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Lv08―『月の塔・1階』給料分しか働きませんから




 鈍色の塔を見上げると、その塔の先端は雲を貫いているんではないかと思うくらい高い。

 ぐぐぐと私は首をストレッチパワーが溜りそうなほど上げるが、あるじは呆れてもう頂上を見ようともしない。

「ホントにここ〝TheMoon〟の遺跡なの? なぜにダンジョン………」

「ダンジョンというか防犯装置だな。最上階に研究室があるらしいが、誰もたどり着いた人間がいないから本当かどうかは知らない。〝The Moon〟の遺跡かどうかは自力で確かめな」

 眼鏡の奥で楽し気に目じりを下げる白衣少女にあるじは聞いた。

「誰もたどり着いてないの?」

「ああ、誰が広めたのかダンジョンなんて広まって、たまーに来るんだよ冒険者。そいつらに聞いた話だと、な。ダンジョンだって言われるのは階層によって防犯装置が分かれていて、その防犯装置をどうにかするとフロアを上がれるようだ。それである程度の回数まで行くとお土産がもらえるらしい」

「防犯装置がお土産なんて出していいのか? お茶漬けでも出してくれんの」

「ちなみに一番いいのを手に入れてきたのは『聖剣』だ」

「聖剣!?」


 いきなり出てきた胡散臭いワードにあるじが急に目を輝かせる。チーズを目の前にしたネズミでもネズミ捕りの存在を認識できるというのにこの人には学習能力がないのだろうか?

 だが手に入れた人がいるのならもうないのだろう、と思ったのだが白衣少女はとんでもない爆弾を投下した。


「まあ、その冒険者が持ってきたのは『聖剣』(一〇〇分の一モデル)だったけど」

「括弧の中の詳細はなに!?」

「文字通り『聖剣』の100分の1サイズ。内包された魔力はすごかったけど小さくて使いようがないからお守り代わりにする、とその冒険者は言っていた。どうやらお土産の内容は上った階数によって変化するらしい。もちろん上に行けばいくほど価値があるようだ。太っ腹な話だ、俺もあやかりたい」

「………ちなみにこの塔、何階建て?」

「さあ?」 

「投げやりな管理人だー」

「俺は知らん。最上階にたどりついた人間がいないからわからん。ちなみに『聖剣』(一〇〇分の一モデル)は45階で手に入れたらしい」

「45階で100分の1モデル…………単純計算で4500階。リアルで天国に一番近い階段になるぞ」


 ゴゴゴゴゴゴと心中で表現される塔を見上げる首がそろそろ疲れ始めた私を置いて、あるじは塔の扉に手をついた。


「とりあえず、入ってみるか。別に入ったら登頂するまで脱出不可、ってわけじゃないんだよね?」

「ああ、一度登った所までなら自由に行き来できるらしい」

「本当にダンジョン仕様だな……………」


 さんさんと太陽光線が降り注ぎ毛皮の私は一人蒸し風呂状態だというのに、扉の奥は中どころか床すらも見えない新月の夜のような暗さを保っている。

 躊躇することなくその暗闇に踏み入るあるじに慌ててついて行く。


「帰ってきたら仕事用意しとくからなー」

「ああ、そういやそれもあったね……………」

 声援(?)を背に受けてあるじがそうつぶやくのが合図だったかのように扉が閉まった。



 当然のように真っ暗になってしまい足元の確認すらもおぼつかない。いくら夜目が効くあるじと猫目の私といえども完全な暗闇では何も見ることが出来ない。

「まっくらやねー。まっくろくろすけがいそうな気配」

 携帯のライトとかで照らせませんかね?

「あー、残念ながら異世界来る前に紛失しますた」

 使えねえ……………。こういう時こそ文明の利器の出番だというのに、文明が高い世界から来た利点が何一つとしてない。

「何言ってんだ。僕のイケメン具合は22世紀レベルだろ」

 眼から光線を出して辺りを照らすわけにもいかないので勘だけを頼りに進んでいく。

「待って見捨てないで!」

 悠然と無視して進みだした私の気配を感じ取って、慌ててあるじが足を出すと、急に辺りが明るくなった。電灯をつけたようないきなりの変化で、されど人工ではない天然の陽ざしである。

