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Lv02―『大聖都アレスタクト』・優雅にツクシを食べる午後



【召還魔法】

 魔物を手元に【召還】する魔術。

【魔力】いらず知識いらずで、魔術をかじっていれば子供でも使用できる、という何ともお手軽な魔法。

 本来はワイバーンやらスライムやら魔力を持った動物を召び出すだけの魔法で、召び出したとしてもいうことを聞いてくれないこともあるらしい。

 そして何より――――――――私達が【異世界】に【召還】された魔法である。







「……………今さらだけどさ、すごい現実味がない」

 カフェのテラス席であるじが身も蓋もないことを言ってコーヒーカップをことりと置いた。



 ここは『大聖都』アレスタクトの中にあるカフェ『第21水路第4水門前認可喫茶』の屋外テラス席である。

 この国は水路が網目のように張り巡っていて、テラス席からは陽の光を反射してキラキラと流れる河と荷物を乗せた船〈ゴンドラ〉が右から左に流れていっている。



 視界にそんなものを収めながら私とあるじは白木の丸机を挟んで、背もたれのない白い椅子に座っていた。

「それでも、現実に起きていることなんだよなー」




 魔法、それは君の心にある大切なモノ――――なんて漫画のあおり文など捜索関係以外ではあまり聞かない言葉。だが、この世界には超常現象をひきおこす技術として確かに存在する。


 私達が見た限りでは絶対に壊れることのない透明な壁を発生させる【エルミニの雪遮竜壁】や何もない虚空に炎を出現させる【炎上】などの【魔術】を目にしてきた。

 杖を振っただけでカボチャが馬車になるような夢の〈まほう〉でこそなかったが呪文だけで火をおこすマッチいらずの〈魔術〉は存在したのだ。




「そもそも魔法って何? って話だけどな」

 魔力を使って発生する物理現象、とまでしか私達にはわかっていない。まだ異世界歴1ヶ月程度なので浅学である。

 せっかくなのであるじも魔術を学ぼうとしたが才能がないらしく人間なら誰でも出来るレベルの魔術すら使えなかった。

 その事実に気付いたあるじときたら、実は特殊潜入部隊『SANTA』が存在しないことを知った子供のような夢が崩れた顔をしていた。

「別に魔法使えなくても死ぬわけじゃないしー」

 泳げないカナヅチのような言い訳を始めた。



 ちなみに私は魔法を使える。しかも、一回見ただけの【魔術】であっても再現することが可能なのだ。例えそれが王家の秘術と呼ばれるものであっても。

 その他にも日本のゲームに登場する創作【魔法】も使えてしまうという秘められた才能を持っていたのだ。そっちの魔法【四文字魔法】は残念ながら再現度が低いためほとんど使い物にならないのだが。

 同じく異世界から来た私が魔法を使えて自分は使えないという事実もまた、あるじが拗ねている原因である。



「もう魔法を使うのは諦めたからいいもんね。それよりも【召還魔法】についてだ」

 召還魔法に私達は呼ばれたが、もちろん本来はそんな人を呼ぶ機能はないそうだ。少年と猫を召還したのは、つまるところ誤作動ということだ。




 拉致のように連れてこられた私とあるじであったが、ちゃんと召還した本人であるユニ姫が謝ってくれたこともあり心が広かったので許すことにした。決して、あるじの稼ぎでは前菜のトマトのヘタすら買えなさそうな豪華料理フルコースをご馳走になったことは一切関係ない。

 プチ旅行を味わった気分で帰ろうとしたのだが、帰り方が存在しなかった。あくまで私達が【召還】されたのは誤作動、通常ではない機能であり、そもそも【召還魔法】は召ぶだけで帰す機能はないらしい。魔法は万能ではないのだ。

