Lv05―『エドガルズ大陸』・勇者就任
異世界。
「……………猫、マジだと思うか?」
…………………どうでしょうね。
【魔法】は確かにあるのだろう。その確信は黒外套やお姫様が使ったのを見たことにもあるだろうが、一番は自分が使ったからだ。
【魔法】を使った妙な実感がちゃんとあった。
しかし、異世界である確証はない。今まで生きてきて知らなかっただけで、ここはただ北露(ルスラント)の奥地なだけかもしれない。
「でも、妙な実感は異世界召還もなんだよなぁ」
そう、【魔法】を使った妙な実感が正しいならば、異世界召還の時の実感も正しいのだ。
あの時、この感覚は異世界に移動する時のみ感じられるモノだと既視感のように感じたことも。
「異世界かぁ………………猫」
何ですか?
「借金取りからは逃げられたからよしとしようか。魔法も異世界もこの際アリという判定で。ぶっちゃけあんま困んないし。行方不明になって騒ぐ家族もいないし。旅行とでも思おう」
そうですねー。
異世界に召還されたという超事実よりも、借金取りから逃げられたという事実の方が大事な呑気な私達であった。
私達がコソコソ話しているとお姫様が身を乗り出すくらいの勢いであるじにもう一度問いかける。
「私たちの国をお救いください勇者様!」
「ゆ、勇者はともかく…………国を救うってどういうこと?」
「それは――――――」
お姫様からの話をまとめると次のような情報が得られた。
この大陸の名前は『エドガルズ』。
いや、この世界に存在している唯一の大陸は、というべきだろう。この大陸以外は全部海だ、という意味ではない。
詳しく説明するならばこの世界の歴史を説明する必要がある。
この世界は数百年前から天使と悪魔に侵略されている。脳内での話ではなく。
……………………魔法の次はエンジェルとデビルか、と思ったが深くは追求しまい。
天使と悪魔の両軍(天使と悪魔も対立しているらしい)は人間の世界を、かは分からないが少なくともエドガルズ大陸を襲った。
人間は抵抗したが天使と悪魔は強く、日に日に前線はどんどん下がっていく。
そこで一人の魔術師があることに気がついた。
天使と悪魔 。
昔はそれなりに交流はあったが、彼らの本拠地はこの世とは別の世界にある天国と地獄。
ならば、どうして前線というものが存在するのであろうか?
前線とは軍と軍がぶつかる場所。しかし、天使や悪魔といった別世界からの移動してくる存在ならば軍のいない所にピンポイントで現れれば人間を全滅させるのはたやすい。
それはしないのではなく、出来ないのではないか。例えば、この世に現れるポイントが決まっているとか。
その理屈は事実であると証明され、それを利用したとある計画が約百年前に発動された。
百数年も続いた戦乱で減ってしまったエドガルズ大陸の国家。その残った国同士の連合のエドガルズ連盟。その領土内を巨大な【結界】で全部包み天使と悪魔が入ってこれないようにするという途方もなく大きい計画。
まあ、それは成功したらしくここ百年ほど単騎による天使や悪魔の侵入とかはあったようだが、大掛かりな侵攻は全くなく平和な日々が戻ってきたらしい。
「――――――以上がこの大陸の話です」
お姫様がそこまで話して紅茶をすする。
あるじ悩む人のように両手を組んでそれに頭を押し付け目をつぶっている。
まあ、無理やりマジカルワールドに召還されたと思ったら天使やら悪魔やら素敵物語を聞かされたら渋い顔にもなるだろう。
私はあるじの脚の上に行儀よく座り顔だけがテーブルの上にある状態。あるじが何も言わないままなので、にゃーと鳴いてお姫様に続きを促す。
その意味をちゃんと感じ取ってお姫様は緩んだ姿勢を取り直す。
「それで、今回の話は――――――――」
約100年前の計画の中心となった『アレスタクト魔術大聖都』。
その遥か北北東に位置するのが年中雪降る『エルミニ大山脈』。
そのふもとにある国が白き土地『シェイラ・ジャルガ』。ここだ。ここで国を揺るがす『騒乱』が起きたのだ。
始めは動物達の行動がおかしくなって山が騒がしくなったと思っただけだった。普段は山の奥に生息している猛獣が人里に降りてきた、かと思えば森では食料となる鹿のような動物どころかリスの子さえめっきり見なくなった。
そして、次第に山の動物達が人間に牙をむくようになり始めたのだ。
動物とはいってもここは異世界。【魔法】の世界。動物にも魔法を使う種類(全部が全部ではない。いわゆる魔物)がいるらしく軍が出張るまでに。
普通ならそれで鎮圧されて終わりだが今回は場所が悪かった。
『エルミニ大山脈』。またの名を古い言葉を使って『蠢く天の道標』と呼ぶ。
この古き言葉をつかって表されるのには意味がある。それは古き土地。すなわち人の土地ではないということを意味するのだ。いわゆる未開の土地ではなく動物達の王国。
今までは山の近くに住むが故にうまく付き合っていたので日々の狩猟以外で雪山に血が流れることはなかった。
だが、何の前触れもなく動物たちが牙をむいた。牙をむいた動物たちの中には強い力を持つものの人里に近づかなかった珍しい種類までもが今回の騒乱に加わっているという異常っぷり。