「壁が光ファイバで外の光を透過させてるのかね」



 などとあるじのつぶやきに反応したのではないだろうが、がらんとしたドーム状のこの部屋に先の扉が開く重苦しい音に似た声が響いた。



《汝は如何なる風の吹きどころなり》



「……………インターフォンの音?」

 ピンポンじゃなくてこんな渋い声でむかえられたら回覧板を持ってきたおばちゃんが腰抜かしますよ。

 抜けた会話をする私達にどこからともなく声は浴びせられる。



《我は没落を願う創造なり。

 我は無限を求む渇望なり。

 我は平等に均す末人なり。

 我は超常を識る賢蛇なり。

 此方は我が寝室である。欲さんとするところを述べよ》



「………要するに《俺マジ天才。そんな俺に何の用?》ってところか。えっと、研究室? みたいな所に行きたいのですけど」

 意訳どころか身も蓋もない翻訳をするあるじに渋い声は抗議もせずに答える。

《我が寝室は頂きにあり。たどり着くたくば彼の印を求めよ。されば、印は汝を一つ高みへと連れ行く》



 入ってきた扉とは真反対の位置に象形・表音そのた様々な文字と図形が内に描かれた円――【魔法陣】だろう――がほのかに浮かびあがっている。

 というか背後の扉なくなってるんですけど。 



《されど心せよ。我が寝室の道は険しく、阻みし牧人あり。さすれば、それ試練なり。

 己が力を奮うがよい。閂は壊れ、門、開かれん。

 己が識を誇るがよい。錠は鍵なく開き、門、開かれん。

 己が心を頼るがよい。値すれば閂も錠も独りで開き、門、開かれん》



「……………《トラップあるから一つずつクリアしていけ》?」

 四行の説明を一行でまとめるのは情緒に掛けるというか、なんだか渋い声に対して申し訳ない気分になる。


 たぶん録音された声を機械的に流しているだけなのだろうが、質問しても意味がない返答しか返って来ないだろう。だが逃げ道をふさがれたあるじにとっては重要なことなので消えた扉に代わる帰り道をどこへともなく聞いた。


「扉ないんだけど…………帰る時はどーすんの?」

《あ、お帰りはあっちの壁に手をついてください》

「急に丁寧になったぞ!?」

《それでは私プレゼンツ『ドキドキ!? タワーダンジョン』をお楽しみください!》

「今までの固い雰囲気ぶち壊しだー!?」



 最後にテンション高い一言を残して渋い声は聞こえなくなった。………本当にあれが最後の声のようだ。



「なんだったんだ今のナレーションは……………渋い声と古い言葉で『おお、これは封印された遺跡っぽい!』とワクワクしていたのが一瞬でゲンナリに変わったぞ…………」

 愚痴をこぼしつつあるじは渋い声が言っていた魔法陣に近寄る。壁手前の石畳に描かれたそれは、魔法陣以外の何でもない。とりあえず踏んでみることにした。

「――――――うぉ!?」



 間抜けな声を上げるのも無理はない。目の前の壁が一瞬で消えた、というよりメリーゴーランドのようにぐるりと景色が〝回った″のだ。私達が回転したのではなく、壁と床つまり部屋そのものが私達を除いて半回転したのである。つまり目の前にあった壁が背後に、扉があった方の壁が奥に移動した。



「おおう、アトラクション?」

 魔法陣が消えた辺りをあるじはたしたしと踏んでいるけど、何をしているのだろうか。

「面白かったから、もう一回出来ないかなー」

 もう地球と一緒に回り続けてろよ、と思いながら私は部屋を見渡す。



 部屋が回転しただけ――ではないようで、床は石畳のままだが部屋は薄暗くなり何よりもあんな甲冑はなかったはずだ。

 いわゆる西洋甲冑が部屋の真ん中に鎮座している。直立しているため中に人が入っているかと思ったが、開いた目隠面〈バイザー〉の奥は空洞になっている。



「……………これはいわゆる、アレか、倒せと?」

 肯定するように渋い声が再び登場する。

《此処、第二階。意思なき騎士へ力を示せ。さすれば道、開かれん》

 やっぱり部屋が回転したのではなく、魔法陣によって二階へ連れてこられたのだ。いや、部屋が回転して〝二階″になったのか。



 白衣少女の言っていた通りこの塔は一階ずつ試練をこなして上っていく《ダンジョン》なのだろう。

 試練やら困難やらよりもシレンやコナンが好きな駄目あるじにとってこの手のものは苦手なはずなのだが、「ふっ、ここは僕の出番だな」などと意外とやる気である。

 なにやら底知れない自信が渦巻いているので、甲冑に近づいて行くあるじを止めることなく見送る。脳内変換で実況をしてみる。




 甲冑がエンカウントした!