 なので帰る方法を探すべくお姫様の下でヒモじゃない護衛〈ボディーガード〉をしながら異世界を満喫している。



「たまったもんじゃないよね、もしゃもしゃ」

 コーヒーのつまみ代わりにツクシを食べるあるじ。ちなみにツクシは異世界産の採れたて新鮮の天然物だ。国の外の草原に生えていた、とも言う。もちろん生。


 異世界に来る前は貧乏生活を送っていた私とあるじは、公園や土手に生えているツクシやタンポポなどの野草を食べて飢えをしのぐこともあった。というか結構食卓に上っていた。そんな生活を送っていたから、猫は肉食動物のはずなのに私は野草の匂いだけで食べられるかどうかを見分けられる野草ソムリエになっていた。


「もしゃもしゃ…………何故だろう、ツクシが美味しく感じられない…………異世界産だからか?」

 同じく野草生活を送っていたのに不満どころかむしろ好物らしいあるじだったが、ツクシの味に違和感があるのか口をもごもご動かしている。


 昔のような極貧生活ならいざ知らず今はお姫様の護衛という立場がある。他の護衛はいい顔をしないが、食事も一緒にとることもある。つまり、私達はお姫様と同じ食事をしているのだ。

 私達の普段の食生活を例えるなら〈プライスレスお金で買えない価値がある〉だが、異世界での食生活を味わってしまうと〈金で買えない物なんてねーよ、金最強!〉みたいな価値観になってしまう。端的に言と舌が肥えた。


「久しぶりに食べるともそもそしてるし生だと固いし味濃い…………実はツクシっておいしくないんじゃないか………?」

 16歳にしてようやく道草を食う(比喩なし)のはよくないという事実に思い当たった少年は、微妙な顔をしていた。




 もそもそとツクシを食べるあるじがいる喫茶の目の前は歩道になっている。石畳の雰囲気ある道だが割かし狭く三人並べばいっぱいになってしまう広さである。ぴったりとくっつけば横に四人並ぶことも可能かもしれないが、する人間は少ないだろう。無理をすれば、落ちてしまうからだ。

 歩道の脇には底の石畳が見えるほど綺麗な水が流れる水路となっていた。

 水面は歩道よりも低くなっていて、道に腰かければ爪先が漬かるだろう。その向こう側にこちらと同じような歩道と店があった。


 水路をすいすいと荷物や人を乗せた船〈ゴンドラ〉が泳いでいく。この国では交通手段が歩くのと同じくらい船がメジャーらしく、水路は広くとられ上りと下りの船がすれ違ってもまだまだ余裕があるくらいだ。

 それもこれも網目のように水路が張り巡らせられている『大聖都』アレスタクト特有の光景だろう。



 草原の真ん中にあった国であるのに水路が作れるほど、水上都市(ヴェネツィア)臨水都市(バングラデシュ)と同じくらい水が豊富なのには理由がある、と言いたいが理由も理屈もない―――――【魔法】である。


 白い建物が立ち並ぶこの国の中でも一際目立ち高い教会のような城のような、それはこの国の中枢である『大聖堂』らしい。そこの地下で【魔術師】たちが【魔術】を使って水を日夜せっせと汲み上げては水路に放流しているらしい。


 船で行きかうことで重い荷物を簡単に運ぶことができ、水路の水を生活用水として組み上げることもできいつでも綺麗な水を使う事ができるというのも利便性がある。

 水路の恩恵を受けてこの国は繁栄したのだろう。



「治水は国家にとって重要だからな。いつでもキレイな水が使えるというのは生活だけでなく工業にとってもかなりいい立地だ。下水用の水路もちゃんと別に整備されているらしいし、かなり生活水準高いんじゃないかな」

 私としては変な感じがしますけど。

「ん、食べる?」

 私が疑問の声を上げると、あるじは机に身を乗り出して向かいの椅子に座っている私にツクシを差し出してきた。ツクシを肉球で払い落して、私は疑問を口にしてみた。




 こういう話を知っているだろうか。

 後代にして華麗な庭園と対になっていることで有名なヴェルサイユ宮殿があるフランスだが、当時トイレや下水というものの概念がなく、貴族などの偉い人間はおまるなどにしていたが排泄物は庭に垂れ流しだったという。偉い人でそれなのだから民衆などは考えたくもない。