そして王国にはお姫様がいるように、この動物たちの王国にも王様がいる。
雪山の王者。
それは【雪竜】と呼ばれるドラゴン。
人より賢く、人より気高く、人より強い存在。
人語を解し並の人間より賢く人間の数十倍の体で膨大な魔力を持ち王の風格を持つ伝説。一夜にして古(いにしえ)の王国を滅ぼすことすらあった存在。
人ではその体に傷一つおわせることのできない存在までもが出てきたのだ。出てきたといっても一前に姿を現すことはない。王は無闇に人前で姿を現さないので、その存在まで人間に反旗を翻したかもしれないと国の人間が震えたのは騒乱から少したってからだった。
雪竜の存在に気がついたのは、動物たちの乱心に焦ったシェイル・ジャルガ王国が近場から応援を呼ぼうとした時。
雪竜の王がそれを許さなかったのだ。
お姫様が使って私も使った魔術【エルミニの雪遮竜壁】。
雪色の半透明な壁を発生させる【魔法】。シェイラ・ジャルガ王族にのみ伝わる絶対防御の【魔術】。元々は雪竜が使う技をジャルガ王国の始祖が雪竜直々に教わり人間でも使えるようにアレンジしたものらしい。
雪を遮る竜の壁。
壁は国を囲むならそれは城壁となる。
だが、敵を囲む壁は檻という。
仲間を呼ぶことも逃げることも許さない、蛮王の腕。
【結界】。オリジナルの雪を遮る竜の壁。
その【竜壁】をぐるりと山脈と国を囲うように、いや、実際に囲うことが目的で張り巡らせたらしい。
逃げることもできず、助けを呼ぶこともできない。
サバイバル。消耗戦。引くに引けない状況。
【結界】以外で雪竜による攻撃はないとはいえ、ついに王族までもが前線に出る様になった。それはまだ成人の儀すら迎えていないユニもである。
とはいえ雪山という厳しい弱肉強食という環境に居を構える城では王族すらも戦士として鍛えられる。
男は一騎当千の戦士に。女は一撃必殺の魔術師に。
だが、ユニは王家秘伝の【エルミニの雪遮竜壁】という防御面ではかなり重宝する魔術を持っているとはいえまだまだ未熟な魔術師。
魔術を使いすぎて枯渇しかけた魔力を癒すために、一時前線から身を引いてこの城(といっても王城ではない。まさしく別荘のようなものらしい)で休養をとっていた時に、あの出来事が起きた。
謎の魔術師による誘拐未遂。
相手は動物だから前線をすりぬけて姫を攻撃するなんてできないと考え、護衛は最低限しか連れてこなかったのがあだとなった。
黒外套(ローブ)による襲撃。
起死回生の【召還魔法】。
あるじと私の登場。
そして撃退。
「―――――――――魔術師がこの件に関っているだなんて思ってもいませんでした」
原因のわからない動物達の暴走に、まるで黒幕のような【魔術師】の登場。
つまりこの騒乱は人為的なものではないか?
しかし、黒外套がただ騒ぎに便乗した誘拐犯だという可能性も――――――いや、それはないか。それをさせないために護衛がいたのだし、その護衛を一人で一方的に全滅させたことからして只者ではないし、何しろ魔力が無いから抵抗があまりできない姫を狙うにしてもタイミングがよすぎる。
そんなことを考えていたからお姫様の飛躍した話を聞いてなかった。
「―――――――――だから力をお貸しください、勇者様!」
お姫様が言うにはあるじは『勇者』らしい。その理由は以下の通り。
【召還魔法】によって呼ばれる人間は勇者という資料がある。
そして王家のものにしか使えないはずの(【呪文】を教えられても王家の血をひいてないとダメらしい)【エルミニの雪遮竜壁】を使った。
しかもその大きさは本気を出した彼女以上。
そして自ら『勇者』と名乗った。
………………………………うーむ、客観的にみると本当にあるじが勇者みたいだ。
だが、残念ながら【魔法】を使ったのは私・猫。
まあ私とあるじは一心同体だから関係ないけどっ!
あるじの反応をうかがおうと顔をあげて頭上を見て。
驚いた。
ほんっとーに驚いたにゃ。
あるじは両手を組んでそこに頭をおしつけて悩んでいるポーズ。だが、さっきと全然体勢が変わっていない。
スゴいよこの人。
寝てるよ。
自分から説明お願いしたのに爆睡してるよ。
私はあるじの豪胆っぷりに驚愕で眼を見開くというか瞳孔が開くわ。話が予想以上に難しかったから私に丸投げして後でわかりやすく解説してもらおうという魂胆なのだろう。
ムシがよすぎる考えだ。
だからそのツケを支払うことになった。
「ですからお願いします私達に力を貸してくださいっ!」
熱くなったお姫様が、悩んでいる(ように見える)あるじの手を包むように両手で握る。その衝撃で目を覚ますが、まるでキスする前触れのようにお姫様の整った顔立ちがすぐそばにあったことに驚いてしまい《その言葉》に対応できなかった。
「お願いします!」
「っ! は、はいっ!? ……………………………………………はい?」
だから訳も分からず、うなずいてしまう。
こうしてあるじのジョブがヘタレから勇者(偽)になったのであった。
あーあ、知ーらにゃい。
私はあるじの膝の上で丸くなった。