 あるじのターン!

 あるじは呪文を唱えた。


「黄昏よりも昏きもの、血の流れよりも赤きもの――――ドラグ・スレイヴ!」


 右手を突き出し自信満々に言い放つあるじ!

 だが なにも おこらない!

 でも私はドン引きした!



「ありゃ、【魔法】発動しない?」

 二週間ほど前あるじが謎の魔術師にボコボコにされた際に編み出した魔法必殺技(誇張抜きで必ず殺す)なのだが何故か発動することはなく、不思議そうな顔で私に聞いてくるが私に聞かれても。それよりもあるじー、まえまえー。

「へ?」



 空甲冑のターン!

 甲冑は中が空っぽなのに動き始める。

 ジャキン、と腰の鞘から細剣〈エストック〉を抜いた。

 甲冑は力を溜めている!



 あるじのターン!

「………………」

 あるじのターンですよー。

「え、えー………………」



 おたおたとあるじは困り顔で慌てる。なんか自信満々だと思ったらどうやら先々週に使った【魔法】に期待していたようだ。普段なら私を盾にして逃げだすくらいなのに、道理で乗り気だと思った。

 ほら、あるじのターンですよー。

 完全に外野気分で野次を飛ばす私を恨めしそうに見ながらあるじは己の取れる行動を模索している。

〈逃げる〉も〈魔法〉も出来ないことでやけっぱちになったのか甲冑に向かって腕を振り上げる。



 あるじのこうげき!

「うなれ僕の拳ぃぃぃぃぃぃ!」

 攻撃が当たった!

 空甲冑に1ダメージを与えた!

 甲冑は固かった!

「ぎゃああああああああ骨が砕けたアアアアアアアアア!」

 あるじは216のダメージをうけた!


 攻撃を仕掛けたはずのあるじがもう瀕死状態で地面を転げまわっている。さすが防御型は堅いな、とかではなく鉄を素手で殴るなんてただの馬鹿である。

「痛い痛いよう、救急車呼んで……………」

 異世界にあるんでしょうか? 黄色い方の救急車は。

「普通に白と赤のを呼べ!」

 顔だけ上げて叫ぶあるじだが、本当に学習能力のない人間である。あるじー、うえうえー。

「なぬ?」



 空甲冑のターン!

 細剣を振り下ろした!

「ぉわあーお!?」

 あるじは攻撃を避けた!

 ごろごろ転がって避けるがそんな避け方では動き始めた空甲冑にすぐに追いつかれてしまう。

 空甲冑のターン!

「ボス特権の一ターン二回攻撃!?」

 細剣を振り下ろした!

「すくかじゃ!?」

 あるじは攻撃を避けた!

 空甲冑のターン!

「ずっと甲冑のターン!?」

 なんとか立ち上がるも剣閃を右、縦、斜めと繰り出す空甲冑になすすべもなく避け続けるしかない。

「猫助けてー!」

 早くも私に援護を頼んでくるあるじ。ケンカに猫の手を借りようとしないでください。

「ケンカというか普通に殺されそうなんだけどっ」

 あるじなら本気を出せばその程度の敵、倒せますよね。

「お前が見てるのはどこの並行世界の僕っ!? いないよっ、そんなあるじはこの世に存在しない! 泉に落としてもヘタレなあるじの二択で泉の精が困るぐらいだぞ!」

 そう言い続けながらも遅いとは言えない空甲冑の剣をひょいひょいと避け続けている。回避率99%なんだからがんばれば倒せますよ。

「回避率99%って、それ100回に1回は当たって死ぬってことだろ!」

 今だ、そこっ、おしいっ、殺れ!

「お前どっちの味方!?」



 今でこそなんとか戦闘は続いているが、基本性能的にあるじは逃げる避けるは一級品でも攻撃が全く駄目なのでジリ貧である。

 あるじが涙目になってきたので、そろそろ助けてあげることにした。



 あるじのターン!