 それに比べればこの国、というか大陸の街はかなり衛生的で―――それこそ元いた世界の都市〈シティ〉ぐらいに―――過ごすことに苦痛はないくらいだ。

 エドガルズ大陸有数の国にしても技術水準に比べると衛生水準が高すぎる気がする。この世界には電気製品が存在しなくて洋燈〈ランプ〉などの火の光で明かりをとっているくらいで、電気やエンジンなどがまだ発明されていないのに下水の概念があるとは考えにくい。




 素人考えだがそれなりに筋の通っている意見だと思うのだが、あるじは地面に落ちてしまった最後のツクシを拾い上げて悲しそうに見つめながら、何でもない風に答えた。

「ああ、それは風土だね」

 風土―――自然がまだ多く残っているどころか人の手が加わっていない土地や自然が多い、清らかで幼い異世界。

「この世界は【結界】で閉じられら巨大な箱庭だ」




【結界】 

 突然だが、この世界には【天使】と【悪魔】が存在する。

 といっても死んだ人間の魂を連れて行ったりする死後の存在ではなく、私達がいた地球とはまた別の異世界である【天国】と【地獄】の住人らしい。


 人間と変わらない姿をして同じ言葉を話すが、良き隣人ではないようだ。

 数百年前から人間は天使と悪魔から侵略を受けていて戦争が頻発していたらしい。二つの種族は人間よりも強靭な存在らしく、人間側は負けそうになった。


 なんとか敗北を防ごうと百年前に打った手が、エドガルズ大陸をすっぽり覆う天使と悪魔の侵入を防ぐための【結界】の構築である。


 無色透明なので空を見上げてもわからないが、ちゃんと【結界】があって天使と悪魔は侵入出来なくなり、一時的ながらも平和が戻ってきたそうな。


 実はその結界は完璧なものではなく、結界をすり抜けてやってきた【天使】とたった数週間で二回も出会っているのだが、別の話である。


 天使と悪魔は存在が知られているが、私とあるじのような『エドガルズ大陸』からでも『天国』や『地獄』からでもない別の世界から来た人間のことを『召還者』と呼ぶらしい。こちらは全く周知されておらず、おとぎ話扱いされている。




 おとぎ話に出てくるには世間の荒波にもまれすぎたあるじはツクシを口の中に放り込んだ。

「もぐ、結界とやらがどのくらい機能してるかは知らないけど、天使や悪魔も通さないんだから細菌やウィルスも通さないんじゃないかな」

 天使と悪魔なのにエアコンのフィルターにひっかかるホコリのような扱いである。

「通さない逃がさないなら、やっかいな伝染病でも発生したら侵略されることなく全滅する。だから衛生には気を使っているんだろうな」

 なるほど、密室でバルサンをたく理論ですね。部屋が煙で充満されてもどんどんバルサンから噴出されることですみずみまで、それこそ虫が通れるくらいしかない隙間にも行き届いて害虫を殺す。部屋をこの大陸、煙を伝染病、虫を人間に置き換えると同じ状況になるだろう。


 たしかにあれはヤバかった。私はあるじに私をそんな部屋へノミ取りうんぬんで閉じ込められて私まで一撃必殺略してイチコロされるところだった。復讐としてイチコロ略さずに一日エノコログサ生活をさせた。その時あるじの言った「生はムリ、エノコログサは………。かゆ、うま」は名言である。



「技術水準を超えた衛生観念も、それを可能にする技術―――魔術があるからこそ、だけどね。つまり自然と共存する技術が発達しているんだろう」

 技術が遅れているというよりは、別の方向へ進んでいるのだろう。原付二輪は動物など目ではないスピードを出せるが、排気ガスは大気を汚す。動物はそこまで速くないが、飼いならし従わせれば歩くより速いスピードで移動ができる。そういうことだろう。



