人を小馬鹿にした態度を我慢するのも試練の内ならば、この試練は駄目だ。あるじは「てめぇ………セーブするのを忘れたせいで6時間の結晶が無駄になったゲーマーの悲しみを………!」などと変な怒りに燃えている。



「クレーマーなめんなよ。冷房が寒いからってだけで治療費請求すんぞ」

《まさに底辺(笑)の人間にはそんな権利ありませええええん》

「猫おおおおおおこの塔ぶっ壊そうぜ!」

 キャラおかしくなってますよ!?

 やさぐれて性格が変になったあるじが吠えるが、流石に無理である。

「もう…………今日はいいや。明日また上りなおそう。明日になれば落ちたことも忘れてるさ」

《ありやしたー。またお越しくださいまっせー》

 感謝の気持ちなど全くこもっていない挨拶をすすけた背中で受けながら、あるじは壁に手をついた。



 入る時も奇妙なら出る時も奇妙だ。手をついた壁がずぶりと手を飲み込み眼前にせまる。何かを思う間もなく体も飲み込まれ、気が付いたら塔の外の雑草を踏みしめていた。



「夕焼けが目に染みるぜ……………と思ったら、まだ明るい?」

 塔に入ったのが昼過ぎで中にいたのは5、6時間。ならば太陽は沈んで暗いか茜模様のどちらかなのだが、空は暗くなりかけてはいるがまだ青い。

「それはだな、塔の中は時間の流れが遅いらしい。詳しい比率は知らないが」



 声をかけてきたのは白衣眼鏡少女のセニスだった。木を背に座っていた彼女は尻に敷いていた白衣についた砂を払いながら立ち上がって近づいてきた。



「つまり塔の中―――塔の攻略中は時間を気にしなくてもいいってことだ。これを作った奴は完全に遊び半分だな。冗談半分だが、俺の家にも欲しい機能だ」

「ずっとここで待ってたの?」

「来たのはついさっきだ。待ってたのは正解だがな。伝え忘れていたことがあったのを思い出してね」

「忘れたって、時間が遅いこと?」

「16階に落とし穴があること」

「手遅れだよ! 具体的に言うなら1シーンぐらい遅い!」

「なんだ落ちたのかよ」

 くくくっ、と笑いながらずれた丸眼鏡を直して白衣少女ははらっていた手を止めてあるじに向き直った。

「喜べ。さっそくだが仕事だ」









「で……………結局、仕事の人探しって何なの」

「それは、まだ探す人間がいないから後回しだ」

「………………どゆこと?」

「とりあえず俺の仕事を手伝ってくれないか」



 赤レンガの壁を通って塔から診療所に戻ってきた私達(白衣少女は椅子に座り、わたしとあるじは床に直接座っている)はさっそく仕事内容を確認するが、どうも要領を得ない。



「…………まあ、いちど約束したからには、やるけどさあ」

「実はなあ、俺はこれから準備して患者のとこへ出かけなきゃいけないんだ」

「往診?」

「みたいなもんだ。それで、だ。そのあいだ留守番をしていてくれないか。アテが急にいなくなって困ってたんだ。ちなみに今日だけの話な。明日は自由にしてくれていい」

「そのくらいならいいけど」


 サインする契約書類に極小で(ただしお前の命は保証しない)と書かれてないか警戒しながらあるじは承諾した。少女はそれを聞くや否や、机の脇に置いてあったカバンを肩に掛けハンチング帽をかぶるとそうそうに外出準備を済ませてしまった。

 もう出かけるんかい、とあるじが言う前に白衣少女はドアノブに手を賭けた所で振り向いた。


「そうそう、隣の部屋に患者がいるからそいつの相手もよろしくな」

「へ?」

「じゃ、日が沈むくらいまで頼んだ」

 そんなの聞いてないっすよと表情で語るあるじに、立て板に水の勢いで自分の言いたいことを言いきった白衣少女はばたんと扉を閉めて出ていってしまった。



「ねこさんねこさん」

 何ですかあるじ。

「何で僕の周りの人間は人の話を聞かないひとばっかなの?」

 それはね、あるじがその話を聞かないひと筆頭だからですよ。

「というか、何なのあの人。昨日今日会ったどころか1時間前に出会った人間に留守番まかせる?」

 塔をクリアするまでは大丈夫だと思ってるんじゃないですか。それかぷりちーな私のおかげです。

「小動物きたない。肉食獣なのに外見でもてはやされる猫きたない」



 軽蔑するような目つきであるじは話しているが、これはあるじの罠である。その手には乗らない。

 とりあえず隣の部屋にいる人にご挨拶に行きましょう。



「そうだねさっそく行こうか」

 直に座っていた床から腰を上げてあるじはドアノブに手をかけた。

 あるじ、そっちは外へ行くドアです。さりげなく外へ逃げようとするな。隣の部屋はあっち。

「本当にそうだろうか。何処へ行くのではなく、どの道を行くのかが大事なんじゃないか? 進んだ先にある物を求めるんじゃなくて、好きな道を歩くべきだと僕は思う」

 留守番なのだから外へ出るのはどう考えても間違っている。適当なこと言って正当性を主張しても無意味ですからね。

「無理だよね絶対。だって知らない人だぞ。そもそも何で留守番を頼まれたかもわからないのになんて言えばいいんだ。友達の兄ちゃん姉ちゃんと二人っきりにされるのは友達が想っているより酷なことなんだぞ」


 基本ずうずうしいくせに妙なところで人見知りするあるじは必死で逃げ道を探している。


「しかも患者って初めてここに来た時の銀髪のあんちゃんだろ? 無理、知らない人とコニュミケー、コミニュ、コミュミュケーション?」

 コミュニケーション不全のため言語中枢までおかしくなっているのだろう、言葉がしっくりせず首をひねっている。



 押し問答をする気はないので私はあるじの体をかけ登った。肩に到着した私はドアノブに飛びかかる。もちろん隣の部屋に通じる扉で、ノブは簡単に回りきぃと音を立てて扉が開いた。



「心の準備がっ」

 いいから腹くくれ、と私は先導して扉から顔を出した。猫も通れないくらいの扉の隙間を、頭を突っ込んで広くする。きぃ、ではなくぎぃ、と扉のちょうつがいが軋んだ音で気付いたのか中から声がした。

「…………だれ?」



 隣の部屋は意外と狭かった。患者がいるというからいくつものベッドが並んでいるのかと思ったが、ベッドは一つしかなく寝室といった風体だ。そのベッドの上に声の主はいた。


 ベッドから体を起こした少女は体にかかったシーツを胸元に引き寄せるようにして握っている。シーツで隠れているがワンピースだろう浅葱色の服を着た13、4の少女だ。


 浅葱色というのは薄い藍色のことで、何でそんな表現をしたかというと少女の髪こそが藍色と呼ぶべき色をしていたからだ。自然色らしくない髪色だが、異世界では自然なのか違和感は全くなかった。

 気弱げな様子な少女を安心させるために私はにゃーおと一声鳴いた。



「ねこさ…………ん?」



 かわいらしい私を見つけた少女の嬉しそうな声は途中で疑問に変わった。私が扉から顔を出した位置は少女の目線、つまり猫が顔を出せるような位置ではない。そもそも私の前足はぶらんと空をかいている。

 少女の目にはかわいらしい猫の顔に続いて、にへらと笑った少年の顔が団子のように下から出てきたように見えただろう。



「だ、だれ?」

「どうも、猫の国からやってきた猫紳士です」

 正解は猫を帽子のように被った不審者でしたー。




 …………………これ次回に続けるのか? 独房から始まってても驚きませんよ私は。




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