「猫助けてえええええええええええ」

 あるじは仲魔を呼んだ!

 にゃーん。猫がやってきた!


 猫のターン!

【ファイガ】を唱えた!

 



 私がたかが四文字【ファイガ】と心の中で暗証したのと同時にそれは起きた。

 部屋は薄暗く不気味な雰囲気を演出していたが、そんなものこの【炎】にとっては舞台袖に上るだけで壊れるような三流演出に過ぎない。私の目の前、空中に火種もなく出現したのは【炎】。その色は赤と橙で、薄暗い部屋を隅々まで照らし自分の登場を派手に演出する。


 炎の登場に空甲冑はあるじを狙っていた細剣を止めた。第二の敵の登場に警戒したのか、眼玉などついているはずもない空洞の目隠面(バイザー)を炎に向けた。炎の光は空っぽの甲冑の中さえも照らすが、それだけでは足らないとばかりに炎は甲冑に近づいた。否、襲いかかった。

 とぐろを巻いた蛇が襲いかかるように炎のかたまりから〈炎の線〉が飛び出し、瞬く間に甲冑を橙の炎でおおう。炎のかたまりは次第に小さくなるが、反比例して甲冑を熱する炎は大きくなり、かたまりが消えた頃には既に甲冑は地面に転がって煙を上げるだけだった。




「…………倒した?」

 ちょいちょいと安全靴の爪先でつつくが甲冑は動かない。どういう原理――魔法なのだろうけど――で動いていたのかは知らないがこれで倒したのだろう、まだ煙が上がり【線】が直撃した顔面部分など溶けてしまっている。




 これが私の力【四文字魔法】である。魔法がある異世界にきたことで使えるようになった力で、元の世界の魔法(小説、漫画等の創作魔法)を(威力や性能は劣化するが)真似することが出来る能力である。

 真似、というのはこの世界の【魔術】も見ただけで自分も使えるようになるのだ。強力どころか、本来なら有り得ない〈不気味〉な力(伝説の存在からのお墨付き)のようである。


 異世界から来たボーナス、というにはあまりにも得体のしれない力だが、この力のおかげで異世界を生き延びることが出来るのもまた事実だ。




 空甲冑の傍にあるじは屈むと、空甲冑が手放して炎のあおりを受けなかった抜き身の細剣を拾うと、私に近寄ってきた。

「なんでさっき【必殺技魔法】使えなかったか、わかるか?」

 そもそもアレ、二週間前にも私が使った【魔法】だったと思うんですけど。



 同じ異世界から来たはずのあるじは私と違ってまじかるぱわーを持つどころか、子供にすら使える魔術も使えない。二人羽織チックにあるじの挙動に合わせて私が魔法を使う、なんちゃって勇者である。



「じゃあ、猫がさぼったから魔法出なかったのか?」

 一応、私も使おうとはしたのだ。必殺技魔法とあるじが言う、小説の技【ドラグ・スレイヴ】を使おうとしてみたが、うんともすんとも言わなかった。



 そもそも使うといっても心中で【魔法】の名称を唱えるだけなのだ。炎を出すなら【ファイガ】、壁を出したいなら【エルミニの雪遮竜壁】と。全自動、逆に言うと何もわからないまま魔法が使えてしまうので、どういう原理で魔法が発動しているのか発動しないのか予想がつかない。



「んー、ピンチになったら隠されたパワーが発揮される…………とか?」

 もともと棚ボタ能力です、そこまで過剰に期待されても困りますよ。私は給料分の働きしかしませんからね。

「給料分……………」

 衣食住のどれも保証してくれない上司はごそごそとジャンパーコートからツクシを取り出してそっと差し出してきた。

 …………………これで満足だろ? 的な笑みを浮かべるあるじに私は【炎】をぶちかましてやった。




 そんなことをしていると、部屋に変化が現れた。ぼう、と部屋の奥に淡く発光する図形――魔法陣が現れたのだ。この階はクリアしたことになって上に上れるようになったのだろう。

 つまり、今のようなことがまだ続くということである。


 細剣で追いかけ回されたあるじがひきつった顔で聞いてきた。

「これ後、何回続くの?」

 単純計算で4498回ぐらいだと思います。

 私達の冒険はまだまだまだまだまだまだ続くようだ。打ち切りじゃないけど。




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