「それよりも僕達には話し合う事があるだろう」

 両手を机の上で組んだあるじが何やらシリアス気に言った。

 そうだ、異世界に来て身元もしがらみもなくなった私達だが、たった一つだけ目的があるのだ。

 それは元の世界に戻る方法―――――――――と言っても元の世界に戻りたいからという理由ではなく、まあ一応【召還魔法】について知っておくべきじゃないかなあ副作用とかあると怖いし他にやることないし、という消極的な知識欲に似たものである。



 今のところ私達が知っている情報は微々たるものだ。


 召還魔法は通常だと魔物しか召ばず、人間が召還された事例は童話くらいにしかない。


 召還魔法はいわゆる禁止された【禁術】で詳しく知っている人が少ない。


 召還された人間は『召還者』と呼ばれ、何やら【天使】に敵扱いされる。



 そのくらいで、元の世界に帰る方法は見当もついていない。

 ひょんなことで手に入れた召還魔法について書かれた手帳を持っているが、専門的すぎて私達には理解できなかった。

 つまるところ頼りになる人脈も手掛かりもなく、アイテム欄には『研究手帳(解読不可)』しかいない猫とヘタレだけのパーティーでなんとかしなくてはならないのだ。



「僕たちが求めるものはただ一つ」

 そう、【召還魔法】について――――――

「――――――――聖剣がどこにあるのかということを知る必要がある!」

 予想外の目的だった。

 ……………それなら党を立ち上げないといけませんね。名前は『猫主主義党』でどうでしょう。猫の猫による猫の為の政治を二人で作り上げましょう。

「そんな政権交代すると手の平返しそうな独裁政党はいやだ。そうじゃない、聖剣だ!」

 クリスマスを明日にむかえて靴下を用意する子供のような夢にあふれた瞳でこの16歳は言いやがった。

「あー、聖剣欲しいな聖剣欲しいな。どのくらい欲しいかというと猫を質に入れてでもくらい欲しい」

 その一言で私はあるじを死地に追いやりたくなった。




 聖剣。聖なる剣。大抵が光属性で登場する漫画などのファンタジーソード。

 どうやら異世界なのに魔法を使えないから別の方法で異世界ファンタジーを楽しむことのしたようだ。見知らぬ土地、一文無し、命の危険、というコンボが決まっているのに「働けないのもヘタレなのも異世界のせいだ」と悲観的になることもないのは前向きなのか馬鹿なのか。



「やっぱ聖剣なんてダンジョンに潜ったりしないと手に入らないかな。サンタが聖剣くれないかなー」

 馬鹿だと確定した。



 真剣に聖剣欲しいと悩むあるじに頭を痛めつつも私は机に飛び乗って顔をずいと突き出した。

 次の目的地がどこだか覚えてますか?

「ダンジョン」

 中継街アルラントです!

 何の迷いもない目で次の冒険地を勝手に変更したあるじの顔に私は頭をぐりぐり押しつける。

「毛が鼻や口に入ってくふくっふぁいんへふへほ」

 それなら正しい目的地はどこですか?

「『中継街』アルラントにあるらしい〝The Moon〟の元研究所である遺跡」




〝The Sun〟と〝The Moon〟

 500年もの前に召還魔法を制作した二人の魔術師。

 その一人の研究所が遺跡として残っているらしく、何か元の世界に戻る手掛かりがあるかもしれない。ここに来るまでの道中に『中継街』は通り過ぎたが、時間がなかったので遺跡の有無を確かめることすらできなかった。




 ユニの役目が終わった帰り道ならすこしくらい寄り道も出来るだろう。

「その後にダンジョン!」

 いいですよ。一人でダンジョンにでも虎の穴にでも潜ればいいですよ。

「じゃあ装備を整えないとな。ポーションやらフェニックスの尾を買いに行かねば」

 コーヒーに手を伸ばしてあるじは口をつけたが、中身が入ってなかったらしくソーサーにかたんと戻した。

「ふぅ、コーヒーも飲み終わって昼食もとり終わった。そろそろ店を出るかね」

 昼食を食べ終わったあるじが立ち上がろうとする。



 私達が昼食を食べてだべっていたのは時間潰しの為だ。

 お姫様であるユニは「今日は夢の中で仕事がんばって疲れたから休む」と豪語するあるじと違い、この国に来た役目を果たすために何やら忙しいらしく、他の護衛達もそろって忙しそうであった。


 護衛という立場ながらも正式なシェイラ・ジャルガに属する軍人ではなく、召還されなくとも身元がアヤシイあるじが大事な仕事に関れるはずもなく、ぽっかりと出来た暇なここ数日を使って街を見て回って遊んでいるのだ。




 ジーパンの尻ポケットから幾枚の硬化を取り出して店員に渡す姿を見て、ふと思った。

 当たり前のことだが、異世界から来た私達にはこの世界の知識がない。月が3つあることも知らなければ鳥君みたいな生き物のことも、魔術のことも知らなかった。

 そんな世界なのだから当然のように使えるお金が違う訳で、そうでなくともポイントカードとレシートの束でかさを増しているあるじの財布にはお金がほとんど入っていない。

 コーヒーを買うお金さえないはずなのだが。


 机の上にいる私が置物のように微動だにせずあるじを見つめると顔をそらして白状した。

「…………………………………………ユニが、おこづかいだ、ってくれた」

 …………………………………………。

 あるじは順調にヒモとして成長しているようだ。



 無言で店を出て水路脇の歩道を歩きだしたあるじの後を机から飛び降りて追いかける。

 水路と歩道の間にはガードレールなどはなく足を滑らしただけで水路に落ちてしまいそうで、人とすれ違うたびにやや緊張してしまう。私は猫のバランス感覚があるので余裕だけども。

 自分の靴ひもを踏んで転ぶこともあるじは結構あるが、安全靴の靴ひもはちゃんと結んであるようですいすいと道を進んでいく。



 進路が決まっているのか決まっていないのか、どんどん薄暗い路地へ向かっていく。綺麗な街並みではあるが、どんな世界にもこういう日陰の場所は出来てしまう。水気が多い街だからかこんな場所でもしっとり空気が湿っている気がする。

 水路がない建物と建物の間に出来たような道に足を踏み入れながら、どこに行く気なのかと尋ねた。

「ダンジョン潜るんだから武器屋に行かないと。サンタが聖剣くれないかなー」

 どうやら本気で探検に向かう気のようだ。止めるのも面倒なので私は黙殺する。まああるじなら不思議なダンジョンだろうが天空の塔だろうが大丈夫だろう。危険になれば逃げるから。



 さっきからサンタサンタあるじが言うのでふとした疑問が浮かんだので、どうでもいいが話のネタにしてみた。

 ところで、サンタってクリスマスにプレゼントを配りますよね。

「うん、まあ一般的にはそうだな」

 夏場は何してるんでしょうか?

「………………土の下で休眠してる?」

 セミじゃないんですから。

「あー、こういう話を知っているか。サンタはクリスマスにしか仕事をしない。だがサンタは夏にも仕事をする。どういう意味でしょうか?」

 なぞなぞですか。夏にもクリスマスがある?

「いやクリスマスは12月24日だけだ。正解は12月は南半球は夏だから。これはサンタは冬も夏も働く真面目者、って話だな」

 実際は一日しか働いていませんけどね。

「一日しか働いてないのにあの人気とか嫉妬しちゃう」



 この異世界にはいないだろうサンタの話なんて心底どうでもいいが、人気がない路地を歩きながら話は続いていく。



 いつも思うんですけど鼻の色が違うトナカイっておかしいですよね。

「歌の『赤鼻のトナカイ』のことか?」

 青っ鼻だからって堂々としてればよかったのに。

「それ作品違うよー。その作品にはサンタは欠片も登場もしないよー」

 鼻の色が違うせいでサンタに目をつけられて無理矢理従わされて不憫です。

「そういう話じゃなかったと思うな」

〈お前の赤鼻で夜道がよく見える〉って〈巨乳だから肩が凝ってるんじゃないのか〉並のセクハラだと思います。

「そういう話じゃ絶対なかったと思うな!」

 だいたいトナカイもトナカイですよ。外見を褒められたぐらいでホイホイついて行くから世界中にコンプレックスな赤鼻のことを知られてしまったんですよ。甘い言葉に騙されてはいけないという訓話ですね。

「騙されたのか? むしろトナカイ界のトップスターになったんじゃないのかね。トナカイと言ったらサンタの赤鼻が有名だろ。それにいやいや従っているというよりは武士みたいに仕えているんじゃないかね。なんというかトナカイ冥利に尽きる?」

 猫の私には理解しがたいですね。

「猫は三日で人の顔忘れるんだっけ。犬は人に懐き猫は家に懐く、ってね」

 舐めないでください。あるじの顔だって覚えてませんよ。普段あるじの顔も見ないですから。

「無理もない。僕は美麗すぎて直視できないからね」

 どちらかというと不憫すぎて正視できないんですが。

「………………」

 ………………。



 高低差140cmで顔を合わせる私とあるじ。



「ちょっとツラ貸せや」

 猫と人間どっちが偉いか思い知らせてやります。

 ゴゴゴゴゴと久々に猫と人のケンカが勃発しようとしていた。

「僕が勝ったらその耳と目の周りと体を黒く塗ってミニパンダ化させてやる」

 私が勝ったらですね…………。

「俺とイイ事しようぜぇ?」

「え!? 猫は僕のことそんな目で見てたのか!」

 ばっと両手であるじは自分の胸を隠すようにかき抱いた。その動作で私の殺気がふくれあがり冗談抜きで噛みついてやろうかと思った。

 私じゃないです、あきらかに肉声だったでしょう。

「そういやそうだな」



 意思疎通が出来るがさすがにしゃべることは出来ない。そうなると私とあるじ以外の誰かがその台詞を言った訳で。

 声がした方向―――路地奥に目をやると少女がいた。


 ユニ姫よりも背も歳も低そうな小柄の少女で、下手すると周りに保護者がいないか探してしまう程であるが、かなり目立っていた。

「着物だなんて、珍しい…………」

 彼女が着ているのは日本の貴族衣装である〈着物〉だった。

 ゆったりとして邪魔なくらいに広く長い袖口と凉しげな襟元が特徴的で、ボタンではなく赤い腰帯できっちり前を閉じている服装だ。


 だが私の知っている着物は上下一体型の服なのだが、少女の着物は上半身だけで下は水色の丈が短いフレアスカートだった。さらに下は長い白足袋と下駄という和洋折衷というより和洋両方にケンカ売っている服装だ。


 西洋文化が多く見受けられるこの世界で和風な衣装を目にしたのもそうだが、目立つのは何よりもその髪だった。

 ここ異世界では肌の色は黒から白まで幅広い人種がいるのに、髪の色茶と金の二色が多く黒髪の人間は全くいない。銀が混じっているとはいえほぼ黒髪の影が薄いはずのあるじだが、この世界ではかなり目立つ。



 だが、少女の髪はそれよりも目立つ。

 人間の色素ではありえない、綺麗な水色をしていたからだ。



 染色などでは絶対にない鮮やかな水色はあまりにも自然で、この国の水路のような透明さはないが清涼な小川を連想させる。



 そんな少女が4人の男に囲まれていた。

 ……………………。



「なにこのあからさまな助けに行けフラグ」




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